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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:社会/歴史/思想( 103 )

a0212807_1523356.jpg地下鉄半蔵門線か、大江戸線を利用して「清澄白河駅」で降り、地上に出てすぐ目の前に「清澄庭園」は、あります。
初めて「清澄庭園」を訪ねたのは、2003年初夏に東京現代美術館で開催された「舟越桂1980-2003作品展」を見ての帰りでした。 (下写真:東京現代美術館)
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隅田川に近いこの一帯は、深川と呼ばれ、江戸庶民の下町として栄え、今でもその面影を偲ぶことができます。
「清澄庭園」の敷地は、紀伊國屋文左衛門の屋敷跡で、明治時代になり三菱財閥の創始者岩崎 弥太郎が、
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三菱財閥の迎賓館建設と併せ、隅田川から水を引き入れた池泉回遊式の日本庭園を造園しました。
深川から隅田川に架かる清洲橋を渡ると河岸向こうは、日本橋です。
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この辺りに宿をとり、ゆっくり江戸の面影を捜して散策するのも、粋な東京の楽しみ方かもしれません。
by blues_rock | 2013-06-25 00:20 | 社会/歴史/思想 | Comments(1)
東京都心から少し西に行った小金井市を中心にして小平市・西東京市・武蔵野市の4市にまたがる敷地面積24万坪を有する小金井公園が、あります。
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すでに掲載しました日比谷公園(こちら)の4.8倍、上野公園(こちら)の1.4倍の広さを持ち、公園すぐ南の五日市街道に沿って玉川上水が、流れています。
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玉川上水の両岸に桜並木があり、小金井は、江戸の昔から桜の名勝として知られていました。
現在は、小金井公園内の1,800本の桜と併せ「小金井桜」の名称で日本桜名所100選の一つとして有名です。
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西東京市に住んでいるころ、自転車でサイクリングに行っていました。
広々としてとても気持ちの良い公園です。
by blues_rock | 2013-06-21 00:20 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
地下鉄日比谷線日比谷駅からすぐ、内堀通りを挟んで皇居の南に「日比谷公園」はあります。
銀座と霞が関の間に敷地面積4万9千坪を有する‘都心の広場’といった感じの大きな公園です。
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敷地内には、日比谷野外音楽堂(通称‘野音’)、日比谷公会堂などがあり、松本楼は、“孫文”(こちら)ゆかりの老舗レストランとして有名です。
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‘野音’は、メジャーになる前のロックバンドが、ファンを集めて熱狂的なライブをする伝説の場所になりました。
夜の日比谷公園のベンチや芝生の上は、恋人たちの‘憩いの場’なので、男一人公園内をウロウロするのは、止めた方が良いでしょう。
by blues_rock | 2013-06-19 00:18 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
a0212807_23111711.jpg東京に初めて住んだころ、労働組合主催の‘東京オリエンテーリング’に参加したとき、「旧古川庭園」が、コースに入っていました。
どの駅で降りてどう歩いたのか‥まったく憶えていませんが、古い立派な洋風の建物と丹精込めて育てられた数々のバラを憶えています。
私が、「旧古川庭園」に行ったのは、一度だけながら、都内で家族や恋人と静かに過ごせる場所を探しておられる方には、お薦めです。
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大切な家族や恋人と手をつなぎ、庭園内に咲いている美しいバラを眺めながら散歩するのも楽しい思い出になると思います。
by blues_rock | 2013-06-17 00:08 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
甲府藩が、東京湾の海を埋め立て藩主の別邸にしたのが、浜離宮の始まりです。
藩主が、第6代将軍になると将軍家の別邸となりました。
明治時代は、鹿鳴館が、完成するまで日本政府の迎賓館でした。
a0212807_13351561.jpg庭園の面積は、75,800坪、東京湾から潮の干満を利用して、庭園の池に海水を取り入れ、景色の変化を楽しむように設えてあります。
浜離宮は、JR浜松町駅から徒歩で15分くらい、東京で働いている時、浜松町駅横の貿易センタービルで開催された「食品展示会」行事に出かけた折りなどに、ふらりと骨休めに行っていました。
ある秋の日、浜松町での仕事が終わり、時間を見ると浜離宮の閉園まで、まだ1時間あまりあるので思いたって散歩に行きました。
a0212807_13365198.jpg秋の夕暮れ前なので人影もほとんどなく、私の他には、遠くに外国人らしき女性の二人連れが歩いているだけでした。
私が、ベンチに座り‘潮入り池’(左写真)のほうをぼんやり眺めていると突然英語で話しかけられました。
声のほうを振り向くと、先ほどまで遠くに見えていた外国人女性の二人連れが、私のそばに立っていました。
私は、二人を見て、びっくり仰天、二人ともナイス・スタイルで北欧系の驚くような美人、年の頃なら二十歳くらいの女優かモデルのような女性でした。 (下写真:写真がなく、こんな感じのエストニア美人とご想像ください。)
a0212807_1341199.jpgカメラを私に差し出していることから、二人の写真を撮って欲しいという依頼と理解し、「OK」とニッコリ笑顔で‘潮入り池’を背景に、2、3枚撮ってあげました。
カメラを返しても立ち去る気配がないので、私の拙(つたな)い片言英語で「どこから来たの?(Where’re you from ? )」と質問したら「エストニア」とのことでした。
東京で働いているとのこと(たぶん観光ビザで来日しクラブかバーでのアルバイトと推察)、日本が好きなこと、間もなくエストニアに帰国すること‥など、私のヘタな英語に付きあって話の相手をしてくれました。
東京の秋の空が、茜色に染まり、閉園時間も近づいて来ましたので、私の心中は‥この続きを外でコーヒーでも飲みながら、もう少し話しませんか?との思いでいっぱいでしたが、その後のことに怖気づいて(もし二人から私の働く店に来ませんかと誘われたら断わる勇気がなく‥と妄想し)、名残惜しくも二人に「Thank you, bye !」と言って名前も聞かずに別れました。
今でも浜離宮というと彼女たち二人のことをふと懐い出します。
by blues_rock | 2013-06-15 00:30 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
大手町の職場で働いていたころ、気候の良い季節には、昼休みに弁当を抱えて‘皇居東御苑’ (下地図)へ出かけたり、仕事が煮詰まると職場を抜け出して、気分転換ウォーキングをしたりしていました。
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地図の左側、大手門から入ると皇居東御苑内は、地図上部の立入禁止区域(灰色エリア)以外誰でも自由に入れる公園です。
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絶大な権力をふるった徳川幕府の本拠地江戸城は、いまや史跡があるだけで、城の跡地にその名を標して、昔の面影を残すだけです。
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広大な敷地の中に雑木林や竹林があり、池のまわりの庭園には、四季折々の花が咲いています。
本丸跡の芝生のある広場に行く途中「松の廊下跡」とか「大奥跡」(下写真)の標識が目に入ります。
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正に自分の立つ足元は、かって歴史を揺るがした事件(忠臣蔵の原因)や大奥艶話の舞台であったことを想像すると隔世の感があります。
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東京駅から近く、東京にお出かけの時は、ぜひ時間を作っていただき、皇居内を散歩されると楽しい懐い出になると思います。
by blues_rock | 2013-06-13 00:25 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
新宿御苑は、JR新宿駅の東南に広がる環境省管轄の公園です。
公園の面積は、58ヘクタール(17万4千坪)で、よくぞまあ都心の一等地にこれだけの公園を造営し残したものだとうれしくなります。
入園料を200円払わなければなりませんが、維持費の一部と考えれば、納得いきます。
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最寄りの駅は、地下鉄丸の内線新宿御苑駅で、地下鉄を降りて地上に出れば、すぐのところに公園入り口の門があります。
東京に住んでいるころ、新宿に出かけた足でフラリと入ったり、新宿御苑の近くに取引先があったので、商談後公園内で骨休めしたりした記憶があります。
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新宿御苑と言えば、桜が有名、桜の季節ともなると行き交う大勢の入場者で押し合いへしあい、優雅に花見の風情などありませんでした。
東京では、上野公園でも千鳥が淵の桜並木も、桜の季節は、ラッシュアワーでした。
そのことを懐うといま暮らしている福岡市南区の山裾は、桜の季節に人が詰めかけることもなく、満開の桜をひとり静かに楽しめる場所が、いくつもあるのは、ありがたいことです。
by blues_rock | 2013-06-11 00:26 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
福岡市の人口が、先日150万人を超えました。
博多っ子は、昔より‘お祭り’好きで、一年中市内のどこかでお祭りをしています。
a0212807_1373074.jpg根っから明るいのか、能天気なのか、天神の繁華街を歩く人たちも、友だちや家族連れでオシャベリに興じながら何やら楽しそうに歩いています。
人々は、仕事を求め暮らしやすく楽しそうな街に集まるものです。
博多港には、外国の大型クルーザー客船が、中国・韓国の観光客を乗せて、3日に1隻の割合で入港、2012年は、112隻しました。
クルーザーから降りた観光客は、観光バスに乗り、大宰府天満宮観光とデパート・電器店・アウトレットショップでのショッピングとお決まりのコースに、楽しそうに出かける彼らの表情に‘反日’の険しさはありません。
福岡市役所前と中央公園の間は、観光バスの発着所になっていて、バスから乗り降りする若者たちの一寸見
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(ちょっとみ)は、今どきの日本人の若者とそっくりながら、彼らのそばを通ると聞こえる会話が、中国語のような、韓国語のような普段聞き慣れない言葉なので、その時彼らが、外国人であることに気づきます。
先日の金継ぎ教室でも、中国(旧王朝時代)や韓国(旧朝鮮時代)の骨董・古美術品は、中国・韓国で売るより日本で売る方が、中国・韓国のコレクターに信用され、はるかに高く売れるので、日本の同業者を通して、日本
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観光に来た中国・韓国の富裕層に高値で転売していることが、話題になり一同大笑いでした。
要するに彼らは、自国内の骨董店や古美術店が、扱う商品を信用せず、日本で売られている骨董・古美術品を信用している証し、どうやら自国の古美術市場や骨董店に陳列された商品には、紛い物や贋作が、多いことを先刻承知しています。
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福岡に住まう人々は、神代の昔からお隣さんの中国・韓国とは、「歴史的に長く深い付き合い」をしてきていますので、大阪・東京で70年以上も前の歴史問題について、軽率で軽薄な発言をする市長や品性のない国会議員らの失言・暴言に、呆れ果てウンザリしています。
1945年(昭和20年)8月、日本は、アメリカ軍主力の連合国に無条件降伏し敗戦、第二次世界大戦(東アジア・太
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平洋戦争)が、終わりました。
1945年以降の戦後に生まれ‘あの戦争に無関係の日本人’の最年長者は、現在68才、敗戦時10才の子供だった人も78才‥ほとんどの日本人が、‘あの戦争に無関係の日本人’です。
先の戦争は、皇国史観の軍事勢力が、国家経営の先見性も当時の国際社会との強かな駆け引き(国家戦略
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としての外交)もないままブチ切れて猪突猛進した結果の敗戦であったことへの私たち日本人の認識のなさ、さらに戦後、国を悲惨な敗戦に追いやった戦争責任者(数百万国民を死なせた戦争犯罪者たち)を日本国民自らの手で裁かず、戦勝国の東京軍事裁判に戦争犯罪の判断を委ねたことに重大な誤りがあります。
ともあれ、どれもこれも戻れない過去の歴史問題で、1945年以降の戦後に生まれ‘あの戦争に無関係な’中国
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人、韓国人、日本人が、お互い‘戻れない過去の歴史問題’にこだわり、いがみ合いを続けたら、東アジアの未来に幸せはないでしょう。
戦後生まれの私たち日本人は、過去の歴史問題で外国、とくに中国と朝鮮半島2国から何を言われても臆することなく、自虐史観も傲慢史観も排除してジタバタしないで、「日本は‘人権と自由を尊重する民主主義国家’として自由世界の中で、世界各地の抑圧された人々の人権問題と解放のために世界の先頭になって戦って行きます。」と主張し、堂々と東アジアの人々にそして世界の国々に胸を張って宣言しましょう。
(付録:博多湾を航行するクルーズ客船の写真は、すべて九州ロマンチック街道からお借りしました。)
by blues_rock | 2013-05-27 01:35 | 社会/歴史/思想 | Comments(1)
a0212807_0431749.gif第10夜(こちら)の冒頭、新疆ウイグル自治区でのウイグル民族独立運動に触れ、今の日本のままでは、近未来に同様なことが起きるかもしれないと中華人民共和国日本省の「日本民族の独立運動」を想定して書き置きしたいと述べました。
前置きが長く2夜も続き、読んでいただいた方は、少しウンザリされていたかも知れませんが、今夜の「ウイグル民族の独立運動」で「中国4千年の中華思想」を終わりたいと思います。
3月9日土曜日の日本経済新聞朝刊の国際面(14面)に「全人代2013 レポート」として北京発の記事は、新疆ウイグル自治区における先住民族ウイグル人と新疆(新しい領地)に移住してきた中国人(漢民族)との民族衝突により、コルラ市でウイグル人による漢人殺害事件発生の背景を書いたものでした。
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コルラ市は、ウイグル自治区から産出する石油と天然ガスを独占支配する中国共産党系石油資本企業の城下町で、その企業で働けるのは漢民族の中国人だけ、彼らは、高級住宅街に住み、高級車を乗り回し、一方ウイグル自治区でのウイグル人は貧しく、貧富の格差は、拡大するばかりです。
a0212807_0495160.jpgウイグル自治区は、タリム盆地にあり昔から西域と呼ばれ、盆地にはタクラマカン砂漠が広がり、3千年前から天山山脈をはさみヨーロッパとアジアを結ぶ天山北路と天山南路の交易の道‘シルクロード’の要所でした。
ウイグル自治区は、1933年ソ連邦「東トルキスタン」という独立国家でしたが、1949年中国共産党人民解放軍に侵略占拠され1955年「新疆ウイグル自治区」として中国に編入されました。
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ウイグル民族は、自分たちの国家を‘東トルキスタン’と呼んでいたくらいですから、イスラムのトルコ系遊牧民族でした。
ウイグル自治区の北東に内モンゴル自治区、南にはチベット自治区があり、中国共産党にとって中国4千年のa0212807_0531978.gif中華思想の覇権をユーラシア大陸全域に広げるためとタリム盆地の地下資源(石油・天然ガス)を独占するための重要な拠点となりました。
ウイグル自治区の面積は、中国の省・自治区の中で最大(日本の4.5倍)で、中国領土の6分の1を占め、人口2千万人の45%がウイグル民族(右図の赤・オレンジ・黄色の地域で漢民族に追われて暮らす)、40%が移住してきた漢民族(図の青・薄紫色の石油・天然ガスが産出する地域に住む)です。
a0212807_183083.jpg1989年のソ連の崩壊以降、ソ連という重石が取れた中国共産党政府は、1990年以降国策の油田開発・農地開発のために大量の漢民族(と中国人民軍兵士)を移住させ、20年で2百万人の漢民族を‘新疆ウイグル自治区’で増やしました。
そのため大勢のウイグル族が、先祖伝来の土地であったタリム盆地から追われ、農地も地下資源もすべて漢民族(中国共産党)に収奪されたとの思いが、ウイグル族の独立運動に拍車をかけています。
a0212807_19489.jpgウイグル自治区(タリム盆地)の石油埋蔵量は中国全体の28%、天然ガスが33%を占め、石油・ガスの利権は、中国共産党と共産党系企業で働く漢民族の人たちが独占し、ウイグルからパイプラインで遠く上海まで送られた石油・ガスの恩恵は、上海で暮らす漢民族の人たちが受けるのです。
1964年から1996年にかけて中国共産党政府は、ウイグル人の暮らすウイグル地区ロプノール(塩湖や楼蘭の遺跡で有名)の地表・空中・地下で46回の核実験(広島原爆1,250発に当たる核エネルギー実験)を行ない、ウイグル住民に深刻な被ばく被害を与えました。
中国共産党政府は、ウイグルのロプノールやこの地域における放射能汚染および被ばく後遺症の存在を認めず、海外の医療団が、治療で立ち入ることも禁止しており、すべて隠蔽されています。(終)
by blues_rock | 2013-03-13 00:30 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
敗戦後、180度転向した大人たちは、戦前の教科書に墨を塗り、今度は恥ずかしげもなく‘国民総懺悔’と言い「戦争責任のない戦争を知らない子供たち」に、自国日本を悪く言う【自虐史観】の洗脳教育を始めました。
‘懺悔(ざんげ)’とは、自分の罪を認め、神に許しを乞い、罰を受けることを言います。
a0212807_14393714.jpg‘懺悔せよ’と声高に罵られ強要されても「戦争を知らず戦争責任のない子供たち」は、懺悔の意味が分かりません。
戦後の日本に生まれた私たちが、傲慢な態度で日本民族の優位性と覇権を唱え、武器を携(たずさ)えた軍勢が、外国を侵略し善良な市井の人々を殺戮したことなど一度もありません。
中国で現在(いま)起きている「チベット民族虐殺」・「ウイグル民族迫害」・「言論弾圧」・「民主と人権の抑圧」など理不尽で、社会正義のカケラもない中国共産党のプロバガンダなど愚劣です。
a0212807_14403547.jpgそういえばつい先日も、中国共産党政府の外務大臣が、記者会見で「日中関係の悪化は、すべて日本に責任がある。」と罵っていました‥彼もまた中国共産党の優等生党員で特権階級の一員だから当然の発言で、私たち日本人は、知らん顔しておけば良いでしょう。
過去の戦争は、すべて「日本が悪い、日本の責任、日本人がいけない、日本人に非がある」と洗脳するトンチンカンな歴史教育をしているようでは、日本人の心には【自虐史観】しか育たず、日本固有の領土(尖閣諸島・a0212807_1443745.jpg竹島・北方4島)認識にしても中国や韓国、ロシアの思うつぼ、やがて日本列島すら日本という国名ではなくなっているかもしれません。
念のため申しあげておきますと、私は、旧い日本が行なった先の戦争を正当化するつもりは毛頭ありませんし、今でも金切り声をあげて狭小な民族主義を叫ぶ人たちや原理主義の排他的宗教を崇める人たちがキライです。
街中を車で走りながら大音量で軍歌を流し大声(罵声)で愛国を叫ぶ人たちも嫌悪します。
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市民に生理的な嫌悪感を与えるために故意に行なっている行為としか思えませんし、なぜか右翼に在日韓国人が多いのも奇異に思えます。
中国のように居丈高な態度で漢民族偏向の覇権(中華思想)を国内外に強要、国内では、チベット・ウイグルa0212807_14441290.jpgなどの少数民族の自由を抑圧、抑圧に反対し自分たちの権利を主張する人々は、弾圧され投獄、拷問され虐殺されるような社会体制を私は憎悪します。
拙ブログを読んでくださる皆さん、私たちは、もういい加減、中国や朝鮮半島南北2国などから、旧い日本の曾祖父(ヒイじいさん)の時代に起きた不幸な事件や紛争・戦争のことで謝るのを止めませんか?
私たちが、不幸な過去の出来事を正しく認識することと、私たちが責任を負えない過去の不幸な出来事を謝ることは違います。
a0212807_14444334.jpg私たちが、中国や韓国に負うべき本当の責任は、同じ不幸な出来事を二度と起こさないことだけと思います。
今を生きる戦後生まれの日本人は、もう【自虐史観】を捨て去り、戦前の出来事に難クセ付けられても、一方的に抗議されても堂々とプライドと正義を以って反論し、お互いを尊重、理解し合える国々とチカラを併せ、一緒に世界貢献していきましょう。(続く)
by blues_rock | 2013-03-12 00:48 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)