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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:社会/歴史/思想( 103 )

a0212807_1516439.jpg私は、刑罰の極刑として死刑存続を支持しますが、凶悪殺人を犯した犯罪者に更生を期待して無期懲役刑(いつの日か仮釈放という微かな期待を抱かせる)にする中途半端な刑事罰ではなく、死刑と無期刑の間に‘更生を視野に入れない終身刑’(生涯を刑務所で過ごす刑)を導入すべきと考えます。
いまの日本には、いわゆる政治犯・思想犯(国家反逆罪)の死刑囚はいないものの、時の権力(政権)が、反体制の思想・信条の持ち主を秘密警察(ゲシュタポ・KGB・旧日本の特高・中国共産党の公安など)を使い罪状をデッチ上げ裁判もなく国家反逆罪やスパイ罪で死刑にするような不正義の全体主義(ファシズム)国家を私は嫌悪(断固拒否)します。
死刑廃止論者の口から必ず出るのが、冤罪による死刑の可能性についてです。
冤罪のほとんどは、被告が事件に関わったという明白な証拠もないまま、警察や検察の自白調書だけで裁判の判決が下る場合です。      (下写真3枚:紀元前18世紀半ば「ハンムラビ法典」の石碑とその拡大)
a0212807_19365515.jpg冤罪防止の対策には、証拠の存在と自白強要の排除、併せて警察・検察の取調べを可視化、その記録を撮影し録音することです。
まとめて言うと刑罰は、‘悪に対する悪反動’であるため、犯人の罪状に相当する刑罰によって犯罪を相殺するという考えです。
ドイツの哲学者カントは、絶対的応報刑論、相対的応報刑論の中で刑罰が、犯人の犯した罪への応報であることを認めつつも、刑罰は、同時に犯罪防止の役割も担っていると述べています。
人類が集落を作り、集落が社会となり、やがて国家を形成、国家を支配する指導者(王)は、権力による支配と秩序の維持に法(ルール)を導入、絶対服従の権威付けを行ないました。
刑罰を制定した古代法で最も有名なのが「目には目を、歯には歯を」の「ハンムラビ法典」で、紀元前18世紀半ば古代バビロニア王ハムラビは、国家秩序を乱す者、王の権威に従わない者の罪に対する刑罰を定めました。
a0212807_19383779.jpg「目には目を、歯には歯を」の有名なフレーズから「やられたらやりかえせ」の意味と理解し復讐を奨励するような野蛮な法典と思い込んでいる人が多いようです。(ほとんどの人が、そう思っているのでは‥?)
しかし、ハンムラビ法典の本旨は、「やられたらムチャクチャやりかえせ」のような過剰な報復を禁じており、「目には目を、歯には歯を」と同じ程度の刑罰にとどめ復讐(報復)の連鎖を防ぐため良識のバランスを執る法律でした。
つまり、古代バビロニア王国は、犯罪に対し個人の報復や私刑(リンチ)を禁じ、国家秩序を維持する刑罰を定めたのが「ハンムラビ法典」でした。
ハンムラビ法典は、近代刑法の考え方に大きな影響を与え歴史的に重要な法律とされています。
a0212807_19533152.jpgなんだか、ダラダラとまとまりのない私の「罪と罰」論になりました。
私は、明治政府が、100余年前に制定した旧い刑事訴訟法の基本原則(‥服役し更生すれば社会復帰できる)を根幹より見直し、不条理な犯罪の犠牲者(と家族)の悲痛な思いと憎悪をほんのわずかでも癒せるよう理不尽な加害者(犯罪者)に厳正な処罰を科す刑法にするよう法改正しなければならないと思います。
by blues_rock | 2014-09-19 00:19 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
a0212807_0241136.jpg日本の刑務所は、犯罪者の罪を罰するペナルティ刑務所でなければならないのに、キリスト教を国教とする「罪を憎んで人を憎まず‥汝の隣人を愛し罪を許せ」のお手本のような何とまあ人の良いお人好しの監獄施設(福祉施設のよう)だろうと私は、がっかりします。
わが国の刑務所は、犯罪者の収容人数に対する刑務官の数が、外国に比べ極めて少なく、さらに刑務官は、警備を担当する職員以外、警棒すら持てない完全な丸腰状態で看守業務を担っています。
刑法は、また裁判所の判決で量刑が確定しても、すぐに刑務所に収監し刑罰を科さず刑を一定期間‘執行猶予’するという温情制度、さらに受刑中に服役態度が、良好であれば‘恩赦’という特典で減刑され、たとえ重罪の殺人罪でも「無期懲役」なら減刑され仮出獄できることもあります。
現在、わが国刑法による最高刑罰(極刑)の死刑を裁判所から言い渡され(量刑を科され)死刑執行を待つ死刑囚(極悪非道な殺人犯)は、全国に128人(平成26年7月現在)います。
死刑囚の場合、死刑確定までに裁判所(司法)が、結審で被告(殺人犯)に「極刑をもって臨むしかない」と死刑a0212807_026326.jpgの判決を下すまで「裁判の三審制」に則り、刑法を以て被告(殺人犯)の訴状に対し、裁判官の前で事件の証拠をもとに‘検事×弁護士’の激しい事実認否の論戦を展開します。
殺人犯の罪状では‥1.犯罪の性質、2.犯行の動機、3.犯行の状態、とくに殺害方法の執拗性、残虐性、4.結果の重大性、とくに殺害された被害者の数、5.遺族の被害感情、6.社会的影響、7.犯人の年齢、8.前科、9.犯行後の情状などが陳述され、物的証拠や調書をもとに裁判が行われます。
裁判所(司法)の判決により死刑が、確定すると法務大臣(行政=法務省)は、確定後‘6か月以内’に刑の執行a0212807_0285164.jpg命令(刑事訴訟法475条2項)に署名しなければなりません。
いま全国に128名の死刑囚が、刑務所で死刑を待っている事実は、政府(行政)自ら国の法律に違反し一国家公務員たる法務大臣が、職務をサボっているとしか思えません。
ちなみに日本国民の9割(国民のほとんど)は、死刑制度の存続を支持(仕方ないの消極支持も含む)しています。(こちら参照)         (上写真:ルネ・マグリッド「恋人たち」)
死刑に次ぐ刑罰に「無期懲役」があり、殺人罪で起訴されたものの死刑を免れた被告(犯罪者)は、1,826人(2012年現在)です。
2004年(平成16年)、それまで有期刑の上限であった20年が、30年に法改正され従来のように殺人を犯し無期a0212807_0293665.jpg懲役の量刑で模範囚ならば15年もすると仮釈放され社会復帰できましたが、そのチャンスは、いまや俄然少なくなりました。
殺人罪で無期懲役の刑罰を課された被告(犯罪者)が、15年~20年で仮釈放(社会復帰)されたら殺された被害者の家族感情は、収まらなかったろうと推察します。
刑務所での長い服役中、取り返しのつかない人を殺めた罪の深さを悔い、贖罪し更生したいと仮釈放される日を待ち願い生きている無期懲役囚もいると思います。      (上写真:刑務所の食事)
しかし、有期刑の上限が30年となった今、刑務所の中で死期を迎えるか、後期高齢者となり仮釈放されたとしても彼らが復帰できるような社会は、高齢者介護施設以外のどこにもありません。(下に続く
by blues_rock | 2014-09-18 00:18 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
このところ極悪非道な‘凶悪犯罪’が、やたら増えたように思え、私は、法治国家の行く末を憂慮しています。
今夜から三夜連続で、一市民(有権者)の私が考える「死刑制度~罪と罰」について書きたいと思います。
‘凶悪犯罪’の特徴たるや犯行が、低年齢化し「自我の貪欲・強欲」のままに他者の生存権(いのち)や人権(平安な暮らし)を破壊する言語道断な殺人事件の多発にあります。
a0212807_2292114.jpg他人の生命(いのち)を強奪した大罪に対する「罪と罰」の基準と判断が、現在(いま)の日本の法律では、あまりに‘軽い’ように思います。
法治国家のこの国で暮らす日本人のみならず外国人すべてに、犯した罪に対する刑罰を定めたのが、基本六法のひとつ‘刑事訴訟法’(刑法)です。
この六法全書は、日本に住まうすべての人たちの生命(いのち)と財産を守るために、私たち主権者が、決めた法律のルールブックです。
a0212807_2294771.jpgそのルールを破り違反した者に対して当然のことながら国の司法当局(裁判所)からペナルティ(罰)としてイエローカード、レッドカードが、指示(さししめ)されます。
ルール違反者は、当然そのルールに従い結果責任を負わなければ(刑罰を受けなければ)なりません。
私たちが、日々安心して暮らせる安全な社会を目指し自分と家族の生命、自分の財産を守るためには、国民の‘権利と義務’という自己責任が必ず伴なうことを認識しなければなりません。
このところの極悪非道で卑怯・卑劣この上ない残虐な殺人事件、凶悪な犯罪の多発は、この国に潜在している‘権利と義務’の希薄さと自己責任に対する認識の甘さに起因しているしか私には思えてなりません。
いかなる原因、動機があろうとも自分の起こした犯罪には、明確な自己責任(結果責任)のペナルティ(罰)を科a0212807_22103898.jpgすのが、法治国家の国是(基本ルール)です。
つまり犯罪者には、裁判所(地方・高等・最高の3裁判制度)が、刑法に基づき被告の犯した量刑により刑罰を科し‘刑務所’で罪を償うために服役させます。
わが国の刑罰に私が不満なのは、極悪非道な凶悪犯に対しても一律に刑法の基本となる‘犯罪者の更生’に重点を置いている点です。
日本には、現在全国各地に69の刑務所が、存在します。
刑法には、生命刑である極刑の死刑(刑法第11条、絞首刑)と、自由刑として、一つに作業を義務付ける懲役刑(刑法第12条)、二つ目として拘置するだけの禁錮刑(刑法第13条)、三つ目に短期間(30日未満)拘置する拘留刑(刑法第16条)、さらに財産刑としての罰金刑(刑法第15条)と科料刑(刑法第17条)の概ね三つの刑罰があり、収監された刑務所内では、監獄法が適用され、受刑者の刑を執行しています。
a0212807_22162660.jpg外国では、刑務所が「犯罪者の罪に応じた刑罰(ペナルティ)を与える場所」と明確に位置付けられており、その役割は、明確で「罪と罰」の関係がはっきりしていて分かりやすい監獄システムです。           (上写真:網走刑務所全景)
日本の刑務所は、犯罪者への刑罰(ペナルティ)として「反社会的行為(=犯罪行為)で刑務所に収監された者に自らの罪を反省させ、科された刑罰に応じ罪を償い、刑期を終えるまで服役囚に対し社会復帰の訓練を行ない、出所したあと社会生活に適応する能力を育成する」ところ(まるで職業訓練所のよう)と規定されていて牢獄としての役割が、あまりに曖昧です。(中に続く
by blues_rock | 2014-09-17 00:17 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
69年前の今日8月9日、アメリカ軍は、広島に続き長崎にもプルトニウム型原子爆弾を投下、無抵抗の長崎市民を大量虐殺しました。(こちらもご覧いただけると光栄です。)
私たち日本人は、この歴史的事実を絶対に忘れてはなりませんが、被害者意識に凝り固まった過去への怨念や復讐心は、私たちの未来を間違いなく不幸にするだけです。
a0212807_19202895.jpg私自身、戦争を知らない世代のひとり、私の生まれる前に起きた悲惨な戦争への歴史認識は、「過ちを決して繰り返さないこと、二度と戦争をしないこと」だけと思っています。
しかしながら、日米軍事同盟に依存した国土防衛、つまり日本の国防をアメリカ軍に丸投げし、アメリカの兵士(若者)に日本を防衛させる欺瞞(‥原因は平和憲法を逆手に取った‘自虐史観’歴史教育の歪み)をこの国から払拭しないかぎり、世界治安の不安定な現実において日本が、独立国家として存続することはできないでしょう。
私は、憲法第9条の1と2をそのままに、新たに3と4を「修正条項」として国民の総意で追加すれば良いことと思います。
「3 国土を侵略し国民の生命と財産を破壊する国および勢力に対する正当な防衛自衛権は担保する。」、「4 国権の発動たる自衛権は自衛隊を以って行使する。」を修正追加条文にする」というのが、私の意見です。(日本国憲法 第3章 第12条「国民の権利及び義務」こちら参照)日本政府の姑息な‘集団的自衛権’行使宣言に案の定、‘隣国’が‘けしからん!’と金切り声をあげて抗議しています。
a0212807_1921699.jpgまあ、これは、想定の範囲内なので‘見ざる言わざる聞かざる’と素知らぬ顔して東アジアで日々、地域内活動をするしかないでしょう。
今回の集団的自衛権行使うんぬんは、アメリカ軍をもっと武力支援するようにとのアメリカ政府から日本政府への強い圧力によるもの、巨額財政赤字に苦しむアメリカ政府は、国家財政再建のため国家予算の2割を占める軍事費を10年間で1兆ドル(100兆円)削減しなければなりません。
軍隊の本質は、武力による国家主権(国権)の発動を行なう暴力装置です。
先の第二次世界大戦(太平洋戦争)で自国の軍隊(日本帝国皇軍)にさんざん裏切られ、悲惨な目に遭わされa0212807_1922010.jpgた日本国民が自国の軍隊(=自衛隊)を信用しないのも頷けます。
「国軍の銃口は、やがて国民に向けられる」(国軍は腐敗した政権が国民を弾圧する道具である)のは、歴史の真実ながら、その軍隊をコントロールできるのもまた国民で、そのための「義務と権利」は、すべての国民一人ひとりが、負わなければならない自己責任です。
ともあれ日本国民は、自国の軍隊(=自衛隊)を今後どのように位置づけるのか‥国民の総意で明確にして63年前の1951年に締結した「日米安全保障条約(軍事同盟)」を継続するにしても、パートナーシップを基盤とした
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平等で健全なものにしなければなりません。
そのためには、私たち国民一人ひとりが、「自分の権利行使(自由)には、同等の義務(ノルマとリスク)を負う責任」を等しく認識し、そのうえで自己責任による民主主義を国是とする国に涵養していかなければなりません。
by blues_rock | 2014-08-09 00:09 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
69年前の今日8月6日、アメリカ軍は、広島に人類初の無差別殺戮兵器であるウラン型原子爆弾を投下、一瞬にして広島市民を大量殺戮、広島市を廃墟にしました。(こちらをご覧いただけると光栄です。)
この歴史的事実を私たちは、永久に忘れてはなりませんが、アメリカに怨念や復讐心を持ち続けても悲しく不幸な過去は帰りません。
a0212807_1817223.jpgこの国で今を生きる私たちは、「過ちを決して繰り返さない、二度と戦争をしない」と決意するだけ、煽られた怨念や復讐心は、百害あって一利なし、日本の未来に暗雲をもたらすだけです。
私は、リアリスト(現実主義者)ながら、一方では‘理想主義のオプチミスト’を自認しています。
ジョン・レノンの反戦平和(「イマジン」の思想)に心酔し、ベトナム独立戦争の指導者ホー・チ・ミンが唱えた帝国主義覇権国家への不服従と理不尽な抑圧に対する徹底抗戦のリアルを支持します。
さて、集団的自衛権うんぬんの本旨に入る前に私たちが、まず認識すべきは、日本だけでなく、すべての国に言えることですが、どの国も‘隣国’は、選べないことです。
a0212807_18324582.jpg一般の暮らしで‘隣人’とトラブルや軋轢(あつれき)がありお互い不愉快で我慢できなかったり、生理的に嫌いな場合、自分の意思で引っ越せば一応問題は、解決します。
しかし、国と国とが、過去の怨念や生理的嫌悪感で反目し合い、その軋轢で我慢の限界を超えて、どこかへ引っ越ししたくとも国の場合、領土を丸ごと抱え、移転することはできません。
国や地域が、反目し衝突すると‘戦争(紛争)’になります。
戦争は、国民にとって最も不幸で悲惨なこと、そんなことは、真っ当な人間ならダレでも知っていることです。
好戦的なのは、問題解決能力のない愚かな政治家か、偏狭なナショナリスト、民族主義者、宗教指導者らで、さa0212807_1840129.jpgらにそういう連中と利権(カネ)で結託し、見返りに巨額ワイロで癒着した吸血鬼のような軍需産業や武器輸出商社(武器商人)か、そのお裾分けに群がるウジ虫だけです。
世界の戦争の歴史が、すべてそれを証明しています。
7月1日、日本国(自民党政府)は、姑息にも憲法第9条の条文をそのままに‘集団的自衛権’の行使を宣言しました。
私たち日本人が、どう言い繕おうと紛れもなく軍隊(国防予算世界第7位)である‘自衛隊’に武器(兵器)使用を‘集団的自衛権’という欺瞞(ぎまん)のもと、これからは自衛隊にも武器の使用を認めるなど何をいまさら何を言う‥と噴飯(ふんぱん)ものです。(参考:こちらに「日本国憲法と第9条について」個人的意見を提言)
a0212807_18405275.jpg憲法第9条を錦の御旗にして反戦平和を叫び、一方軍事同盟を結んだ他国の兵隊(軍)に自国の領土と国民の生命・財産を守ってもらおうなど‘虫の良いこと’(矛盾すること)をマジで考えていたのが、私たち日本国民です。
こんな欺瞞が、世界に通用すると考えている私たち日本国民を嘲笑うかのように‘隣国’政府(と国民の一部)は、忌まわしい過去(不幸な戦争の歴史)の墓穴(はかあな)をわざわざ掘り起こし、戦争を知らない世代の怨念と復讐心を駆り立て、偏狭な愛国心を煽ることで新しい世代の未来を再び暗黒の時代にしようと企んでいます。(後編に続く)
by blues_rock | 2014-08-06 23:30 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
a0212807_23341550.jpg椎名林檎が、NHKからオッファーされ作詞・作曲し歌う2014サッカー・ワールドカップ日本代表チームへの応援歌「NIPPON」について、‘賛否’両論あるのだとか‥考え過ぎ、This is just a rock’n roll!です。
忌野清志朗の「君が代」パフォーマンスと同じ It’s only rock’n roll! baby.

   椎名林檎 作詞・作曲・歌 「NIPPON」
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万歳(Hurray)! 万歳(Hurray)! 日本晴れ 列島草いきれ 天晴
乾杯(Cheers)! 乾杯(Cheers)! いざ出陣 我ら 時代の風雲児
さいはて 目指して持って来たものは 唯(たった)一つ
この地球上で いちばん 混じり気の無い 気高い青
何よりも熱く 静かな炎さ 鬨の声が 聴こえている
気忙しく祝福している 今日まで ハレとケの往来に
蓄えた財産を さあ使うとき 爽快な気分 だれも奪えないよ
広大な宇宙 繋がって行くんだ 勝敗は多分 そこで待っている
そう 生命が裸になる場所で ほんのつい先(さっき) 考えて居たことが もう古くて
少しも抑えて 居らんないの 身体まかせ 時を追い越せ
何よりも速く 確かに今を蹴って 噫また不意に 接近している 淡い死の匂いで
この瞬間がなお一層 鮮明に映えている 刻み込んでいる あの世へ持って行くさ
至上の人生 至上の絶景 追い風が吹いている もっと煽って 唯(たった)今は
この地球上で いちばん 混じり気の無い 我らの炎 何よりもただ 青く燃え盛るのさ
by blues_rock | 2014-06-13 00:31 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
日本国(ニッポンコク)で働き生活すると「消費税」・「所得税」・「市県民税(住民税)」・「固定資産税」・「自動車税」・「相続税」その他諸税(こちら参照)を容赦なく徴収されます。
それでも増え続ける日本国の借金(国民が返済しなければならない国家債務)は、つい先日の5月9日、日本国a0212807_1959823.jpg始まって以来過去最悪の1,024兆円となり際限なく増え続け悪化しています。
昨年4月の日銀バスーカも空砲でカラス一羽も落とせず、海外ヘッジファンドから日本は「アホウ、アホウ」と売り叩かれています。
今年4月、5%から8%に税率アップした「消費税」は、来年2015年10月にさらに8%から10%に増税されます。
来月からは、「復興特別住民税」の徴収が始まり来年には、所得税と相続税の控除額が引き下げられ実質増税a0212807_2003021.jpgされ、怒涛のような増税ラッシュにも関わらず国の無駄使い借金は、際限なく増え続けています。(こちら参照)
いまに借金に塗(まみ)れた日本国土は、外国のハイエナ・ファンドとくに中国のソブリン・ファンド(政府系投資会社)に買い叩かれて大変なことになります。
借金返済の大原則は、まずこれ以上借金を増やさないことが、鉄則です。
そのためには、今すぐすべての税支出予算を現行水準でまずストップすることです。
高齢社会の到来は、数十年前から分かっていたこと、際限なく増え続ける医療費・介護費・生活保護費など社会保障費の総予算増額を即時ストップし無駄を排除したうえで‘自己負担率’を上げるべきでしょう。
次は“無駄の徹底排除”、これは「立法・行政」の全機関に醜く付いた贅肉をバッサリ削ぎ落す問答無用の大ナタが必要です。
噴飯ものは、死人からも税金を徴収する「死亡消費税」の導入をわが日本国(ニッポンコク)政府が大真面目に検討していることです。
「まさか!? 死んだ人からどうやって税金とるの?」と思われるかもしれませんが、政府の考えていることは「社会保障精算税」の導入‥生きている間に多額の医療費や介護費用を負担させると不平不満が、募るでしょうからa0212807_2013245.jpg死んだあと「社会保障費の精算税」として‘故人名義の遺産’に一定率の消費税を課税し徴収します、これなら「死人に口なし」不満もないでしょ!?という理屈です。
「ゆりかごから墓場まで」とは、イギリスの高福祉政策を例えた言葉ですが、日本国民の場合、オギャーっと生まれたときから死んでお棺に入ったあとも重い税金徴収に追い立てられますという意味になります。
「ゆりかごから墓場まで」巨額債務(1,024兆円)の返済に追われる日本国民の幸せはどこにあるのでしょうか?
by blues_rock | 2014-05-14 00:45 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
サッカーは、世界最多の競技人口と人気を誇るスポーツです。
スペインのサッカークラブ バルセロナに所属するブラジル代表DFダニエウ・アウベス選手(30)が、スペイン・リーグの試合中CKのとき相手チームのサポーターから“バナナ”を投げ付けられました。
a0212807_15272921.jpgアウベス選手は、素知らぬ顔で足元のバナナを拾い、皮をむき一口食べると平然とCKのボールを蹴りました。
アウベス選手は、投げられたバナナが、猿のエサを意味し、人種差別の侮辱行為であることを知っており、そのときの彼の冷静な行動と人種差別する族(やから)を軽蔑する辛口のユーモアに対して世界中のサッカー選手たちやサッカー関係者から称賛の声が上がっています。
アウベス選手は、試合後「スペインに来て11年経つのに何も変わっていない。バカな連中は、笑ってやらないとa0212807_15294911.jpgいけない。」とクールに話しています。
アベウス選手のユーモアセンスと毅然とした態度を称賛するとともに人種差別撤廃のため世界各国のサッカークラブの選手たちや監督による自発的な‘バナナ・パフォーマンス’(アベウス選手に倣ってバナナを食べる写真のサイト掲載)が展開されています。
スペインの新聞もアウベス選手の行動を「人種差別に対する最高の返答である」と絶賛、バルセロナの対戦相手クラブも大変ショックだったようでスタジオに設置された防犯カメラで犯人を特定し生涯スタジオへの入場を拒否する(永久追放する)と宣言しました。 (下写真:全世界の子供たちに)
a0212807_15391884.jpgスペイン政府の反暴力委員会も逮捕状をとり刑事罰を科すと表明しました。
FIFA(国際サッカー連盟)も今回の事件に対して「暴力や差別などFIFAのルールに反するいかなる行為も一切認めない」と決意表明しました。
バナナを使った悪質なイヤガラセ(人種差別行為)は、1970年代のイングランドで卑劣なサポーター(フーリガン)によるバナナ投げ込みに端を発し以来40年数年、現在(いま)でも脳ミソの質の悪い猿にも劣るサポーターがいることに驚きました。
バナナの輪が、今後さらに世界に広がり人種差別全廃に少しでも貢献することを切に願います。
by blues_rock | 2014-05-05 05:05 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
いわんや現在、日本国民の80%を占める70歳以下の‘戦争を知らない世代’、つまり1945年の終戦以降に生まれた戦後世代の私たち日本国民に外国から「戦争責任をとれ、謝れ!」と声高に喚(わめ)かれ謝罪を無理強いされても私たち‘戦争を知らない’戦後に生まれた今の日本人の心には、未来永劫届かないでしょう。
a0212807_148299.jpg
国を隔てた‘戦争を知らない世代’の外国政府首脳が、‘戦争を知らない世代’のわが国民に‘とにかく謝罪しろ’と強要されても何をどう謝罪すれば良いのか皆目見当付くはずもなく国民感情からすれば返って逆効果というもの、人間の感情とはそんなもので生理的な嫌悪感から隣人同士の良い関係が生まれるはずもありません。
a0212807_1493024.jpgそれでも一国の元首が、金切り声あげて相手国を誹(そし)り、謝れと大声で喚き、国民間の対立を煽(あお)るには、何か他の理由(世論調査の人気取り)あるいは目的(利権に絡む権力の保身)があるからでしょう。
戦中、戦前と当時の日本国民も全体主義の軍事政権に苦行を強いられ、随分ヒドイ目に遭っています。
さらに市井の民衆(女子供の非戦闘員)をターゲットにした連合国アメリカ軍のB29爆撃機による絨毯爆撃(東京大空襲ほか住宅地爆撃)、広島と長崎(上写真)への原爆投下による大量虐殺、極寒のシベリア抑留と強制労働などは、a0212807_215573.jpg紛(まぎ)れもなく人道に反する戦争犯罪です。
日本軍のハワイ真珠湾への奇襲攻撃(右写真)も戦争犯罪、中国での南京事件も韓国の従軍慰安婦問題もイギリス人捕虜への虐待も人道に反する戦争犯罪ながら、その関係国の国民は、いまや‘戦争を知らない世代’ばかりなので、関係国の智慧があり良識ある人たちにより、多少時間はかかるとしても‘歴史的事実’を丁寧に積み重ねながら記録し、永久に記憶しておく作業こそ一番大切な取組みと思います。
a0212807_2165361.jpg怨念や憎悪、不寛容や敵対から生まれる不幸の連鎖は、さらなる不幸を生み、不幸の連鎖の先にあるのは、閉塞した未来(新たな生き地獄)だけでしょう。
私たち‘戦争を知らない世代’にできることは「決して忘れないこと/二度と繰り返さないこと」の二つ、この理念を未来創造のために愚直に営々とただ実践して行くだけです。
未解決の領土問題も目くじら立てず‘島は逃げない’と余裕を以って泰然自若とした態度で、歴史の事実を一つずつ検証しながら解決するまで長い時間をかけて話し合いを続けていけば良いと思います。
私たちは、私たちのできるところから始め、私たちができたことを続け、さらにてきることを永続的に一つずつ積み上げていけばやがて時代は、ゆっくり変わると思います。
by blues_rock | 2014-05-02 00:00 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)
大分県中津に流れる山国川沿いに耶馬渓という渓谷に‘青の洞門’があり、菊池寛の短編小説「恩讐の彼方に」に登場する場所として有名です。
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国と国との間に刻まれた悠久の歴史を百年単位で考察すると恩(つまり友好)の時代、仇(あだ、険悪)の時代それぞれが、交錯しながら現在(いま)に至ります。
現在の2014年から2100年(22世紀)に至るまでの86年(86年なんてすぐ)を想像すると世界に蔓延する「民族の対立と憎悪」、「宗教の独善と偏狭」、「貧富の格差と偏在」の現実の中で、日本国憲法は、日本以外の国家でa0212807_1454450.jpgはあり得ない「究極の人類理想」を希求(先取り)しているので、これを敢えて否定しないで、人類理想は理念として維持し、さりとて世界の酷い現実に目を瞑(つむ)り、見て見ぬふりをして避けて通る卑怯も許されないことです。
わが身を厭わず私利私欲を棄てた潔い品格ある政治家が、日本に一人でも多くなり、民政向上を担う主権者意識が、もう少し高くなれば日本は、世界の国々から慕われる国になると思います。
ともあれ一部の日本人に見られる救い難い、この100年の歴史において何でも日本が悪いと他国に阿る‘自虐史観’は、中国共産党や韓国政府にとって‘渡りに船’で、愚かな歴史観と思います。
a0212807_1463668.jpgまた一方で偏狭なナショナリズム、ヘイトスピーチ、勇ましい進軍ラッパが好きな一部の人たちの行為も‘敵に塩を送る’と同等の悪しき行為と云えます。
先日、日本国憲法が、ノルウェーのノーベル賞選考委員会に‘ノーベル平和賞候補’として受理されました。
日本国憲法の有する人類理想の理念に何ら問題はありませんが、憲法第9条には、世界の荒んだ現実とのズレもありますので、日本国民の総意で新たに一条項を付記すれば良いだけのこと、「改憲だ!」「護憲だ!」と口角泡を飛ばし激昂して議論するほど難儀な条項(こちら)ではありません。
全世界の人々が、理不尽な不幸を被った先の大戦から早や70年が過ぎました。
戦争の惨禍から辛うじて生き残り、戦後の艱難辛苦に耐えて現在がある80歳、90歳の方々は、戦争当時10歳から20歳未満で、どなたも‘戦争の被害者’であり、まだ当時は選挙権もなく、成人ではない方々が、戦争責任を負わなければならない理由はありません。(後編に続く)
by blues_rock | 2014-05-01 00:00 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)