ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

カテゴリ:人生/愛(Love)( 38 )

信仰は、人の心を安らかにする祈りです。
宗教は、人を幸せにする道具です。
a0212807_112245.jpg無宗教の私でも容易に分かるのは、神を信仰する者や神の僕(しもべ)たる宗教の徒らがお互い殺し合う愚劣さは、信仰と宗教の対極にいる悪魔が、愚者たちに憑依し、魂を乗っ取った証左としか思えません。
祈るのに言葉は、要りません。
祈りは、人の心にあります。
宗教に武器は、不要です。
真の宗教ならお金(喜捨・お布施)も無用です。
真の宗教には、権威や権力など世俗の欲望に関わるものは、ありません。
まして徒党を組んで行なう暴力と殺戮は、宗教と無縁の犯罪です。
もし宗教に神がいるなら、その神は、決して暴力と殺人で血に塗れた信徒を許さず厳しく罰することでしょう。
by blues_rock | 2015-02-26 00:06 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
1995年1月17日5時46分、兵庫県尼崎市稲葉荘2丁目、武庫川の東河川敷すぐ横にある鉄筋3階建社宅の1階自室で熟睡している時に、マグニチュード 7.3の阪神・淡路大震災が、発生しました。
あれから20年‥記憶も少しずつ薄れていますが、‘マグニチュード 7.3 の体感’は、しっかり憶えています。
a0212807_17422022.jpg真冬の未だ明けやらぬ寒い朝‥ズドンという地響きと当時にカラダが、下から上に突然胴上げされたように突き上げられました。
ズドン、ズドン、ズドン‥どれほどの時間が、過ぎたのか、東京から尼崎に転居して10か月あまり、それまで関東地域(東京都・神奈川県)で生活していたとき頻繁に経験した地震とは、大違いの体感でした。
強烈なタテ揺れのあとすぐ激しいヨコ揺れがあり、しばらくしてシーンと物音一つしない無音の世界‥犬・猫すらa0212807_13365173.jpg恐怖で鳴くこともできない不気味な闇の世界で覚醒した私は、当初1階の自宅に得体の知れないものが、突っ込んできたと錯覚(最初の大音響のズドンで覚醒した時とっさに大型ダンプの衝突と現実的に推測)、その後瞬時にズドン、ズドン‥と続いたタテ揺れで途轍(とてつ)もなく大きな地震が、発生したと感じました。
フトンから出ると暗闇の中で自室の辺り一面に散乱した物にぶつかりながら電灯のスイッチを探しオンにしてもa0212807_13404412.jpg点きませんでした。
手探りしながら廊下に出ると足裏でガラス破片を踏み、スリッパを探してリビングへ行き、じっと夜が明けるのを待ちました。
1時間余り過ぎたころ突然点灯、室内が明るくなり目に飛び込んできたのは、前夜と違う室内の光景でした。
無事だったテレビで臨時ニュースを見ながら自分の住まう場所が、大地震の震源地と知りビックリ‥つい1、2時間前に体感した‘激しい揺れ’を妙に納得しました。
遠くで臨時ニュースを見て心配しているかもしれない家族・友人・同僚にてきるだけ多く「被害は大きいが大丈a0212807_1343493.jpg夫」と自宅から電話(携帯電話がない時代)しましたが、電話もすぐに不通になりました。
日が昇り、外に出て辺りを見渡すと玄関向かいにある立派な旧家の2階が1階を押しつぶし崩壊、路地を挟んだ木造アパートは、今にも倒壊しそうに傾きガスの臭いがしていました。
阪神・淡路大震災のあと私は、辛いことも善いことも、人のやさしさも人生の無常(震災犠牲者6,434名)も含め多くのことを学びました。
20年前の今日、生きている偶然の奇跡を実感したことを改めて憶い出しました。
7年暮らした尼崎市稲葉荘(自宅)と西宮市鳴尾浜(職場)は、武庫川の両河川敷が、自転車で片道7㌔の通勤路でした。
焼き肉の美味しいお店、ホッペタ落ちる美味しいキムチ屋、絶品の長崎チャンポン屋、南京街鯉川筋の中華料理店‥行きたいなぁ。

私のアーカイブ写真 上から
1.自宅からそう遠くないところにある倒壊した
  阪神高速道路
2.1月16日、大震災の前日映画(確か「スピー
  ド」でした)を見た神戸三宮阪急会館
3.崩壊した神戸三宮の旧そごうデパート
4.震災後の大変な暮らしの中でも整然とならび配給品を受け取とる被災者たち‥「辛く苦しいのはお互いさま」
  という相手の痛みが分かる精神
by blues_rock | 2015-01-17 05:46 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
私は、常々「人は、道理を頭で理解するが、感情で動く」と思っています。
あの人の言うことは、理解できるけど‥やる気にならない、そんなこと日常生活の中にありませんか?
a0212807_5452012.jpgそして、もしその人から、一方的にあなたは、あの時やると言ったじゃないの、何でやらないの? ウソつき、などと言われたら、きっとあなたの感情は、ムカついてソッポ向くことでしょう。
軽いウソは、他人との関係(コミュニケーション)をスムースにする潤滑油で、まさしく‘お世辞’は、軽いウソの典型です。
改革を阻む‘面従腹背’には、人の心底に蠢(うごめ)く、保守性や狡(ずる)さ、やっかみやジェラシーによる裏切り、悪意を感じる背任行為などいろいろ原因があります。
しかし、そこまでの意志や反感はなくとも、リーダー(上司・指導者・社長・首相)の言うことが、メンバー(部下・スタッフ・社員・国民)に伝わらないのは、頭で理解したものa0212807_5492975.jpgのリーダー(上司・指導者・社長・首相)の品格や情熱にチカラがなく、メンバー(部下・スタッフ・社員・国民)の心に届かず感動しないからです。
そんなリーダー(上司・指導者・社長・首相)の指導・命令が実行に移されることはなく、むしろウンウンと頷く表情に騙され、結果として無視され面従腹背と同じ背任行為になるでしょう。
人は、安易(やすき)に流れるもの、一旦手に入れた安易は、捨てたくないというのが、人間の保守的な生業(なりわい)です。
感情と理性は、家庭のコミュニケーションを良くするためにも、会社発展の事業改革にも、まして国家100年の大計と安寧のために取組む変革にも不可欠な要素です。
a0212807_5521112.jpg子供たちは、親の言うことに感動すれば、素直に心を開いて言うことを聞くもの、部下は、部下で、普段から上司をしっかり観察しているもの、日ごろから何事にも率先垂範し、人の先頭に立って行動しているリーダーの一言なら厳しい指導でも命令でもスタッフは、素直に言うことを聞き、積極的に動くもの‥「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば、人は動かじ」です。
a0212807_5543065.jpgさて感情よりも、もっと厄介なものが、理屈抜きの生理感(好き嫌い)です。
生理的な好き嫌い、これは、まったくどうにもなりません。
生理的に好きの典型が、恋心で、生理的に嫌いの典型が、暴力です。
生理的に嫌いな相手の言葉や立ち振る舞いを我慢するのは、凡人にとって至難の業です。
相手への不愉快な嫌悪感にキレて罵(ののし)り‥とまあ、そこまで至らなくとも黙って早くその場を立ち去ることが、感情の平穏を保つベストの方法で、私は、不愉快で生理的にガマンできないことやガマンできない人に遭遇するとそうするようにしています。
しかし、政治だけは、別‥どんなに不愉快で生理的にガマンできなくても、納税者として選挙権を有する主権者として投票場でガマンできるギリギリの政治家を選ぶか、NO!の投票をしています。
by blues_rock | 2014-09-01 00:01 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
人生に定年はありません
老後も余生もないのです
死を迎えるその一瞬までは人生の現役です
人生の現役とは自らの人生を悔いなく生き切る人のことです
そこには老いや死への恐れはなく尊く美しい老いと安らかな死があるばかりです
a0212807_21351684.jpg
福井県の曹洞宗永平寺を訪ねたとき壁に貼られた紙に認(したた)められていた言葉です。
永平寺を開山した道元禅師(1200~1253)が、記(しる)した‘正法眼蔵’からのメッセージで道元禅師は、ひたすら坐禅する姿こそ仏であると‘只管打坐(しかんたざ)’の禅を伝えました。
良寛和尚(こちら)は、道元禅師の‘正法眼蔵’で禅を学び、生涯‘只管打坐’(ひたすら坐禅すること)を実践しました。
by blues_rock | 2014-08-07 23:41 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
‘衣食住’足りても、いまだ礼節なき豊満ニッポン、コクミンの欲望は、欲そのままに、いとも簡単に手に入り、働ける若者たちは、働かずに部屋に引きこもり、いずれ必ず訪れる老後(介護生活)資金となる「年金」の掛け金すら払わず、やがて年金給付のない無収入者になったとき、哀れを乞い‘生保(ナマポ)’に命の糧を求める少子a0212807_2093579.jpg化っ子たちの祖国日本国に未来はあるのでしょうか?
そんな世界に冠たるパラサイト福祉国家ニッポンの愚かな親たちは、子供のしつけが一番大切な幼少年期に放任し、学校教育は、モンスター・ペアレンツとのイザコザを避け事なかれ主義‥人として最も重要な‘権利と義務’という自由と民主主義の要諦を子供たちは、ダレからも教わらず、そのまま未成熟な大人(欲情性人)になります。                   (写真:九州ロマンチック街道から)
a0212807_20115874.jpg十代で妊娠し望まぬ出産で生まれた子供は、若い親に虐待され‘ほんの二つで死んで逝く’、そんな悲しい星の下に生まれた幼い子供たちの魂を一体ダレが、救済するというのでしょうか?
先日のニュースで、産んだ母親は、子育てを放棄し家出したまま行方知れず、親の自覚なき父親からは、虐待され水も食べ物も与えられず一週間放置された挙げ句、最期にかすかな声でひと言「‥パパ」とつぶやき、死んでいった幼い子供のことを伝えていました。
a0212807_22163416.jpgこの無垢な幼子の魂は、ダレが、救済するのでしょうか?
神さま?仏さま?‥いえ、いえ、このままでは、来世の地獄で、業火に焼かれるであろう現世の衆生(すじょう)たちが、この幼子の魂を救済せねばなりません。
「ほんの二つで死んでゆく」(こちら)は、残酷な親(鬼のような大人)に虐待され死んで逝ったすべての子供たちに捧げる鎮魂歌です。 
by blues_rock | 2014-07-10 00:10 | 人生/愛(Love) | Comments(1)
私が、子供のころの筑後平野は、夜ともなると辺り一面真っ暗闇で、道と田圃(たんぼ)の区別付かず運動靴のまま田植えの終わった水田に足を踏み入れたものでした。
夏の盛りも過ぎ夏休みが終わるころになると、農道と畑の境に埋められた大甕(おおがめ、‘肥溜め’のこと)のまわりには夏草が、背高く生い茂り、遊びに夢中の子供たちにとって‘肥溜め’は、いつも死角でした。
a0212807_2465030.jpg
チャンバラやトンボ捕りに夢中な子供の私は、畑の有機肥料として農家の厠(かわや、汲み取り式便所のこと)から汲み出された屎尿(しにょう)が、発酵熟成した大甕(おおがめ、肥溜めのこと)に一度ならず落ちました。
肥溜めに胸まで浸かり、熟成した屎尿の匂いが鼻を突く中、やっとのことで這い上がり家に帰ると母親が、「キャー!」と悲鳴をあげ、近くの堀(クリーク こちら)まで野良犬を追うように、シッシッと言いながら私を連れて行き
a0212807_247173.jpg
まるで汚物を洗うかのように(確かに‘汚物まみれ’でしたが)ゴシゴシと全身を洗ってくれました。
私は、発酵熟成した肥溜めの中が、温泉のようにとても温かったことと母親に連れて行かれた堀(クリーク)の水が、やけに冷たかったことを憶えています。
by blues_rock | 2014-01-31 23:50 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
私は、2年間の東京転勤を挟み、二度通算7年勤務した当時西宮市鳴尾浜にあった私の職場のすぐ近くに「リゾ鳴尾浜」というスパ&温水プール施設がありましたので、平日会員になり仕事の帰りに良く利用しました。
a0212807_1415299.jpg
「リゾ鳴尾浜」の前が、灘の海(瀬戸内海)なので露天スパに浸かり、あるいはデッキチェアに寝そべりながら、瀬戸内海に沈む夕日をぼんやり眺めていました。 (下写真2枚:灘の海に面した「リゾ鳴尾浜」と神戸の遠望)
a0212807_1421871.jpg
私は、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災を被災し、その時の記憶が鳴尾浜の夕日に重なります。
尼崎市稲葉荘の社宅から鳴尾浜の職場まで阪神甲子園球場前を経由してバスで30分くらい、春夏の高校野球
a0212807_1425890.jpg
全国大会や阪神タイガースの試合が、甲子園球場で開催される時の混雑と喧騒には、少し閉口しましたが、それも今では、懐かしい思い出となりました。
by blues_rock | 2014-01-30 01:40 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
夕日と云えば、石川県羽昨(はくい)市の千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイから眺めた日本海に沈む美しい夕日も忘れることができません。
a0212807_1142671.jpg
仕事で能登半島(こちら)に行く時、金沢駅から財団法人日本きのこセンター職員の方の車で能登有料道路(現在無料化され‘のと里山海道’と名称変更)を通りました。
a0212807_118936.jpg
四季折々、千里浜(ちりはま)海岸から眺める日本海の景色には、春夏秋冬の情感がありました。
千里浜なぎさドライブウェイは、千里浜海岸の砂浜を8㌔あまり走行できる粋な車道(道路標識設置)です。
a0212807_119313.jpg
千里浜を過ぎるとそこはもう能登半島、私にとって懐かしい思い出の多い半島です。
財団法人日本きのこセンター金沢事務所の皆さん、その節は、たいへんお世話になりました。
by blues_rock | 2014-01-29 23:29 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
黒澤明監督の1952年名作映画「生きる」の中で主人公を演じる志村喬(1905~1982)が、雪の降りしきる夜の公園でブランコを揺らしながら「ゴンドラの唄」を口ずさむシーンは、あまりにも有名です。
a0212807_1638443.jpg
1915年「ゴンドラの唄」は、作詞 吉井勇、作曲 中山晋平により発表され、新劇女優松井須磨子(1886~1919)が、自演劇の中で歌い一世を風靡しました。(松井須磨子のオリジナル「ゴンドラの唄」こちら
          ゴンドラの唄
a0212807_16384973.jpg 
   1.いのちみじかし  恋せよおとめ
     あかきくちびる  あせぬまに
     熱き血潮の  冷えぬまに
     あすの月日の  ないものを
   2.いのちみじかし  恋せよおとめ
     いざ手をとりて  かの舟に
     いざ燃ゆるほほを  君がほほに
     ここには誰も  来ぬものを
   3.いのちみじかし  恋せよおとめ
     波にただよう  舟のように
     君が柔手(やわて)を  わが肩に
     ここには人目の  ないものを
   4.いのちみじかし  恋せよおとめ
     黒髪のいろ  あせぬまに
     心のほのお  消えぬ間に
     きょうはふたたび  来ぬものを
by blues_rock | 2013-09-21 00:33 | 人生/愛(Love) | Comments(0)
日本経済新聞を読んでいたらジャック・マイヨールに触れた記事があり、彼は、日本人の友人に「世界で死の文化が、一番進んでいるのは日本だから、日本で勉強がしたい。」と言っていたそうです。
a0212807_1145405.jpgジャック・マイヨール(1927~2001自死 享年74才)は、日本の海と日本の文化(とくに座禅)を愛したフランス人でした。
1927年上海に生まれたジャック・マイヨールは、6才の頃から家族と一緒に夏の休暇を唐津の海で過ごしました。
10才の夏、唐津の海(七ツ釜)で初めてイルカに出会った体験は、ジャック・マイヨールの人生に大きな影響を与えました。
ジャック・マイヨールは、‘フリー(素潜り)ダイバー’として世界的に有名になっても機会あるたびに自分の人生の原点である唐津を訪ね「「私は、唐津に完全に魅了されています。ここに来ると家族を思い出し初めて会ったイルカを思い出すのです。」と述べています。
ジャック・マイヨールについては、フランスの名映画監督リュック・ベッソン(1959~)の映画「グラン・ブルー」(1988)を見ていただくと良く分かります。
ジャック・マイヨールは、49才のとき(機材を一切付けない)素潜りで100メートルの世界記録を作りました。
a0212807_14444160.jpg
さらに55才のとき自らの素潜り世界記録を更新、105メートルという前人未到の素潜り世界新記録を作りました。
潜水は、常に死と隣り合わせで、より深く潜れば、それだけ死に近くなり死を意識すると言われています。
ジャック・マイヨールは、潜水する前、長い時間座禅を組んで瞑想していました。
生前ジャック・マイヨールは、「地球上の生命は、みんな海から生まれた。地球がすべての生物の母であるとす
a0212807_14455893.jpg
れば、海はその子宮である。」と述べています。
2001年ジャック・マイヨールは、イタリア、エルバ島の自宅で自死、74才の生涯を自ら閉じました。
ジャック・マイヨールの遺骨は、トスカーナの海に散骨されましたが、唐津から玄界灘を見ていると唐津の海にも還してあげたかったと感傷的な気持ちになります。(上写真2枚:唐津 七ツ釜の海)
by blues_rock | 2013-08-10 00:39 | 人生/愛(Love) | Comments(0)