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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:詩/短歌/俳句/小説( 34 )

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  山寺の

  石のきざはし

  下りくれば

  椿こぼれぬ

  右にひだりに




明治の歌人、落合直文(1861~1903)の短歌(うた)です。
私は長い間、俳人河東碧梧桐(1873~1937)が、詠んだ短歌と思っていました。
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初雪に  いまを命の  椿(はな)ひとつ
人知られずに  散りてもあかく (拙私凡)
by blues_rock | 2011-11-19 19:48 | 詩/短歌/俳句/小説 | Comments(0)
   「赤いゴム長靴」  筑紫里子 詩

ふるさとの川は  美しい宝石  その生涯の短い時間に
夏休みは毎日泳ぎ  貝を捕り  小魚を追い遊んだ川
小学1年生の時  大きな台風が襲来し  川は決壊氾濫した
川の橋も流された
子供らは村の公民館に集まり集団登校
皆で手をつなぎ一列にならんで  川を横切り渡るため
のん気な時代で  下校時間はそれぞれ自由
濁流ゴウゴウの川を渡っていると
手にもった赤いゴム長靴が  片方ポトリと川へ落ちた
貧しい母が買ってくれた  大事な赤いゴム長靴だ
アッという間に  スゥーッと流れたa0212807_12422446.jpg
いやだとあわてて手を延ばし  拾おうと
川の中を急いで  二、三歩追いかけた
その瞬間  川底の石に足取られ  体が沈み濁流の中へ
赤いゴム長靴は目の前を  プカプカ浮き沈み流れて行く
私の体は赤いランドセルごと流されて
もう片方の赤いゴム長靴は  必死に離すまいと左手に
何も感じない  恐くもなくて  しばらくそのまま流さて
川の流れは緩急あって  青い空に太陽が見えた

ああ  私はどうなるのかな
小さな子供が川に流されて  溺れ死んだと
校長先生や両親が  川には注意するよう言っていた
私もそうなるのかな  死んで話題になるのは嫌だな
小さなダムをトントン場と呼んでいた
トントン場まで流されたら  助からないと言っていた
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もうすぐトントン場だから  助からないのかな
流されながらのん気にそんな風に思っていた
突然  川の真ん中から
なぜか一気に川岸の方に押し流されて
延した右手に何かが触れた
川面に垂れた柳の小枝を掴んだようだ
これを掴みなさいと言わんばかりに
とっさに捕まるとすると  またどうしてか
ずぶ濡れの重い体が  川岸の浅瀬に打ち上げられた
川の水面の下から  私を持ち上げる力がないと
ランドセルごとずぶ濡れの重い体は上らない
スゥーッとイルカのジャンプみたいに
真っすぐに体が浮かび上がり  小さな浅瀬に打ち上げられた
助かるための努力もしないで
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あの時の感覚は  あの時の微妙な感触は  言葉では現せない

小さな浅瀬の上で  私は泣いた
ゴウゴウと流れる川の濁流の側で
真っ青な空を見ながら何の思いもなく  ただ大声で泣いた
赤いゴム長靴もランドセルも  もうどうでもよかった
みっともない格好で  泣いたことだけ憶えている
助かってうれしいのでもなく  怖かったからでもなく
流されて失くした  片方の赤いゴム長靴でも
ずぶ濡れのランドセルのことでもなく

私はここにいる  と大声で泣いた
ただならぬ泣き声に  近くの製材所のおじさんが驚いて
飛んで来て助けてくれた  一人では上がれない浅瀬から
向う岸から幼なじみが  私の名前を大声で叫んでいた
a0212807_12471139.jpg家までの帰り道は  製材所のおじさんがおぶってくれて
背中で泣き続ける私に  もう大丈夫だと
やさしく慰め続けてくれた  遠い昔の話

製材所のおじさんはもういないだろう

もっと早く懐い出して  あの時の御礼を言いたかった
幼なじみは 元気でいるだろうか  憶えているだろうか
by blues_rock | 2011-10-11 06:36 | 詩/短歌/俳句/小説 | Comments(0)
傷ついた羽を閉じ眠ろう
血走った眼を思いきり、やさしく閉じよう

涙は流さないが、それでも眼は天井をさ迷う
ベッドの上でどうにも行き場のない心が、寝返りうって転がる

なだめて瞼を閉じれば、そこは懐かしい闇の世界
生まれる前にいた、そして死んだらまた必ず行くところ、暗闇

それだけのこと、たったそれだけの束の間のこと
涙流すことはない、悲しむこともない

朝日が昇り、風が吹く
夕日が沈み、夜が来る

ただそれだけ
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昼間の光りのなかで、優しい気持ちでいたい
夜の闇のなかで、わずかの温もりが欲しい

それだけのこと

もう眼を閉じ眠ろう
ああ、心をこめてできる限り自らの心を愛して眠ろう

どうぞ、今夜の夢は楽しい夢でありますように
by blues_rock | 2011-06-27 01:08 | 詩/短歌/俳句/小説 | Comments(0)
「自分の感受性くらい」

ぱさぱさにかわいていく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難しくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

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苛立つのを
近親のせいにはするな
何もかもへたくそだったのはわたくし

初心消えかかるのを
暮らしのせいにはするな
そもそもが ひよわな志にすぎなかった

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駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ

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この詩を初めて知ったのはもう三十年も前‥遠い昔のはずなのに、いつ読んでもグサグサと言葉が心に刺さり、神経がヒリヒリします。
自分という得体の知れない魔物も、この詩を読むとおとなしくなり、しばらく静かにしています。
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茨木のり子さんは、西東京市東伏見の自宅に一人暮らし、2006年2月17日病気で亡くなられた時も、自宅寝室で一人亡くなられました。
枕元には、遺書(手紙)があり日付と病名を空欄にし‥自分が死んだこと、生前のお礼、自分の弔いへの一切の辞退などが、書かれていたそうです。
一人暮らしの生前から、自分の強い意志で自らの死を準備されていたのでしょう。
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茨木のり子さんの詩から感じる人生への凛とした覚悟は、この世の孤独も寂寥も受け入れて深山の草庵で暮らす尼僧のように思えます。
心よりご冥福を申しあげます‥などと言えば、他人のことより自分の心配をしなさいとお叱り受けそうです。
by blues_rock | 2011-06-19 10:48 | 詩/短歌/俳句/小説 | Comments(0)