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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:音楽(Blues/Rock)( 174 )

もう一人、ラジオ音楽番組史に忘れてはならない重要なDJがいます。
1950年代に活躍した白人DJのアラン・フリード(1921~1965没、享年43才、下写真)です。
彼は、1953年白人向けラジオ放送の音楽番組で、自分の好きな黒人音楽(リズム&ブルース)だけを流し、リズム&ブルースとは紹介せずに、いつも‘ロックンロール!’と叫んでいました。
今でこそロックンロールは、世界中で知られ、万人の音楽ですが、1950年代当時のアメリカ社会には、奴隷制度
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の悪弊であった人種差別(アパルトヘイト)は、まだ根強く残り、白人(権力)の黒人に対する卑劣な暴力やおぞましい虐待が、日夜平然と行われていました。
アラン・フリードは、アメリカ白人社会の反発や嫌がらせにお構いなく自分番組でロックンロール(黒人音楽)を流し続け、ロックンロールは、瞬く間にアメリカを席巻しました。
アラン・フリードは、ロックンロールの伝道師として人種に関係なく若い世代に絶大な人気がありました。
彼は、史上初のロック・コンサート(ムーンドッグ・ロックンロール・パーティ)開催者でもありました。
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彼の社会的な影響力を良く思わない保守層は、1962年ラジオ音楽番組のDJたちを収賄罪で告発(レコード会社からワイロを貰った罪)しました。
アラン・フリードは、権力に抵抗して誓約書へのサインを拒否したため、スケープ・ゴート(1964年彼だけが有罪になりラジオと音楽業界から永久追放)にされました。
判決の翌年1965年、アラン・フリードは、アルコール依存症の病気により失意のまま若くして亡くなりましたが、その後彼の偉業は、高く評価され名誉を回復、1986年「ロックの殿堂」(オハイオ州クリーブランド市、上写真)入りを果たしました。
by blues_rock | 2013-02-21 00:05 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
ハウリン・ウルフ(1910~1976)の渋くハスキーなヴォーカルとブルース・ハープ、ハウリン・ウルフのバンドで1976年にハウリン・ウルフが、亡くなるまで20年以上もギターを担当した相棒ヒューバート・サムリン(1931~2011)のブルースも痺(しび)れます。
二人が、ロック・ミュージシャンに与えた影響は大きく、その代表的なバンドが、‘クリーム’であり‘ローリング・ストーンズ’でした。(ハウリン・ウルフの‘スプーンフル’こちらです。)
a0212807_20434930.jpgクリームは、1966年から1968年までわずか2年間余のバンド活動でしたが、あっと言う間に世界を席巻、当時誕生し始めていたハードロックに大きな影響を与えました。
エリック・クラプトン(当時ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズのギタリスト)、ジャック・ブルース(ベース)、ジンジャ・ベイカー(ドラム)というブルースを愛する3人が、クリームを結成、バンドの役割は、すべて対等で誰がリーダーリップを取るわけでもなく、ライブではそれぞれの高度な演奏能力と個性が、ぶつかり合い強烈なアドリブでブルースにロックを融合、ブルースロックに昇華させていきました。(クリームのカヴァーした‘スプーンフル’はこちらです。)
エリック・クラプトン(下写真)は、最初歌うことを恥ずかしがっていましたが、ヴォーカルも担当していたベースの
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ジャック・ブルースとドラムのジンジャ・ベイカーの二人は、いつも険悪で、エリック・クラプトンも次第に歌うようになりヴォーカルも担当するようになりました。
クリームは、1968年人気絶頂にありましたが、惜しまれながら解散しました。
エリック・クラプトンは、翌1969年6月、自分のバンド‘ブラインド・フェイス’を結成しますが、LP1枚だけを残して10月にバンドを突然解散しました。                          (下写真:ジャック・ブルース)
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24才のエリック・クラプトンは、自分の新境地を求めアメリカに渡りました。
1970年‘デレク・アンド・ザ・ドミノス’を結成、デュアン・オールマンに出遭いロックの名曲「いとしのレイラ」(デュアンの麗しいスライド・ギターが心に響きます、こちら)を発表しました。
エリック・クラプトンは、デュアンをデレク・アンド・ザ・ドミノスに誘いましたが、デュアンは‘オールマン・ブラザーズ・バンド’(こちら)を離れませんでした。                   (下写真:ジンジャー・ベイカー)
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1971年デレク・アンド・ザ・ドミノスもアルバム「いとしのレイラ」1枚を残して解散、その年の10月、デュアン・オールマンが、オートバイ事故で亡くなりました。
前年の1970年9月、盟友ジミ・ヘンドリックスが薬物事故で死亡、立て続けに友人を失くしたエリック・クラプトンの受けた悲痛と精神的なダメージは大きく、その悲しみを癒せない   彼は、次第にアルコールと薬物に依存するようになりました。                                (下写真:ヒューバート・サムリン)
a0212807_20521865.jpgそして依存症治療のため長期入院、エリック・クラプトン死亡のウワサが流れました。
ヒューバート・サムリンと彼をリスペクトするエリック・クラプトン、ロバート・クレイ、ジミー・ヴォーン3人とのセッション・ライブ(こちら)も師匠を気遣う弟子たちのようでほんのりする光景です。
by blues_rock | 2013-02-18 00:08 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
今夜は、少しリラックスしてカントリー・ジャズの名曲‘テネシー・ワルツ’を楽しみたいと思います。
歌うのは、ボニー・レイット(1949~)とノラ・ジョーンズ(1979~)で、ゆっくりお互いの声を確かめ合うようにデュエットしています。(こちらでお聴きください。)
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ボニー・レイットは、女性のスライド・ギタリストとして有名なブルース&ロック・ミュージシャンです。
ノラ・ジョーンズについては、拙ブログですでに書きましたので、こちらに少し詳しく紹介しています。
ノラの父親は、インド楽器シタール奏者のラヴィ・シャンカール(1920~2012)でビートルズのジョージ・ハリスン、
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ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズにシタールを教えました。
テネシー・ワルツは、1948年に発表され、1950年パティ・ペイジ(1927~2013)が、カヴァーすると世界的に大ヒットしました。
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パティ・ペイジの清純な歌声が、美しいメロディと三拍子のリズムにゆったりと調和してハッピィな気持ちにさせてくれます。(こちらでお聴きください。)
by blues_rock | 2013-02-13 00:12 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
去年(2012年)の11月29日、ロンドンで開催されたザ・ローリング・ストーンズのデビュー50周年記念コンサートの模様を記録した動画が、YouTubeにリリースされていました。
それもゲストが、エリック・クラプトン(1945~72才)です。
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ザ・ローリング・ストーンズ、エリック・クラプトンについては、拙ブログで何度も取り上げていますので、割愛させていただきますが、エリック・クラプトン、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ロン・ウッドの皆さんたちは、何やら楽しそうに笑顔で話しながらマディ・ウォーターズの「シャンペン&リーファー」をカヴァーしています。
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1960年代、ロックンロールに熱中したころの面影を残した70才の渋いパフォーマンスです。
It's only Rockn'Roll, but‥ Great!と感激しました。
by blues_rock | 2013-02-05 23:55 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
ブルースの歴史を話す時、デルタブルースのロバート・ジョンソン、エルモア・ジェームスと来れば、やはり次はシカゴブルースのシンボル、マディ・ウォーターズ(1915~1983)です。
マディ・ウォーターズのステージ・ネームは、生まれ育ったミシシッピ州デルタ地帯の水たまりで泥んこ(マディ)になって遊ぶのが大好きな子供だったことから、子供の頃のニックネーム‘マディ’に由来しています。
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1943年に故郷ミシシッピ州を離れシカゴに移住、ブルースにいち早くエレキ・ギターを持ち込み風格あるヴォーカルで多くのブルース・ミュージシャンに影響を与え‘シカゴブルースの父’と称されました。
ロックに与えた影響も大きくエリック・クラプトン、ローリング・ストーンズ、ジョニー・ウィンターなど他にも多くのロックミュージシャンがマディ・ウォーターズの演奏スタイルを学び自分のオリジナリティを確立していきました。
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とくにローリング・ストーンズ結成メンバー、ブライアン・ジョーンズ、ミック・ジャガー、キース・リチャーズは、マディ・ウォーターズを心酔しました。
ザ・ローリング・ストーンズ’というバンド名もマディ・ウォーターズの曲‘Rollin' Stone’(1950)を元にしています。
by blues_rock | 2013-01-27 00:33 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
イギリスのハードロック・バンド、レッド・ツェッペリン(1968~1980)の3rdアルバム「レッド・ツェッペリンⅢ」(1970)A面1曲目に収録されている「移民の歌(Immigrant Song)」が、2011年の映画「ドラゴン・タトゥの女」にハードコア調にアレンジされ使われていました。
レッド・ツェッペリンは、1970代半ば、ロンドンのパンク・ムーブメント(ニューヨークのアンダーグラウンド・ロックがロンドンに飛び火し1977年にピークを迎える)に影響を与えました。
パンク・ロックが、あまりに素人っぽく演奏も歌もヘタで、不良な格好(チンピラ・ファッション)ばかりのバンド(音楽センスも演奏テクニックもないロックバンドの氾濫)にウンザリしているロックファンも大勢いました。
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パンクロック・ミュージシャンたちも同様でニューウェイブのロックバンドを結成、パンクのビートに重低音を効かせ、ギターリフを強調しパンクロックに音楽性を持たせました。
ヴォーカルにも楽器の役割を持たせ悲鳴のようなハイトーンボイスに、歌詞の内容も「悪魔・地獄・死」などインパクトのある曲が多くなりました。
それが「ヘビィメタル」と呼ばれたロックで1970年代半ばから1980年代にかけて世界のロックを席巻しました。
ブラック・サバス、ジューダス・プリースト、アイアン・メイデン‥彼らが活躍した1980年代は、‘ブリテッシュ・ヘビィメタル・ロック’の黄金期でした。
               ◇
       「移民の歌」  レッド・ツェッペリン
我は、熱い泉が、溢れ出る白夜と氷雪の国からやって来た
寒さから逃れ、新天地を求め、艦隊を連ね、食料を求めて戦い
歌い、泣き叫び、ヴァルハラ(北欧神話の宮殿)目指して我は来た
永遠の眠りから閃光とともに目覚めると、我はさらに西方の海岸を目指す
は、熱い泉が溢れ出る白夜と氷雪の国からやってきた
こんな感覚、なんという未熟なやつ、ささやいたのはトール(北欧神話の神)
この戦いの中で、どうやって現れたのか、我々はお前たちの偉大なる君主
永遠の眠りから閃光とともに目覚めると、我はさらに西方の海岸を目指す
お前たち、今すぐやめろ、そして平和のために廃墟を建て直し
勝利できると信じるのだ、お前たちの全てを失ったにしろ
(付記:ロバート・プラントがアイスランドに滞在中、スカンジナビア半島の海洋民族であったバイキングをイメージして作詩、これにジミー・ペイジが曲を付け、HR/HMの名曲「移民の歌」はできました。)
by blues_rock | 2013-01-26 00:25 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
a0212807_0522593.jpgサニー・ボーイ・ウィリアムスン(1899~1965、ミシシッピ州)は、シカゴ・ブルース草創期に活躍したブルース・ハープ(ハーモニカ)の達人です。
シカゴのチェス・レコードから5枚のレコードを発表しています。
亡くなる(1965年没)前の1963年か1964年、イギリスで開催された「アメリカン・フォーク・ブルース・フェスティバル」に出演した時の貴重なライブ映像(こちら)です。
1960年代、サニー・ボーイ・ウィリアムスンのブルース・ハープのすばらしさに魅せられたイギリスのロック・ミュージシャンたちが、大勢いました。
アニマルズ、ヤードバーズ、ジミー・ページは、一緒にレコーディングセッションしています。
by blues_rock | 2013-01-17 00:40 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
ハードロックの名曲「Born to Be Wild」は、ステッペン・ウルフ(1967~1971、カナダ)の代表的な曲で、アメリカン・ニューシネマの傑作映画「イージー・ライダー」(1969)の主題歌としても有名です。
アメリカを始め世界の旧い政治と既存の社会体制が、激動した1960年代の終わりに公開された映画「イージー・ライダー」(監督デニス・ホッパー、脚本・主演デニス・ホッパー、ピーター・フォンダ)の反体制的なストーリーと相
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まって、当時反権力・反体制の象徴のように思われていたロックの、それもステッペン・ウルフのハードロック「Born to Be Wild(ワイルドで行こう)」は、社会的なインパクトがありました。
この曲の歌詞にある‘Heavy metal thunder’ というフレーズが、ステッペン・ウルフのハードロックのイメージと重なり‘Heavy Metal Rock ’という言葉が生まれるキッカケになりました。
by blues_rock | 2013-01-16 00:16 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
HR/HMとは、ロックのジャンル(カテゴリー)を表わす用語で、HRは、Hard Rockのこと、HMが、Heavy Metal Rockのことで、ロック数寄な方なら説明不要の言葉です。これまであまりHR/HMのことは、書きませんでしたが、少し趣向を変えて「bluesの話」と「HR/HM」のことを書きたいと思います。
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私は、眠れないことがあると好きな「HR/HM」bandの曲(CD)をヘッドホン(かイヤホン)のボリュームを少し大きめにして聴きくと、すぐにスヤスヤ眠れます。
私の好きなHR/HMの名曲を拙ブログで時々ご紹介したいと思いますので、好かったらお付き合いください。
今夜は、Hard Rockの名曲で第2期Deep Purpleの「Smoke on the water」でDeep Purple1973年アメリカでのa0212807_291031.jpg
コンサートです。
私は、第2期のDeep Purple(1969~1973) が好きで、bandのメンバーは、ジョン・ロード(オルガン)、リッチー・ブラックモア(ギター)、イアン・ギラン(ボーカル)、ロジャー・グローバー(ベース)、イアン・ベイス(ドラム)でした。
1972年Deep Purpleの日本公演(大阪・東京)を録音したライブ・アルバム「ライブ・イン・ジャパン」が、すばらしく海外で名盤との評判となり、このアルバムからシングル・カットされた「Smoke on the water」が、それまでDeep Purpleの知名度の低かったアメリカで大ヒットし、世界的なHard Rock bandになりました。
by blues_rock | 2013-01-15 02:04 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
The Rolling Stonesは、It’s only Rock’n’Rollとcoolに言いながら、半世紀(50年)もの間、浮き沈みの激しいRock’n’Rollの世界で、つねに最強のTop Bandであり続ける情熱と才能に畏敬の念をもつばかりです。
昨年2012年11月イギリス2回、12月アメリカ2回の50周年記念公演コンサートの模様が、早くもYouTubeにアップ
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されています。
しかし、素人の録画・録音なのでひどく、Martin Scorsese監督の2008年The Rolling Stonesライブ映画「Shine a Light」から「Jumpin Jack Flash」と「Satisfaction」を紹介します。
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パソコンの音量を大きめにして“フルスクリーン・モード”でご覧になるとThe Rolling StonesのRock’n’Rollをライブ感覚で楽しむことができるでしょう。
by blues_rock | 2013-01-14 00:07 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)