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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:音楽(Blues/Rock)( 173 )

サム・クック(1931~1964没、享年33才)のR&B‘wonderful world’をウルフルズ(1988~2009)は、スロー・バラードでカヴァー、何んとも切ないラブ・ソングにしました。
   ‘ワンダフル・ワールド
Don't know much about history
Don't know much biology
a0212807_2211534.jpgDon't know much about science books
Don't know much about French I took
But I do know that I love you
And I know that if you love me too
What a wonderful world this could be
どの街まで行けば 君に会えるだろう
どの街を歩けば 君に会えるだろう
教えておくれよ
君が好きだから
いつもそばにいたいから
何にも知らないけど
笑い飛ばして
a0212807_22144588.jpg君のことだけ 考えてる
もうすぐ行くからね
むずかしいことなんか
よくわからないけど
恋すれば誰でも
ボクと同じなのさ だから
教えておくれよ
君が好きだから
いつもそばにいたいから
教えておくれよ
君が好きだから
いつもそばにいたいから
What a wonderful world this could be
What a wonderful world this could be
by blues_rock | 2013-04-09 21:52 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
a0212807_21214683.jpg先日のブログで「ロコ・モーション」は、1960年、キャロル・キング18才の時、歌手として自分が、歌うために発表した曲と書きました。
現在(いま)では、多くのミュージシャンが、カヴァーしているロックの名曲ですので、少し書き加えたいと思います。
「ロコ・モーション」の作曲は、キャロル・キングですが、作詞は、当時夫であったジェリー・ゴフィン(1939~)でした。
キャロル・キング&ジェリー・ゴフィン夫妻は、二人が離婚するまでに、数多くの曲(1960年~1963年の3年間だけでトップ40位以上に20曲)を発表しました。
a0212807_21233385.jpg1962年に「ロコ・モーション」を大ヒットさせたリトル・エヴァですが、デヴューする前は、キャロル・キングの家で彼女の子供二人のベビーシッターとして働いていました。
エヴァは、子守歌の替わりに子供たちに母親の歌「ロコ・モーション」を歌ってあげていました。
彼女の歌唱力(フィーリングと歌の上手さ)に感心したキャロル・キングは、「ロコ・モーション」をエヴァに歌わせようとリトル・エヴァという歌手名でデヴューさせました。
リトル・エヴァの「ロコ・モーション」は、大ヒットしビルボード誌チャート第1位になりました。
a0212807_2132769.jpg1974年には、グランド・ファンク・レイルロード(1968~1977)が、ハードロックで「ロコ・モーション」を演奏、これもビルボード誌チャート第1位になりました。
さらに1987年カイリー・ミノーグ(1968~)のダンス・ビート「ロコ・モーション」が、大ヒットし母国オーストラリアでは、7週間チャート・トップになりました。
名曲を‘歌唱力のあるミュージシャン’が、カヴァーすると名曲は、さらに名曲になっていくものです。
「ロコ・モーション」の生みの親であるキャロル・キングの歌う「ロコ・モーション」(1980年こちら)も、当然ことながら“すばらしい!”の一言、良かったらぜひ聴いてみてください。
by blues_rock | 2013-04-05 00:16 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
キャロル・キング(1942~)といえば、「つづれおり(Tapestry)」と連想ゲームのように、誰でもすぐ答えるくらい、キャロル・キングが、1971年に発表したLPアルバム「つづれおり(Tapestry)」は、斬新で、ポップス・フォーク・ロック音楽史の記念碑的な名盤中の名盤です。
1971年に発表されてから15週連続音楽チャートの1位を獲得、その後1970年代のハードロック全盛期にあっても6年(306週)にわたり「つづれおり(Tapestry)」がチャートから消えることはありませんでした。
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今までに2,200万枚を超える驚異的なヒットを記録し、現在もなおファンを拡大し続けているというその音楽の普遍性といった意味からも歴史的な名盤です。
LPアルバム「つづれおり(Tapestry)」は、1972年のグラミー賞4部門で、最優秀アルバム賞・最優秀女性ポップヴォーカル賞・最優秀レコード賞「イッツ・トゥー・レイト」・最優秀楽曲賞「君の友だち(You've Got a Friend)」を受賞しました。
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キャロル・キングは、学生時代からポール・サイモン(1941~、サイモン&ガーファンクル)も認める音楽の才能にあふれる逸材で、ポール・サイモンが、キャロル・キングに、音楽のミキシング方法(デモ・テープの作り方)を教えました。
1960年キャロル・キング18才のとき、すでに現在(いま)に歌い継がれるロックの名曲「ロコ・モーション」を発表しましたが、ヒットするには至りませんでした。
a0212807_1185288.jpg1962年にリトル・エヴァが、この曲をカヴァーして大ヒット、「ロコ・モーション」は、瞬く間にヒットチャート第1位になり、キャロル・キングの名前は、一躍有名になりました。
1971年ジェームス・テイラー(1948~)は、「君の友だち(You've Got a Friend)こちら」をカヴァー、このカヴァー曲もビルボード・トップ100のチャートで第1位になりました。
キャロル・キングは、五輪真弓(1951~)のデモ・テープを聴き感銘、1972年の五輪真弓デヴュー・アルバム「少女」のレコーディングに参加しました。
1950年代の後半、ポップスで一世を風靡したニール・セダカ(1939~)が、1958年に発表した「おお!キャロル」は、当時ガール・フレンドだったキャロル・キングへの恋心を歌ったものです。
今聴いても、青春の甘酸っぱい懐い出が漂う胸キュンなラブ・ソングです。
by blues_rock | 2013-04-02 01:00 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
エイドリアン・ブリュー(1949~)もスティーブ・ヴァイと同じく鬼才フランク・ザツパ(1940~1993)のバンド「ザ・マザーズ・オブ・インベンション」出身のギタリストです。
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フランク・ザッパ(下の写真)は、52年の人生で60枚のアルバムを発表、生涯をとおして反権力・反キリスト教原理主義・反検閲・反商業主義のミュージシャンでした。
a0212807_013545.jpgフランク・ザッパと「ザ・マザーズ・オブ・インベンション」(1964~1975)については、ルーツ・ミュージック、ジャズ・ロック、ブラック・ミュージック、ジャズ・フュージョン、パンク&ニュー・ウェイヴ、ファンク、レゲエと多岐にわたり常に時代の前衛でしたので別な機会に改めて書きたいと思います。
フランク・ザッパの元から巣立ったロック・ミュージシャンは、数多く、夭折のギタリスト、ローエル・ジョージ始め、先日記事にしました異才スティーブ・ヴァイ、今夜ご紹介するエイドリアン・ブリューなどユニークなギタリストばかりです。
スティーブ・ヴァイが、ロックの異才ギタリストなら、エイドリアン・ブリューは、ロックの奇才ギタリストと言って良いでしょう。
エイドリアン・ブリューは、フィードバック奏法が上手く、ギターで動物の鳴き声などギミックな音を表現し、彼ならではの演奏を聴かせてくれます。
彼は、ギターの腕を買われて「ザ・マザーズ・オブ・インベンション」、「トーキング・ヘッズ」、「デヴット・ボウイ」、「キング・クリムゾン」のギタリスト(&ヴォーカル)として活躍しました。  (下写真:ロバート・フィリップ、「キング・グリムゾン」のリーダーでギタリスト)
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とくに「キング・クリムゾン」の盟友ロバート・フリップ(1946~いつも椅子に座りクールにギター演奏)との相性は、抜群で前衛的でありながらも楽しい演奏(こちら‥ギターで‘ゾウの鳴き声’を演奏)を聴かせてくれます。
by blues_rock | 2013-03-27 00:16 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
a0212807_0233173.jpgスティーブ・ヴァイ(1960~)は、ロックギターの異才です。
どんなふうに異才かと言うと、彼のギグ(ライブ)を聴くと「ワァーオ!スゲェ!参った!」とまず感じます。
名ロックギタリストの多くは、ブルース・フレーズを基調にしていますが、スティーブ・ヴァイは、ブルース・フレーズを好まず(今はそうでもない)、そのことが彼を異才のロックギタリストにしました。
その異才の芽は、若いころフランク・ザッパのもとで採譜の担当などをしていた影響でしょう。
アルカトラス、ホワイトスネイクなどを経て、今では孤高のロックギタリストとして活躍しています。
a0212807_0251056.jpg日本人のギタリストでは、松本孝弘(1961~)・布袋寅泰(1962~こちら)を高く評価、二人とそれぞれセッションしています。
スティーブ・ヴァイは、ロックミユージシャンとしては珍しく、名門バークリー音楽大学で音楽理論や演奏技術を学んでいます。
彼のエキセントリックなギター演奏とは裏腹に性格は、極めてクールです。
人と議論や口論するでも声を荒らげることはなく、彼の音楽(ロック)にイチャモン付ける相手には、言葉巧みにa0212807_026197.jpg翻弄したりします。
まず人と争うことを好まず、バンドでも音楽の指向性でメンバーと意見が対立するとさっと身を引き、バンド脱退後も一切説明せず沈黙してしまうため、気難しい孤高のロックミュージシャンという印象が付きまといます。
一方、彼のコンサートに来てくれるファンに対しては、きめ細かな気配りをして大切にするのでスティーブ・ヴァイ・ファンが、彼から離れることはありません。
彼のエキセントリックなギグを聴きながら(こちら)、根っからのベジタリアンで趣味は養蜂(蜜蜂の養育)というイメージを思い描くのも楽しいものです。
by blues_rock | 2013-03-23 00:04 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
ヴァン・ヘイレン (Van Halen)が、イギリスのロックバンド「キンクス(Kinks 1964~)」の「You really got me」をハードロックでカヴァー(こちら)し1978年に世界的大ヒットとなりました。
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今では、ディビット・リー・ロスのヴォーカルによるヴァン・ヘイレンのほうが、有名になったものの、1964年に発表したキンクスのオリジナル「You really got me」(こちら)を聴くと斬新なロックの感性を感じます。
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キンクスは、ビートルズやローリング・ストーンズの個性とは少し違うタイプのロックバンドでした。
by blues_rock | 2013-03-21 00:35 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
私が子供のころ、守屋浩(1938~)の歌う「有難や節」(こちら)という歌謡曲が、流行りました。
‘あーりがたや、ありがたや’のフレーズと音頭のような節回しのメロディを子供の私もすぐに憶え‘あーりがたや、ありがたや’と歌詞の意味もわからずに鼻歌のように唄っていました。
作詞・作曲(既存メロディに補曲)したのは、浜口庫之助(1917~1990)です。
当時、浜口庫之助の作曲する歌は、戦争前の陰鬱な時代にすでにジャズに親しんでいた素地もあり、垢ぬけたメロディは彼独自のものでした。
私は、この「有難や節」のアナーキーでユーモアあふれる歌詞も好きです。
  「有難や節」a0212807_2049754.jpg
有難や有難や   有難や有難や
金がなければ
くよくよします
女に振られりゃ
泣きまする
腹がへったら
おまんまたべて
寿命尽きれば
あの世行き
有難や有難や   有難や有難や
恋というから
行きたくなって
愛というから
会いたがる
こんな道理は
誰でもわかる
それを止めたきゃ 字を変えろ
有難や有難や    有難や有難や
有難や有難や    有難や有難や
デモはデモでも    あの娘のデモは
いつもはがいい    じれったい
早く一緒になろうと言えば
a0212807_21115956.jpgデモデモデモと    言うばかり
有難や有難や    有難や有難や
近頃地球も      人数が増えて
右も左も        満員だ
だけど行くとこ     沢山ござる
空にゃ天国      地にゃ地獄
有難や有難や    有難や有難や
有難や有難や    有難や有難や
酒を飲んだら     極楽行きと
思うつもりで      地獄行き
どこでどうやら     道間違えて
どなる女房の     えんま顔
有難や有難や     有難や有難や
親の教えは貴いものよ
俺もそろそろ      見習おか
親父ゃええとこで   酒飲んでござる
勉強ばかりじゃ    親不孝
有難や有難や     有難や有難や
by blues_rock | 2013-03-19 21:18 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
私は、30代半ばから40代にかけてハードロック・ギタリストのゲイリー・ムーア(1952~2011、北アイルランド)に夢中になり通勤の往き帰りに聴いていました。
今でも「still got the blues」を聴くと通勤途中のいろいろな出来事や四季折々の風景を懐い出します。
ブルースとロックの音楽を融合したゲイリー・ムーアの卓越したギターの音は、私の心を熱くしたり、時に切なくしたりして私の心に響きました。
ゲイリー・ムーアは、1990年のアルバム「still got the blues」収録でアルバート・キング(1923~1992)とアルバート・コリンズ(1932~1993)、二人の名ブルース・ギタリストとセッションしました。
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そして完成したのが、ブルース・ロックの名曲の名曲「still got the blues」(こちら)です。
ゲイリー・ムーアにとってブルースの師ともいうべき‥チョーキング奏法で豪快な演奏をする‘アルバート・キング’、ピックを使用せずフィンガリングで渋いギターを弾く‘アルバート・コリンズ’とのすばらしいライブ「The Midnight Blues Band ~ still got the blues 」映像(こちら)が、YouTubeにありましたので騙されたと思って一度聴いてみてください。
もうひとつ、ゲイリー・ムーアが、元「クリーム」のジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカーと‘BBM’というバンド名でセッションした映像(こちら)もエリック・クラプトン当時の「クリーム」を懐い出させる必見の価値あるすごい映像もありましたので併せてお聴きください。
‘ゲイリー・ムーアは、ギターの人間国宝’と評したロック音楽評論家の言葉に私も同感します。
by blues_rock | 2013-03-16 00:41 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
「ハウンド・ドッグ」は、エルヴィス・プレスリー(1935~1977、こちら)が、1956年21才のときに世界的に大ヒットさせ、一世を風靡したロックンロールの名曲です。
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このブルースの名曲をカヴァーしたエルヴィス・プレスリーのロックンロール・ヴァージョンが、あまりにも有名になり、ビッグママ・ソーントン(1926~1984)は、「この歌は、私の歌なのに!」とオカンムリだったそうです。
a0212807_23242087.jpg確かに「ハウンド・ドッグ」は、エルヴィスが、歌って大ヒットさせる3年前の1953年、ビッグママ・ソーントンのブルースとしてこちらもヒットしていました。
すっかりお株を奪われてしました彼女は、その当時ずっとエルヴィスを恨んでいたようです。
私にとって二人の「ハウンド・ドッグ」ともに感動的なパフォーマンスです。
by blues_rock | 2013-03-14 00:21 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)
もう一人、ラジオ音楽番組史に忘れてはならない重要なDJがいます。
1950年代に活躍した白人DJのアラン・フリード(1921~1965没、享年43才、下写真)です。
彼は、1953年白人向けラジオ放送の音楽番組で、自分の好きな黒人音楽(リズム&ブルース)だけを流し、リズム&ブルースとは紹介せずに、いつも‘ロックンロール!’と叫んでいました。
今でこそロックンロールは、世界中で知られ、万人の音楽ですが、1950年代当時のアメリカ社会には、奴隷制度
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の悪弊であった人種差別(アパルトヘイト)は、まだ根強く残り、白人(権力)の黒人に対する卑劣な暴力やおぞましい虐待が、日夜平然と行われていました。
アラン・フリードは、アメリカ白人社会の反発や嫌がらせにお構いなく自分番組でロックンロール(黒人音楽)を流し続け、ロックンロールは、瞬く間にアメリカを席巻しました。
アラン・フリードは、ロックンロールの伝道師として人種に関係なく若い世代に絶大な人気がありました。
彼は、史上初のロック・コンサート(ムーンドッグ・ロックンロール・パーティ)開催者でもありました。
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彼の社会的な影響力を良く思わない保守層は、1962年ラジオ音楽番組のDJたちを収賄罪で告発(レコード会社からワイロを貰った罪)しました。
アラン・フリードは、権力に抵抗して誓約書へのサインを拒否したため、スケープ・ゴート(1964年彼だけが有罪になりラジオと音楽業界から永久追放)にされました。
判決の翌年1965年、アラン・フリードは、アルコール依存症の病気により失意のまま若くして亡くなりましたが、その後彼の偉業は、高く評価され名誉を回復、1986年「ロックの殿堂」(オハイオ州クリーブランド市、上写真)入りを果たしました。
by blues_rock | 2013-02-21 00:05 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)