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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:柏原生活/博多叙景( 139 )

昨年10月、「博多漆芸研究所」に移籍し(金継ぎ工芸会から移り)、早4か月、光陰矢の如し です。
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今年2018年の1月から「博多漆芸研究所」は、天神の金継ぎ工芸会(の間借り)から福岡市中央区六本松一丁目の裏六本松と呼ばれる昭和レトロな界隈に移転、装いも新たにオープンしました。
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今から一万年前、日本列島で縄文人が、生活していた時代すでに彼らは、漆を使う技術(智慧)を持っていたことが、縄文遺跡から出土する漆工芸の遺物から証明されています。
a0212807_04510572.jpgその漆芸の智慧は、弥生人から倭人(やまとびと)、そして今につながる古代日本の先祖を経てわが国の伝統工芸として受け継がれています。
漆工芸は、漆という一筋縄では、いかない‘天然素材’のご機嫌を窺いながら、塗り(または拭き)、乾かし(漆は、温度25℃前後&湿度70%前後でないと乾かない)、研いで磨いて完成させます。
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金継ぎは、漆工芸技術のひとつで‘茶の湯’が、生まれた室町時代に端を発し、茶道具を愛する茶人たちにより育てられた漆芸です。 (参考 : 鮨の のっている織部長皿は、拙 色漆直しです。)
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私は、8年間余り金継ぎばかりしてきましたが、余技にしていた漆遊び(遊戯)から少しウィングを広げ金継ぎも含めた漆工芸に余生の時間を充てようと「博多漆芸研究所」の研究員になりました。
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何かひとつ自己満足できる傑作を地球土産に私のふるさとアンドロメダへ旅立ちたいと思っています。
博多漆芸研究所の並びには、私が、時おり訪ねる「節魚(せちざかな)すし宗」もあり、宗俎預り人の握る美味し
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い‵博多前鮨’ をいただきながら大の先代自然坊(じねんぼう)窯ファンであるご主人と延々、器の話をする(勝手に私がオシャベリしているだけでご迷惑かも)のは、無上の喜びです。
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下の写真は、先代自然坊窯の小皿です。
ほかにも数多、先代自然坊窯のコレクションが、あります。
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博多漆芸研究所と節魚すし宗の間に、洒落たコーヒーショップ(Day's Cup Cafe)やサンドイッチハウス(SOS)など昭和レトロな裏六本松ならではの、いろいろな店が、ありますので、のんびり散歩して、ホッコリするのに好い
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かもしれません。
そうそう、博多漆芸研究所前のステーキハウス「跳牛(HANEUSHI)」のメンチカツランチもヤミヤミです。
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by blues_rock | 2018-01-17 23:17 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)

東京に住んでいたころ、仕事に疲れ、しんどくなると当時銀座5丁目の東芝ビル 5階にあった「相田みつを美術館」に行き、深呼吸していました

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相田みつを(19241991)の詩と書を見ていると肩の力が、抜けて心も次第に解(ほぐ)れていくように感じられました。

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‘相田みつを’の詩をいつも笑顔で接してくれるあなたに贈ります。
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by blues_rock | 2018-01-15 15:15 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_13512258.jpg三瀬そば街道めぐりの三箇所目は、「そば処三瀬 松玄」です。
年越しそばのつもりで昨年暮れ(12月30日の午後)に訪ねたのですが、早々に‘終了しました’の告知にがっかりして帰りました。
そして、年明けの初そばにと出かけ「十割そば(せいろ)、三瀬鶏と野菜のてんぷら」を食べて来ました。
a0212807_13542191.jpg十割(玄そば1と丸抜き9)手打ちそばの松玄では、前日玄そばと丸抜きを店内の石臼で挽き当日朝、生粉を手打ちし提供しているのでお客様が、多ければ早く売り切れるのも仕方のないことでしょうね。
席に案内され供された‘そば茶’を啜ると香ばしいそばの香りが、鼻を抜け、しばらく待つとせいろとてんぷらの登場、当日のそばa0212807_13561536.jpgは、茨城産の新そばでした。
マイルドな出汁の味と細切り十割そばの相性が、すばらしくあっと云う間に食べ終わりました。
とろりとしたそば湯も美味しく、それもそのはず、松玄のそばに使用する水は、地下103mから汲みあげた脊振山系の地下水(ミネラルウォーター)で、一年を通して15℃ ‥ 食の素材と水の良いところ美味いものあり、正にそのとおりを実感いたしました。
帰りは、いつものとおり、ヴィレッジ アンティークならびにアンティークモール(左の2点を180円!で ‘金継ぎ’用に購入するも金のほうがずっと高く、新たな悩み)、さらにもう一箇所、クラフトの店 梅屋に寄りながら帰宅しました。
by blues_rock | 2018-01-10 00:10 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
a0212807_850546.jpgいつの頃から大晦日に年越しそばを食べるようになったのか、私は、知りませんが、普段の暮らしは、盆も正月もないだらだら生活をしていながら大晦日になる年越しそばを、正月になると焼き餅を無性に食べたくなるのは(普段食べているのに)、長年の生活習慣ゆえのことでしょうか?
というわけで、三瀬そば街道に年越しそばを食べに行きました。
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先日、<西国御領 風羅坊>に行きましたので、今回は、今年友だちになったパイプオルガン奏者の方のイチオシそば処「松玄」に直行 ‥ するも午後2時を回ったばかりながら駐車場入口に「終了しました」の告知版を見てa0212807_9371017.jpgがっかり、営業時間が、短い(11時半から15時まで)のは、知っていましたが、大晦日を前に近年とみに人気スポットとなった三瀬そば街道へ私のように前倒しの年越しそばを食べに行く人たちも多いのでしょう。
というわけで、引き返し次回行こうと思っていた三瀬街道の人気そば処<三瀬そば>に向かい‘板そば’を注文、その食感と喉越しに満足しました。
年越し板そばを食べたあとは、いつものようにヴィレッジアンティークとアンティークモールに立ち寄り‘見るだけ’のつもりが、金継ぎと拭き漆用の‘掘り出し物’(アンビリーバブルな価格でした)を三つ四つ見付けるといつもの悪いクセで衝動買い、年越しの宿題(上写真2枚)まで抱えて帰りました。
拙ブログを一年ご覧くださりありがとうございました。
良いお年をお迎えください。
by blues_rock | 2017-12-31 12:31 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(2)
高砂2丁目にあった私お気に入りのチャンポン店「ちゃんぽん かい乃」が、休店して早や半年、福岡市街に‘チャンポン’の看板を見て入っては、みるもののなかなか私好みのチャンポンに出遭えませんでした。
a0212807_14233826.jpgそんな時、六本松1丁目節魚すし宗の前にある「大島ラーメンあづまや」のチャンポンに出遭いました。
本店は、長崎県西海市の大島にあり、島の人たちに半世紀余り親しまれてきたラーメン店で六本松に「大島ラーメンあづまや福岡店」として今年6月オープン、あっさりとした鶏ガラスープに本物のチャンポン麺とシャキシャキした野菜の食感が、相俟って私のお気に入りであった「ちゃんぽん かい乃」のチャンポンを懐い出しました。
拙ブログでご紹介しようと写真を撮っていたらどこからともなく私の名前を呼ぶ女性の声 ‥ 姿が、見えないのでキョロキョロ辺りを見回していたら道路の車中より博多漆芸研究所の先生の声でした。
年明け早々、六本松で新生博多漆芸研究所が、装いも新たにスタートしますのでこの年末年始、その準備に大忙しのご様子でした。
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旧くからの住宅街である六本松1丁目界隈を‘裏六本松’と呼ぶそうな ‥ 昭和レトロな街並みに新旧いろいろなジャンルのお店や施設が、並び昼夜を問わず面白い街(エリア)になりそうです。
by blues_rock | 2017-12-28 23:28 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
ふと思い立って今月の週末二週続けて‘三瀬街道’を探訪してみました。
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強いて目的が、あったとすれば、三瀬峠を越えて(三瀬トンネルを抜けて)500㍍くらいのところにある「風羅坊」の十割そばを食べること、「アンティークモール」と「ヴィレッジアンティーク」で、‘呼び継ぎ’用の磁器陶片を探a0212807_11332255.jpgすためでした。
アンティークモールとヴィレッジアンティークは、同じ方が、オーナーながらアンティークモールは、和洋折衷の日用雑貨やアジアン雑貨のアンティークショップのような趣で、ヴィレッジアンティークのほうが、骨董店というより中古洋食器やガラス器ほかアンティークモールより一段上の瀟洒な器の並ぶアンティークショップでした。
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その前、三瀬峠に向かう途中の早良区石釜に「クラフトの店 梅屋」(下写真)が、あるので立ち寄り、御主人と工芸談議するもイヤな顔一つされず収蔵品をたくさん見せてくださいました。
a0212807_11342415.jpgその後、三瀬トンネル(2.4 km)を抜けてすぐのアンティークモールとヴィレッジアンティークに立ち寄りました。
一週目は、「西国御領 風羅坊」で‘自然坊’陶の器を見ながら十割そばを、二週目が、「三瀬そば」に行く予定を突然変更、街道途中に‘シシリアンライス’と掲示したレストランに興味を覚えとっさに飛び込みました。
‘シシリアンライス’とは、三瀬野菜をふんだんに盛ったサラダにジビエの一つシシ肉(イノシシ)とブルーベリー
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をトッピングしたライスと云った風情のランチ(yami-Yami! ネーミングが面白い)でした。
三瀬トンネルから古湯温泉、佐賀市内へ向かう三瀬街道は、「三瀬そば街道」としても有名で美味しいそば処が、数
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多く並んでいます。
冬の季節、三瀬街道は、雪や道路凍結で通行止めになることも多く、春になったら三瀬そば街道の全そば店を
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食破したいと思っています。
感想は、拙ブログ(カテゴリ「柏原生活 /博多叙景」)にて随時掲載したいと思いますので蕎麦が、お好きの方
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は、ご期待ください。
by blues_rock | 2017-12-22 00:02 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
私の通う博多漆芸研究所が、年明け早々天神から六本松に移転します。
そこで一昨日の木曜日の午後、移転先の近所を散策してみました。
a0212807_1174512.jpgまず、車を護国神社鳥居前のパーキング(常時24時間500円が有りがたい)に停めて、そこからすぐの研究所移転先あたり(NHK福岡裏の住宅街)をうろうろ、私が、時々行く博多前鮨処「節魚 すし宗」に近くうれしい限りです。
すし宗へ食事に行くときは、いつも夜(夕方遅い時間)なので昼間この界隈を歩くことはなく、この日の午後、すし宗のご主人とお会いする約束でしたので昼時(すし宗は夜時間の営業)ということもあり博多漆芸研究所ブログに掲載の近距離エリアマップで見た「いし原」で昼ごはんを食べることにしました。
「いし原」は、住宅街(旧いアパート並び)の狭い路地を入ったところにあり、なかなか庶民的な風情の昭和レトロな雰囲気が、漂いほっこりして寛げます。
寒い日でしたので‘肉うどん’をふうふう吹きながらいただきました。(ヤミヤミ!)
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七味唐辛子と一緒に「こちらでいただかれても美味しいですよ」と洋胡椒(ホワイト・ペッパー)を供され、初めて七味(または一味)唐辛子以外の香辛料でうどんをたべましたが、たいへんコクのある肉うどんの出汁とマッチして美味しくクセになるかも知れません。
a0212807_1195227.jpg帰るときご主人(女性)から「昨日ここでNHKドラマのロケが、ありましてねえ‥」と声をかけられ、来年春(平成30年3月2日 金曜日、19:30~20:43時)放送の地域ドラマ「シーナ&ロケッツ You may Dream」(NHK福岡制作)撮影のことを話してくれました。
ロックバンド 「シーナ&ロケッツ」のリーダーであり、名ギタリストの鮎川誠(1948~)が、九州大学の学生時代(昔、教養学部は六本松にあった)ここに下宿していたという設定での収録だったそうです。
日本語ペラペラのスウェーデンの好青年が、オーナーのサンドイッチ・ハウス「SOS(Son of a Sandwich)」に立ち寄り‘ザ・西新’とスウェーデン・コーヒーをテイクアウト ‥ 待つ間、彼とスウェーデン映画の話をしました。
“六本松一丁目”は、昼も夜も昭和の面影を遺す面白い街(夜はミニ新宿ゴールデン街のよう)なので、ぜひご自分の五感でお愉しみください。
by blues_rock | 2017-12-16 00:06 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
私の友だちにパイプオルガン奏者(パファム・デュ・ヴァン オーナーソムリエの妹君)がいて、来たる12月16日土曜日の午後3時から夕方5時まで、福岡市博多区須崎町の日本福音ルーテル博多教会にて「クラシックギター
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とパイプオルガンのチャリティ・クリスマス コンサート」を開催いたします。
パイプオルガンを直接聴く機会(コンサートもパイプオルガンのあるところでないとできない)などめったにないだ
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ろうと推察し、パイプオルガンの音楽(音や調べ)に興味ある方、お好きな方に良いチャンスだろうと思いご案内いたします。
a0212807_9375331.jpgある日、ご本人に「何でどこにでもないあんな馬鹿でかいパイプオルガンの奏者になったの?」と私が、何気に質問したところ、あっさり「私の好きな音(音楽)だったからです。」というシンプルかつクールな答えが、すぐに返って来ました。
そんなことが、あってしばらくした11月20日の日本経済新聞(朝刊の文化欄)にパイプオルガンビルダー 望月廣幸氏のことが、大きく紹介されていましたのでその記事をご本人に差し上げたところ「実は、私のパイプオルガンは、この方に作っていただきました。」とポツリ ‥ 「はあ? (あんなでかいもの今どこに?)」と怪訝そうな私の顔を見て思われたのか「持ち
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ち運べないので手放しました。」とこれまたクールなリスポンス、‘そりゃそうだよね、持運べないよねえ’と妙に納得した次第です。
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ちなみに、このパイプオルガンビルダー 望月廣幸氏は、NHKホールに設置されているパイプ数7、600本という日本最大のパイプオルガンを作られた方だとか、私の人生に漆芸といい陶芸といい、今回のパイプオルガンとい
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い未知との遭遇が、次々に続いています。
このコンサートの詳しい情報は、上に掲載の「福岡いのちの電話 チャリティ・クリスマス コンサート」フライヤーをご覧くださり、ぜひクラシックギターとパイプオルガンのアンサンブルをお楽しみください。
by blues_rock | 2017-12-02 00:02 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
博多埠頭から玄界灘の荒海をフェリーで2時間半 ‥ 台風22号の九州接近に気を揉みながら日帰り社員旅行で壱岐に行って来ました。 (下写真 : 壱岐市立一支国博物館=長崎県埋蔵文化財センター)
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壱岐には、これまでも何度か行きながら特産の麦焼酎(麦焼酎発祥の地とか)と魚介類とくにウニが、つとに有名なことくらいしか知らず、今回も国の特別史跡(国宝遺跡)「原の辻遺跡」をこの目で見たいくらいの軽い気持
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ちでした。 (上写真 : 一支国博物館 中央の展望台 左に見える特別史跡 ‘原の辻遺跡’ の拡大写真)
ところが、離島で初めて設置された長崎県埋蔵文化財センターを併設する「壱岐市立一支国博物館」(2010
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年設立)を訪ねてびっくり、長崎県が、離島の壱岐に埋蔵文化財センター を設けた理由(わけ)は、戦前より壱岐に住む個人の郷土古代史研究家や民間の遺跡研究グループによる長年の発掘調査と研究努力で‘原の辻’に
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「魏志倭人伝」(こちら参照、上写真 ‘倭人傳’ は、壱岐に王都が、あったことを記載している。 卑弥呼と邪馬台国については、下段に記載されている。)に記(しる)された ‘一支國(いきこく)’ の中心地(首都)に設けた港の
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遺構(人工の石垣)と当時3千人あまりが、暮らしていたと推測される遺跡の発見でした。
1997年、国は、壱岐原の辻一帯を国の特別史跡「原の辻遺跡」として吉野ヶ里に次いで3番目の特別史跡(国
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宝遺跡)に指定しました。
現在(いま)長崎県と壱岐市は、壱岐全島から出土した弥生時代から一支國さらに朝鮮半島と九州を繋ぐ海の
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交易に関わる多数の遺構や遺跡、古代の道具類ならびに弥生土器・土師器・須恵器・古陶器類の破片を一支国博物館(兼、埋蔵文化財センター)に集め展示しています。
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私が、一番注目したのは、壱岐勝本にある神社「聖母宮(しょうもぐう)縁りの「飴柚三耳茶壷(あめゆうさんじちゃつぼ)」で、“天正二十年(注:1952年)の銘” が、刻印された最も古い古唐津の茶壺の存在でした。
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他にも交易の証である古銭の入っていた古壺、須恵器、土師器などもう一度ゆっくり時間をかけて見たい一支国博物館でした。
a0212807_224335100.jpg余談ながら梅屋庄吉夫人 徳子が、壱岐勝本の出身であることを一支国博物館で知りました。
梅屋徳子は、夫庄吉に仕え孫文の中国(辛亥革命を支援、孫文(「孫文と庄吉」参照、現中国建国の父、毛沢東は孫文の比ではない)が、宋慶齢(そうけいれい1893~1981 中国国家副主席)と日本で結婚するとき夫庄吉と媒酌人を務め、徳子と宋慶齢の長きにわたる厚い友情は、歴史教科書で教えない大切な逸話です。

(右写真 : 左から、梅屋徳子、孫文、宋慶齢)
by blues_rock | 2017-11-01 00:01 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)
今日10月31日は、ハロウィン…だとか、八百屋の方から聞きました。
ハロウィンの起源は、古代ケルト暦の大晦日でケルト文明のいく年くる年のお祭り(秋の収穫祭、悪霊払いの宗a0212807_1883214.jpg教行事)で、このお祭りが、古代ケルトの人たちにとって ‘夏の終わりと冬の始まり’ を意味する大切な季節行事でもありました。
アメリカに移民したケルト民族の末裔である多くのアイルランド人たちは、民族のアイデンティティと誇りを自分たちの子孫が、忘れないようと子供たちにハロウィンとして残し、コピーの得意な日本人は、1980年代に東京ディズニーランドが、クリスマス前の‘客寄せイベント’として導入、やがて商魂たくましい駄菓子メーカーと小売店は、セールスのため結託してクリスマス(ケーキ屋・オモチャ屋・デパート)、バレンタイン(チョコレートメーカー・小売店)に次ぐ大衆消費運動にしよa0212807_1812531.jpgうとちまたの若者たちを煽りました。
ともあれ、そもそも悪霊を払い(厄祓いし)無病息災を願う伝統行事(庶民のイベント)という意味からハロウィンは、‘秋田(男鹿半島)のナマハゲ’ のようなものだろうと私は、推察します。
いまや日本では、バカ騒ぎの仮装行列化した軽佻浮薄なコスプレ・ハロウィンながら、そのうちワインのボジョレー・a0212807_1814559.jpgヌーボー騒ぎのように(ワイン通の友人は、ボジョレー・ヌーボーにまったく関心なく)一般大衆の消費運動から次第に消えていく(騒ぎも下火になっていく)のではないかと推察しています。
ということで今年、私も最初で最後の‘独りコスプレ・ハロウィン’ をしてみようと思い立ちましたが、西洋ナマハゲ(上の中央写真)のようになりました。
by blues_rock | 2017-10-31 10:31 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)