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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:金継ぎ/古美術/漆芸( 157 )

金継ぎ工芸会恒例の、秋の研修で上野(あがの)窯を訪ねました。
a0212807_11221481.jpg今回、初めて上野(あがの)を訪ねる私は、他の近在の窯元、唐津、高取、小石原、小鹿田との比較に興味が、ありました。
上野(あがの)窯は、1602年、当時小倉藩主の細川忠興(1563~1646、茶人 細川三斎、細川ガラシャは夫人)が、朝鮮陶工 金尊楷(キムソンカイ)を招き、豊前国(田川郡)上野(あがの)に登り窯を築かせ開窯させたことに始まります。
細川忠興は、帰化した金尊楷(キムソンカイ)に上野喜蔵高国の名を与え、5人扶持 15石と云う破格の待遇(武士扱い)で召抱えました。
その後、細川忠興が、肥後国(熊本)に転封(国替)されると上野に次男と娘婿の家族を残し忠興に同行、八代a0212807_11271864.jpg郡高田(こうだ)に窯を築きました。
有田では、藩祖の鍋島直茂と同格扱いで朝鮮陶工の李参平(帰化名 金ヶ江 三兵衛)を「陶祖」として1917年、陶山神社に「陶祖 李参平碑」を建立、神として祀りました。(詳しくは こちら をご覧ください。)
朝鮮陶磁器焼成の最新技術と知識を有した渡来陶工に名を与え(江戸時代では武士扱い)、敬い石を扶持して(給料を支払って)待遇したことが、良く分かります。
左は、上野焼皿 2枚(上: 径14㌢ 縁に2㌢の窯疵、下:径9㌢ 片身変わり)
by blues_rock | 2016-10-24 11:20 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
a0212807_1245612.jpgその昔、唐津の窯で焼成されていた皿3枚が、崩れて付着し塊(かたまり)となりモノハラに捨てられていた陶片です。
金継ぎ用にもらった古陶片の一つですが、呼び継ぎするにも刻苧(こくそ=地の粉・続飯・刻苧綿・生漆を合わせて練ったパテ材)で形を整え、どうにかしようにもどうしようもなく長い間そのままにしていました。
金継ぎダチョウの卵のために観葉植物のエアープラントを購入したとき、この猪口才な古陶片をプランターにしたらおもしろいかもと考えました。
裏に高台の出っ張りがあり、壁にL字フックを付けると観葉の部屋飾りになるなと思案中です。
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根来塗りに魅入られ材料さえあけば、手当たり次第何でもかんでも根来風の作品にしています。
今回は、根来シリーズ その3の‘根来角盆’(縦横22㌢)です。
a0212807_12113514.jpg私が、一昨年秋、初めて作陶した茶碗 2口もいま‘根来茶碗’に変身させようと目下トライしているところです。
漆工芸の楽しさは、‘漆と遊ぶ’ことに尽きますが、漆と遊んでいると漆から翻弄されている(弄ばれている)ことに気づきます。
漆のご機嫌(粘度の状態)を伺いながら塗り残しのないよう薄くでもなく、また縮まないよう厚くでもなく、風呂の温度・湿度に気を使いつつ‥なんて面倒くさいと思われるでしょうが、‘漆うるわし’の徒には、これもまた楽しい作業‥まあ、病気ですね。
by blues_rock | 2016-10-22 00:22 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
金継ぎサークルの仲間から割れた ‘ダチョウの卵’ をもらいました。
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鳥の卵なので、壊れやすいと私は、思っていましたが、厚さ数ミリ (3㍉ くらい)の殻は、ルーターの砥石にも負a0212807_17182613.jpgけないくらいの強度が、ありました。
‘ダチョウの卵’ は、白地なので漆の色(乾くと黒くなる)が、できるだけ殻に染みないように注意しながら少しずつ塗り、乾きと磨ぎを繰り返し、繋ぎ目には、消粉(金粉)を蒔いて仕上げました。
金継ぎ ‘ダチョウの卵’ は、オブジェにしようと思いましたが、それでは、あまりに芸が、ないので、水分補給に手間のかからない(1週間に一度霧吹きするだけの)エアー・プラントを入れ、花器にしてみました。
by blues_rock | 2016-10-10 00:10 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
金継ぎ作業の合間に、漆と遊ぶ(息抜きする)感覚で‘拭き漆か‘根来塗’をしています。
とくに手間のかかる大きな刻苧作業(切粉・錆漆)しているときなどは、少しずつ刻苧を重ね乾かし、切粉・錆漆
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で全体を整え、砥いで呂漆を塗り乾かし‥を繰り返していると無性に他の漆芸が、したくなります。
そんなとき身近に‘拭き漆’や‘根来塗’用の良い木材(木地・木目板)さえあれば(根来なら木地はさほど問わ
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ず)、誰にでも難なくできます。  (上下写真3枚 : 根来小鉢 径 8.5㌢ ‥ 徳利の袴を根来塗に仕立て直し )
もちろん漆に被れる人は、市販されている極薄のゴム手袋を着用してください。
a0212807_14322041.jpg‘拭き漆’なら生漆、‘根来塗’なら呂漆(黒漆)と赤漆が、手元にありさえすれば、後は、根気よく‘拭き漆’ならただ拭き乾かしを10回くらい繰り返すだけ、‘根来塗’なら呂漆(黒漆)と赤漆を交互に2、3回塗り重ね、最後の仕上げを赤根来にするか黒根来にするかは、ご自分の好み(趣味)です。         (下写真 : 塗り箸 ‥ 上から、錫箔梨子地塗、根来塗、赤漆塗立、錫箔梨子地塗)
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簡単、簡単、夢の漆( ‘邯鄲 邯鄲 夢枕’ の比喩)、D I Y( Do It Yourself )です。
漆芸に興味のある方、漆について知りたい方は、‘漆の話’を貼付しますので参考までにご覧ください。
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(付 録) 貰いものの白木杉箸 2膳を ‘拭き漆’ にしました。
拭いた回数は、まだ3、4回なので、当然のことながら漆に艶が、ありません。
あと5、6回から10回くらい拭けば、漆に風雅な光沢が、表れるでしょう。
by blues_rock | 2016-10-04 00:04 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
私は、二十代半ばヨーロッパの美術館でルネッサンス(イタリア・ドイツ・フランドル)絵画を見て脳天を割られ、三十代になると日本の伝統工藝(琳派絵画・漆芸蒔絵・古伊万里や古鍋島の色絵磁器など)に心を奪われ、この世のものと思えない天才たちの作品に感動してきました。
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しかし、不覚にも私の中で‘すっぽり抜けている’のが、書画骨董の類いとして若いころにあまり関心のなかった巻物・硯箱・料紙箱・文台・香炉・香箱・小箱・花瓶・印籠・根付・煙草入・煙管・煙管筒・矢立・刀装金具・帯留・櫛・かんざしなど日本伝統工藝品の数々でした。
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漆芸のひとつ「金継ぎ」をするようになってから漆蒔絵の道具や印籠などを間近で見る機会が、多くなり、私の中で‘すっぽり抜けている’伝統工藝品の逸品を見て私は、「目からウロコ」が、落ちました。
明治・大正・昭和期の天才牙彫家 安藤緑山(萬蔵、1885~1955)の象牙彫刻作品のハイパーリアリズム(超絶
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技巧の職人技)にもダ・ヴィンチやフェルメールの絵を見たときと同じ感動を覚えます。
安藤緑山は、昭和30年まで台東区に住んでいた象牙彫刻家(牙彫職人)くらいの情報しかなく人物像も含め謎に包まれていて、超絶技巧のノウハウ(技術)を伝承する気が、まったくなく弟子もとらず下絵や制作記録などの
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資料・メモ類も一切残していません。
安藤緑山の作品は、国内の皇室を含むごく限られた富裕層に愛好され、海外にも熱烈な愛好家(コレクター)が、いて「緑山乍」の銘で牙彫商の金田兼次郎名義で納品していました。
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安藤緑山の牙彫は、野菜や果物などをモチーフに50数点の作品があるのみで、素材の象牙に鉱石・鉱物の無機系顔料で着色しているのが、最大の特長(個性)です。
牙彫家 安藤緑山の作品を今風に言うなら‘ハイパーリアリズム’、超絶技巧の天才職人技です。
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清水三年坂美術館館長の村田理如氏(村田製作所創業者次男、元専務、47歳のとき退社し江戸・明治・大正期の日本伝統工藝品の収集に専念、清水三年坂美術館を創設)は、「 明治以降、日本は、急速に欧米の文化を取り入れ、生活スタイルも欧米化しました。 学校教育も美術や音楽は欧米のものが、中心でした。 日本人の
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美術に対する関心も、日本の伝統的なものより印象派の絵画や西洋骨董などに集まり、幕末・明治の美術品に関心を持つ人が、ほとんどいなくなってしまったのです。 また、たとえ関心があっても欧米人ほど高く評価しない為、高額な名品は、海外に流出していくのです。 その結果、日本にはガラクタばかり残り、ますます明治の美術
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館に対する評価も下がってしまったのです。」(明治の美術に魅せられて、より抜粋)と日本伝統工藝品の収集にかける情熱を述べておられます。
村田清水三年坂美術館長の言葉は、1868年の明治維新以来の文明開化と和魂洋才により今日までの150年間に喪失した日本伝統文化の総括として蓋(けだ)し名言(箴言)です。
by blues_rock | 2016-09-07 00:07 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_1043737.jpg金継ぎをするようになって、ワレ・カケなどキズのある古陶磁の器は、当然のこと、普段使いの陶磁器類のキズも修理して使うようになりました。
長年愛用してきたブルーエレファントのコーヒー・カップのハンドルが、はずれ、これまで何度か修理するも熱いコーヒーを飲んでいるときにまたはずれ、火傷でもしたら一大事とついに諦め、ハンドルの跡 2箇所をルーターで均し、浅葱漆の下地に銀を蒔き、梨子地漆仕上げにしました。
鉛筆立てにでも転用しようかと目下思案中です。
真っ二つに割れた万古急須の蓋を金継ぎにしました。
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現川 臥牛窯 銘々皿(径 4寸) 6枚の胴(縁周り)すべてにカケ(欠損)が、ありましたので、1枚の胴をカットし 5枚の胴のカケに合わせ、さらに小さくカット、呼び継ぎしました。(こちら参照)
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犠牲になった1枚は、カットした胴の跡(縁周り)をルーターで均し錫を蒔いてコースターにしました。
この 2口の古唐津山盃は、口縁部から腰の辺りまでの 3分の1 が、欠けていましたので、欠けた部分に刻苧を
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入れ、呂漆で固め、一つを黒漆地の、もう一つは、浅葱漆地に梨子地銀を蒔いて梨子地漆で仕上げました。
漆に少し光沢が、足りませんので摺り漆をしたいと思います。
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深海をイメージした青い梨子地にしたかったのですが、碧空のようになりました。
by blues_rock | 2016-09-01 00:01 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
私が、委細かまわず勝手に私淑している金継ぎ工芸会講師にお願いして金継ぎしていただいた‘藍柿右衛門’の宝暦様式(1750〜1780)古伊万里 染付 総蛸唐草 長皿(裏に‘富貴長春’銘)の逸品です。
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ご本人は、仕上がりに満足しておられない(金よりプラチナを蒔きたかった)ようですが、ともあれ金継ぎの均一で滑らかな細い線は、さすが私の先生、蒔絵名人の仕事です。
a0212807_1143590.jpgこの古伊万里 総蛸唐草 長皿には、横に一筋ヒビが入り、私に修理(金継ぎ)依頼が、あったものを手に負えないと判断、とくに先生にお願いして金継ぎしてもらいました。
延宝年間(1670〜1690)に始まったとされる‘藍柿右衛門’は、元禄・享保・宝暦と少しずつ様式を変えながら見事な古伊万里染付磁器を生み出していきました。
a0212807_118321.jpg右の長皿は、古伊万里のコンニャク印判染付 花唐草長皿(裏に‘福’銘)で享保期のものと推察しますが、総蛸唐草 長皿(富貴長春)に比べるとやはり見劣りします。
いくつもヒビがあり、一度は、錫継ぎしたものの技術の未熟さ(粗雑さ)ばかり目立ちやり直すことにしました。
じつは、この失敗体験が、その直後私に依頼された逸品(総蛸唐草 長皿)の金継ぎを委縮させてしまいました。
a0212807_11111572.jpgそれまで私の金継ぎは、‘自分の自分による自分のため’の金継ぎで、どれも結果オーライ、何でもあり、でした。
お金をいただいて金継ぎするリスク(責任)は、結果オーライ、何でもあり、というわけにいかず、金継ぎ修理品にも完品(無キズなもの)と同等の価値が、求められます。
漆芸である金継ぎは、そこに“価値の創造”が、あってこそのものと私は、思います。
a0212807_11121663.jpg右の染付皿は、釉薬が、ほんのり薄い緑色をしている藍柿右衛門 薄手染付 鷺文皿(裏に‘二重角渦福’銘、 19㌢)で私は、金継ぎと併せ古伊万里の真贋を学ぶために購入しました。
欠傷が、2か所(9時と5時方向)あり刻苧を入れ金継ぎしたいと思います。
私は、贋作ではないかと疑っていますが、本当のところ正直私には、分かりません。
私の中で「?」が、点滅するのは、‘生掛けの藍柿右衛門’で釉の掛けもらし部分に変色がなく、そもそも当時貴重品であった磁器に掛けもらしなど工程ミスは、考えにくいこと、鷺文の絵付けが、薄手であること、使用による擦り傷の少ないこa0212807_11162796.jpgと、絵付けの線に勢いなく稚拙で加筆の跡らしきところも散見されること‥など、近年の贋作は、相当目利きの方でも「分らない」らしく、真作そっくりの贋作もあり、ほとんど区別のつかないものもあるそうです。
白洲正子さんの言葉をお借りすれば、「まず一つ買ってみること。人に頼っているうちは、自分のものにならない。」、「自分が、好きだと思うもの、人に云われたものじゃなく自分の好いと思うものを手に入れなさい。」と白洲さんらしくストレートです。
目利きの骨董商の秦秀雄は、「贋作を弄れないものに真作は分からない」とか「これはというものを見て、それにのぼせ上がることですよ」とこれまたa0212807_1119593.jpg実にシンプルな箴言です。
希代の名目利きであった青山二郎や作家小林秀雄は、「真作にもピンからキリまである。ピン以外みんなダメだ。」と辛辣です。
古美術品や骨董品には、時代の人びとに愛された手跡、歴史の風格、時空を経た風情が、きっとどこかに存在するのでしょう。
それを感じるか感じないか‥自分次第能書きばかりの金継ぎ小僧の修業は、これからも続きます。
by blues_rock | 2016-08-15 00:15 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
a0212807_17361935.jpg「初期伊万里の金継ぎ挑戦」を以前紹介(こちら)しましたが、その初期伊万里皿のうち一つを「青梨子地銀」で直しました。
3箇所のキズ(左写真の10時方向に2箇所、3時に1箇所)を当初、金直しする予定でしたが、途中変更し浅葱漆をベースに梨子地銀を蒔きました。
もうひとつが、下の変形した初期伊万里茶碗です。
この初期伊万里茶碗もどうしようか迷いながら「♯」の切れたところに銀を蒔き、梨子地回りを金で縁どり(高台はそのまま)しました。
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a0212807_17382635.jpg見込み(内側の縁)にもう少し蒔絵しようかな‥いやいや、うるさくなるといまでも迷っています。
梨子地に青(浅葱)漆地のブルーが、もっと映えれば良かったと反省、次作の課題にしたいと思います。
金継ぎの長所は、迷いがふっきれなければ放っておいて、たとえ3年後、5年後であっても、やる気になったら取り出して納得するまで、とことんやれば良いこと(金継ぎ依頼品だとそうはいかないでしょうが‥)です。
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by blues_rock | 2016-07-23 00:03 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
何焼きか、どこの窯かも分からない、新しくもなければ、そう古くもなさそうな、摩訶不思議な共継ぎの菓子鉢を赤漆で直しました。
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径は、横20㌢、縦18㌢、高さ5㌢で、手に持てば、ズシリと重たくて、柔らかい粘土質の陶土(つち)で焼成されています。
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釉薬も水彩絵の具を流したような自然文様を見せています。
どなたか陶芸(土もの)に詳しい方が、おられましたら、この菓子鉢(重いのでもしかしたら菓子鉢ではないかも
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しれません)の素生を教えてください。
by blues_rock | 2016-07-15 00:05 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
九州日韓経済交流会の主催で開催された「金継ぎ工芸会作品展」(釜山市庁舎2階ギャラリー、186点展示)に参加して来ました。
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海外で初めて開催する「金継ぎ工芸会作品展」が、わが国陶磁器の故郷、朝鮮半島なのも何かの縁(えにし)かもしれません。
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韓国の伝統工芸に‘金継ぎ’という漆芸はなく、金継ぎに興味をもたれた方々が、たくさん来場されました。
作品展の開催期間は、2016年(平成28年)7月5日(火)から7日(木)までの3日間でしたが、遠くキョンジュ(慶a0212807_11163794.jpg州)から金継ぎ技法を学びたいとご夫婦で来られた方もおられました。
古の陶磁器のキズの修理しながら海外の方々と親しく交流が、できて日本の漆芸文化「漆麗(うるしうるわし)の心」を通して精神のコミュニケーションできたら金継ぎの徒の冥利に尽きます。
この作品展をご支援いただいき、広報・通訳・搬入搬出でたいへんお世話になったプサンの皆様方に厚くお礼申しあげます。
カムサハムニダ。
by blues_rock | 2016-07-09 11:00 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)