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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:金継ぎ/古美術/漆芸( 154 )

a0212807_22411432.jpg共継ぎの仕上げに金磨きをしていたら不注意で取り落し‘真っ二つ’に割ってしまいました。
嗚呼‥と茫然自失、金継ぎゴール寸前の粗忽(そそう)にしばらく意気消沈するも発想をポジティブに転換し難儀な金継ぎに再チャレンジできる良い機会と考えました。
長い時間かけて(自分の粗相を見たくないため放置したのが真相ながら)どうにかこうにか完成する(こちら)も、それから1年余り、改めて見直すとわが技術の稚拙なところばかりが、目に入り再度‘自己満足’のために改めて金を蒔き直しました。      (参考 : 「初期伊万里」については、こちら をご覧ください。)
a0212807_2242074.jpg少し見栄えは、改善されたかも‥と自己満足しています。
左の皿は、ブルーダニューブのディナープレートです。
阪神淡路大地震で残った数少ない食器の一つで、私が、長年朝食のパン皿として愛用するも食器棚にしまおうとして手落とし割ってしまいました。
センチメンタルかも知れませんが、阪神淡路大地震のメモリアル・オブジェとして金継ぎし残すことにしました。
by blues_rock | 2016-12-26 00:00 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
古陶磁器の逸品を称賛するとき「いい仕事してますねえ!」の名セリフで有名な古陶磁鑑定家中島誠之助氏が、テレビ番組で4点目の曜変天目茶碗を発見、22年の番組史上で最大の発見と興奮していたそうです。
a0212807_1717924.jpg「曜変天目茶碗」とは、12、13世紀の中国南宋時代、福建省建窯で短い期間焼成された茶碗の名前です。
現在、世界に現存するのは、東京の静嘉堂文庫(上から3つ目の写真)、大阪の藤田美術館、京都の大徳寺龍光院の日本にある3点だけで、いずれも‘国宝’に指定されています。
つまり、この4点目は、‘国宝級’の大発見というわけです。
a0212807_1717391.jpg中島誠之助氏は、鑑定評価額を2,500万円と抑え気味に発表していますが、市場(オークション)の取引価格は、億を下回らないのではないでしょうか?
中国国内に現存しない中国南宋(福建省)建窯の逸品は、金に糸目をつけない中国人コレクターが、虎視淡々と狙っていますので、さていくらになり、どこに収まるのやら‥外野席にいる私も気になるところです。
陶磁器の故郷、中国の古窯から、かって数多くの名品が、生まれました。
a0212807_17182491.jpg数多ある古窯の中でも龍泉窯の青磁と景徳鎮の青花は、とくに有名で名品・逸品のほとんどが、世界各国の美術館(大阪東洋陶磁美術館・大英博物館・ボストン美術館その他個人美術館など)に収蔵され、建窯の曜変天目は、前述した 3美術館にあるだけでした。
古代の中国では、妖しげに曜変した天目茶碗を不吉の前兆として忌み嫌い、特定愛好家が、密かに保有した以外破棄されました。
a0212807_17184513.jpg室町時代の日本では、禅宗の喫茶から発生した‘茶の湯’が、盛んになり中国から輸入された唐物茶碗とくに珍重された建窯の曜変天目茶碗は、大事に伝承されて来ました。
福建省建窯には、他にも油滴天目茶碗があり、大阪東洋陶磁美術館には、名品(右写真、国宝指定)があります。
by blues_rock | 2016-12-22 00:02 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
初めて人様の大切な古伊万里磁器の修理を引き受け、本金直しで金継ぎしました。
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自分のものだと結果オーライでホイホイできるのですが、正式の依頼となるとそういうわけにはいきません。
お預かりしたのは、藍柿右衛門「薄墨片身替鷺文長角皿」2枚と「鷺番文菱型紅小皿」1枚(江戸前期に有田で
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焼かれた古九谷かも?)の計3枚です。    (上と下写真 : 「薄墨片身替鷺文長角皿」)
いずれにしても江戸時代前期の延宝~元禄期に焼成された古伊万里の逸品でした。
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長角皿の修理は、そう難しくありませんでしたが、菱型小皿は、見事に割れ、欠損している破片もありましたので修復するのに手間取り、納得できる本金直し(金継ぎ)になるまで2度金を蒔くことになりました。
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  (上写真 :「鷺番文菱型紅小皿」 )
by blues_rock | 2016-12-16 00:06 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
a0212807_071341.jpga0212807_093366.jpga0212807_0105942.jpga0212807_0145392.jpg輪花の瀟洒な古伊万里色絵柘榴文小鉢(あるいは向付)の小さな欠けを刻苧(こくそ)と呂色漆で整形し、丸金粉(3号・1号)を蒔き磨いただけのシンプルな修理です。

(左写真 : 12時方向にある欠キズを金継ぎ)


普段使いは、OKながら、本金直しなのでレンジの使用だけ不可(厳禁)です。

(左写真 : 5時方向の欠キズを金継ぎ)




(下写真 : 6時と10時方向2箇所の欠キズを金継ぎ)
古伊万里(藍柿右衛門)の薄手染付鷺文皿(裏に‘二重角渦福’、19㌢)に 2箇所の欠けが、あり本金直し(金継ぎ)にしました。
作業の工程で皿を弄(いじ)るたびに、手の中の皿に ‘おまえは、いつどこで生まれたのだ?’ と訊ねました。(理由は、こちら
皿は、いつも何も語らず沈黙したまま‥私は、江戸中期の生まれと思うことにしました。
追記 : 2017年1月16日、古伊万里コレクターの方に鑑定していただいたら「上手の絵で薄手の染付鷺文は、初めて見た」と言っておられました。
(右写真 : 3時方向の欠キズを金継ぎ)
by blues_rock | 2016-11-29 00:03 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
古唐津の山盃は、小振りながら愛好家も多く人気があり、無疵のものは、なかなか手に入りません。
下の写真は、いずれも径8㎝程度の呼び継ぎ’古唐津山盃です。
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山盃は、安土桃山から江戸初期にかけて酒杯器(盃・猪口の元祖)として唐津で作られ、‘糸きり高台’(下写真)になっているのが、特徴です。
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Ⅰ.銘 朝顔  本金直しの呼び継ぎにしました。
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Ⅱ.銘 朧月  月に見立てた箇所に本金を蒔き、それ以外は、雲に見立て青銀直し(浅葱漆下地)にしました。
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by blues_rock | 2016-11-23 00:03 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
数か月もかかる難儀な金継ぎに悪戦苦闘していると、その合間に簡単なカケ・ヒビのあるものを手掛け(それでもひと月くらいは必要ながら)、ささやかな自己満足に浸ります。 (下写真) 古伊万里 染付矢筈文 江戸後期
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そんなとき、蕎麦猪口のカケ・ヒビは、金継ぎ仕上げとの相性も好いので最適です。
今回掲載した古伊万里の蕎麦猪口 7口は、江戸後期から明治初期にかけて焼成されたものです。
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それぞれ呉須(ごす=コバルト釉のこと)による染付あるいは印判で文様が、描かれています。
(上写真) 古伊万里 染付微塵(みじん)唐草文 幕末~明治初期
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(上写真) 左から 古伊万里 染付竹笹文、印判村雲文、染付草むら文 江戸後期 (村雲文 幕末~明治初期)
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(上写真) 古伊万里 染付 染付矢筈文 江戸後期
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(上写真) 古伊万里 染付微塵(みじん)唐草文 幕末~明治初期
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(上写真) 古伊万里 印判村雲文 幕末~明治初期
by blues_rock | 2016-11-07 00:07 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
a0212807_18279.jpg私が、勤労者(労働者)だったころ仕事で全国津々浦々いろいろなところへ出かけました。
出張先で時間あるときに立ち寄った美術館や博物館の売店、地元の店でおもしろいマグネットを見つけると記念(懐い出)に購入し、しばらくマグネット・コレクション(大切に保管していないので少し大袈裟かな)していました。
a0212807_1101087.jpgこの魚のマグネットは、どこかの水族館で購入したもの、気に入って使っていましたが、いつの間にか目玉を失くしてしまいました。
確か白と黒の目玉だったように憶いますが、定かではなく、失くした目玉を錆漆で作り、青と赤の漆で目を描いたところ神秘的な魚に変身しました。
いまマグネットが、必要なときは、古陶片や身近な材料で作ったもの(「唐変木の陶片朴」・「アバンギャルド漆芸」を参照)を使用しています。
( Le quitté ) Mon atelier de KINTSUGI
by blues_rock | 2016-10-30 00:03 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
金継ぎ工芸会恒例の、秋の研修で上野(あがの)窯を訪ねました。
a0212807_11221481.jpg今回、初めて上野(あがの)を訪ねる私は、他の近在の窯元、唐津、高取、小石原、小鹿田との比較に興味が、ありました。
上野(あがの)窯は、1602年、当時小倉藩主の細川忠興(1563~1646、茶人 細川三斎、細川ガラシャは夫人)が、朝鮮陶工 金尊楷(キムソンカイ)を招き、豊前国(田川郡)上野(あがの)に登り窯を築かせ開窯させたことに始まります。
細川忠興は、帰化した金尊楷(キムソンカイ)に上野喜蔵高国の名を与え、5人扶持 15石と云う破格の待遇(武士扱い)で召抱えました。
その後、細川忠興が、肥後国(熊本)に転封(国替)されると上野に次男と娘婿の家族を残し忠興に同行、八代a0212807_11271864.jpg郡高田(こうだ)に窯を築きました。
有田では、藩祖の鍋島直茂と同格扱いで朝鮮陶工の李参平(帰化名 金ヶ江 三兵衛)を「陶祖」として1917年、陶山神社に「陶祖 李参平碑」を建立、神として祀りました。(詳しくは こちら をご覧ください。)
朝鮮陶磁器焼成の最新技術と知識を有した渡来陶工に名を与え(江戸時代では武士扱い)、敬い石を扶持して(給料を支払って)待遇したことが、良く分かります。
左は、上野焼皿 2枚(上: 径14㌢ 縁に2㌢の窯疵、下:径9㌢ 片身変わり)
by blues_rock | 2016-10-24 11:20 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
a0212807_1245612.jpgその昔、唐津の窯で焼成されていた皿3枚が、崩れて付着し塊(かたまり)となりモノハラに捨てられていた陶片です。
金継ぎ用にもらった古陶片の一つですが、呼び継ぎするにも刻苧(こくそ=地の粉・続飯・刻苧綿・生漆を合わせて練ったパテ材)で形を整え、どうにかしようにもどうしようもなく長い間そのままにしていました。
金継ぎダチョウの卵のために観葉植物のエアープラントを購入したとき、この猪口才な古陶片をプランターにしたらおもしろいかもと考えました。
裏に高台の出っ張りがあり、壁にL字フックを付けると観葉の部屋飾りになるなと思案中です。
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根来塗りに魅入られ材料さえあけば、手当たり次第何でもかんでも根来風の作品にしています。
今回は、根来シリーズ その3の‘根来角盆’(縦横22㌢)です。
a0212807_12113514.jpg私が、一昨年秋、初めて作陶した茶碗 2口もいま‘根来茶碗’に変身させようと目下トライしているところです。
漆工芸の楽しさは、‘漆と遊ぶ’ことに尽きますが、漆と遊んでいると漆から翻弄されている(弄ばれている)ことに気づきます。
漆のご機嫌(粘度の状態)を伺いながら塗り残しのないよう薄くでもなく、また縮まないよう厚くでもなく、風呂の温度・湿度に気を使いつつ‥なんて面倒くさいと思われるでしょうが、‘漆うるわし’の徒には、これもまた楽しい作業‥まあ、病気ですね。
by blues_rock | 2016-10-22 00:22 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
金継ぎサークルの仲間から割れた ‘ダチョウの卵’ をもらいました。
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鳥の卵なので、壊れやすいと私は、思っていましたが、厚さ数ミリ (3㍉ くらい)の殻は、ルーターの砥石にも負a0212807_17182613.jpgけないくらいの強度が、ありました。
‘ダチョウの卵’ は、白地なので漆の色(乾くと黒くなる)が、できるだけ殻に染みないように注意しながら少しずつ塗り、乾きと磨ぎを繰り返し、繋ぎ目には、消粉(金粉)を蒔いて仕上げました。
金継ぎ ‘ダチョウの卵’ は、オブジェにしようと思いましたが、それでは、あまりに芸が、ないので、水分補給に手間のかからない(1週間に一度霧吹きするだけの)エアー・プラントを入れ、花器にしてみました。
by blues_rock | 2016-10-10 00:10 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)