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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:金継ぎ/古美術/漆芸( 162 )

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初めて作陶に挑戦した手練りの茶碗ながら焼成すると2割も縮み ‥ 予期せぬ出来事とは云え、陶芸ど素人の悲しさで茶碗のつもりが、湯呑になってしまいました。 (参考 : 「初めての陶芸」)
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それから2年半、香炉にして使っていましたが、心機一転「陶漆」に挑戦してみました。
初めは、根来風の湯呑をイメージして始めましたが、上手くいかず中止、ならば、胴まわりに銀箔を張ろうとする
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も巧く扱えず見事失敗‥さて、どうしたものかと苦し紛れに梨子地漆で拭いてみたところ‘陶漆オブジェ’のような湯呑になりました。
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もう一つの手練り茶碗(こちら)は、必ずや‘金箔の陶漆茶碗’にしたいと思います。
by blues_rock | 2017-02-18 00:08 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(4)
刻苧(こくそ)は、古くから大切な陶器の欠損部分を補修する材料として使用されてきました。
補修され形状は、乾燥(凝固)するとノミでも削れないくらい強固に、元の姿同然に再生されます。 
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刻苧(こくそ)は、「続飯(そくい) 1 :地の粉 3 :刻苧綿 少々 :生漆 2 」の割合で良く練り合わせて作ります。
私は上新粉を続飯にしています。            (下写真 : 古唐津茶碗陶片を刻苧で成形する途中)
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この修復部分に様々な装飾(金・銀・錫を蒔く、蒔絵を施す、色漆仕上げなど)をして普段の生活で使用できるようにするのが、‘金継ぎ’です。   (下写真 : 古唐津 小峠窯茶碗 下地の出来上がり、概ね2か月の作業)
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私は、この刻苧(こくそ)という ‘金継ぎの極意’ (というか イロハ )を6年間もサボっていました。 
昨年、私は、‘私の刻苧(こくそ)元年’と自分に宣言し刻苧に専念、手持ちしている古唐津陶片で高台の有るも
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のを残らず復元しました。                   (上写真 : 古唐津蕨文四方皿 下地の出来上がり)  
さあて、どっさり溜まった刻苧再生陶器をどう金継ぎしようかと新たな悩みが、増えました。
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完成の暁には、拙ブログに掲載いたします。             (上写真 : 古唐津小皿 網文銅直し 完成)
by blues_rock | 2017-02-12 00:02 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
日経新聞のコラムで「人は、一日一回、‘上質な孤独’ が、必要である」という主旨の記事を読みました。
ならば、金継ぎは、‘極上の孤独な時間’ です。
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江戸初期(1610~1640)の唐津に、古窯「小峠窯」(武雄の北)が、ありました。
特長は、三島唐津と刷毛目文の陶器です。
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この刷毛目文皿も当時のもので少し変形していますが、窯での焼きは、硬く上質です。
欠けた部分を刻苧で補い成形、赤漆か弁柄漆のいずれかを下地に蒔絵の金継ぎにしようと迷いながら磨い
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でいたら磨ぎ破り、根来風になりました。
この武雄系古唐津の刷毛目文皿は、根来風な雰囲気を生かすことにして、そまま仕上げました。
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もう一つは、古唐津皿の縁が、4分3ほど欠けていましたので縁周りを刻苧で成形し梨子地銀を蒔きました。
少し黄の色調を出すため、梨子地漆と透明黄漆を交互に入れ仕上げました。
by blues_rock | 2017-02-02 00:02 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
長年使ってきた湯呑(高10㌢×径7.5㌢)のニュウが、育ちヒビになりましたので修理と併せ、寒い冬熱い番茶を飲むとき手に持ちやすいよう 裾に指二本分麻紐を巻いて錆漆と呂漆で固め、根来風にしました。
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玄洋窯の伊羅保湯呑(ぐい呑み、高8.5㌢×径7㌢)に冨永氏のお許しをいただき根来風な趣になるよう拭き漆(練朱赤口レーキ漆)をしました。 (参考 : 玄洋窯の茶碗
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ほんの少し黄の色調を出すため最後に透明黄漆で拭き上げました。
by blues_rock | 2017-01-25 00:05 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
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私は、窯疵(キズ)が、あったり歪んだり割れ欠けのある茶碗を見るとそこに金継ぎ(漆芸)したくなります。
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昨年秋、玄洋窯を訪ねたとき、部屋の隅に置かれた見込みの底(茶溜り)が、割れた窯疵のある薄手刷毛目のa0212807_3304087.jpg井戸茶碗に見惚れました。
私の金継ぎの病 膏肓に入る を良くご存じの玄洋窯主人冨永さんに物欲しげな私の気持ちが、伝わったのか、その井戸茶碗を黙って私に渡されました。
茶溜りの窯疵は、高台内に抜ける 3㌢くらいの亀裂で疵に錆漆を入れ呂漆できれいに整え、表の茶溜りを金、裏に銀を蒔きました。
薄く白釉の掛かったグレイの色調と金が、美しく調和し、薄暮の空にある三日月のような趣なので銘を「三日月」にしました。
by blues_rock | 2017-01-19 00:09 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
元日のブログで、錫箔梨子地 刷毛目文皿(上から3口目) 蒔絵の単調さについて迷いを書きましたが、足りなさ
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を補うために錫箔を空の雪に見立て金で鳥を数羽小さく蒔きました。
a0212807_19552327.jpgこれ以上、鳥を蒔くと今度は、うるさくなりそうなのでここまでにしました。

それでも金継ぎの徒の迷いは、ふっ切れません。a0212807_1335324.jpg
by blues_rock | 2017-01-15 00:05 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
古伊万里 呉須金蒔絵 口縁錆釉皿(幕末から明治期と推察)の縁(表と裏の同じところ)に窯キズが、あり錆漆
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を充填し固め、金継ぎ(金直し)しました。
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宙に渡り鳥を配し湖畔に佇む仙人図は、なかなか趣のある図柄です。
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形に少し相違は、あるものの高さ24㌢の花器で釉薬の違いから趣が、がらりと変わり陶の面白味を感じます。
a0212807_12304633.jpgふた昔前の玄洋窯主人陶芸家冨永保雄氏の作品です。
右の高取花器の取り手が、折れましたので呂色漆(黒漆)直しをしたら見た目に分からなくなりました。
以下は、余談ながら昨年11月に「古伊万里には、金継ぎが、好く似合う」を書いたとき私は、ふと太宰治の「富嶽百景」のなかの「富士には、月見草が、よく似合ふ」という一節を憶い出しました。
a0212807_12332771.jpg私は、十代の終わりの頃、流行り熱病のごとく太宰治にのぼせました。
年をとり、もう一度冷静に読み直してようと筑摩書房の全集を買ったものの案の定、積読状態 ‥ 太宰治が、不惑(四十)を前に「もう書けない」と書き遺し愛人と情死した情熱(と心の闇)を探究したいの思いもいずこへか霧散、本棚の全集を横目に私は、いま金継ぎにのぼせています。
by blues_rock | 2017-01-09 00:09 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)
2017年の新春を謹んでお慶び申しあげます。
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新年早々ながら、病膏肓(やまいこうもう)に入る金継ぎの徒の新作4点を掲載いたしました。
古唐津皿の陶片に残った高台と腰の部分をもとに刻苧(こくそ=地粉・上新粉・刻苧綿・生漆)で復元、修復した縁に青貝と梨子地銀で蒔絵をして三寸皿にしました。
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深い緑釉が、美しい古唐津茶碗(または向付、江戸初期と推察)の3分の1くらいを刻苧で復元し浅葱漆で下地を整え梨子地銀蒔絵にしました。
もう少し下地にした浅葱の色を全体に出したかったのですが、少し梨子地銀を密に蒔き過ぎたかもしれません。
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武雄系古唐津 刷毛目文皿(小峠窯、江戸初期)の大きく欠損したところを刻苧で復元し、ベンガラ漆地に錫箔を蒔いて梨子地漆で仕上げました。
錫箔だけでは、少し単調でしたので裾に梨子地銀を蒔きましたが、まだ何かおもしろみに欠けるように思います
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ので、波文様の蒔絵を入れようかと迷っているところです。
昔、記念品にもらった益子焼の辰砂ぐい呑みですが、少しおとなしいので縁に梨子地銀を蒔いてみました。
漆、麗(うるわ)し ‥ 今年もよろしくお願い申しあげます。
by blues_rock | 2017-01-01 00:00 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(4)
a0212807_22411432.jpg共継ぎの仕上げに金磨きをしていたら不注意で取り落し‘真っ二つ’に割ってしまいました。
嗚呼‥と茫然自失、金継ぎゴール寸前の粗忽(そそう)にしばらく意気消沈するも発想をポジティブに転換し難儀な金継ぎに再チャレンジできる良い機会と考えました。
長い時間かけて(自分の粗相を見たくないため放置したのが真相ながら)どうにかこうにか完成する(こちら)も、それから1年余り、改めて見直すとわが技術の稚拙なところばかりが、目に入り再度‘自己満足’のために改めて金を蒔き直しました。      (参考 : 「初期伊万里」については、こちら をご覧ください。)
a0212807_2242074.jpg少し見栄えは、改善されたかも‥と自己満足しています。
左の皿は、ブルーダニューブのディナープレートです。
阪神淡路大地震で残った数少ない食器の一つで、私が、長年朝食のパン皿として愛用するも食器棚にしまおうとして手落とし割ってしまいました。
センチメンタルかも知れませんが、阪神淡路大地震のメモリアル・オブジェとして金継ぎし残すことにしました。
by blues_rock | 2016-12-26 00:00 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)
古陶磁器の逸品を称賛するとき「いい仕事してますねえ!」の名セリフで有名な古陶磁鑑定家中島誠之助氏が、テレビ番組で4点目の曜変天目茶碗を発見、22年の番組史上で最大の発見と興奮していたそうです。
a0212807_1717924.jpg「曜変天目茶碗」とは、12、13世紀の中国南宋時代、福建省建窯で短い期間焼成された茶碗の名前です。
現在、世界に現存するのは、東京の静嘉堂文庫(上から3つ目の写真)、大阪の藤田美術館、京都の大徳寺龍光院の日本にある3点だけで、いずれも‘国宝’に指定されています。
つまり、この4点目は、‘国宝級’の大発見というわけです。
a0212807_1717391.jpg中島誠之助氏は、鑑定評価額を2,500万円と抑え気味に発表していますが、市場(オークション)の取引価格は、億を下回らないのではないでしょうか?
中国国内に現存しない中国南宋(福建省)建窯の逸品は、金に糸目をつけない中国人コレクターが、虎視淡々と狙っていますので、さていくらになり、どこに収まるのやら‥外野席にいる私も気になるところです。
陶磁器の故郷、中国の古窯から、かって数多くの名品が、生まれました。
a0212807_17182491.jpg数多ある古窯の中でも龍泉窯の青磁と景徳鎮の青花は、とくに有名で名品・逸品のほとんどが、世界各国の美術館(大阪東洋陶磁美術館・大英博物館・ボストン美術館その他個人美術館など)に収蔵され、建窯の曜変天目は、前述した 3美術館にあるだけでした。
古代の中国では、妖しげに曜変した天目茶碗を不吉の前兆として忌み嫌い、特定愛好家が、密かに保有した以外破棄されました。
a0212807_17184513.jpg室町時代の日本では、禅宗の喫茶から発生した‘茶の湯’が、盛んになり中国から輸入された唐物茶碗とくに珍重された建窯の曜変天目茶碗は、大事に伝承されて来ました。
福建省建窯には、他にも油滴天目茶碗があり、大阪東洋陶磁美術館には、名品(右写真、国宝指定)があります。
by blues_rock | 2016-12-22 00:02 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(2)