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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:映画(シネマの世界)( 848 )

黒木和雄監督のライフワークであった映画「戦争レクイエム三部作」最後の第3作目が2004年の映画「父と暮らせば」で、原爆投下後の広島が、映画の舞台です。
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広島の原爆投下地点で頑固ながらやさしい父親(原田芳雄)と二人、図書館に勤めながら平穏な暮らしをしている若い女性(宮沢りえ)が、主人公です。
a0212807_18064.jpg映画全編を通してほとんどが、父と娘二人の会話で、二人舞台の演劇のようでした。
「戦争レクイエム三部作」は、映画監督黒木和雄が、後世への遺言映画として“どうしても撮っておかなければならない”と強い意志でメガホンをとった戦争拒否のメッセージと思います。
映画「父と暮らせば」のストーリーは、これからご覧になられる方のために書かないでおきます。
黒木和雄監督の常連で名優原田芳雄の胸を借りながら、何かにつけ「おとったん、おとったん」と父を気遣う古風な娘を演じた宮沢りえの楚々として可憐な演技が、光りました。
a0212807_184436.png「戦争レクイエム三部作」の第1作目が、1988年の「TOMORROW明日」です。
「TOMORROW明日」の舞台は、1945年8月8日の長崎です。
1945年8月15日、昭和天皇の降伏宣言(敗戦告知)がラジオから流れたその日、日本国民苦難の悲惨な戦争は、やっと終わりました。
映画「TOMORROW明日」は、日本敗戦のわずか1週間前、8月8日から長崎に原爆が投下される1945年8月9日11時2分その瞬間までの長崎で暮らす市井の人々の一日が、描かれています。
粗暴な愛国心を大声で金切り声あげ鬼畜米英を叫ぶわけでもなく、鉄砲かかえて行軍しているわけでもない、貧しくも真面目で正直な多くの老人・女子供が、原爆で一瞬のうちに焼き殺されました。
生き残った人たちも直接被ばくしていますので、生涯放射能による原爆後遺症に苦しみ亡くなりました。
2003年の映画「美しい夏キリシマ」が、第2作目(こちら)です。 (下写真:原爆投下後の浦上天主堂前光景)
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黒木和雄監督の「戦争レクイエム三部作」の映画に登場したモデルとなった人たちの御霊は、自分たちに降りかかった戦争という悪疫の理不尽さと不条理への怒り収まらず、今も未だ宙を彷徨っているに違いありません。
by blues_rock | 2012-10-16 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
沖田修一監督(1977~35才)は、若手映画監督ながら力みのない脚本と演出で程良く肩のチカラが抜けた佳作映画を撮ります。
今年見た「キツツキと雨」(2012)の作風もそうでしたが、商業映画デビュー作品「南極料理人」(2009)も沖田監督ならではの、さっぱり爽やか風味の映画です。
a0212807_1384644.jpgこの映画で新人映画監督に送られる「新藤兼人賞金賞」を2009年に受賞しました。
映画は、念願の南極に転勤することになった同僚が、突然倒れ泣く泣く代わりに南極に単身赴任することになった海上保安庁海上保安官の南極出発前から任を終えて帰国するまでの南極ドームふじ基地での悲喜交々(こもごも)の物語です。
海上保安庁から出向し南極地域観測隊メンバーとなり、1年数カ月間寝起きを共にする隊員8名の食事担当であった西村隊員の自伝を元に、沖田監督自ら脚本を書き映画にしました。
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南極ドームふじ基地は、昭和基地からさらに内陸へ1,000km、標高3,810m、平均気温マイナス54度、ペンギン・アザラシはおろか病原体もウィルスいない極寒の極地で天文・気象・地質・生物の専門家が、1年数カ月後、次の隊と交代するまで観測を行なうのです。
日本は、1956年から南極観測を始め56年の歴史があります。
a0212807_142161.jpg調理担当(堺雅人)、雪氷学者(生瀬勝)、雪氷学者(生瀬勝久)、気象学者(きたろう)、雪氷助手(高良健吾)、大気学者(小浜正寛)、医療担当(豊原功補)、車両担当(古舘寛治)、通信担当(黒田大輔)の隊員を演じた8人の俳優たちは、実に自然体でユニーク、演技しているというよりモデルとなった実在の隊員が、全員映画に出演しているかのようです。
後ろ髪引かれて泣く泣く南極へ単身赴任したものの毎日東京の家族のことを想う西村隊員でしたが、家族(娘)から届いた「お父さんがいなくなってから毎日楽しくてしょうがありません。」のファックスを広さ畳2枚の狭い自室で見て、ガックリ落ち込こみ、塞(ふさ)ぐ単身赴任のお父さんの姿は、普通のサラリーマン家庭のようでペーソスが漂っていました。
沖田修一監督の次回作映画は、来年2013年「横道世之介」というタイトルだとか、大いに楽しみにしています。
by blues_rock | 2012-10-15 00:41 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_7264732.jpgタイトルの「ニワトリはハダシだ」は、普通の人間ならダレでも感じる分かり切ったこと、庶民の当たり前の感情を表わす言葉の比喩として使われています。
森崎東(1927~85才)監督・脚本の2004年作品で、同年のベルリン映画祭では、ドイツの映画ファンから絶賛されました。
映画は、知的身障者である少年サムを主人公に、彼を取り巻くヒューマンドラマながら日本社会の底辺にある諸問題を暴き、社会問題の恥部をタブーとしないで大胆に描いています。
反体制を掲げ、タブーに挑戦し続ける森崎監督の面目躍如で、ベルリン映画祭の期間中どの回も満席という見事な成功を納めました。
貧しいながらも社会の底辺で一生懸命に生きる庶民の喜びや怒り、暮らしの哀歓を見つめ続けてきた森崎監督24本目の作品が、名作「ニワトリはハダシだ」です。
映画の舞台は、京都府舞鶴港‥入江を挟んで家屋が密集し、海岸に沿って独特の路地を形成している舞鶴ならではの美しい景色の中に、日本人の郷愁を誘う銭湯や昔ながらの商店街、伝統の祭り(火祭り)など日本の原風景が情感豊かに描かれています。
舞鶴港は、戦前まで軍港として栄え、戦後は一転して中国大陸・朝鮮半島・シベリアからの引揚げ港として哀しい歴史があり、今も在日朝鮮人や外国人労働者が、数多く暮らしています。
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複層した歴史的背景をもつ舞鶴で、地元の人たちもまじえオールロケで撮影された映画は、現代社会に潜むさまざまな問題‥検察と警察の癒着汚職、裏社会の暴力、知的障害者のケア、在日朝鮮人への差別、家族の絆など映画とは思えないくらいに生々しくレアリズムに徹して描かれていました。
映画のストーリーは、知的身障者である15才の少年サム(浜上竜也)と潜水作業夫のチチ(原田芳雄)の日常の
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暮らしから始まります。       (上写真は、原田芳雄・肘井美佳と演技の打合わせをする森崎東監督)
偶然、サムが、暴力団組織の所有するベンツの中にあった検察庁機密費に関する裏帳簿の数字を憶えたことから、サムは、中央政界を巻き込んだ検察庁の汚職事件に巻き込まれ警察に追われることになります。
何も知らないサムは、普段どおり天真爛漫なのですが、サムを追う刑事たち、暴力団組織のヤクザたち、サムa0212807_7301033.jpgを逃がそうとする家族と養護学校の先生などサムのまわりは、彼の敵味方入り乱れて大騒ぎとなりました。
粗野で乱暴なチチに愛想尽かし幼い妹をつれ別居中の在日朝鮮人のハハ(倍賞美津子)、サムの在日朝鮮人祖母(李麗仙)、養護学校の先生(映画初出演の肘井美佳)、検察庁の機密費汚職を告発した東京地検の検事(柄本明)、汚職の証拠資料を偶然見たサムを調べる新米刑事(加瀬亮)、養護学校の先生の父親である刑事部長(石橋蓮司)と心を病んで自殺する母親(余貴美子)など新人・ベテランそれぞれ個性豊かな俳優陣が、ペーソスを滲ませながらユーモアたっぷりに演じています。
by blues_rock | 2012-10-12 07:25 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
フランス映画「ラスト・アサシン」の原題は、「Requiem pour une tueuse」というタイトルで、日本語に直訳すると「殺し屋のための鎮魂曲」という意味です。
a0212807_22404030.jpg2011年フランス公開の映画ですが、なぜか日本では劇場未公開で、衛星放送WOWOWの映画劇場で放送されただけでした。
「ラスト・アサシン」の映画タイトルから想像するような息をのむサスペンスやハデな銃撃戦はありませんが、今を時めくフランスの美人女優メラニー・ロラン(1983~、29才)主演のフランス映画を日本で公開しない理由は、なぜなのでしょう。
外国映画配給会社で働く人たちは、海外の新作映画を自分の目で見ていないのでしょう。
さて、主演のメラニー・ロランは、日本でもロングラン・ヒットした映画「オーケストラ!」(2009)で一躍人気女優となり、「黄色い星の子供たち」(2010)での好演も光ります。
「ラスト・アサシン」は、明らかに1990年のフランス映画「ニキータ」を意識していると思います。
映画「ニキータ」の中でニキータに容赦なく殺しの指令を出すボスを演じたチェッキー・カリョが、この映画でもメラニー・ロラン演じる殺し屋に殺しの指示をするボス役で出演しているので余計そう感じるのかも知れません。
「ニキータ」とメラニー・ロラン双方のファンである私は、何としてもこの映画を見たくて自室をミニ・シアター仕様(‥部屋の音漏れ防止を行ない真っ暗闇にして横長モニターと外付けスピーカー2台)にして見ました。
a0212807_2240591.jpgシングルマザーながら美人で凄腕の殺し屋を演じるメラニー・ロランは、多感で泣き虫の殺し屋ニキータを演じたアンヌ・パリローに比べ、どうしても殺しのクールさとアクションの俊敏さで敗けますが、これは映画監督の演出力の差で、二人の女優の演技力の差ではありません。
この映画は、“メラニー・ロラン”の美しさを見せるスタイリッシュな映画です。
名優ジェラール・ドパルデューに見出され女優となったパリジェンヌのメラニー・ロランは、身長157cmと小柄ながら均整のとれた美しさが魅力的です。
彼女は、映画の脚本を書き、監督の経験もあるのだとか、また清楚な声で歌うシャンソンも上手く心地よく聴かせます‥褒め過ぎは、メラニー・ファンとしてのアバタもエクボとお許しください。
by blues_rock | 2012-10-11 00:10 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
現在公開中の映画「ボーン・レガシー」は、“ジェイソン・ボーン”シリーズの4作目というわけではありません。
映画のタイトル「ボーン・レガシー」のレガシーとは、‘負の遺産’という意味なのでジェイソン・ボーンの負の遺産‥もう一人のジェイソン・ボーン(名前はアーロン・クロス)が、主人公です。
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CIAの極秘研究で強靭な心身に改造された元暗殺特務工作員のジェイソン・ボーンは、極秘計画トレッド・ストーン(暗殺スペシャリスト養成計画)の証拠を隠滅するために国家(CIA)から抹殺されようとしていました。
心因性記憶喪失のジェイソン・ボーンは、自分が何者であるか憶い出せないまま、鍛え上げられた身体能力とa0212807_1305119.jpg頭脳でCIAの追跡から逃れ、容赦のないCIAの攻撃と戦っていました。
なぜ自分の命が狙われるのか、ジェイソン・ボーンは、その理由(わけ)を知るためCIAへ反撃を開始しました。
「ボーン・アイデンティティー」(2002)・「ボーン・スプレマシー」(2004)・「ボーン・アルティメイタム」(2007)3作の主人公ジェイソン・ボーンをマット・デイモン(1970~)が、リアルに演じジェイソン・ボーン=マット・デイモンのイメージが出来上がりました。
a0212807_1323465.jpgマット・デイモン抜きのジェイソン・ボーン映画を製作し撮影することは、相当難しいだろうと思い、ジェイソン・ボーンの登場しない「ボーン・レガシー(ボーン負の遺産)」を見に行きました。
ジェイソン・ボーンと同じようにトレッド・ストーン計画から生まれたもう一人のジェイソン・ボーンである暗殺特務工作員アーロン・クロス役をジェレミー・レナー(1971~)が演じ、運動能力のあるアクション・シーンを次々に披露し熱演しています。
a0212807_1331556.jpg高い身体能力と明晰な頭脳を維持するためのクスリであるグリーンとブルーの錠剤を各1錠ずつ服用し続けなければ、人並み外れた心身の活動機能が低下し、普通の人になるアーロン・クロス像は、少しマンガチックなシナリオで頂けませんでした。
「ジェイソン・ボーン」シリーズ4作目(予定)では、マット・デイモンのジェイソン・ボーンとジェレミー・レナーのアーロン・クロスが、登場するそうなのでリアルでエキサイティングな映画にしてほしいと思います。
by blues_rock | 2012-10-08 00:12 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
もうずいぶん昔の話ですが、黒木和雄監督(1930~2006没、享年75才)のATG作品「祭りの準備」(1975)を見て感動し何度もこの映画を見ました。
それ以降、黒木監督の作品に駄作はないと新作映画もまだ見ぬうちから思ってきました。
「美しい夏キリシマ」(2003)は、黒木監督が少年のころ過ごした宮崎県小林市の霧島の見える故郷を舞台に、自らの戦争体験を脚本にして監督した作品で期待どおりの秀作映画でした。
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戦争末期の荒んだ時代に生きた黒木監督自身の少年時代を、名優柄本明の長男柄本佑(えもとたすく、1986~)が、映画初出演(オーディションに合格)ながら主演し、多感な少年時代を初々しく演じています。
中学生で学徒動員された少年は、労働奉仕していた工場が空襲され、隣りにいた友人が頭を撃たれ、自分に助けを求めたのに逃げ出した自分を苛み、自責の念に苦しんでいました。
肺を患っている少年は、宮崎の祖父に引き取られ霧島に近い田舎で暮らしていました。
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元軍人で厳格な祖父(原田芳雄)には、自宅療養中の孫(少年)が自堕落に映り、何かにつけ厳しく接します。
空襲で撃たれた友人を助けず逃げ死なせたと自責する少年は、友人の妹に会いに行き、許しを乞いますが、妹は謝るくらいなら兄の仇を討つよう言いました。
何を相手に戦えば良いのか、判らないまま少年は、竹ヤリでワラを突き、竹林に穴を掘り戸板を被せ、その中で生活します。
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やがて終戦となり、少年は進駐して来たアメリカ軍を相手に竹ヤリを振り回しながら突進しますが、彼らの一人が笑いながら威嚇発砲した銃音の大きさに驚き卒倒してしまいました。
1945年夏8月、霧島を眺める故郷は、その日も美しく輝いていました。
映画の中で、出撃を前に特攻隊の青年将校が、少年に磔(はりつけ)にされたキリスト像の絵の美しさ、花の美しさに感動する心、聖なる気持ちの理由について語るシーンには、胸打たれました。
a0212807_124933.jpg主人公である少年の脇を原田芳雄・左時枝・香川照之・石田えり・宮下順子と錚々たる芸達者の名優たちが固めているので見応えあるお薦め映画のひとつです。
モンペ姿の小田エリカと中島ひろ子が、清純でチャーミングでした。
by blues_rock | 2012-09-29 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_2342039.jpgコーエン兄弟(左写真)が、監督・脚本・製作した1996年映画「ファーゴ」を久しぶりに見ました。
コーエン兄弟の映画では、脚本を共同で執筆し、監督ジョエル・コーエン(兄、1954~)、製作イーサン・コーエン(弟、1957~)と一応クレジットされてはいますが、撮影現場では、いつも一緒に監督しているので、コーエン兄弟監督の作品と言って良いでしょう。(参考:2011年作品トゥルーグリッド
コーエン兄弟の映画は、どれもコクのあるシリアスなストーリー展開で、キッチリとした脚本と場面(シーン)効果を計算し尽くした映像、複雑なカット割りなのでしっかり見ていないと見失うときがあります。
映画「ファーゴ」のファーゴとは、アメリカ中北部ノースダコタ州のファーゴ市に由来しています。
映画のストーリーは、真冬のファーゴ市郊外で発生した狂言誘拐と殺人事件をめぐるサスペンス映画です。
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この事件の捜査にあたる妊娠数カ月の大きなお腹をした警察の女性署長マージ役のフランシス・マクドーマンド(1957~、ジョエル・コーエン夫人)が、片田舎の小さな警察署で署長兼捜査員をじつに印象的なキャラクターで演じています。
映画「ファーゴ」は、アカデミー賞脚本賞と最優秀主演女優賞を受賞しています。
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とくにアカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドの演技が秀悦で、ファーゴ市郊外の片田舎に実在するのではないかと思えるくらい存在感のある女性署長マージ役でした。
きっと映画史の中で、映画に登場した人物像としてフランシス・マクドーマンド演じる女性警察署長マージは、語り継がれていくと思います。
映画の冒頭に「This is a true story.(これは実話である)」と字幕が出ますが、これもコーエン兄弟の演出です。
by blues_rock | 2012-09-28 00:26 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
日本にも映画センスのいい若手の映画監督がいます。
内田けんじ監督(1972~40才)もその一人で、彼の最新作「鍵泥棒のメソッド」を見て、これは海外でも受けるだろうなと思いました。
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映画文化に伝統があり、数多くの名作を見慣れ、映画に対する批評眼をもつ国‥たとえば「最強のふたり」を大ヒットさせたフランスの映画好きな人たちには、きっと受けるだろうと思います。
来年2013年のカンヌ国際映画祭に、ぜひ出品して欲しいと思います。
a0212807_23204750.jpg内田監督は、2002年に友人たちと自主製作した映画「ウィークエンド・ブルース」が、ぴあフィルムフェスティバルで入選、映像に粗さはあるものの、すでに脚本と構成に映画センスを感じます。
2005年の内田監督(脚本)作品「運命じゃない人」が、カンヌ国際映画祭批評家週間で脚本賞他3賞を受賞し一躍注目されました。
この映画の脚本も練りに練られており、映画の筋立てが、凝っていました。
a0212807_23292882.jpg当然のことながら、最新作の「鍵泥棒のメソッド」も内田けんじ脚本ならではのエスプリの効いたおもしろい映画です。
ストーリーは、予告編(こちら)をご覧ください。
「鍵泥棒のメソッド」の「メソッド」とは、演技法のマニュアルのこと、主演の堺雅人(1973~39才)と香川照之(1965~47才)二人の名優が、さすが!という役者ぶりを披露しています。
堺雅人を初めて知ったのは、NHKドラマ「篤姫」の徳川家定役で、病弱で人嫌い、脳に疾患をもち暗愚、それはa0212807_23302749.jpg暗殺(毒殺)を警戒しての家定の演技だったのではないか‥という家定像を‘顔の表情’で演じる彼の演技力に感心しました。
堺雅人は、喜怒哀楽の感情をすべて笑顔で表現できる俳優と言われています。
彼は、微笑んでいるような目の表情で‘喜び’‘怒り’‘哀しみ’‘やさしさ’‘切なさ’を表わすことができます。
彼の趣味は、苔の栽培と観賞とか、自然(神)は、細部(苔)に宿ることを知っているのでしょう。
香川照之もまた目の表情による演技がすばらしく、私の好きな俳優の一人です。
a0212807_23372169.jpg彼は、役者としてオッファーがあれば、つまらない作品の端役でも何でも引き受けているようで、すでに数多くの映画に出演者として香川照之の名前がクレジットされています。
香川照之の名優としての本領は、クセのある演技が要求される個性的な役で発揮され、2003年「故郷の香り(ヌアン)」、2006年「ゆれる」などで、彼のすばらしい演技を見ることができます。
映画の良し悪しは、脚本(シナリオ)・監督・役者(キャスト)の三つでほぼ決まり、あとは見た人の判断です。
by blues_rock | 2012-09-26 00:12 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
デンマーク映画界を代表するラース・フォン・トリアー監督(1956~)の新作映画(2012年日本公開)「メランコリア」(脚本と監督を担当)を紹介いたします。
トリアー監督の前作「ANTICHRIS♀(アンチ・クライスト)」を見終わったとき、鉛を呑み込んだような気分になる映画だと感想を書きましたが、新作「メランコリア」もまた見る人の気持ちを重くするような映画でした。
a0212807_2238645.jpgトリアー監督の映画に対する信念(ポリシー)は、「映画は靴の中の小石でなければならない」ですが、「メランコリア」でもそのポリシーは立派に貫かれていました。
トリアー監督は 人の心を重くさせる天才です。
「メランコリア」も見終わると余韻に前作と同様、足の裏で靴に入った小石を踏んでいるような、なんとも気障りな感触が残ります。
トリアー監督の言う「映画は靴の中の小石」とは、人間の赤裸々な本能と独り善がりのエゴを教える表現手段と言いたいのではないかと私は思います。
映画を見る人に小石を容赦なく投げつけたいというトリアー監督の願望は、二本の映画「ANTICHRIS♀(アンチ・クライスト)」・「メランコリア」を見ると良く分かります。
「メランコリア」は、惑星メランコリアが、地球に衝突することで “世界の終わり”に直面する姉妹の物語です。
トリアー監督の美しい映像美を堪能しながら“地球の終焉”を見るというのも映画とはいえ複雑な心境でした。
映画は二部構成になっていて第一部は、妹ジャスティンを主人公にしています。
心の病(うつ病)を抱えた妹ジャスティン役のキルスティン・ダンスト(1982~)が、実にすばらしく、見事な演技を見せてくれました。
a0212807_22423032.jpg「メランコリア」撮影当時、トリアー監督も持病のうつ病に苦しんでおり、まさしくその心境を代わりに演じたようなキルスティン・ダンストのうつ症状の表情が真に迫り、カンヌ国際映画祭で主演女優賞を受賞したのも頷けます。
第二部は、姉クレアが主人公、富豪の夫・息子と幸せに暮らし、何一つ不自由のない姉クレアをシャルロット・ゲンズブール(1971~)が、好演しています。
ある日、うつ病が悪化し憔悴しきった妹ジャスティンが訪ねて来ると姉クレアは、彼女をやさしく迎え支えてあげますが、地球に異常接近して来る惑星メランコリアの存在を知るとクレアは、恐怖と不安でパニックを起こすようになりました。
反対に妹ジャスティンは、月よりも大きくなったメランコリアに見惚(と)れ、顔には微笑みを浮かべています。
a0212807_2255430.jpgジャスティンの表情からうつ症状が消えていました。
反対に夫も息子の存在も忘れ、怯(おび)える姉クレアに妹ジャスティンは、「地球は邪悪よ。消えても嘆く必要はないわ。」と静かに淡々と語ります。
姉クレアの夫をキーファー・サザーランド(1966~)、姉妹の母親役をシャーロット・ランプリング(1946~)が演じています。
自分の家族や親族・知人に嫌われながら、憎々しい毒を吐き、悪意に満ちた行動をとる母親シャーロット・ランプリングのイヤミな存在感が、抜群で映画史に残る‘悪意’の名演技として残るだろうと想像しています。
映画は、妹ジャスティン、姉クレア、彼女の夫と息子の4人が、手をつなぎ惑星メランコリアの衝突を迎える瞬間に終わります。
「メランコリア」の不条理な心理描写に退屈し、居眠りモードに入っても、映像が美しいので、薄目を開けて見ておいて損はないと思います。
by blues_rock | 2012-09-21 00:18 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_22565120.jpgアメリカの女性映画監督アミ・カナーン・マン(年齢不詳)の2011年監督第2作目の作品です。
アメリカ、テキサス州に“キリング・フィールズ”と呼ばれる失踪地帯があり、猟奇的で凶悪な殺人事件が、多発していました。
その中に美少女が、次々と失踪し、キリング・フィールズに遺棄された死体で発見されるという変質者の仕業と推察される未解決の事件がありました。
この猟奇的な殺人事件の捜査を、地元出身の刑事とニューヨークから配属された刑事の二人が担当しました。
女性映画監督が、メガホンを取り撮影したとは思えないくらいに映画の筋が骨っぽく、クライム・サスペンス映画として出来の良い面白い映画でした。
それもそのはず、アミ・カナーン・マン監督の父親は、多くのクライム・サスペンス秀作映画を撮った名匠マイケル・マン監督(1943~)で、また脚本家・映画プロデューサーでもあります。
マイケル・マン監督作品で、私が憶い出すのは、1992年「ラスト・オブ・モヒカン」、1995年「ヒート」、1999年「インサイダー」、2004年「コラテラル 」で、どの映画も見応えのある秀作です。
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実の娘であるアミ・カナーン・マン監督は、1995年の「ヒート」で、父マイケル・マン監督のもと助監督として監督技術を学んでいます。
映画「キリング・フィールズ 失踪地帯」の骨っぽさは、父親が監督・脚本・製作した「ヒート」の映画作りを観察しながら、マン映画の骨っぽさを修得したに違いありません。
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女性映画監督アミ・カナーン・マン、恐るべし‥次回第3作は、「ヒート」で主演したアル・パチーノとロバート・デ・ニーロが、再共演した「ボーダー」(2010年日本公開)をできることならアミ・カナーン・マン監督の骨っぽいリメイク版を配役も替えて見てみたいものです。(参考:「ヒート」と「ボーダー」についてはこちらをご覧ください。)
by blues_rock | 2012-09-19 00:53 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)