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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:映画(シネマの世界)( 827 )

クリストファー・ノーラン監督(1970~)の2012年最新作「ダークナイト・ライジング」を見ました。
a0212807_2252682.jpgノーラン監督は、今回も監督・脚本・原案・製作と才能を発揮、撮影の時はいつもカメラの横でシーンの撮影を確認していました。
初めてノーラン監督映画「インソムニア」(2002)を見たときサスペンス映画の展開のテンポの良さにセンスを感じました。
インセプション」(2010)でも才能全開で、映画を見る方に‘付いて来れるかな?’とばかり、ダブル・トリプルの映像を仕かけ大いに楽しませてくれました。
この最新作「ダークナイト・ライジング」でバットマン(ブルース・ウェイン)を演じたクリスチャン・ベールの存在感もなかなかで楽しめました。
1987年、彼は13才のときスピルヴァーグ監督に見出され「太陽の帝国」で映画デヴュー、この時も見事な演技を披露、2010年映画「ザ・ファイター」では、コカイン中毒の元ボクサー役をリアルに迫力ある演技で見せてくれました。
a0212807_22525816.jpgストーリーは、勧善懲悪のワンパターンで「正義(この場合大衆に支持されたパワー)は勝つ」の最もつまらないエンディングながら、ここはクリストファー・ノーラン監督作品の映像センスを大型スクリーンで楽しむために映画館に行けば、大いに楽しめると思います。
とにかくキャスティングがスゴイ!の一言‥バットマン(ブルース・ウェイン)のクリスチャン・ベールに加え宿敵ベインにトム・ハーディ、ベテラン勢では、マイケル・ケイン、ゲイリー・オールドマン、モーガン・フリーマンなど名優が、若手ではマリオン・コティヤール、ジョゼフ・ゴードン=レヴィットなどが役どころをしっかり締めて好演しています。
by blues_rock | 2012-08-13 00:49 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
1969年映画「真夜中のカウボーイ」は、アメリカン・ニューシネマ初期の名作で、私の好きな映画の一本です。
a0212807_1484363.jpgアメリカン・ニューシネマには、1967年「俺たちに明日はない」・1967年「卒業」・1969年「イージー・ライダー」・1969年「明日に向かって撃て」・1971年「愛の狩人」・1973年「スケアクロウ」・1975年「カッコーの巣の上で」・1976年「タクシードライバー」など多くの秀作・名作があります。
アメリカン・ニューシネマは、ベトナム戦争の泥沼化で反戦運動と閉塞的な厭世ムードがアメリカ社会を覆う中、ニューヨークを中心にイタリアのネオレアリズモの影響を受けた若い世代の映画監督が、新しい感覚を発揮し、先進的な撮影手法や新鮮な映像を生かして制作されました。
イタリアのネオレアリズモは、フランスのヌーヴェルヴァーグや日本のATGなど世界中の前衛的な映画監督たちに大きな影響を与えました。
さて、映画「真夜中のカウボーイ」は、イギリス人映画監督のジョン・シュレシンジャー(1926~2003)の作品で、アカデミー賞作品賞・監督賞・脚色賞を受賞しています。
この映画の見どころは、主役二人、ジョー役のジョン・ヴォイト(1938~)と相棒になるラッツォ(本名はニコ)役のダスティン・ホフマン(1937~)の演技と名シーンの数々です。
a0212807_1491394.jpgストーリーは、二人が冬のニューヨークで出会い、フロリダでラスティが死ぬまでの短い期間の物語です。
カウボーイスタイルをカッコイイと信じる単純なテキサス男のジョーは、着いたばかりのニューヨークで金持ち女相手のヒモ(ジゴロ)になろうとしますが、ことごとく失敗します。
失敗するのは、マネージャーがいないからだとラッツォに言われ、彼を信じマネージャーにしました。
乞食同然ながらプライドの高いラッツォは、ジョーに「自分の名前はニコだ。これからラッツォ(ネズミの蔑称)と呼ぶな。」と約束を迫りました。
a0212807_1494531.jpgお互い生きるため相手を利用しますが、やがて友情が生まれます。
有り金を失くしたジョーは、ホームレスのニコが、ネグラにしている廃墟のビルで共同生活を始めました。
しかし、ニコは男色の客ばかり引き合わせるのでジョーは激怒しました。
足が悪く病気もちで咳き込んでばかりいるニコの容態が悪化し、ジョーはニコが行きたがっていたフロリダへ彼を連れて行こうとします。
バス代のないジョーは、街へ出て声をかけてきた男とホテルに行きバス代を奪いました。
フロリダ到着を前にしてバスの途中停車時間に、ジョーは服を買い着替え、カウボーイ・スタイルの衣類をすべて捨てバスに戻るとニコは衰弱していました。
a0212807_1542313.jpgジョーは、ニコの汚れた服を脱がせ、フロリダに似合う明るい服に着替えさせました。
二人の乗ったバスが、間もなくフロリダ終点に到着するという時、ニコはバスの窓に頭をもたれて息絶えていました。
そのシーンがこちらです。
「真夜中のカウボーイ」は、ホモセクシャルのシーンが多く、成人映画に指定されながらアカデミー賞を受賞した唯一の作品で、アカデミー受賞後に成人指定は取り消されました。
映画の主題歌に使われたニルソンの「うわさの男」(1969)も名曲です。
by blues_rock | 2012-08-02 01:45 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
2008年イタリア映画「ゴモラ」の舞台は、イタリアのナポリで、ゴモラとは、旧約聖書の創世記に出てくる古代都市ゴモラのこと、旧約聖書によると古代都市ゴモラは、背徳の罪により神により滅ぼされたそうです。
映画は、ナポリを中心拠点として都市の裏社会を暴力で支配する“カモッラ”と呼ばれるイタリア犯罪組織(闇の企業集団)の暗部を赤裸々に描いています。
a0212807_021165.jpgカモッラとは、シチリアを支配するマフィアと同じ暴力犯罪組織ですが、イタリア南部では、マフィアをしのぐ支配力と経済力を持っていました。
庶民の暮らしにも深く入り込み、各種業界・各市場との取引業者・商店などからテラ銭を徴収し、密輸・麻薬売買・産業廃棄物の不法処理・海外不動産取引など非合法な活動で利益(不正な金)を独占してきました。
映画「ゴモラ」では、カモッラ組織の掟と敵対する組織・裏切り者へのり容赦のない殺戮をリアルに描き、第一級の社会派映画と思います。
監督のマツテオ・ガローネ(1968~)は、イタリア映画界気鋭の若手映画監督です。
まだ44才の若さながらイタリア映画伝統のネオレアリズモ美学を継承し、そのドライな演出と感情移入しないクールな映像に、ハリウッドの名匠マーティン・スコセッシ監督や俳優で若手監督のベン・アフレック(2011年映画「ザ・タウン))などが、最大級の賛辞を贈りました。
映画「ゴモラ」は、2008年カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞しました。
映画は、カモッラをめぐる5つの物語で構成され、ストーリーの展開は同時並行に進行していきます。
a0212807_0252577.jpgEU企業から排出され処分に困る毒性の高い産業廃棄物を不法投棄するカモッラ系ゴミ回収処理会社の幹部を演じるトニー・セルヴィッロの存在感がすばらしく、私の目を惹きました。
トニー・セルヴィッロは、「湖のほとりで」で生活にくたびれた初老の刑事役を見事に演じていました。
さらに2010年映画「穏やかな暮らし」では、若いころカモッラの殺し屋だった男が、組織を抜け地下に潜伏しドイツへ逃亡、名前も変え結婚し子供と三人幸せに暮らしているところにイタリアの青年2人が、突然現れました。
この「穏やかな暮らし」は、「ゴモラ」の続編と見ることもできます。
a0212807_0254682.jpg映画「ゴモラ」には、カモッラに憧れる殺人の手引きをする少年、自己顕示のため組織を裏切ったためカモッラの仕掛けたワナで惨殺される二人の青年、カモッラに無断で中国人蛇頭の経営する仕立て工場に高級ドレス縫製技術を教えたために中国人たちもろとも処刑される仕立て職人などが登場‥どれも失業と貧困が引き起こすリアルな物語なので、現イタリアの経済不況と不安定な社会現象をドキュメンタリーで見ているような映画でした。
近未来の日本でも今の閉塞した社会状況が続き、さらに経済と失業が悪化すれば、市民社会システム(行政・警察・金融など)を丸ごと呑みこんだ犯罪企業グループ(チンピラあがりの旧い暴力団ではムリ)が台頭してくるかもしれません、くわばら、くわばら。
by blues_rock | 2012-07-26 00:32 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
長野県下伊那郡に実在する大鹿村を舞台に、300年の伝統ある大鹿村歌舞伎開催当日までの5日間に起きた村の大騒動を描いた2011年の映画です。
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2008年大鹿村を訪れた俳優の原田芳雄は、村に今も残る300年の伝統をもつ大鹿村歌舞伎を知り感銘、大鹿村の歌舞伎をテーマにした映画がてきないかと発案し「大鹿村騒動記」製作委員会が設立されました。
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阪本順治監督は、原田芳雄の発案を受けて、彼を主役にした映画「大鹿村騒動記」の撮影に入りました。
映画の出演・撮影・製作には、原田芳雄の俳優仲間や阪本監督の映画製作スタッフたちが結集、大鹿村も村を挙げて映画の撮影に協力支援しました。
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村長も自ら村長役で出演するなど村と周辺の人たち850名余りがエキストラとして出演、映画「大鹿村騒動記」(予告編はこちら)を見ると、この映画に関わった人たちの気持ちが一つとなり、その熱い想いは、こちらにも伝わってきました。
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映画撮影のセットも大鹿村役場の建物・会議室など、すべて本物を使用しており、映画に出てくる温泉や地酒なども実際にあるものが使われました。
a0212807_2120579.jpg出演した俳優陣も脇役のひとり一人が名優ぞろいで、主演の原田芳雄・大楠道代・岸辺一得はじめ三國連太郎・佐藤浩市・石橋蓮司・でんでんなど個性ある俳優たちが脇を固め、笑いあり涙ありの名演技を披露しています。
映画のエンドロールで流れる忌野清志郎の「太陽の当たる場所」も名曲です。
映画「大鹿村騒動記」は、2011年7月16日に公開、当日病気をおして原田芳雄は、舞台挨拶に顔を見せ、その3日後の7月19日に帰らぬ人となりました。
享年71才、名優原田芳雄氏のご冥福を心からお祈りいたします。
by blues_rock | 2012-07-24 00:38 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
写真家の操上和美(くりがみかずみ1936~76才)が、映画の原案(イメージ)を作り撮影監督も自ら担当し長編映画を初監督した2009年公開の映画作品です。
ゼラチンシルバーLOVE」のゼラチンシルバーとは、銀塩写真(ゼラチンシルバーにプリントしたモノクロ写真)のことです。
ショーン・コネリーやキース・リチャーズなどの写真、井上陽水のジャケット写真などで知られる写真家操上和美ですが、2008年72才の時に初めて映画に挑戦し撮ったのが「ゼラチンシルバーLOVE」でした。
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写真家がファィンダー越しに被写体を見るような映像ショットの数々は、撮影監督として操上和美映像の真骨頂でしょう。
映画のストーリーは、シンプルながらミステリアスでエロチック‥冷酷ながら美しい殺し屋の女(宮沢りえ)と殺しを依頼する中年の男(役所広司)、男から女の監視とビデオ撮影を依頼された若い男(永瀬正敏)の三人が、主人公です。
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監視とビデオ撮影の依頼を受けて倉庫のような部屋に隠れて運河の向こうの部屋に住む女を監視しているうちに若い男は、女に魅かれ女を撮ったゼラチンシルバー写真を倉庫の部屋いっぱいに飾りました。
殺し屋の女は、自分が監視されていることを知り、まず依頼人を映画館でサイレンサーで射殺そして若い男もサイレンサーで射殺しました。
女は、若い男を射殺した後、彼の部屋の壁いっぱいに貼られた自分の写真を見て、彼の気持ちを感じますが、黙って部屋を出て夜の闇の中に消えて行きました。
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宮沢りえは、キュート過ぎてニキータのような殺し屋の凄身はありませんが、冷酷な美人の殺し屋をクールに演じていました。
殺しの仕事を終えて隠れ部屋に帰り、壁際にうずくまって肩を震わせ身もだえして泣くシーンと殺した若い男の部屋いっぱいに貼られた自分の写真をじっと見て目に涙を浮かべるシーン(ほんの一瞬のシーン)は、淡々とした映画をしっとりさせます。    (下写真 : 写真家としての永瀬正敏が撮った操上和美監督と撮影現場)
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彼女が、湯でたまごを食べるシーンとソフトクリームを舐めるシーンの口元をアップで撮ったエロチックな映像(エロチックなシーンはこの二つだけ)に操上監督のこだわりを感じました。
写真家荒木経惟なら「湯でたまごを食べる口元とソフトクリームを舐める口元」のアップシーンをどんなエロチック(ワイセツ)な映像に撮るだろうかと想像しました。
by blues_rock | 2012-07-22 00:56 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
北海道の架空の街、海炭市(函館がモデル)で暮らす人たちが、映画の主人公です。
a0212807_12543642.jpg熊切和嘉監督(1974~)は、寂れていく北海道の港町、海炭市の日常風景の今を、淡々とスケッチするように映像に撮っています。
熊切監督は、そこで暮らす家族の人間模様に余計な口をはさまず、それぞれの家族が背負った現実を冷静にとらえ、どの家族にも同情しないが、やさしい眼差しで「海炭市叙景」を映画にしました。
映像(カメラ)の色調を抑えたトーンは、原作者佐藤泰志(1949~1990自死、享年41才)の心情を映しているようで、彼の空虚な孤独感が、じわりじわりと見ているこちらの胸に沁み込んできます。
「海炭市叙景」の映画化は、佐藤泰志の高校時代の友だちや彼の小説の熱心なファンが中心となり、2009年函館で映画製作実行委員会が、結成され実現しました。
実行委員会は、北海道出身の熊切和嘉監督を迎え、熊切監督は地元市民ほか北海道の人たちに映画出演を要請し、美術・広報宣伝スタッフさらに製作費のカンパなど多くのボランティアに支えられて、映画「海炭市叙景」は、2010年に完成しました。
a0212807_12561852.jpg佐藤泰志は、東京で何度も芥川賞ほか文学賞の候補になりながらが、1981年家庭の事情で故郷の函館に帰り、そこで家族を養うために働きながら小説を書いていました。
しかし自律神経失調症など精神の不調を訴えて治療のために服用していた精神安定剤に頼りながら1990年に亡くなるまで多くの短編小説を書きました。
彼の絶筆となった短編小説18編の中から5編をオムニバス映画(2時間32分)にし、この5編に登場する人たち(家族)の人生をつないでいくのが、スクリーンに時どき登場する海炭市(函館市)内を走る路面電車です。
「海炭市叙景」の脚本を熊切監督の盟友宇治田隆史(1975~)が、担当しています。
オムニバスの最初は、冬の海炭市が舞台で不況にあえぐ造船所に勤めリストラされた兄とその妹の二人が、第一話の主人公です。
大晦日の夜、兄妹で元旦の初日の出を見ようとロープウエーで山に登るものの、帰りのロープウエー代金が1人分しかなく兄は、妹だけロープウエーに乗せ、自分は冬の山を歩いて下山途中に行方不明になりました。
a0212807_135426.jpg兄役の竹原ピストルと妹役の谷村美月が、兄妹(きょうだい)を好演、お互いを思いやり暮らす兄妹の愛情を切なく演じていました。
第二話では、老婆と孫の交流、街の再開発のため市から立ち退きを迫られている老婆を市役所に勤める孫は、再三立ち退きに応じるよう説得しますが、老婆は頑として応じませんでした。
この老婆を演じた地元出演の中里あきの自然な存在感(これが実にすばらしい)が、見事でした。
a0212807_1355062.jpg第三話は、プラネタリウムで働く覇気のない中年男と派手な服を着て夜の仕事に出かける妻、両親とは口もきかない中学生の息子三人のギスギスした家族の物語です。
第四話では、プラネタリウムに通う少年と若い父親が主人公、少年の父親は、街の小さなプロパンガス店の社長ですが、プロパンガス事業の不振で手がけた浄水器の販売も勝手が違いうまく行きません。
愛人がいる夫は、嫌味をいう妻に冷たく、、妻はその腹いせに夫が溺愛する息子を虐待します。
a0212807_1372361.jpgある日夫は、少年(息子)の体にアザを見つけ、妻が虐待していることを知り、妻に激しく暴力をふるいます。
逆恨みした妻は、夫の留守中、さらに少年を虐待するという暴力の連鎖に見ていて何ともやりきれなくなるシーンです。
第五話は、都会での夢破れて故郷の海炭市に帰り、プロパンガス店社長の運転する車に同乗し一緒に浄水器の営業をしている青年が、主人公です。     
彼は、父に田舎に帰ってきたことを知らせず会うことを避けていましたが、路面電車の運転手である父は、電車の窓から都会にいるはずの息子の姿を見ていました。
a0212807_13233793.jpg残り少ない金で入ったバーで、故郷の女たちの嬌声と酔っぱらってケンカをする男たちをただ眺めている青年の虚ろな気持ちが殺伐としています。
彼は、偶然亡き母の墓で父と会いますが、親子は無言のまま別れました。
故郷の海炭市を発った彼は、連絡船のテレビニュースで‥初日の出を見に行き下山の途中、行方不明になった造船所元工員(上写真は兄の下山をロープウエー駅で待つ妹)の遺体が山で発見されたこと、下山の途中に落下事故に遭ったことを聞き、船のデッキに出て遠ざかっていく海炭市のその山をずっと眺めていました。
by blues_rock | 2012-06-27 00:25 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
オーストリア人監督の秀作映画を2本、紹介します。
ステファン・ルツォヴィツキー監督(1961~51才)とヴォルフガング・ムルンベルガー監督(1960~52才)の二人は、ともに50代になったばかりのオーストリア俊英の映画監督です。
a0212807_1171617.jpgルツォヴィツキー監督の2007年公開映画「ヒトラーの贋札」は、アカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。
映画のストーリーは、ナチスドイツの支配下にあった当時のヨーロッパで、ただ一国イギリスだけが、ナチスドイツ(独裁者ヒトラー)の言うなりになりませんでした。
ナチスは、ユダヤ人強制収容所の一画に、イギリス=ポンド・アメリカ=ドルの偽造紙幣や外国の偽造パスポートを作る秘密工場をもっていました。
その強制収容所にロシア出身の芸術家で世界的な贋作師(がんさくし)の男が、ベルリンで紙幣・パスポートの偽造でゲシュタポに逮捕されて移送されて来ました。
彼は、死を待つだけの生き地獄のような強制収容所から、突然厳重に隔離され監視された別の収容所へ移され、今までとは別世界の快適な収容棟に送られました。
他にも他の強制収容所から移されて来た特殊技能をもつ印刷工たちがいて、異例な待遇を受けながら収容棟の工房で贋札作りを強制させられていました。
a0212807_10244471.jpgナチスは、ヒトラーの命令で大量に偽造した贋ポンド紙幣を世界中にバラ撒き、イギリス経済を混乱させ、戦争継続を不可能にするのが目的でした。
そこで展開するヒトラーの極秘命令を受けたナチス将校たちの焦りとユダヤ人印刷工たちの彼らに対する虚々実々のかけ引きによる抵抗が、映画の見どころです。
この映画は、実話をもとにしているので、どのシーンもリアリズムがありました。
第二次世界大戦前、世界の基軸通貨であったイギリス=ポンドもイングランド銀行すら見破れなかった偽造ポンド紙幣の氾濫で、ポンドは次第に信用を失墜していきました。
a0212807_118178.jpgかって七つの海を支配した大英帝国の経済は衰退し、大戦後ポンドに代わって偽造紙幣被害のなかったアメリカ=ドルが、世界の基軸通貨になり現在に至っています。
ムルンベルガー監督の2011年映画が「ミケランジェロの暗号」です。
日本の映画配給会社が、2006年に大ヒットした映画「ダ・ヴィンチ・コード」にあやかって柳の下のドジョウをねらい名付けた邦題なのでしょうが、原題「Mein bester feind(英訳:My best enemy)」を直訳した「わが最良の敵」のほうが、見終わって‘なるほど’と思う映画「ミケランジェロの暗号」(2011)でした。
映画仕立ての道具として「ミケランジェロのデッサン(絵)」は登場しますが、あえて言うなら、主人公の父が、家族のために隠したミケランジェロの絵とその在り処を自分の肖像画に“ミケランジェロの暗号”(強制収容所で死ぬ前に言い遺した「肖像画を視野から消すな」)としてヒントになるでしょう。
映画は、ナチスドイツとイタリアの軍事同盟に欠かせないミケランジェロの絵を巡って、サスペンス映画のようなタッチでテンポよく展開していきます。
a0212807_10401610.jpgナチスの独善や偽善に満ちたナチスドイツのヒエラルキーに思わず笑ってしまうパロディのようなシーンもあり、映画のラストでニヤリとさせられる皮肉たっぷりなショットなどは、ムルンベルガー監督の演出センスを感じました。
ムルンベルガー監督は、自作「ミケランジェロの暗号」の撮影に「ヒトラーの贋札」のスタッフを採用していますので、映画を鑑賞しながら監督の比較をしてみるのも映画を見る楽しみです。
by blues_rock | 2012-06-26 00:13 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
イタリア・ネオレアリズモの巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督(1901~1974)が、1970年に発表した映画「ひまわり」の主題歌は、アメリカの名映画音楽作曲家ヘンリー・マンシーニ(1924~1994、アカデミー賞を3度受賞)の
a0212807_22304979.jpg代表的な曲です。
映画のクライマックスに登場するスクリーンいっぱいに広がるひまわりの大平原にこの曲が、重なるとイタリアを代表する名優マルチェロ・マストロヤンニ(1924~1996)と同じく大女優ソフィア・ローレン(1934~)さらにロシア(当時ソ連)の美人女優リュドミラ・サベーリエワ(1942~ バレリーナ)、この三人の演じる主人公たちの哀しい愛の物語に何度映画を見ても涙してしまいます。
ひまわりの大平原シーンは、旧ソ連のウクライナ、ヘルソン州(クリミア半島の北)で撮影されました。
by blues_rock | 2012-06-24 00:41 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_04412.jpg日本の映画館で上映されなかったドイツ・ルクセンブルク・チェコ共同制作の映画「9日目(The ninth day)」を紹介します。
2004年の公開ですが、日本では2005年に東京で開催のドイツ映画祭で上映されただけで、一般公開されませんでした。
私は、‘おひとり様ホームシアター’で見ましたが、すばらしい映画でした。
未公開の理由は、分かりませんが、「神の存在と人間の本質」や「信仰心と良心」という永遠にして普遍のテーマを映画にした時、一神教の信仰をもつキリスト教徒(同様にイスラム教徒もユダヤ教徒)の宗教観(=神との契約)を私たち日本人が理解することは容易ではありません。
歳時記を見てれば分かるとおり、いまでも私たち日本人の精神風土には、八百万(やおよろず)の神々がいて、神との契約もなく賽銭箱に小銭を入れて柏手(かしわで)を打ち、過去への反省もなく水に流し次の願いを八百万の神に祈る(お寺では仏に願う)国民に信仰(宗教観・哲学)に命を懸けるなど馴染まないのかもしれません。(注:江戸時代の隠れキリスタンは例外)
日本でこの映画を配給しても観客は少なく、興行収入を考えて営業的に合わないと判断したのかもしれませんが、そんな理由だとしたら質の良い映画を見たいと思う映画ファンは、映画館に行かなくなるでしょう。
それでも、この秀作映画を岩波ホールすら上映していないのが、私には不思議でなりません。
a0212807_013368.jpg主役のルクセンブルグ人クライマー神父を演じたウルリッヒ・マティス(1959~)が、実にすばらしく、実在の本人が出演しているのではないかと思えるほど真に迫る存在感がありリアリティ溢れる演技でした。
映画の舞台は、1942年ナチスドイツ支配下のドイツとルクセンブルグです。
ドイツ、ミュンヘン郊外の強制収容所に、ナチスドイツが支配したヨーロッパの国々から反ナチス・反ヒットラーとして逮捕・拉致された聖職者とアーリア民族以外の神父や牧師たちが、次々に移送されて来ました。
ナチスドイツは、征服したヨーロッパ諸国の教会を懐柔し、その国の人々を支配するために利用していました。
a0212807_015096.jpgクライマー神父は、パリで反ナチスの活動をして逮捕され強制収容所に収監されていたのでした。
強制収容所での暮らしは、生き地獄でナチスによる抑圧と容赦のない虐待に、強い信仰心をもつクライマー神父さえも心が揺らぎ「神の存在」をつい疑うほどでした。
ある日突然、クライマー神父に‘九日間の休暇’が与えられ、ルクセンブルグへ帰されました。
ルクセンブルグで彼を出迎えたのは、ゲシュタポ(ナチスの秘密警察)でした。
クライマー神父は、彼らから“究極の選択”である特命を受け、失敗したら生き地獄の強制収容所へ戻す、もし逃亡したら収容所にいる聖職者全員を処刑すると脅迫されました。
a0212807_016221.pngそして、ナチス親衛隊の将校からクライマー神父へ慇懃(いんぎん)な口調で「ドイツ占領下にあるルクセンブルグの大司教が、ナチスへの協力を拒否している。大司教の信頼厚いクライマー神父が、大司教を説得し転向させ、ドイツに協力させよ。猶予期間は9日だ。」と命令されました。
クライマー神父は、ローマ法王が、ローマ・カトリック教会管区の聖職者を次々に逮捕され強制収容所でひどい虐待を受けていることに救いの手を伸べないことに不満がありました。
映画の中で、神父と親衛隊将校が、対話するカタチで「キリストを裏切ったユダ」の論争をします。
a0212807_016586.jpg神父は「自分に信仰と良心を捨て、主イエスを裏切ったユダになれと言うのか?」と親衛隊将校に言いました。
神学校出身の将校は「イエスを裏切ったユダがいたからこそ、イエスの予言が証明された。ユダこそが主の一番忠実な使徒である。」と烈しく反論します。
クライマー神父を説得できなかった場合、彼は左遷される運命にありましたが、言葉に出さないものの神父の強靭な信仰を認め、決して殺そうとはしませんでした。
親衛隊将校役のアウグスト・ディール(1976~ドイツの俳優)が、美男子でナチス親衛隊将校をシンボライズしたような演技はすばらしく、神父役のウルリッヒ・マティスとは、また一味違った存在感がありました。
a0212807_027951.jpg余談ながら、今後の活躍が楽しみな若手俳優の一人です。
クライマー神父は、自分の良心に従い大司教の説得に協力せず、自ら期限の9日目に再び強制収容所に戻って行きました。
生き地獄の強制収容所に帰ってきたクライマー神父を迎える餓死寸前の聖職者たちの顔が、安らいでいて印象的でした。
ドイツを代表する映画監督フォルカー・シュレンドルフ(1939~)は、1979年の「ブリキの太鼓」でもナチスドイツ時代の暗く悲惨な実話を映画化しました。
by blues_rock | 2012-06-23 00:34 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_10192026.jpg山崎豊子が、1995年から1999年まで週刊誌に掲載した長編小説「沈まぬ太陽」を原作に映画は制作されました。
小説(フィクション)が、掲載された当時から日本航空(JAL)の反発は大きく、日本航空(JAL)機内から小説を掲載した週刊誌は排除されました。
2008年の映画化に対しても「名誉毀損の恐れがある」と警告文を出したり、「日本航空の役員や社員を連想させ、日本航空と個人のイメージを傷つける」とクレームをつけて「法的な訴えも辞さない」とブラック・メールを送りました。
映画では、国民航空(NAL)になっていますが、紛れもなく日本航空(JAL)の崩壊をテーマして撮影した映画でした。
当時、新聞・TV・サイトなどのニュースは連日連夜、映画をなぞるように‥巨額の累積赤字(債務超過)を抱え経営破綻(倒産)した日本航空について報道していました。
結局、国は公的整理に踏み切り、会社更生法を申請して裁判所の管理下に置き、あげく莫大な税金を投入して、タレ流された巨額の債務圧縮しながら日本航空は、まだ再建途上にあります。
a0212807_1022791.jpg日本航空は、戦後一貫してナショナル・フラッグ(国旗を付けた航空会社)の国策会社として巨額の国家予算を長年湯水のように浪費した挙句のこの体たらく(倒産)ですから、納税者は、怒り心頭‥呆れ果て開いた口が、ふさがりませんでした。
航空行政に関わる莫大な国家予算を利権に癒着し、全国各地に赤字を垂れ流す要りもしないローカル空港をいくつも建設してきたのが、国土交通省(の官僚)・航空業界(の経営者)・自民党(航空族議員)のワルたちでした。
彼らが、ナショナル・フラッグの日本航空を利用、骨の髄までしゃぶり尽くし、挙句倒産させたというのが、真相でしょう。
まあ、日本航空の経営者・労働組合も同罪で、無能・無責任の誹りは免れません。
日本航空の株価は、2千円/1株以上の時もありましたが、暴落して1円/1株の紙クズとなり、上場廃止(市場追放)‥巨額の債務超過を抱えた会社の株主は、当然株主責任を問われ、そのリスクを負担したわけで、キャピタリズム(資本主義)とは厳しいものです。
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この映画のリアルなストーリーに日本航空の労働組合が、事実と違うと抗議したと新聞記事で読みました。
これを読んで同じ穴のムジナが、反省する風でもなく今さら何を言うと私は笑ってしまいました。
a0212807_10354920.jpgまさに「天に唾する」とは、こんなことを言うのでしょう。
途中10分の休憩時間を入れる長い映画(上映時間202分)でしたが、映画の展開を見ながら日本航空の崩壊への経過を重ね合わせて行くと、日本航空の末路は、当時から予想できたことが良く分かりアッという間に3時間22分は終わります。
「天網恢恢疎にして漏らさず」と言ったところでしょうか。
by blues_rock | 2012-06-02 01:17 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)