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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:映画(シネマの世界)( 805 )

マット・デイモン主演、ポール・グリーングラス監督のコンビとなれば、「ジェイソン・ボーン」シリーズの2作目「ボーン・スプレマシー」(2004)と3作目「ボーン・アルティメイタム」(2007)を思い浮かべます。
1作目の「ボーン・アイデンティティー」(2002、ダグ・リーマン監督)は、マット・デイモンの名演もあって、おもしろい映画でしたので、監督が変わった続編2作・3作目の「ジェイソン・ボーン」にも興味があり期待して見ました。
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続編2作品共におもしろく、当然「グリーン・ゾーン(2010)」も期待し見ました。
映画のストーリーは、軍事大国アメリカが、国家利権のために始めたイラクへの侵略戦争‥その戦争の大義をでっち上げるために、アメリカはイラクの大量破壊兵器保有を主張しました。
そのでっち上げられた事実の証拠探しを命ぜられた下士官(マット・デイモン)の奮闘と、ウソ情報に翻弄されるa0212807_437312.jpg彼に芽生えた戦争の大義への疑念、そして義憤による真実解明が映画のテーマです。
ハンディカメラを駆使しスピード感あふれる映像は、戦争現場の臨場感と緊張感の表現に大きな効果を出していました。
映画は、エンドまで迫力あり緊張しています。
私は、同じようにイラク戦争をテーマにした映画の「ハート・ロッカー」が、アカデミー賞を総なめにしたのは、アメリカ人(ハリウッド)のイラク侵略戦争への後ろめたさ(内省性)にあるのではないかと推察しています。
2005年「シリアナ」から2008年「ワールド・オブ・ライズ」そして2010年「グリーン・ゾーン」と続く中東アラブ石油利権へのアメリカの謀略‥「グリーン・ゾーン」もイラクに埋蔵する巨大な原油利権とアメリカのドル防衛のためのイラク戦争であったことを具体的に表に出せば、もっと現実味がありリアリティに溢れていたかもしれません。
配役も「君のためなら千回でも(2008)」のハリド・アブダラならびに「恋愛小説家(1997)」のグレッグ・キニアが、脇を固めて映画の質を高めています。
それにしてもマット・デイモンは、「ダイハード」のブルース・ウィルス、古くは「007(ジェームス・ボンド)」のショーン・コネリーのように ‘ジェイソン・ボーン’のイメージが強すぎます。
a0212807_4464896.jpg良い映画は、本(シナリオ)・役者(俳優)・監督、この三つの才能がひとつに融合した時、初めて見ごたえのある作品(映画)として楽しめ感動することができます。
総合芸術である映画においてプロデューサーの役割は大切です。
製作予算を獲得したら、まず才能ある脚本家に上質なシナリオを書かせ、映像・映画センスのある監督を選び、さらに演技力のある俳優をキャスティングして感動する作品を製作し映画ファンの期待に応えてもらいたいと思います。
by blues_rock | 2012-04-08 00:33 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
この映画のサウンド・トラック‥ローリング・ストーンズ、キンクス、ホリーズなど1960年代のブリテッシュ・ロックンロールが、聴きたくて映画「パイレーツ・ロック」(The boat that rocked)を見ました。
ストーリーは、奇想天外ですが、ハンディ・カメラによる映像の多用で、1960年代におけるイギリス社会の秩序(体制/権力)と無秩序(反体制/大衆)の対立をコミカルでアナーキーに描き、60年代当時の風俗をリアルに演出し効果を上げています。
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北海上の貨物船ラジオロック号からイギリス本土の大衆に向けて、24時間ラジオでロックンロールを放送するDJたちが、それぞれ強烈で個性的です。
お互い辛口のジョークやダジャレを言い合い、卑猥なセリフとロック音楽を電波に乗せて、大衆を楽しませる一方、政府(権力)の神経を逆なでし、激怒させる‥という少しマニヤックな映画です。
a0212807_22423755.jpgロックンロールに熱狂し、自由を謳歌する大衆に不安を覚えたイギリス政府(権力)は、北海上のラジオロック放送を排除しようと、何かと難クセを付けて弾圧します。
ラジオの放送を禁止しようとしますが、放送に違法性はないと報告に来た部下に、大臣が「ラジオロック放送に違法がないなら、違法となる法律を作れ!そして取り締まれ!」とイラ立って怒鳴るシーンは、権力(政治体制)の本質を突いておもしろいと思います。
映画の演出と併せ、当時の風俗ファッションも大いに楽しめます。
不満があるとすればビートルズが、一曲も流れなかったことでしょうか。
CGだ3Dだと鳴り物入りでスカスカなハリウッドの大作映画にはない映像センスのあるシャレた映画でした。
by blues_rock | 2012-04-04 00:00 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
「ワールド・オブ・ライズ(原題 Body of Lies)」は、リドリー・スコット監督(1937~)の2008年作品、彼が監督した「エイリアン」・「テルマ&ルイーズ」・「グラディエーター」・「ロビンフッド」などどれも大ヒット‥面白い娯楽映画を撮るベテラン監督です。
映画「ワールド・オブ・ライズ」も期待を裏切らない面白い映画でした。
a0212807_23511147.jpg原題「 Body of Lies」の意味するとおり、嘘だけで出来上がっている国家秘密組織のスパイたちの陰謀と諜報活動による虚々実々・丁々発止の駆け引き場面が、映画に最後まで緊張感を与えてくれます。
中東のヨルダンを舞台に、イラク・イラン・シリア・ドバイに暗躍するイスラム原理主義組織のテロ活動とアメリカCIA諜報部員らが、敵味方入り乱れ、血で血を洗うスパイ活動(陰謀・諜報)によって民衆の中に隠れ姿を見せないテロ首謀者を誘(おびき)き出し逮捕するまでが、映画のストーリーです。
無人偵察機が、上空1万数千メートルから群集に紛(まぎ)れ込んだ敵の1人を探し出し、特定する米軍最新の監視テクノロジーもリアルで驚異的です。
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その探査映像を再現するリドリー・スコット監督の映像技術が、映画の展開にスリルと緊張感を出しています。
とくに映画の中で面白いのは、盗聴傍受を避けるためデジタル機器を使わないテロ組織が、CIAの最新技術をアラビアの広大な砂漠で逆手に取るシーンでした。
a0212807_0371040.jpg一方、テロ組織の機密情報は、人から人へ直接伝えるという昔ながらの原始的なネットワークに、米軍自慢の最新監視テクノロジーが、手におえないシーンも皮肉に見え面白いものでした。
諜報活動では、協力し合おうと言いながら、お互い疑心暗鬼なCIAとヨルダン情報局は、相手に自分たちの情報を与えませんでした。
最新テクノロジーに依存し強引なCIAと人間の情を利用したスパイ活動をするヨルダン情報局とは、次第に対立していきました。
中東の街中で、民衆に紛(まぎ)れた敵に囲まれ、血だらけ傷だらけになりながら、CIAとヨルダン情報局との間で孤a0212807_038422.jpg軍奮闘するCIA諜報部員役をレオナルド・デカップリオが、熱演していました。
彼は誘拐され、テロ組織指導者の拷問を受けますが、瀕死の彼を間一髪で救ったのは、ヨルダン情報局が、テロ組織の中枢に苦労して潜入させた若いアラブ人スパイの情報によるものでした。
中東を舞台にしたスパイやテロという映画は、今では新しいテーマではありませんが、リドリー・スコット監督のリアルな演出はすばらしく、この映画をたいへん面白くしていました。 
ワシントン郊外で子供二人の世話に手を焼きながら、携帯電話でテロの頻発する前線へ冷酷非道な指令を出し、自分の手柄と出世しか頭にないCIA諜報部主任役をラッセル・クロウが好演‥アメリカの傲慢さを象徴したようなイヤミな役柄を軽妙に演じていました。
a0212807_0412034.jpgヨルダン情報局長は、「嘘は嫌いだ」とCIAに抵抗しながら、テロ組織とCIAに対し一番大きな嘘(Lie)を仕掛けます。
そのクールな役どころをマーク・ストロングが、見事に演じていました。
この映画は、中東アラビア半島を舞台に原油利権と国家間争奪をテーマにした2005年の映画「シリアナ」(ジョージ・クルーニー制作・主演)と併せて見ると楽しめると思います。(写真上・下:「シリアナ」のシーン)
中東アラブ史においてそれぞれの民族・イスラム教宗派・国家利権などが、複雑に折り重なった現代の中東で、いま起きている戦争・紛争・テロの現実が、少し理解できるかもしれません。
a0212807_0451085.jpgちなみに「SYRIANA」という単語は、辞書を引いても出てきません。
アメリカの国家戦略研究所が、イラン+イラク+シリア=新国家「シリアナ(SYRIANA)」建国を画策し、その目的を果たすために名付けた作戦の暗号(陰謀と謀略のコード)名とか‥そんな大それたことを映画のテーマにして、映画を制作するアメリカという国のフトコロの深さに驚きました。
表現と言論の自由は、確かに社会規範として存在し、それを法律で保障しているアメリカは、時として善と悪、清と濁を同時に併せ呑むダイナミックな国だと感心します。
by blues_rock | 2012-03-28 00:48 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
2000年公開の映画で主演のデンゼル・ワシントン(1954~)の好演が光ります。
a0212807_17245392.jpgこの映画は、リング・ネームを「ハリケーン」と呼ばれたプロボクシング・ミドル級第一位の黒人ボクサー、ルービン・カーターが、1966年にニュージャージー州で発生した殺人事件の犯人として警察からデッチ上げられ、逮捕・投獄された実話を基にしています。
ルービン・カーター無罪の証拠は、黒人嫌い(人種差別主義者)の警官たちにより完全に無視(隠ぺい)され、彼を殺人犯にするために証拠・証人をデッチ上げ(偽装・ねつ造)、州最高裁判所は、彼を第一級殺人罪で刑務所に投獄しました。
刑務所では、囚人服を拒否し22年、無罪(冤罪)を主張し再審請求を続けますが、その度に却下されながらも友人たちに支えられ不屈の精神力で、ついに連邦裁判所で“無罪”の判決を勝ち取りました。
ノーマン・ジュイスン監督は、「ザ・ハリケーン」の挿入歌にボブ・ディランの名曲「Hurricane」(1975年)を使用しています。
a0212807_0584417.jpgこの曲は1976年発表のアルバム「Desire」(詞・曲、ジャック・レヴィと共作)の1曲目に収録されました。
社会的不正を告発する怒りに満ちたディランの激しいヴォーカルに胸を熱くします
アルバム「Desire」には、ケルト音楽家スカーレット・リヴェラの奏でる哀愁ある激しいヴァイオリンの音色が、随所にフューチャーされ‥ジプシー・ヴァイオリンのようでもある音色は、ボブ・ディランの歌声と相性が良く、心に沁みました。
Bob.Dylan : 「Hurricane」 ‥ すばらしい叙事詩です。
a0212807_059401.jpg          「ハリケーン 」(歌詞)
深夜のバーに銃声が響く
パティ・ヴァレンタインが、二階から降りてくると
血の海に倒れているバーテンダーが見えた
「なんてことしたの、みんな死んでいる」と彼女は、叫んだ
ハリケーンの物語は、こうして始まった
身に憶えのない罪を着せられた男
彼は、やっていない殺人の罪を着せられて
刑務所の牢獄に入れられた
彼は、世界チャンピオンになれたのに
パティは、三つの死体が、転がっているのを見た
もう一人ベローという男が、店から逃げようとしていた
「オレは、やってない」と彼は、両手をあげた
「オレは、レジの金を盗もうとしただけだ、分かってくれよ
ヤツらが、立ち去るのを見たぜ」彼は、そう言って立ち止まり
a0212807_114957.jpg「オレたちどちらか、警察を呼んだほうが、いいんじゃないか」
だからパティは、警察を呼んだ
そして赤いランプを光らせて、警官たちが、現場に着いた
ニュージャージーの暑い夜だった
一方、現場から遠く離れた別の場所で
ルービン・カーターは、友だち2人とドライブしていた
カーターは、ミドル級第一位の男だ
パトカーの警官が、彼の車を道路わきに寄せた時には
最悪の事態が、自分の身に降りかかろうとしているのを、まったく知らなかった
前にもそんなことがあった、その前にも、そんなことがあった
パターソンでは、そんなことは、いつものことだ
黒人なら、街に出ないほうがいい
警官に捕まりたくなかったらね
アルフレッド・ベローには、仲間がいて、彼らが警察に証言した
アーサー・デクスター・ブラッドリーと一緒に街をうろついていただけだ
a0212807_1273645.jpg「ミドル級ぐらいの男が二人、逃げるのを見た」と彼らは言った
「二人は、他の州のナンバープレートが付いた白い車に飛び乗った」
ミス・パティ・ヴァレンタインも、うなずいた
「ちょっと待て、こいつは、まだ生きている」と警官が言い、彼を病院に運び込んだ
この男は、ほとんど見えなかったのに
警官は「犯人を見ただろう」と瀕死の彼に質問した
朝の4時、ルービンは逮捕され、病院の二階に連れて行かれた
瀕死の男は、顔を上げられ、片方の目で見た
「なぜこの男を連れて来た? この男ではない」と彼は言った
そう、ハリケーンの物語は、こうして始まった
身に憶えのない罪を着せられた男
彼は、やっていない殺人の罪を着せられて
a0212807_173623.jpg刑務所の牢獄に入れられた
彼は、世界チャンピオンになれたのに
4ヶ月後、スラム街は熱く沸いていた
南アメリカでルービンは、自分の名誉のために戦っていた
その頃アーサー・デクスター・ブラッドリーは、まだ盗みを働いていた
警官たちは、彼に脅しをかけている、罪を着せる男を探して
「バーで起こった殺人事件を覚えているな?」
「犯人を見たと言ったことを憶えているな?」
「よく考えろ、協力したほうが、身のためだ」
「あの夜、お前が見たのは、車で走り去るボクサーではないのか?」
「自分が、白人だということを忘れるな」
「私は、確信が持てません」とアーサー・デクスター・ブラッドリーは言った
警官は言った「お前には、休みが必要だな
a0212807_185168.jpgモーテルの盗みで、お前は挙がってるぞ、友だちのベローとは、話が付いている
刑務所に戻ることもないだろう、いい子になれよ
社会のためにもなるんだぞ
あの黒人野郎は、どんどん調子にのって、ますます強気になりやがる
オレたちは、あいつを刑務所にぶち込みたいんだ
三人を殺した犯人は、あいつにしたいんだ
あいつはジェームス・J・コーベットじゃないんだぞ」
ルービンは、一発のパンチで相手をノックアウトできた
でも、彼はそんな自慢が、好きではなかった
「それがオレの仕事だ」と彼は言った、「生活のためにやるのさ
そして試合が終わったら、さっさとどこかへ行きたいね
パラダイスにでも行きたいよ
川ではマスが泳ぎ、空気がきれいなんだ
a0212807_115148.jpgオレは、馬に乗って小道を走るのさ」
しかし彼らは、ルービンを刑務所の牢獄に送り込んだ
一人の男をネズミにする場所へルービンの持ち札には、すべて事前に印が付けられていた
イカサマ裁判に勝ち目は、なかったんだ
裁判官は、ルービン側の目撃者たちを、スラムから来た酔っ払いと片付けてしまった
陪審員の白人にとって、ルービン側は、過激派だった
黒人にとっても、頭のイカれた黒人たちだった
彼が、引き金を引いたことを、誰も疑わなかった
検事は、証拠の銃を提出することができなかったのに
検事は、ルービンこそ犯人だと言った
陪審員の意見は一致した、全員が白人だった
a0212807_137417.jpgルービン・カーターは、不正な裁判にかけられた
罪状は、第一級殺人罪、検事の証言者は、驚くなかれ、ベローとブラッドリーだった
二人とも嘘をついた、新聞は、それに同調した
無実の男の人生が、なぜ愚か者の手に握られてしまうのか

明らかに無実の男が、はめられたのに
この国に住んでいることを恥ずにはいられない
正義が、おざなりなゲームになった国を
今やスーツを着てネクタイを締めた犯罪者どもが
好きな時にマティーニを飲み、朝日が昇るのを見ているのに
ルービンは、10フィート四方の狭い牢獄で仏のように座っている
a0212807_1424437.jpg無実の男には、生き地獄
それがハリケーンの物語だ
彼の汚名が晴れるまで物語は終わらない
彼に人生の時間を返すまで
彼は、刑務所の牢獄に入れられた
彼は、世界チャンピオンになれたのに
by blues_rock | 2012-03-26 01:55 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
映画の原題も「ELEGY」で、日本語のエレジー(哀しい歌)そのものです。
初老の男(大学教授)と若く美しい女性(教え子)の30才余の年齢差を越えた恋愛物語‥映画のテーマは、初老の男と若い女との相手に対する性認識の相違(ズレ)と二人の間にある愛(恋愛)の葛藤です。
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女性監督のイザベル・コイシェ(1962~)が、しっとりとした映像で撮っています。
時に手持ち移動カメラによる接写の撮影が、登場人物の心理描写に効果を与え、なかなかセンスある映画監督だなと感心しました。
a0212807_0234760.jpg初老の男と若く美しい女性との恋愛は、男としてウラヤマシイはずですが、映画「エレジー」(2007)は、人間の本質ともいうべき自己愛(エゴイズム)と絶対孤独をコインの表裏のように表現していました。
主演の老大学教授を名優ベン・キングスレー(1943~)、親友の老詩人を名優デニス・ホッパー(1936~2010)が、人間のエゴイズムと孤独を自然な演技で好演し、ペネロペ・クルス(1974~)は、初老の大学教授を熱愛する若い女性役で美しい容姿を見せてくれました。
女性監督の演出なのでヌードの見せ方が、上手く清楚でした。
a0212807_0331646.jpg彼女との関係を続けながらも、彼女の一途な愛に戸惑う老教授、彼には旧くから性的関係を続ける中年の女友だちもいました。
若く美しい女性の虜(とりこ)になっていく老教授‥いつしか彼の心に、自分の知らない彼女の行動への不安と嫉妬が、生まれ始めました。
そんな中、彼女は、自分の大切なパーティに彼を招待しました。
a0212807_0432431.jpg彼女は、彼に自分の大切な家族や友人たちに「私の愛するあなたを紹介したい」と伝え、パーティには、必ず来て欲しいと約束しました。
彼は、老いた自分が、彼女の家族やまわりからどう思われるか、自分の旧い常識を捨て切れずに怖気(おじけ)づいて、彼女にウソをつきパーティに行きませんでした。
彼女は、深く傷つき彼と別れました。
彼は、彼女のいない日々の喪失感で、今までの人生に何が足りなかったのか、彼女を失って初めて気がつきました。
それから2年余りが過ぎた大晦日の深夜‥彼女から彼に、突然電話が入りました。
だが、もうその時には、二人に残された時間はありませんでした‥映画は、ここで終わりました。
愛は、失って初めて心の奥で、強く感じるものかもしれません。
by blues_rock | 2012-03-17 00:20 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私の酔狂な映画観賞人生で、時間を経てもなお忘れられない印象深い映画があります。
2008年は私が、東京での暮らしにピリオドを打つ最後の年でした。
そのため、ヒマさえあれば、時には仕事をサボってでも、貪(むさぼ)るように映画を見ていました。
その2008年に見た映画の中で、私の印象に残るお気に入りの映画3本をご紹介します。
◆「ゼア・ウィル・ビー・ブラッド」◆
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ダニエル・デイ・ルイス(1957~55才)の迫力ある名演技に魅入られました。
アカデミー主演男優賞の受賞は、当然かもしれません。
ストーリーは、20世紀初頭のアメリカで、油田が次々に発見され、そこに欲望がうず舞いて、その人間の欲が、古い伝統的な風習で暮らすコミュニティを破壊しながら人間の信頼関係を破滅させていく物語です。
ダニエル・デイ・ルイス演じる油田採掘人の狂気ぶりが、実に見事です。
キリスト教カルト教会のエセ牧師をいたぶり尽くし、最後はボーリングのピンで殴り殺すシーンなど煮えたぎる憎悪の情念を表現できる俳優は、ダニエル・デイ・ルイスをおいてそうはいないでしょう。
「存在の耐えられない軽さ(1988)」・「マイレットフット(1989)」・「ラスト・オブ・モヒカン(1992)」・「父の祈りを(1993)」‥ほか、主演した映画に名作が多く、間違いなく映画史に残る名優と思います。
◆「アイム・ノット・ゼア」◆
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フォーク&ロックの天才ボブ・ディラン(1941~71才)の伝記映画ですが、そう簡単なストーリーではありません。
ボブ・ディランを6人の俳優が演じ、それぞれ映画の中で絡んでいきます。
サウンドトラックは、当然ボブ・ディランのアルバムからですが、他のミュージシャンによるカヴァー曲なので、また違った味わいがあり、新鮮でした。
とくに印象に残ったのが、女優のケイト・ブランシェット(1969~43才)演じるボブ・ディラン、雰囲気がよく似ているので驚きました。
◆「ノーカントリー」◆
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鬼才コーエン兄弟監督の作品です。
緻密な構成と映像技術が、すばらしい映画でした。
アカデミー賞作品賞・監督賞・脚本賞を受賞しました。
この映画でハビエル・バルデム(1969~43才)は、アカデミー賞助演男優賞を受賞、彼の演じた冷酷非道な殺し屋の存在感が、実に見事でした。
ハビエル・バルデムの主演映画では、2004年の「海を飛ぶ夢」も秀作でした。
自殺未遂による後遺症の全身マヒで寝たきりの役ながら、感情を目で表現し、心の動き、精神状態を表情豊かに演じていました。
by blues_rock | 2012-03-08 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
デヴィッド・フィンチャー監督(1962~)の最新映画「ドラゴン・タトゥーの女」を見ました。
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「ドラゴン・タトゥーの女」の主演女優ルーニー・マーラ(1985~27才)は、フィンチャー監督の前作「ソーシャル・ネットワーク」(2010)では、天才マーク・ザッカーバーグ(facebookの創設者)が、失恋する清楚で毅然としたガールフレンド役を演じていました。
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新作「ドラゴン・タトゥーの女」では、肩にドラゴンの刺青をし、顔いっぱいにピアスをした女ハッカーで情報調査人リスベットを怪演、ルーニー・マーラの大変身にビックリ仰天、フィンチャー監督の演出に全身で応えたクールな演技がすばらしく、心の傷を引きずる陰鬱な表情も彼女の魅力でした。
a0212807_22233795.jpg映画は、スウェーデンを舞台に40年前の資産家孫娘失踪事件と連続猟奇殺人事件をからませミステリアスで、サスペンスにあふれています。
映画のストーリーは、現在のスウェーデンと40年前の過去とをテンポ良く行き来しながらスピーディに展開していきますので、集中して見ていないと登場人物がダレだか分からなくなってしまいます。
フィンチャー監督の演出(こだわり)は、初監督した1992年映画「エイリアン3」の主演女優シガニー・ウィーバーに髪を切らせ、丸坊主にさせたことでも分かります。
映画「ドラゴン・タトゥーの女」は、沈鬱なトーンながらシャープな映像で、ノイズを生かした音響と併せ、期待に違(たが)わずフィンチャー監督のセンスを感じました。
先鋭的な映像センスと言えば、1995年映画「セブン」ですでに見られ、聖書の「七つの大罪」による連続猟奇殺人事件での映像表現に彼のセンスが生きていました。
映画「ドラゴン・タトゥーの女」の冒頭で流れる「移民の歌」(1970年レッド・ツェツペリン)のカヴァー曲を選んだセンスもクールでした。
by blues_rock | 2012-03-06 00:00 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
稀代の名優緒形拳が亡くなり早三年、彼の立派な役者人生が偲ばれます。
a0212807_1244379.jpg享年71才、今しばらく彼のリアリズム溢れる演技を見たかったと惜しまれます。
彼は、眼の表情と声帯を使って、彼の役である悪人または善人それぞれの喜怒哀楽を演じ分け情感を表現できる役者でした。
映画「復讐するは我にあり」(1979)は、今村昌平監督が、緒形拳を主演に作家佐木隆三の直木賞受賞作品をドキュメンタリー手法の演出で映画にしました。
a0212807_12444376.jpg緒形拳演じる主人公のクリスチャン・詐欺師・凶悪連続殺人犯(5人を殺害し死刑)の役は、彼の迫真の演技が圧巻で、共演の三国連太郎(父親役)・倍賞美津子(妻役)の名演と相まって、主人公に内在する虚無と凶暴さが、見事に表現された名作でした。
映画タイトル「復讐するは我にあり」の我とは、新約聖書にある言葉で「我とは神」のことであり、凶悪連続殺人犯の主人公に聖書は「汝ではない」と教えていました。
この聖書の言葉に対しニーチェは、著書「この人を見よ」の中で「善悪において創造者(神)になろうとするものは、まず破壊者でなければならない。そして一切の価値を粉砕せねばならない。」と虚無(ニヒリズム)を説きこの映画のテーマの深さを思いました。
a0212807_12461167.jpgこの映画は1979年、4つの映画賞を受賞しています。
1965年緒方拳28才の時、NHK大河ドラマ「太閤記」の主役である豊臣秀吉役が決まらず、当時まったく無名であった緒形拳に‥新国劇にサルに似たヤツがいるとのウワサに白羽の矢が立ち、大抜擢されました。
そして織田信長役の高橋幸治と互角の演技で一躍有名になりました。
「ウィキペディア(Wikipedia)緒形拳」に出演した数々の映画やドラマのリストが掲載されています。
改めてリストの作品を見ると、どの役もはまり役といっていいくらい適役で、彼の演技者としての天性の才能を感じます。
余談ながら1993年のTVドラマ「ポケベルが鳴らなくて」は、携帯電話もメールもない時代‥相手を呼び出すために利用されたポケットベルが、恋愛の手段(道具)として象徴的に描かれ、若い女性からの連絡にポケットベルが鳴り、その音に翻弄される真面目な中年男の役を緒形拳は好演していました。
a0212807_12465525.jpg若い女性との恋にときめき、呼び出しのポケットベルに戸惑いながらも、心が揺れ動く不器用な中年男の姿は、緒方拳ならではの名演技で見事でした。
ドラマ自体より緒方拳演じる若い女性との恋に不器用な中年男の存在感がすばらしく、私の印象に残りました。
2006年亡くなる2年前の主演映画「遠い散歩」(モントリオール国際映画祭グランプリ受賞作品)も自然体ながら渾身の演技ですばらしい映画でした。 (上写真:長い散歩の1シーン)
a0212807_1248193.jpg一人の幼い少女と孤独な老人との旅(長い散歩‥映画では誘拐事件として展開)を通して、幼と老、二人の心の交流を清々しい映像で撮った映画でした。
映画のテーマ曲としてUAが歌う井上陽水の名曲「傘がない」も味わい深く、聴きごたえがありました。
俳優緒形拳と映画監督今村昌平の二人については、2011年11月29日「シネマの世界‥楢山節考(1958年と1983年)」で書きましたので併せてご覧いただけると光栄です。
稀代の名優緒形拳のご冥福を祈ります。
by blues_rock | 2012-03-04 12:42 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
少し前のことですが、90才の新人監督の映画「夢のまにまに」を岩波ホール(神田神保町)に見に行きました。
映画「夢のままに」は、映画美術監督として有名な木村威夫(1918~2010没、享年92才)が、90才の時初めて映画監督として長編映画に挑み、原作・脚本(共同)と併せ初メガホンを取った作品です。
映画は、総合映像芸術だと言われますが、木村監督は美術監督出身だけあって「夢のまにまに」では、映画を絵画の連続した作品のように撮り‥カットが上手く、絵画を動画としてスクリーンで見ているような印象でした。
a0212807_221811.jpg「夢のまにまに」の主題は、生と死‥いま生きているすべての人の「生(いのち)」のその先にある「死」を見据えて‥生きていればいいのだ、生きなければならないのだ、生きたくも殺された生(いのち)もあったのだ、たとえ生きていることが、つらく苦しく悲しくても、今ここに生きていれば、感じる喜びも幸せも必ずあると映画「夢のまにまに」を通して人生の大先輩90才の木村威夫監督は、見る人の心にメッセージしています。
映画では、死と相対する三つの生‥「老いて生きること」・「心を病んで生きること」・「戦争の中で生き延びたこと」が、物語となっています。
映画の冒頭と最後のシーンに映る満開の「桜」と物語の場面変わりに登場する「椿」の花が、歳月の流れを象徴的に、暗示しています。
桜満開の土手を老夫婦と家政婦の三人が、ゆっくり散歩する冒頭と最後のシーンには、もうひとつの過去と今があり‥戦争時のキズで足を引きずる老人(長門裕之)と車イスに座る認知症の老妻(有馬稲子、若い時を上原多香子)、それぞれ相手に伝えていない、つらい過去がありました。
学徒動員・原爆・敗戦の廃墟(ヤミ市)など60年前の悲惨な過去、それから60年後の繁栄した現代日本の現実を映画は、行き来しながら「夢のまにまに」の物語は、展開していきます。
a0212807_2215994.jpg生命(いのち)は、受け継がれていく、産まれて、生きて死んで‥また産まれて、生きて死んでいく生と死の連続、60年前の過去の生命と60年後の現在の生命を表現するために、映画にはウリ二つの若い女性が、登場(宮沢りえ二役)します。
ヤミ市の小さなバーのママで、結核を病んでいる若い女(宮沢りえ)と若き日の老人(永瀬正敏)、コブだらけの老木(街路樹)を毎日スケッチしている若い女性画家(宮沢りえ)と老人(長門裕之)の心の交流を背景にして物語は、展開していきます。
心を病んで(統合失調症)死ぬ青年(井上芳雄)と息子の母(桃井かおり)、ヤミ屋(浅野忠信)ほか‥映画の鈴木清順監督、能の観世榮夫などワンシーン出演の役柄ながら名優ぞろいで見応えがありました。
a0212807_221514100.jpg映画の中で心を病んだ青年が、「無言館」と「知覧特攻平和記念館」を訪ね、「何で死んだ!」と慟哭(どうこく)するシーンがあります。
木村監督は、当時の若者が自分の意思を封印し、お国のためと若くして無念のうちに死ななければならなかった悲痛な叫びとして、自分の思いと重ね合わせ、死者に代わり、彼に無念の慟哭をさせたのでしょう。
「無言館」・「知覧特攻平和記念館」は、2011年11月24日「無言館の戦没画学生」(社会/歴史)で、すでに話題にしましたのでご参考にしていただけると幸いです。
まだ行かれたことのない方は、映画をご覧になると参考になると思います。
すばらしい映画です‥二重丸で推薦いたします。
by blues_rock | 2012-03-01 00:00 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_23415488.jpg6年前の冬、東京で見た映画でしたが、先日DVDで改めて見ました。
スティーヴン・スピルバーグ監督(1947~)が、時おり発表するシリアスな映画の秀作です。
スピルバーグ監督は、娯楽性の高い映画を発表し続け大ヒット‥「ジョーズ」・「未知との遭遇」・「E.T」・「インディ・ジョーンズ」・「ジュラシック・パーク」・「AI」・「ターミナル」・「宇宙戦争」など、その時代に話題となる映画を数多く発表してきました。
近年封切りされる映画では、スティーヴン・スピルバーグの名は、製作者か製作総指揮者としてクレジットされることが多くなりました。
そんな多作なスピルバーグ監督作品の中に、キラリと光るシリアスな名作映画‥社会に問題提起する作品が、いくつかあります。
1987年「太陽の帝国」、1993年「シンドラーのリスト」、1998年「プライベート・ライアン」、2006年「ミュンヘン」などの作品は、戦争の悲惨さや残忍さを、テロ(地域戦争)の無益な殺戮を、リアルな映像とシリアスな心理描写で表現しています。
映画「ミュンヘン」が、日本公開されたのは2006年2月(アメリカでは2005年12月公開)でした。
a0212807_23423966.jpgアメリカの同時多発テロが発生したのは、2001年9月11日ですから、映画「ミュンヘン」は、9.11後に“テロ”が主題の映画を撮影したことになります。
9.11後のアメリカは、テロを語ることすら禁忌でしたから、スピルバーグ監督のテロが、テーマの映画を撮影した勇気と信念には、敬服しました。
映画のストーリーは、1972年西ドイツのミュンヘンで開催されたオリンピックでイスラエル選手団が、パレスチナのテログループ‘黒い九月’11名に襲撃され惨殺された事件から始まります。
その報復と制裁にイスラエル政府は、諜報機関モサドの指揮のもと5名の極秘特務グループを編成しました。
a0212807_23461312.jpgユダヤ人同胞を殺したテロ実行犯11名を探し出し、密かに暗殺するよう指令を受けた5人は、敵味方入り乱れての虚々実々の情報をもとに、1人ずつ暗殺していきますが、仲間も3人失いました。
テロにはテロが、暗殺には暗殺が、憎悪には憎悪が‥敵を1人殺しても、新しい後任の敵がまた1人と、血で血を洗う戦いが続きます。
ついに家族も危険に巻き込む終わりのない任務に、主人公の祖国愛が揺らぎ迷い始めました。
作戦途中ながらモサドに退役を願い出て、それまでの功労により退役が受け入れられ、家族の待つアメリカに向かいます。
a0212807_23463191.jpg彼の家族との平安な日々もつかの間‥自分と家族の周辺に彼らを監視する組織の気配を彼は感じました。
ある日、モサドの元上司から呼び出された彼は、家族と一緒に祖国に帰り、祖国イスラエルと家族のためにもう一度働くよう告げられたのでした。
私は、スピルバーグ監督作品では「太陽の帝国」・「シンドラーのリスト」・「プライベート・ライアン」・「ミュンヘン」と続く戦争の不条理と人間の悲哀をテーマにしたシリアス映画4部作を大いに評価いたします。
by blues_rock | 2012-02-13 00:33 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)