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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:映画(シネマの世界)( 848 )

ドーソン船長は、ダンケルクに向かう途中、Uボートに撃沈された船の上でうずくまるキリアン・マーフィー(1976~)演じるイギリス兵を救出しますが、死の恐怖に怯える彼は、命を救ってもらったにも関わらずダンケルクへ行a0212807_1615098.jpgくことに暴れて抵抗します。
海の上空から敵の戦闘機が、突如攻撃して来る中、義侠心からダンケルクを目指すドーソン船長と次男(トム・グリン=カーニー 1995~)、同行した17歳の少年(バリー・コーガン 1992~)の一日を同時進行で描いていきます。
さらに、ダンケルクの上空を縦横無尽に飛び交う敵の戦闘機メッサー・シュミットと空中戦(ドクファィト)するトム・a0212807_1632154.jpgハーディー(1977~)演じるイギリス空軍パイロットの戦闘機スピットファイアは、隊長から帰還燃料を残すよう命令されていたものの隊長機の撃墜により自らの判断で、ダンケルク海岸で救援を待つ40万将兵を救うために、メッサー・シュミットと戦い続け、燃料切れにより海岸に不時着し敵の捕虜となるまでの1時間を描き、このa0212807_164713.jpg三つの出来事を軸にして、さらに細やかなエピソードが、重なりドラマは、展開していきます。
ノーラン監督の戦争のレアリズムのこだわりは、半端でなく、78年前の1940年5月、戦場であったダンケルクの海岸(陸)に、6千人余のエキストラを集め、海には、当時の軍艦や古い船を浮かべ、空では、当時最新鋭であった戦闘機イギリス空軍a0212807_1643430.jpg自慢のスピットファイアと日本のゼロ戦と並び称された高性能を誇るナチスドイツのメッサー・シュミットの実物を飛ばし、激しい銃撃戦(ドクファイト)を繰り広げるというダンケルクの陸海空が、戦場であった一部始終をIMAXカメラの70㍉フィルム(通常70㍉スクリーンより上下各2割計4割ワイド)で実写しているので、その緊張感と超弩級の迫力は、並大抵ではa0212807_1684867.jpgありません。
映画職人気質の(映像作家のような)ノーラン監督の斬新な演出が、今までの戦争映画にはない(月並みな戦争スペクタクル映画ではない)、史実のリアリティにサスペンスとスリラーの緊張と恐怖を重ね合わせ、当時のダンケルクに居なかった観客にも「戦争の不条理な状況と戦場の理不尽さ」を疑似体験してもらいたいというのが、ノーラa0212807_1610148.jpgン監督のコンセプトだろうと私は、思います。
映画の終盤、救援を待つ間、桟橋で疲労し眠っていた二等兵が、目覚めて起き上がるとケネス・ブラナー(1960~)演じる撤退作戦の責任者であるイギリス海軍中佐は、「イギリスに向かう最後の船だ。何をしている、早く乗れ。」と命じ「まだフランス軍の救援がある。」と敵が、目前に迫る中、桟橋から救助船を見送るシーンは、そんな品格ある指導者が、絶滅した現在a0212807_16104454.jpg(いま)にあって、ノーラン監督「男の美学」であろうと推察します。
映画の冒頭に登場し「生き残るため」に右往左往しながら逃げ回り生き残った二等兵と最後まで何もしないで生き残った二等兵 ‥ クリストファー・ノーラン監督のメッセージは、「戦争で結局生き残るのは、運次第、助かる奴は、助かる、どうあがこうと戦場の命に特別な意味はない。自分a0212807_1611203.jpgは、そこにいたくない。」と言っているように思います。
ダイナモ作戦(ダンケルク大撤退)を命じた当時のイギリス首相チャーチルは、ダンケルクで救援を待つ連合軍40万将兵のうちイギリス将校ほか兵も合わせ3万人の救出を当初計画していたようですが、挙国一致の救援で33万5千人を救出しました。a0212807_1612514.jpg
‘IMAX’による音響を担当したドイツの名作曲家ハンス・ジマー(1957~)の思わず身を伏せ、息を凝らしてしまうド迫力の音の臨場感ならびにオランダの名撮影監督 ホイテ・ヴァン・ホイテマ(1971~)が、撮ったあまりにリアルな実写映像は、‘IMAX’初見参の私にとってただもう驚愕するばかりでした。
これから‘IMAX’の映画は、IMAXで見ようと思います。
(下の方から5枚の写真 : クリストファー・ノーラン監督と撮影現場の様子)
by blues_rock | 2017-09-24 00:24 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)
イギリスの映画監督クリストファー・ノーラン(1970~、2008年「ダークナイト」、2010年「インセプション」、2014年「インターステラー」など)の最新作「ダンケルク」をまず通常の70㍉スクリーン(垂直移動のフィルム映写)を普通
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の映画館で、数日後に改めて名匠ノーラン監督が、映画職人としてこだわったCGを使わずIMAXカメラで70㍉フィルムにより実写した映像をどうしても見たくてIMAXシアターに行き、IMAXフォーマット(高解像度撮影)によるa0212807_1095819.jpg70㍉スクリーン(水平移動のフィルム映写)を見ました。
ノーラン監督は、先に紹介した作品でもCGを使わず実物大のセットによる特殊撮影でスケールの大きいスペクタクル映像やド迫力のアクションシーンを撮ってきましたが、最新作の「ダンケルク」では、巨大なセットを組まず戦場であったフランス北部ダンケルク海岸の陸・海・空に大勢のキャストとエキストラそしてスタッフを動員し、連合軍兵士40万人の大撤退作戦(1940年5月26日から6月4日までの10日間で決行されたダイナモ作戦)を再a0212807_10154372.jpg現、現場で大がかりなロケーションを敢行しました。
ノーラン監督は、最新のIMAXフォーマットと70㍉ラージフィルムを贅沢に使い(製作費100億円は、監督本人と夫人のエマ・トーマスだから成せる業かも)、鮮明な映像と大音響を同期させその実験的な演出でノーラン監督作品を見続けて来た熱狂的なファン(フォロワー)に戦場の阿鼻叫喚を体感(擬似体験)させると
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いう徹底したリアリズムで新たな‘ノーランワールド’に誘いました。
生き残るのは、まさに運(偶然という幸運)、ノーラン監督の「ダンケルク」に英雄も主人公もおらず敢えて云うなa0212807_1017185.jpgら、このダンケルクで戦死した名も無き兵士たちや救出に向かい犠牲になった民間人7万人、彼らこそが、主人公の一大戦争叙事詩といえる映画です。
映画は、ダンケルクの陸・海・空で起きた時間軸の異なる三つの出来事を時計のチクチクチクと鳴る音とともに同時進行させ、いやがおうにも映画館の座席で見ている者(の生理と神経)をa0212807_10213730.jpg冒頭から最後までスクリーンに集中させます。
まず、新人俳優 フイン・ホワイトヘッド(1997~)演じる陸軍二等兵が、敵(姿の見えないナチスドイツ)に包囲されどこから飛んでくるか分からない銃弾の恐怖に怯え、死と隣り合わせた極限の緊張と絶望、ただ「生き延びるたa0212807_10221727.jpgめ」に必死で逃げ回る‘1週間’姿を描き、さらに我先に救援船に乗り込もうとする兵士の群れ、海岸に並ぶ死体の列、運よく乗船できたは良いが、敵の魚雷や飛行機からの爆撃により沖合で次々に沈む船‥阿鼻叫喚のダンケルク海岸の10日間を描きます。
a0212807_1022522.pngイギリス海軍は、漁師たちの漁船を接収し軍用の救援船にしますが、マーク・ライランス(1960~)演じる元軍人の民間小型船の船長ドーソンは、空軍パイロットであった長男を戦死させた悔悟の念から次男を連れ自ら戦場のダンケルクへ救援に向かいました。(後編に続く)
by blues_rock | 2017-09-23 09:23 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
「ロウダウン」(2014)は、ビバップジャズの先駆者(即興演奏=モダンジャズの元祖)にして、ビバップで一世を風靡したジャズサックス・プレイヤーのチャーリー・パーカー、天才ジャズトランペッター マイルス・デイヴィスともa0212807_21533970.jpg共演していた伝説のジャズピアニスト ジョー・アルバニー(1924~1988)の伝記物語です。
監督は、ジャズを中心としたドキュメンタリー映画監督のジェフ・プライス(1961~)、脚本が、ジョー・アルバニーの愛娘で作家となったエイミー・ジョー・アルバニー(1962~) ‥ 当時前衛的なジャズであったビバップ(即興演奏)のジャズピアニストでジャンキー(ヘロイン依存症)でもあった父 ジョー・アルバニーのピアノ演奏(ビバップジャズ)を娘のエイミーは、幼いころからいつもとなりで聴いていました。
その後、作家となったエイミーは、2003年父 ジョー・アルバニーについての伝記「Low Down(内輪話)」を上梓、その原作を元に幼いころからジャンキーの父ジョーと艱難辛苦を共にしてきた娘の視点で脚本が、書かれているので彼女の喜怒a0212807_21555255.jpg哀楽のリアリティは、半端じゃありません。
1970年代のハリウッド、娘のエイミーを溺愛するもヘロインなしでは生きられず、刑務所との間を行き来する哀れなジャズピアニストの父 ジョー・アルバニー、孤独を癒しに家出したアルコール依存症の母にエイミーが、会いに行っても泥酔していa0212807_21572943.jpgる母は、ひどい言葉で思春期の娘を侮辱し聞き捨てならない暴言を吐いて追い返します。
両親に頼れない孫のエイミーをやさしく受け入れていたのは、祖母と父と同じような麻薬中毒のミュージシャンたち、売春婦、ポルノ映画を生業にする大人たちでした。
a0212807_2215942.jpgジャンキーのジャズピアニスト ジョー・アルバニーを名優のジョン・ホークス(1959~、2012年「セッションズ」は、忘れられない名演)、娘エイミーに子役を脱したエル・ファニング(1998~)、エイミーの祖母をベテラン女優のグレン・クローズ(1947~、1982年「ガープの世界」での看護婦ジェニーは強烈でした)、ジョーの友人のトランa0212807_2243049.jpgペッターにロックバンド「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」のフリー(1962~、2017年「ベイビー・ドライバー」に出演)、フリーは、製作総指揮も担っています。
役者ぞろいの中でジャンキーのジャズピアニストジョーを演じたジョン・ホークスの秀逸な演技は、もちろんのこと必見は、何と云ってもエイミーを演じた当時16歳のエル・ファニングのすばらa0212807_2262135.jpgしさ!です。
2016年18歳で主演したトップモデル役の「ネオン・デーモン」は、ニコラス・ウィンディング・レフン監督のミスキャスト、世界の映画ファンと評論家たちを唸らせようと仕掛けた映像作家としてのレフンマジックでしたが、ダークファンタジーは、エル・ファニングに似合いません。
a0212807_2273421.jpg天才子役ダコタ・ファニング(1994~)を姉にもち2001年2歳8か月のとき「アイ・アム・サム」でスクリーン・デビュー、8歳のとき「バベル」(2006)、10歳で「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」 (2008)、13歳のとき「Virginia/ヴァージニア」 (2011) で主演と生まれながらの女優としてキャリアを積んでいます。
a0212807_228337.jpg可愛い少女、キュートな娘であったエル・ファニングも今や19歳にして、身長も175㌢と大柄で美貌スタイルともに抜群の カメラ映りの好い素材(女優)となりました。
後は、良い脚本と優秀な監督にさえ恵まれれば、名実とも確実に大型女優に成長していく若手女優の一人であると私は、この映画「ロウダウン」で演じたエイミーをみて思いました。
質の高い映画なのに日本では、劇場未公開、先日現在公開中の日本映画の秀作「三度目の殺人」を見たばかりで、少数とは云え、ちゃんとした映画を努力して撮っている人たちもいるのだなと思い、十把一絡げにして日本映画産業の体たらくについてウダウダ書くのは、もう止め(諦めること)にしました。
a0212807_2215539.jpg「ロウダウン」は、衛星映画でオンエアされただけなので、まだご覧になっていないジャズファン、エル・ファニング ファンの方々には、自信をもってお薦めいたします。
by blues_rock | 2017-09-19 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
異才ジム・ジャームッシュ監督(1953~)独自のオフビート感あふれる最新作「パターソン」は、ニュージャージー州パターソン市に暮らすバス運転手パターソン(アダム・ドライバー 1983~、2016年「沈黙 サイレンス」にパード
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レ役で出演)とアラブ系の妻ローラ(ゴルシフテ・ファラハニ 1983~、イランの名女優、2008年「ワールド・オブ・ライズ」でアメリカ映画デビュー、2009年イラン映画「彼女が消えた浜辺」主演)の月曜日朝から日曜日夜までの一a0212807_14123525.jpg週間を詩情とリアリティ溢れる映像で淡々と描いただけの作品ながら心に残る秀作映画です。
主人公のバス運転手パターソンの趣味は、詩を創作すること、毎日朝6時過ぎに起き、横で寝ている愛妻ローラに軽くキスをして、簡単なシリアルの朝食を摂りバス会社に歩いて向かいます。
a0212807_1413174.jpg帰宅すると妻と夕食、食後不細工なブルドッグの愛犬マーヴィンと夜の散歩に出かけ途中バーでビールを1杯だけ飲んで帰ります。
そんな代わり映えしない日々の暮らしながら詩作するのが、趣味のパターソンにとっては、同じ日などなく、毎日運転席から彼が、見た街並みや歩く人たち、車内でおしゃべりする乗客の会話など日常の些細なことをいつも持ち歩るいているノートに詩a0212807_14154630.jpgを書いていました。
映画は、そんなバス運転手パターソンが、営む普段の穏やかで慎ましい暮らしぶりを丁寧に描いています。
映画「パターソン」を見るとインディペンデンス系映画の映像作家(映画監督)にして詩人でもあるジャームッシュ監督は、マンハッタンから1時間くらいの移民の多い(多い順からラテン系・黒人系・白人系・アラブ系・アジア系など)人種・民族の坩堝a0212807_14181435.jpg(るつぼ)である小都市パターソン(人口15万人)に特別な愛情もっていることが、よく分かります。
パターソン出身には、アメリカを代表する二人の詩人 ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ(1883~1963)とアレン・ギンズバーグ(1926~1997)が、いてウィリアム・カーロス・ウィリアムズは、パターソン市の小児科医にして詩人でした。
a0212807_1419238.jpgビートニク詩人のアレン・ギンズバーグは、現代アメリカ文学・芸術(演劇・ロック)に大いに影響を与えました。
パターソン出身といえば、白人警官によるデッチあげ殺人の冤罪で20年間刑務所に服役した黒人の元プロボクサー ルービン・カーター(1999年映画「ザ・ハリケーン」の主人公、ボブ・ディランも名曲「ハリケーン」で激しく抗議しアメリカ社会を告発)が、います。
静謐かつ情感あふれる映像を撮ったのは、名撮影監督 フレデリック・エルムス1946~、1987年「ブルーベルベッa0212807_14203992.jpg」、1991年「ワイルド・アット・ハート」、2009年「脳内ニューヨーク」、2013年「25年目の弦楽四重奏」など多くの名作を撮影)です。
映画のストーリーは、月曜日から日曜日まで7日間のその日の始まりが、スクリーンにクレジットされ、朝6時過ぎに起きるところからパターソンの一日をカメラは、追います。
a0212807_14314472.jpg映画の中でパターソンが、作る詩も字幕で映し出されていきます。
パターソンの詩は、ジャームッシュ監督が、詩人ロン・バジェット(1942~)に依頼したそうで映画のために創った詩も数篇あるようです。
パターソンと妻ローラの穏やかで静かな日々に小さな波風を立てるのが、不細工で素っ頓狂な愛犬ブルドッグのマーヴィンです。
マーヴィンを演じたイングリッシュ・ブルドッグのネリーは、その名演でカンヌ国際映画祭‘パルム・ドッグ賞’を受賞 ‥ 映画の撮影後死去したネリーにa0212807_1435368.jpgジャームッシュ監督は、エンドクレジットの最後に「ネリーに捧げる」と弔意を表わしています。
パターソンと横で眠る妻ローラの和やかな毎朝のベッドもジャームッシュ監督の演出は、とても繊細で夫婦愛を観念的に見せるのではなく、ひと朝だけベッドのシーツから下着を付けていないローラの左大腿部が、はみ出しているシーンには、その夜愛し合う二人が、セックスしたことをさa0212807_14362144.jpgらりと的確に表現するディテールの丁寧さに感服しました。
ジャームッシュ監督お気に入りの日本人俳優 永瀬正敏(1966~)が、映画の終盤、詩人の街パターソンを訪ねた日本人として登場、大切な詩作ノートを愛犬マーヴィンに喰い破られ公園で気落ちしているパターソンに新しいノートをプレゼントし励ます詩人の役でした。
by blues_rock | 2017-09-17 00:17 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
是枝裕和監督(1962~)の最新作(原案・監督・脚本・編集)「三度目の殺人」を封切り初日に見ました。
是枝監督作品は、1995年の長編映画監督デビュー作品「幻の光」からずっと見て来た是枝監督ファンとしてこのところ家族を主題とした映画ばかりが、続き私は、正直少し欲求不満気味でした。
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そんなこともあり是枝監督新のダークな法廷心理劇映画「三度目の殺人」は、私を大いに満足させました。
私が、これまで見た法廷劇の名作と異なり是枝監督の「三度目の殺人」は、謎解きをしないで結論も出さず真実が、明かされないまま終わる心理サスペンスの法廷劇です。
a0212807_751871.jpg映画のプロットは、1950年の日本映画「羅生門」(ヴェネツィア国際映画祭グランプリ受賞作品)と同じ‘藪の中’、つまり三度目の殺人を犯した容疑者の供述(犯行の物的証拠が、なく自供をころころ変える推定殺人犯)に振り回される弁護士たち、裁判の数少ない情況証拠の真相に深く関わる被害者の妻と娘二人の食い違う証言、自白調書をもとに死刑を求刑したい検察官、裁判をさっさ終えたい裁判長など個人の思惑が、交錯しながら映画は、最後まで容疑者の底知れぬ心の闇に振りa0212807_7534197.jpg回される弁護士を緊張感たっぷり描いています。
是枝監督は、気心の知れた常連製作スタッフ、撮影監督の瀧本幹也(1974~)始め美術監督の種田陽平、照明の藤井稔恭と1950年代の犯罪映画の特徴であった「光と影」例えば、1952年日本公開のイギリス映画「第三の男」など、当時の名作映画が、表現した美しい陰影を追求、全編ダークな色調にあって室内に射す光と影のコントラストは、抜群な心理サスペンス効果を生み出しました。
a0212807_7542071.jpg是枝監督たっての要請で音楽を担ったイタリアの作曲家ルドヴィコ・エイナウディ(1955~ 2011年フランス映画「最強のふたり」の音楽監督)の音楽も秀逸、彼は、撮りあがった映像を見ながら作曲したそうでピアノの淡々とした静かな旋律が、登場人物の情感を見事に表現していました。
是枝監督は、ヨーロッパの映画評論家から‘成瀬巳喜男のフィルム’のようだと言われたことを大変喜んでいましたが、成瀬監督の名作「浮雲」を思い浮かべると‘映画の判断は、見る人に任せる’という成瀬監督作品への
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オマージュが、感じられました。
「三度目の殺人」は、上質な心理サスペンス法廷劇映画ながら同じヴェネツィア国際映画祭でグランプリ受賞した黒澤明監督作品「羅生門」が、あるので今回無冠だったのは、仕方ないことかもしれません。
a0212807_803446.jpg三度目の殺人を犯した容疑者三隅を演じる希代の名優 役所広司(1956~)ならびに裁判に勝つために真実は要らない、さらに依頼人(殺人容疑者)への共感も理解も不要と断言するクールな弁護士重盛を演じる福山雅治(1969~)の表情をシネマスコープのスクリーンいっぱいにエクストリーム・クローズアップした映像や接見室のガラス越しに対面する二人をツーショットで撮った画面は、この映画の秀逸な見どころです。
容疑者の三隅は、決して口に出さないものの、暗い翳(かげ)のある足の悪い被害者の娘咲江(広瀬すず)に幸a0212807_823236.jpg薄い自分の娘と重ね合わせ、彼女が、弁護士重盛の調べにためらいながら答えた「殺された父は、長年私に性的暴行(レイプ)をしてきた人でなしで、三隅さんが、私を助けてくれた」との証言のように咲江の代わり天誅を下したのか、三隅は、弁護士に無断で週刊誌の取材に応じ保険金8千万円の掛けられた被害者を週刊誌スクープ記事のように妻(斎藤由美)の依頼で殺したのか、さらに裁判が、佳境に入ると突然「本当は、殺していない」と主張し始め供述(動機)を二転三転、ころころa0212807_83215.jpg変える三隅にイラ立つ裁判長(井上肇)や検察官(市川実日子)、その度に奔走する新人弁護士(軒弁の)川島(満島真之介)など演技の上手い出演者たちが、三度目の殺人容疑者三隅の役所広司と初めて真相を知りたいと思う弁護士重盛の福山雅治をしっかり支えています。
弁護士の重盛が、容疑者の三隅を称して、ぽつりと独り言で‘空っぽの器’と云うシーンは、裁判所(司法システム)が、加害者と被害者の利害を調整する場所であり、その結果としての罪と罰だけは、存在することを意味しa0212807_855982.jpgていると思います。
裁判は、罪の真相を究明する場所でなく、裁判に真相究明も必要なく必要ともされないという現実の不条理さを是枝監督(左と上写真 3枚、撮影中の是枝監督)が、最新作の法廷心理劇映画「三度目の殺人」で見事に表現し訴えていました。
by blues_rock | 2017-09-13 09:13 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私は、‘映画ならでは’ の傑作というのは、こういう作品のことを言うのだと思います。
2016年アメリカ映画「サーテン・ウーメン(ある女性たち)」は、何とも侘しい寂寥感を漂わせながら、4人の女性
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それぞれ(Certain Women)の普段の生活 ‥ 彼女たちの人生が、同時進行の群像劇として描かれ 人間なら誰にでもある根源的な孤独感は、映画を見ている者の心にもひしひしと伝わってくる心理ドラマの傑作です。
a0212807_11422074.jpg監督(・脚本・編集)は、インディペンデント系映画の才媛ケリー・ライヒャルト監督(1964~ 左写真中央の女性)で、彼女の秀逸な演出を16mmカメラで撮ったクリストファー・ブロベルト撮影監督(1970~、2014年秀作「ロウダウン」の撮影監督、ライヒャルト監督の左横でカメラ・フレームの確認している男性)映像(カメラワーク)が、実にすばらしくお見事です。
a0212807_11524680.jpg主人公4人の女性を演じる何れも名女優たち、ベテランのローラ・ダーン(1967~)、ライヒャルト監督お気に入りのミシェル・ウィリアムズ(1980~)、キャリア実力ともに演技派のクリステン・スチュワート(1990~)、無名ながら優れた存在感をもつリリー・グラッドストーン(1986~)の卓越した演技は、ライヒャルト監督の繊細な演a0212807_1155506.jpg出を見事に表現、彼女たち4人それぞれの孤独な心情が、自然でリアリティに溢れ見る者の心にじわじわと切なく迫ってきます。
この映画の製作総指揮を名匠トッド・ヘインズ監督(1961~)が、担っていることも見逃せないと思います。
a0212807_1156459.jpg日本語版のタイトルは、原題の「サーテン・ウーメン(Certain Women ある女性たち)」が、「ライフ・ゴーズ・オン 彼女たちの選択」に変えられプロットの説明になっているのは、いただけません。
主人公の女性たちは、自ら自分の人生を選択しているわけではなく、今在るその時どきの現実を受け入れ今日をただ黙々と生きている( ライフ・a0212807_1159241.jpgゴーズ・オン している)だけなのです。
映画は、アメリカ北西部モンタナ州の静かな田舎町を舞台に、ストーカーのように付きまとう厄介な依頼人に振り回されている弁護士のローラ(ローラ・ダーン)、家族と暮らす新居の建設で頭がいっぱいながら同時に夫と離婚することも考えている主婦のジーナ(ミシェル・ウィリアムズ)、数人かつ高齢のa0212807_1212622.jpg受講生しかいない夜間学校で労働法を教える若い弁護士のエリザベス(クリステン・スチュワート、小さな牧場で数頭の馬と暮らしエリザベス会いたさに夜間学校に通うネイティブアメリカンのジェイミー(リリー・グラッドストーン)‥この4人の女性たちの懸命に生きる今の姿を丁寧に描いています。
a0212807_1222085.jpgライヒャルト監督の静謐ながら暗くならない(希望のある)緻密な心情描写は、この映画の見どころで、映画が、好きな女性にお薦めしたい名作です。
「サーテン・ウーメン(ある女性たち)」は、脚本(=構成)、監督(=演出)、配役(=出演女優)と‘優れた映画の基本3原則’をすべてクリアする新作映画なのに映画会社が、わが国の観客a0212807_124154.jpgに人気ないと思ったのか 劇場未公開、これではあまりに情けなくジャンクな映画の氾濫する映画貧国ニッポンの現況を憂いています。
旧日本映画の熱烈ファンとして敢えて苦言を呈するのは、過って世界の映画界をリードした日本映画の復興を切に願うからです。
by blues_rock | 2017-09-09 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
軍事サスペンス映画「アイ・イン・ザ・スカイ」は、2015年イギリス製作の映画ながら、前年2014年のアメリカ映画「ドローン・オブ・ウォー」と併せてご覧いただくと、軍事偵察衛星ならびにドローンを駆使した「現代戦争の実態」
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をよく理解することが、できます。
映画をご紹介する前に、このところ物騒かつ不穏な北朝鮮の現況に関連して 「アイ・イン・ザ・スカイ」のことに
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ついて書こうと思います。
「アイ・イン・ザ・スカイ」と「ドローン・オブ・ウォー」、この2作品を見た方は、‘北朝鮮の愚劣な太っちょ(暴力団金a0212807_1355481.jpg組の組長)’を排除(暗殺)することくらいアメリカとその同盟国が、その気になれば、朝めし前であることに気づくはずです。
しかし、問題は、その後のことで、奴隷状態で抑圧され絶対支配され続けて考えることのできない飢えた2千5百万人の北朝鮮貧民(人民ではない)が、中国・韓国・日本の近隣国ほか世界中に難民として拡散することにあり、ただでさえグチャa0212807_1362615.jpgグチャな国際社会をこれ以上紛争の多い無秩序な世界にしてしまうことをアメリカ・中国・ロシアの覇権大国は、警戒(とくに東北3省に2百万の朝鮮族が住む中国は、治安上深刻)しています。
北朝鮮に原油や鉱物などの地下資源が、あれば、とっくの昔、アメリカは、アラブ世界のように制圧していたでしょうが、北朝鮮など最貧国(世界11位
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の韓国GDPのなんと45分の1)に鼻から興味などなく1950年に朝鮮半島で勃発した共産主義勢力との戦争に介入した後始末(休戦した朝鮮戦争も北朝鮮の認識は、今もなお戦争中)を未だに引きずっているのです。
a0212807_1392187.jpg北朝鮮のプロバガンダTVが、表向き大声でミサイルや水爆核弾頭は、アメリカ本土攻撃用だと喚(わめ)いていますが、戦争の最高軍事機密を敵国向けにペラペラ言うはずもなく、北朝鮮の軍事ターゲットは、叔父や長男を担ぎ中国の傀儡(かいらい)政権にしようとした中国共産党 習政権にあり「北朝鮮に手を出すと中国全土いつでも攻撃できますよ」との暗黙のメッセージでa0212807_1394872.jpgあると理解すると国際関係の緊張感と世界政治の本質を良く理解できます。
朝鮮民族は、5百年間 朝鮮半島に君臨した中国系女真族李氏朝鮮(李王朝)の支配から1910年の日韓併合(日本帝国による大韓帝国併合)により歴代中国王朝のクビキ(=朝鮮半島は有史以来中国の支配地)を逃れたものの旧日本帝国の植民地になりました。
a0212807_13102752.jpg1945年の日本(旧日本帝国)敗戦で朝鮮半島は、38度線を国境(非武装休戦ライン)として南北に分断され現在に(1953年朝鮮戦争休戦のままの状態で)至っています。
北朝鮮(国名の朝鮮民主主義人民共和国とは噴飯ものながら)の国家体制は、三男坊の祖父が、旧日本帝国の現神人(あらびとがみ)天皇制をそっくりコピーしたものでサイコパスな父親の跡目(DNA)をa0212807_13111083.jpg受け継いだ金組三代目の三男坊は、寝首を掻かれまいと躊躇なく叔父と長男を抹殺しました。
‥と云うことで「自衛隊合憲うんぬん」、「憲法第9条改正 うんぬん」など小賢しい議論でダッチロールしている平和ボケした日本国民一人でも多くの方に世界の現状をこの最新の戦争アクション映画「アイ・イン・ザ・スカイ」と「ドローン・オブ・ウォー」併せてご覧いただき
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覚醒して欲しいと切に思います。
「アイ・イン・ザ・スカイ」は、ケニアのナイロビ郊外、イギリス・アメリカ・ケニア3軍合同作戦によるイスラム原理主a0212807_1315846.jpg義テログループ アル・シャバブのアジト(隠れ家)を監視していた軍事偵察衛星とドローンMQ-9 リーパーが、現場で自爆テロの準備をしている証拠映像を捉えました。
監督は、南アフリカのギャヴィン・フッド監督(1963~)、ロンドンにいる主人公のイギリス軍パウエル中佐(ヘレン・ミレン 1945~)と上司のベイソン国防副参謀長(アラン・リックマン 1946~a0212807_1316949.jpg2016、1988年「ダイ・ハード」の冷酷なテロリスト役で長編映画デビュー、強烈な印象を残す)が、指揮するテロリスト捕獲作戦をアメリカ本国にある地上誘導ステーションから遠隔操作、監視センサー搭載のドローン偵察攻撃機を操縦するワッツ中尉(アーロン・ポール 1979~、2016年「トリプル9 裏切りのコード」主演)と標的センサーを操作するガーション上等航空兵(フィービー・a0212807_13164737.jpgフォックス 1987~)の2人は、パウエル中佐の指令で実行していました。
現地部隊の工作員ファラ(ソマリア出身の俳優 バーカッド・アブディ 1985~、2013年「キャプテン・フィリップス」のテロリストを好演、2017年「ブレードランナー 2049」に出演)と隠れ家の隣に住む少女アリア(アイシャ・タコウ)の存在感が、映画を見ている者にさらなa0212807_13172814.jpgるリアリティを感じさせてくれます。
現在アメリカは、世界一安全な戦場 と呼ばれる本国の地上誘導ステーション(軍事基地)から軍事偵察衛星(推定100機)とドローン偵察攻撃機(372機保有)に搭載した域監視センサーを遠隔操作、中国・ロシア・北朝鮮は、言うに及ばず世界各国の軍事情報を収集し、常時危機管理しています。  (上写真 : 映画ポスター前のギャヴィン・フッド監督)
by blues_rock | 2017-09-07 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
劇場(KBCシネマ)公開の初日に私は、フランスきっての名女優 イザベル・ユペール(1953~)の最新作「エル ELLE」を見ました。
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当年取って79歳のオランダの名匠 ポール・バーホーベン監督(1938~ 1987年「ロボコップ」、1990年「トータル・リコール」、1992年「氷の微笑」などの名監督)と当年64歳になるイザベル・ユペールが、スクリーン上で醸し出す
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このアナーキーにしてエロティックな(妖艶な)バトルをゾクゾクして見入りました。
映画は、冒頭イザベル・ユペール演じるゲーム製作会社の女社長ミッシェルが、高級住宅街の自宅で黒装束にa0212807_4393998.jpg目出し帽の暴漢にレイプされるシーンから始まり社内外に敵の多いミッシェルの人間関係とさらに複雑な家族関係をフラッシュバックさせながらバーホーベン監督は、ミステリアスにしてエロティックそしてサスペンスタッチ(サイコスリラーかも)で、見る者の心理を煽り最後までぐいぐい引きずり込んでいきます。
a0212807_511224.jpgそれにしてもイザベル・ユペールの60代半ばとは、到底思えないセクシー(エロティック)さ、に驚きます。
これは、バーホーベン監督の演出によるものとしても彼女の演じるミッシェルの放つ性フェロモンは、彼女のまわりにいる若い女性の性フェロモンが、色あせるくらい強烈です。
とにかくミッシェルは、レイプされても落ち込み悩む風でもなく、毅然として仕事を続け、元夫や友人、同僚に平a0212807_512871.jpg然とそのことを話す彼女をダークなカメラ映像が、スクリーンに映し出していきます。
フランスの名撮影監督 ステファーヌ・フォンテーヌ(2005年「真夜中のピアニスト」、2009年「預言者」、2012年「君と歩く世界」とジャック・オーディアール監督作品を多く撮る)のカメラワークとダークな色調が、すばらしく、ミステリアスにしてエロティックな「エル ELLE」のプロットを途中からサイコサスペンスなタッチに変奏するも‥とにかく映画は、最後まで展開が、どうなるのか分a0212807_5144188.jpgからないまま見る者をドキドキ緊張させながら終わります。
相当癖のあるミッシェルを演じる演技巧者のイザベル・ユペールに挑むのが、フランスのローラン・ラフィット(1973~ 「ミモザの島に消えた母」)、アンヌ・コンシニ(1963~ 「潜水服は蝶の夢を見る」、「灯台守の恋」)、シャルル・ベルリング(1958~ 「夏時間の庭」)、ベルギーの女優 ヴィルジニー・エフィラ(1977~)です。
a0212807_5184783.jpgミシェルは、自宅でレイプされながら警察を呼ぼうとせず、犯人の正体を突き止めようとしますが、自分の中に潜在していた性的嗜好や性衝動に突き動かされたミシェルは、封印していた少女のころに遭遇した壮絶な事件のトラウマを憶い出し、同時に身辺で不審な出来事が、頻繁に起きるようになりました。
a0212807_5194064.jpgレイプの被害者でありながら妙にふてぶてしく凄味を見せつつも、時に気弱さも感じさせるという難しい役どころをイザベル・ユペールは、癖のある女性を演じさせたら天下一品の見事な演技でバーホーベン監督の演出に応え「そういう役だと理解して演じただけです」とプレスのインタヴューにもさらりと答えています。
a0212807_5215589.jpg名女優イザベル・ユペールが、稀代の女優としてどこまで行くのか ‥ 一人のファンとしてこれから出演する作品を大いに楽しみにしています。
(左写真 : ポール・バーホーベン監督と打合わせるイザベル・ユペール)
by blues_rock | 2017-09-03 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(1)
先月、福岡で開催された‘フランス映画祭2017’の最終日にゲストとして登場、クロージング作品「呼吸 ~ 友情と破壊」に主演したフランス新進気鋭の女優 ルー・ドゥ・ラージュ(1990~)の最新作「夜明けの祈り」(原題「Les
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innocentes」罪なき者たち)を見ました。
映画は、1945年のポーランド、ワルシャワから遠く離れた女子修道院が、舞台の、息苦しくも‘人は、人としてし
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か生きられない’ことを教えてくれます。
ルー・ドゥ・ラージュが、演じる主人公のフランス人女性医師マチルドは、第2次世界大戦末期、ポーランドにいるa0212807_234645.jpgフランス軍負傷兵救済のために派遣された実在の人物でフランス赤十字の医師 マドレーヌ・ポーリアックが、モデルです。
ポーリアック医師は、ポーランドで自分の従事した医療活動を克明に「治療の記録」として残しており、これを読んだフランスの名監督 アンヌ・フォンテーヌ(1959~)が、女性の立場から歴史から忘れ去られようとしているポーリアック医師の書き残a0212807_2352654.jpgした「治療の記録」(理不尽な性暴力による悲劇)を「夜明けの祈り」(Les innocents 罪なき者たち」として映画化、今でも世界中の至るところで起きている性暴力を告発し糾弾しています。
この映画の特徴は、‘女性’が、主人公であること、男性は、善人も悪人もすべて脇役でしかありません。
a0212807_2383675.jpg製作スタッフもアンヌ・フォンテーヌ監督(と脚本)始め 撮影監督のカロリーヌ・シャンプティエ(1954~ 2010年「神々と男たち」、2012年「ハンナ・アーレント」)、編集のアネット・デュテルトル(1961~)と女性中心、キャストもまた主人公のフランス人医師マチルド役のルー・ドゥ・ラージュ(1990~)、ポーランド人の修道女シスター・マリア役のアガタ・ブゼク(1976~ 2016年「イa0212807_2393781.jpgレブン・ミニッツ」)、修道院長マザー・オレスカ役のアガタ・クレシャ(1971~)、他に十数人の若いポーランド人修道女たちと「夜明けの祈り」は、ほとんど女性たちの手による映画と言って良いでしょう。
映画のプロットは、1945年のポーランド、聖母マリアに憧れ処女のまま修道女となり神に祈る毎日をおくるカトリック系女子修道院に戦争末期のある日3回にわたり、敵a0212807_23104236.jpg兵捜索と告げてソ連軍の小隊が、修道院に押し入り修道女全員を凌辱(レイプ)しました。
無宗教(共産主義は宗教を否定)の野蛮なソ連兵からすれば、修道女たちも一人の女でしかなく、突然何が起きたのか分からないままレイプされた修道女のうち7人の修道女が、妊娠しました。
a0212807_23112032.jpgおぞましい性犯罪の犠牲になり悪夢を見て怯え身を寄せ合い、憎むことも恨むこともしないで、ただ神に祈り赦しを請う修道女たちでしたが、1945年の冬12月、臨月となった7人の若い修道女たちが、いました。
ポーランドのフランス赤十字施設で医療活動に従事するフランス人医師のマチルドのもとにポーランド人のシスター(アガタ・ブゼク)が、沈痛な面持ちで現われ‘私たちa0212807_2312577.jpgを助けて欲しい’と懇願しました。
寝る間もないほど多忙な毎日のマチルドは、ポーランド赤十字かソ連の赤十字施設に行くようシスターに告げますが、シスターは、頑なに拒否し雪の降り積もる極寒の森でひたすら祈り続けていました。
a0212807_23133739.jpg尋常ならざるその姿に心動かされたマチルドは、赤十字のジープで遠く離れた修道院を密かに訪ねました。
そこでマチルドが、目にしたものは、戦争末期ポーランドに侵攻したソ連兵によるレイプで身ごもった7人の修道女が、出産を控えあまりにも過酷な現実と残酷極まりない信仰の狭間で極限の苦しみにあえぐ姿でした。
a0212807_23141064.jpg修道女たちを救うため激務の間を縫い睡眠時間を削って修道院に通うマチルドですが、困難は、次々に彼女のうえに降り注ぎました。
息苦しくなるようなシーンの連続ながら無神論者の医師 マチルドが、わが身の危険も顧みずに修道女の宿した尊い命を救おうとする使命感は、やがて孤立無援の修道女たちにとり唯一の希望になりました。
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やがてマチルドと修道女たちは、宗教や信仰を超え人と人との強い信頼で結ばれました。
対照的なのが、教会の権威と修道院を守るため、母性を自覚し始めた若い修道女から赤子を奪い、秘かに修a0212807_23172731.jpg道院から遠い極寒の湖畔にある十字架の前に置き去りにして殺す修道院長マザー・オレスカです。
オレスカ修道院長の偽善と傲慢さは、保身しか頭になく、神の名を平然と騙(かた)り 自分の判断が、神(主イエス)の判断でキリスト教の正義であると他者に無理強いするところにあります。 (上と下写真 : 撮影の打合せをするアンヌ・フォンテーヌ監督)
a0212807_23251130.jpgこの傲慢さと偽善は、すべての宗教の根底にあり、これに民族と利権が、絡むので 宗派間の諍いや宗教戦争は、未来永劫なくならないでしょう。
(付録) よかったら「イワシの頭も信心」も読んでいただけると光栄です。
by blues_rock | 2017-09-01 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私は、いま博多駅 T・ジョイ博多で上映中のクライムアクション(カーチェイス)映画「ベイビー・ドライバー」を普段あまり映画を見ない若い人たちに薦めています。
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この映画が、今までにはない新感覚の「映像(=視覚=目)と音楽(=聴覚=耳)」を同期させた映画なので見るものは、ロックコンサート会場のギグをライブで見ているような感覚になるからです。
a0212807_5281186.jpg監督・脚本ともにイギリスの鬼才エドガー・ライト(1974~ 2007年コメディ映画「ホット・ファズ」)で、「ベイビー・ドライバー」は、ライト監督のオリジナル脚本ながら‘カーチェイス’の名画である1968年「ブリット」(ピーター・イェーツ監督、スティーブ・マックイーン主演)、1978年「ザ・ドライバー」(ウォルター・ヒル監督、ライアン・オニール主演)、2011年「ドライヴ」(ニコラス・ウィンディング・レフン監督、ライアン・ゴズリング主演)へのオマージュであるa0212807_5285645.jpgことも感じました。
この映画については、ウォルター・ヒル監督を始めウィリアム・フリードキン監督、ギレルモ・デル・トロ監督など巨匠たちが、絶賛、日ごろ何かと辛辣な映画評論家も高く評価しています。
映画は、子供の時の自動車事故による後遺症で聴覚障害(慢性耳鳴り)に苦しむ天才ドライバーの青年ベイビー(アンセル・エルゴート 1994~)が、a0212807_531141.jpg窃盗団の元締め ドク(ケヴィン・スペイシー 1959~、非情な悪役が秀逸)の車と知らず盗んだために彼の差配する現金強奪グループや銀行強盗団を犯行現場から逃走(ゲッタウェイ)させるドライバー(逃がし屋)の役割を強いられ苦悩するも一旦ハンドルを握ると耳鳴り防止のためiPODから流れるノリノリの音楽(ロック・ジャズ・ラテンなど30曲)を聴きながらドライブテクニックの天才ぶりを発揮します。
a0212807_5342258.jpgベイビーは、里親である聾唖(ろうあ)の老人ジョセフ(CJ・ジョーンズ、聾唖の俳優で長編映画初出演ながらベイビーの里親を好演)と一目惚れしたウェートレスの恋人デボラ(リリー・ジェームズ 1989~)を一途に想い二人を心配させまいと苦悩 ‥ 映画のラストは、映画館で‘とにかく見て’のお楽しみながら「ヒロイックでロマンティックなエンディングにしたかった」とa0212807_538924.jpgいうライト監督が、切なくも粋な演出でエンディングシーンを締めています。
映画の冒頭、銀行の前に赤いスバルのインプレッサWRXが、到着するシーンから始まり、それから6分間、音楽(ロック)を聴きながらビートに同期したベイビーの運転するスバルインプレッサは、追跡する10数台のパトカーとヘリコプターを振り切りながらアトランタの街を時速100マイル(160キロ)で疾走a0212807_5424976.jpgします。
主人公の天才ドライバー ベイビーが、運転する縦横無尽なドリフト(アクセル、ブレーキ、サイドブレーキ、クラッチ操作)のかっこいいこと、アドレナリンいっぱいのスカッとしたおもしろい映画です。
強盗団の一味役でジェイミー・フォックス(1967~)とジョン・バーンサル(1977~)が、なかなかサイコな極悪ぶりを好演しています。
a0212807_5454622.jpg映画のタイトル「ベイビー・ドライバー」は、サイモン&ガーファンクルのホットロッド・ロック「ベイビー・ドライバー」(1969)に由来、エンド・クレジットで流れます。
この映画で使用された2006年型スバル赤のインプレッサWRX(右上写真)は、走行25万5千㌔で、4回の事故修理車ながら、現在オークションで550万円だとか ‥ 冒頭a0212807_546773.jpgあのクールなかっこいいカーチェイスを見せられたカーマニアには、堪らない車でしょうねえ。

(左写真 : モニターの前で撮影の打合せをするエドガー・ライト監督とベイビー役のアンセル・エルゴート)
by blues_rock | 2017-08-28 00:28 | 映画(シネマの世界) | Comments(3)