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カテゴリ:映画(シネマの世界)( 762 )

サスペンス・ミステリー映画好きの方にお勧めするのが、アメリカの美人の名女優 シャーリーズ・セロン(1975~) 主演の新作「ダーク・ブレイス」です。
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監督・脚本は、フランスのジル・パケ=ブランネール(1974~、2010年映画「サラの鍵」監督・脚本)、ダーク・ブレイスつまり人間の‘心の闇(冥闇)’を描いたサスペンス・ミステリー映画です。
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原作は、アメリカの女性推理作家ギリアン・フリン(1971~ 「ゴーン・ガール」も映画化)で28年前の1985年、カンザス州の田舎町で発生した一家惨殺事件(母親と長女・次女の3人が惨殺された事件)の目撃者として謎の多
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い事件真相の鍵をにぎる主人公の三女リビーをシャーリーズ・セロンが、好演、製作にも参加しています。 
事件当時、リビーは、8歳の少女ながら彼女の証言で犯人として逮捕されたのが、中学生の長男ベンでした。
a0212807_10473763.jpg当時、15歳のリビーの兄ベンをタイ・シェリダン(1996~)、28年後の現在、獄中にいる成人したベンをコリー・ストール(1976~)が、内に秘めた心の闇を秀逸に演じています。
事件のあの夜、8歳の少女リビーは、何を目にしたのか? 15歳の少年、長男のベンは、本当に家族を殺したのか? 28年前の過去と現在が、絶妙にシンクロされながらそれぞれの「ダーク・プレイス(心の闇)」a0212807_10522695.jpgと事件の真相に迫っていきます。
謎の多い殺人事件の真相解明を趣味とする‘殺人クラブ’会員の青年ライルをイギリスの俳優ニコラス・ホルト(1989~ 2016年新作映画「アウトバーン」主演)が、好演、この28年前の一家惨殺事件に執着しリビーのダーク・プレイス(心の闇)に入っていきます。
a0212807_10554572.jpg映画のサスペンスとミステリーが、醸し出す緊張感は、少しずつ明かされていく事件の真相により張り詰めたままラストまで続きます。
悪魔崇拝のヘヴィメタル少年である15歳のベン、ベンの恋人ディオンドラを演じたクロエ・グレース・モレッツ(1997~)のふしだらな少女ぶりもなかなか似合っていました。
a0212807_10561116.jpg金をたかり来るアルコール依存症の暴力男(元夫)から必死で家族を守る薄幸な母親パティ役のクリスティーナ・ヘンドリックス(1975~)の演技も秀逸です。
映画のダークな雰囲気を醸し出すため映像のトーンを落とし登場人物たちそれぞれの心の闇を上手く表現(撮影)したのが、イギリスの名撮影監督バリー・アクロイド(1954~、ケン・ローチ監督作品の多くを撮影)です。
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長男のベンが、真犯人なのか? 真犯人でないのならなぜ28年も服役し獄中にいるのか? 誰を庇(かば)っているのか? 真犯人は、誰なのか? 真相は、映画を見てのお楽しみにいたします。
by blues_rock | 2017-03-05 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_20573714.jpgアメリカの巨匠マーティン・スコセッシ監督が、絶賛(リスペクト)する映画、1948年イギリス製作のバレエ映画「赤い靴」を今夜は、紹介いたします。
スコセッシ監督は、「赤い靴」のオリジナル・ネガを2年の歳月をかけて修復(監修)、デジタル・リマスター版の「赤い靴」を2009年カンヌ国際映画祭で公開しました。
バレエ映画史上の最高傑作と絶賛される「赤い靴」は、今見ても斬新な映像で美しく、69年前と現在(いま)の映画製作現場を比較してみても撮影機材などに格段の差が、あることを考えるとその製作スキルの高さは、相当のものと監督以下製作陣の情熱に感動いたします。
a0212807_213517.jpgさて、その監督ですが、イギリスの‘パウエル&プレスバーガー共同監督’で、マイケル・パウエル(1905~1990)とエメリック・プレスバーガー(1902~1988)は、二人が、共同して製作し脚本を書き監督した作品は、‘パウエル&プレスバーガー’ 名でクレジットしました。
原作は、アンデルセン童話「赤い靴」です。
a0212807_2155290.jpgパウエル&プレスバーガー監督は、バレリーナのヒロインが、赤いバレエシューズを履いて踊るバレエ劇「赤い靴」で、“赤”を象徴するために、総天然色映画の撮影用として誕生したばかりのテクニカラーのフィルムを使用しました。
撮影は、テクニカラーの名匠ジャック・カーディフ撮影監督(1914~2009)、美術監督(プロダクションデザイン)が、画家ハイン・ヘックロス、音楽は、作曲家ブライアン・イースデイル(1909~1995 「赤い靴」でアカデミー賞作曲賞受賞)とパウエル&プレスバーガー作品の常連が、映画製作に参加しています。
映画のストーリーは、若いバレリーナ(モイラ・シアラー 1926~2006)が、新作バレエ「赤い靴」のプリマドンナに抜擢されるもバレエ劇「赤い靴」の楽曲を作曲した青年を愛し、彼女の秀でたバレエの才能を惜しむバレエ団のオーナーから ‘バレエか恋か’ の二者択一を迫られ苦悩します。
a0212807_2181883.jpgバレエあっての人生と考えていた彼女は、プリマドンナの夢が、叶った「赤い靴」を踊り続けようと決意しました。
しかし、新人バレリーナを愛した恋人の青年作曲家は、オーナーから解雇されました。
彼の求愛に心迷い苦しむ彼女は、発作的にホテルのテラスから身投げし悲劇的な最期を迎えました。
a0212807_219419.jpg何と云っても圧巻は、パウエル&プレスバーガー監督の演出によるロイヤル・バレエ団所属であったバレリーナで女優のモイラ・シアラー(当時22歳)が、劇中バレエ「赤い靴」を舞台で20分近く踊るバレエのシークエンス(芸術的なシーンの連続)とそのシークエンスを実写で撮った驚異的な映像(撮影技術)は、「赤い靴」をバレエ映画の不朽の名作(芸術作品)にしました。
by blues_rock | 2017-03-03 00:03 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_1215480.jpg福岡市赤坂にある「アンスティチュ フランセ九州(旧 九州日仏学館)「が、毎月1回、シネクラブを開催しフランス映画の新作を上映しています。
2月は、2014年製作の「悲哀クラブ」(原題のまま)でフランス映画伝統のエスプリ(皮肉とユーモアふあれる風刺精神)が、効いたミステリアスな家族劇映画の佳作でした。
フランス政府は、1946年から世界の映画人や映画ファンが、注目するカンヌ国際映画祭を主催し映画製作の助成制度を設けて映画の振興に力を入れています。
フランス政府は、フランス大使館を通じまだ劇場未公開の(あるいは劇場公開されない)話題作をインターネットでいち早く全国各地のアンスティチュ フランセ シネクラブ用として提供しています。
a0212807_12165485.pngこの「悲哀クラブ」も作家性の強い映画で、監督のヴァンサン・マリエット(ヌーべル‘ヌーべルバーグ世代’と称されている若手監督で詳細不明)始め、出演者たちもローラン・ラフィット(1973~ 「ミモザの島に消えた母」主演)以外私の知らない演技の上手い30、40代の個性的な俳優たちでした。
a0212807_12172733.jpg映画のプロットは、赤い旧式のポルシェを道具として使い失踪した父親を捜す仲の悪い兄弟と二人の前に現れた異母妹らしい若い女性が、絡むミステリー仕立てのロードムービーで、元プロのテニスプレーヤーながらいまや離婚の危機、10歳の息子にお金をねだるダメ父親の兄 
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レオン(ローラン・ラフィット)とインターネットで出会い系サイトを主宰するも自らは、女性にオクテでデートするのも苦手な風采の上がらない弟ブルーノ(ヴァンサン・マケーニュ 1978~)は、性格の違いもあってお互い気が、a0212807_12185183.jpg合わずもう何年も音信不通でした。
そこに父親の葬儀に出席して欲しいという謎の手紙が、レオンに届き、彼は、弟のブルーノに連絡、渋るブルーノを無理やり自分の赤い旧式ポルシェに乗せ父親の家(幼いころ兄弟が暮した場所)に行きました。
しかし、家の様子が、何やらヘンで二人は、初対面の異母妹のクロエ(リュディヴィーヌ・サニエ 1979~)と名のる若い女性に出迎えられました。
ここから映画は、兄弟ゲンカしながらのコミカルなロードムービーから一転してミステリータッチに変調し父親のa0212807_12212720.jpg失踪のナゾ、異母妹クロエの正体など次々に父親にまつわる真実が、顕われていきます。
マリエット監督のエスプリの効いた演出は、映画センス抜群で「ヌーべル‘ヌーべルバーグ世代’の旗手」になるかもしれません。
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「悲哀クラブ」は、劇場で一般公開されることで(KBCシネマ向けの作品)、一人でも多くの日本の映画ファンにフランス映画の良さを知っていただきそのおもしろさを堪能して欲しいと思います。
by blues_rock | 2017-02-28 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
稀代の名映画監督スタンリー・キューブリック(1928~1999 世界映画史の傑作「2001年宇宙の旅」ほか名作多数)が、1953年 25歳のとき自ら製作・監督・撮影・編集した初長編映画「恐怖と欲望」(モノクロ、62分)は、映画
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公開を前に当時新進気鋭の映画人であったスタンリー・キューブリックが、気に入らず「アマチュアの仕事だ」と切り捨て、すでに劇場配給用にプリントされていた「恐怖と欲望」を自分で購入し公開を中止し‘封印’してしまいa0212807_16174949.pngました。
それ以来、長い間、巨匠スタンリー・キューブリック監督の‘幻の長編映画デビュー作品’として「恐怖と欲望」は、語り継がれ、60年後の2013年、その「恐怖と欲望」が、HD(ハイヴィジョン・デジタル)マスター版で初公開されました。
新進気鋭の若い映画人 スタンリー・キューブリックが、親族から借金し自主製作した映像作家として思い溢れる作品で駄作でもなければ、素人(アa0212807_16193281.jpgマチュア)の作品ではありませんでした。
奇を衒(てら)うインディペンデント系の映画に有りがちなケレン味もなく ‘栴檀(せんだん)は、双葉より芳し’ でキューブリック監督の映像センスは、さすがです。
見る者の不安を煽るカメラワークとくにミディアム、ビック、エクストリームと多様なクローズアップを駆使したショットやカット、光の陰影(コントラスト)など後のキューブリック監督作品に特長づけられる不安定な構図と併せ、若いキューブリックa0212807_16202355.png監督の映画才能を感じさせる長編映画デビュー作品です。
映画のプロット(ストーリー)は、軍用機が、敵地に深く侵入し過ぎ、敵の攻撃を受け墜落、生き残った4人の兵士の物語です。
敵地にいる彼らは、不安で上官の中尉、ベテラン副官の軍曹も二等兵もなく、自軍のいる陣営に向かい敵が、いる森の中を彷徨いました。
a0212807_16214269.jpg性格の違う4人は、恐怖と不安で対立、ついに若い二等兵の一人が、心神喪失になりました。
4人は、、森の中で偶然、若い村娘と出遭いますが、敵陣営に通報されることを恐れ拘束しました。
見張りをしていた若い二等兵は、若い村娘に幻惑され言い寄っていた隙に逃げられ射殺してしまいました。
紅一点、村娘を演じた当時 20歳の初々しいヴァージニア・リース(1932~)もキューブリック監督にとって映画(つまり映像)の中で動くもa0212807_1628219.pngのの一つに過ぎず、若く美しい新人女優ヴァージニア・リースを演出で少し見せようという感情移入もなく、彼女の登場時間も短いクールな演出でした。
このキューブリック監督 ‘幻の長編映画デビュー’ 作品「恐怖と欲望」は、キューブリック監督映画マニア向けの作品です。
by blues_rock | 2017-02-26 02:26 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
カナダの天才映画監督(にして名優)グザヴィエ・ドラン(1989~)が、監督・脚本・編集・製作した最新作「たかが世界の終わり」(カンヌ国際映画祭 審査員特別賞グランプリ受賞作品)をKBCシネマで見ました。
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フランスの劇作家ジャン=リュック・ラガース(1957~1995 エイズにより夭折、享年38歳)の‘家族’をテーマにした戯曲「Juste la fin du monde(たかが世界の終わり)」が、原作なので映画は、舞台の室内劇(ドラン監督の脚本a0212807_3531618.jpgも家族で喜怒哀楽をぶつけ合う心理劇にしている)を見ているようでした。
‘家族’を構成するのは、ドラマの中心人物となる劇作家の次男ルイ(ギャスパー・ウリエル 1984~)、そして母マルティーヌ(ナタリー・バイ 1948~、フランソワ・トリュフォー監督1977年作品「恋愛日記」、グザヴィエ・ドラン監督作品「私はロランス」出演)、ならびに長男アントワーヌ(ヴァンサン・カッセル 1966a0212807_3534426.jpg~)と妻のカトリーヌ(マリオン・コティヤール 1975~)、さらに末娘の妹シュザンヌ(レア・セドゥ 1985~)の 5人です。
映画は、12年前に家を出て家族と疎遠であった劇作家の次男ルイが、「不治の病で余命わずかなこと」を家族に伝えるために故郷に戻る冒頭から家族の間に緊張感を漂わせ、結局「自分の死」を言えぬまま家を出て行く最後まで家族5人は、お互い感情的な愛憎と確執をぶつけ合う奔流のような言葉(セリフ)が、饒舌に続きます。
a0212807_3561643.jpg次男ルイの予期せぬ帰省をきっかけにして家族5人が、過剰すぎるくらいのハイテンション(喜怒哀楽)で感情をぶつけ合う演技は、さすがフランスを代表する名優(名女優)たちでリアリティとインパクトがあります。
ドラン監督の演出は、現在をロー・キー(ソフト)ライティング、過去をハイ・キー・ライティングの映像にし、人物の心理を捉えるためa0212807_3565578.jpgに表情の(特に目の)クローズアップ(ビッグ・クローズアップ、エクストリーム・クローズアップ)を多用(ほとんどと言っても良いかもしれない)、ドラン監督演出の意を酌んだ盟友のアンドレ・トリュパン撮影監督(1966~)が、その一瞬の表情を見事なカメラワークで撮っています。
「たかが世界の終わり」にストーリーらしいストーリーはなく、家族が、お互い抑制していた自分の感情と鬱積しa0212807_3573221.jpgた心情に翻弄されて愛しているのに言わずもがなの憎まれ口を叩くという自分の愛情を家族に上手く伝えられずに苛立ち落ち込む誰にも心当たりのあるもどかしくいある意味地味な作品ながら間違いなくすばらしい映画でした。
最後にドラン監督のカンヌ国際映画祭授賞式でのスピーチを紹介いたします。
a0212807_3593241.jpg「(前述省略)この映画の感情をくみ取っていただき、ありがとうございます。 感情というのは、単純なものばかりではなく、それを他の誰かと分かち合うのは、簡単なことではありません。 時に甲高い叫び声や、突き刺すようなまなざしを伴い、暴力すらほとばしります。 ジャン=リュック・ラガルスの「まさに世界の終わり」のような名作をもとに、原作を汚さないように心がけつつ、汚したとa0212807_403435.jpgしても、最善を尽くして、そこから1本の映画を抽出し、物語を紡ぎ出そうと努力しました。 登場する人物は、ときに意地悪く、ときに毒を吐きますが、何よりみな心に傷を負った人たちです。 彼らは、我々のまわりにいる人たち、母や兄弟、姉妹たちの多くが、そうであるように、恐怖を感じ、自信を失い、愛されていると確信できないで生きています。 そんな登場人物たちの感情を描き出すことを、ぼくは、目指しました。 私たちが、この世で求める唯一のことは、愛し、愛されa0212807_412157.jpgることです。 とくにぼくは、愛されたい欲求が、強いのだと思います。 原作者のラガルスが、見事なまでに想像し、ギャスパー・ウリエル、ナタリー・バイ、レア・セドゥ、ヴァンサン・カッセル、マリオン・コティヤールらが、人間的に演じ血肉を与えた登場人物たちも、それは、同じです。 ぼくは、成長するにつれて人から理解されることの難しさを知るようになりました。 でも今日、自分のことを理解し、自分が、何者かをようやく知ることができました。 今夜、皆さんが、同席a0212807_441448.jpgし、示してくれた言葉や理解と愛情を見て確信しました。 妥協したり、安易な方に流されたりせず、ハートと本能を持つ、我々のような人間を描く映画を作るべきだと。 感情は、相手に届くまでに時間がかかることもありますが、何れ必ず届くものです。 ただ、わが友フランソワ・バルボには、もう届きません。 偉大な衣装デザイナーで、偉大な芸術家だった彼は、存命であれば、こうa0212807_464751.jpgして彼の名前を挙げて話すことを嫌がったでしょう。 本当に有能で謙虚な人でした。 彼は、別れも告げずこの映画を見ることもなく我々の元を去りました。 どこかで見てくれたと思いますが、感想を聞けなかったのは、残念です。 2年まえもここに来て、ぼくの人生を決める瞬間を経験しました。 そして、今こうして再び人生を変える舞台に立っています。 a0212807_471938.jpg闘いは、続きます。 これからも人々に愛される、あるいは嫌われる映画を作るでしょう。 それでもアナトール・フランスが、言ったように‘無関心な知恵より情熱的な狂気の方がいい’のです。」
私は、カナダから登場した不世出の天才映画監督にして名優そして万能映画人であるグザヴィエ・ドランのさらなる活躍を大いに期待しています。
by blues_rock | 2017-02-22 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私が、これまで見たアニメーション映画で印象に残るのは、「火垂るの墓」(1988年)、「ホーホケキョ となりの山田くん」(1999年)、「かぐや姫の物語」(2010年)です。
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3作とも高畑勲監督(1935~ スタジオ ジブリ)の作品で、どれも秀作でした。
現在公開中の片渕須直監督(1960~)2016年作品「この世界の片隅に」は、私が、「かぐや姫の物語」を見て以
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来、感動したアニメーション映画の秀作です。
戦前ならびに戦中そして戦後の広島と当時軍港であった呉を舞台に、原子爆弾で壊滅的に破壊された広島でa0212807_1112516.jpg生まれ育った少女すず(声優 のん = 女優 能年玲奈 1993~)が、成人し(18歳になり)軍港の呉に嫁ぎ、戦中と戦後の艱難辛苦に耐えて生き抜き(戦時下の悲惨な体験を経て)夫と再会するまでを戦禍に生きた一人の女性すずの視点で国民総玉砕戦争の現実と悲劇を描きます。
漫画家にしてイラストレーター こうの史代(1968~)の原作「この世界の片隅に」(全3巻)をもとに片渕須直監督
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が、脚本を書き監督、作画監督(キャラクター・デザイン)松原秀典(1965~)、監督補ならびに画面構成の浦谷千恵(片渕監督夫人)、美術監督の林孝輔(1982~)など専門分野に秀でた製作陣によるハイレベルのコラボレー
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ションが、創り出した優れた作品です。
主人公すずの声を担当した女優のん( 能年玲奈)の穏やかな聞く人の心を和ませる声は、音楽のコトリンゴ
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(1978~)の独り言を呟くようにやさしく歌う挿入歌とシンクロし、とくに映画冒頭に流れる「悲しくてやりきれない」が、世界の片隅で貧しくも一生懸命に毎日を暮らす一人の女性 すずの物語への導入に効果抜群でした。
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「この世界の片隅に」映画製作実行委員会が、クラウドファンディング方式で制作資金の一部を3千4百名から3千9百万円(一人平均1万円)の出資を受け、映画のエンドクレジットで出資者全員の名前を掲示し謝意を表した
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のは、これから作家性の強い良質な映画を制作する新たな潮流になっていくだろうと思います。
「この世界の片隅に」は、ロングランで上映していますので、現在(いま)の機会に家族や友人、恋人とご一緒に
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一人でも多くの方にご覧いただきたいと思います。
by blues_rock | 2017-02-20 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
イギリスの映画監督ポール・アンドリュー・ウィリアムズの(1973~ 秀作「アンコール!!」の監督)最新作(2016年日本公開)「アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち」を紹介します。 (公式サイト こちら
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ドイツの独裁者ヒトラーとナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)の人類(とくにユダヤ人)に対する極悪非道な暴虐への告発は、第2次世界大戦後72年経った現在(いま)でも続き、この映画の冒頭にも「 ヒトラーが自殺a0212807_84167.jpgてもファシズム(独裁主義)は無くならない」と ‘当時のドイツ国民が選挙で選んだ独裁者ヒトラー’ より悪の独裁システム(権力装置)の本質を糾弾(喝破)しています。
最近公開された‘ヒトラーとナチス’をプロットにした映画として、2014年「ハンナ・アーレント」、2014年「シャトーブリアンからの手紙」、2014年「顔のないヒトラーたち」、2015年「サウルの息子」、2016年「ヒトラー、暗殺 13分の誤差」、 2016年「帰ってきたヒトラー」、 2016年「我が闘争 a0212807_8415771.jpg若き日のアドルフ・ヒトラー」(製作2009年、画家を目指し、ウィーンの美術学校を受験するも二度失敗し挫折、屈辱感から政治に転向、ナチズムに狂信していく青年時代を描いた作品)と、凡庸な人間(普通の人たち)を殺人鬼に変えていくナチス権力装置(ファシズム)の凄まじい実態を描いた映画の傑作(秀作・名作)が、立て続けに発表されています。
さらに2017年1月公開の「アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男」は、今夜ご紹介するこの「アイヒマン・a0212807_8424038.jpgショー 歴史を映した男たち」の前章譚としてご覧いただくと‘ヒトラーとナチス’が、滅亡しても悪霊のごとく戦後世界のあちこちに生き永らえている実態を描いた映画です。
2016年公開映画「アイヒマン・ショー 歴史を映した男たち」もまたヒトラーとナチスの“ユダヤ人問題の最終解決(ホロコースト=大量虐殺)”政策のもとヨーロッパ全域からユダヤ人6百万人を拉致し絶滅収容所a0212807_8461750.jpgへ送る指揮官であった親衛隊(SS)中佐アドルフ・アイヒマン裁判(1961年4月~12月)の模様を放送されたら‘都合の悪い人びと’からの妨害や脅迫を克服し報道のための撮影に奔走したアメリカのテレビ制作チームの実話を描いています。
彼らが、撮影したアイヒマン裁判のドキュメンタリー映像は、虐殺者アイヒマンの素顔、過去(強制収容所の恐怖)を封印して生きてa0212807_8484628.jpg来た112人の生存者の証言、ホロコーストの証拠資料として裁判に提出されたナチスから押収した大量虐殺の記録(ドキュメンタリー)映像と併せユダヤ人大量虐殺の実態を世界37か国に報道しヒトラーとナチスの極悪非道なホロコーストの蛮行を初めて全世界の人びとに知らせました。
a0212807_8493136.jpgナチスによる組織的なホロコーストの真実を全世界に知らせる大義に不屈の意志と情熱を捧げるプロデューサーのミルトン・フルックマンを演じるマーティン・フリーマン(1971~)とドキュメンタリー監督レオ・フルビッツを演じるアンソニー・ラパリア(1959~)二人の名演技が、光ります。
a0212807_850820.jpg映画のエンディングに「自分は、他者より優秀に創られたと一度でも考えた者は、アイヒマンと同じ地平にいます。 そして、一度でも鼻の形や肌の色や信仰する神の違いによって他者に悪意を抱いた者は、理性の喪失が、狂気への道と知るべきです。 このようなことから全てが、始まったのです。」という当時のドキュメンタリー映像(とナレーショa0212807_8521632.jpgン)が、流れます。
‘ヒトラーとナチス’のDNAをもった悪霊が、大統領になり政治家になっていまもなお世界中至るところに現われ、私たち市民を悪しき時代に誘おうとしている現実は、歴史から何も学べない、学ぼうとしない愚か者たちへの痛烈な皮肉であり不気味な現象(地獄への道の再来)です。
by blues_rock | 2017-02-16 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
数多いる若手俳優の中でも類い稀な心理表現能力をもつカナダの名優グザヴィエ・ドラン(1989~、現在26歳)が、出演しているので見た2014年のカナダ映画「神のゆらぎ」は、“神の存在(在・不在)”を描いた秀作です。
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「神のゆらぎ」(Miraculum ラテン語で「奇跡」)は、カナダのダニエル・グルー監督(1967~)が、2014年に撮った作品(2016年日本公開)で、人間の生き死は、‘神の意志’によるものなのか、‘個人の選択(による偶然)’なのa0212807_20543787.jpgか、映画は、“神の不在”を暗示しながらも見る者の心に問いかけていきます。
マーティン・スコセッシ監督の新作「沈黙/サイレンス」では、隠れキリシタンの信仰(殉教)と踏み絵(棄教)を描くことで“神の沈黙”を表現しました。
グルー監督の「神のゆらぎ」は、カルト教団 エホバの証人の信仰(輸血の拒否)による必然死と飛行機墜落事故による偶然死(1人だけ瀕死で生存したa0212807_2132710.jpg奇跡)について3組の男女と1人の男という複数の人間の現在と過去をテンポ良いショットで交錯させながら、それぞれの人生を群像劇として描きました。
バラバラに展開していたそれぞれの複雑な人生を一つの物語に収斂させていくガブリエル・サブーランの見事な脚本(麻薬の運び屋として出演)とグルー監督の演出の手腕は、秀逸です。
a0212807_2135662.jpgグザヴィエ・ドラン演じる熱心なエホバの証人信者エティエンヌは、輸血しなければ生きられない末期の白血病患者ですが、熱心な信者で信仰に殉じ輸血を拒否、一切の治療を拒み苦しみながら死んでいきます。
エティエンヌの恋人で看護師のジュリー(マリリン・キャストンゲ 1982~ 現実と信仰との間で苦悩し葛藤する心理表現がすばらしい)もエホバの証人の信者ですが、飛行機墜落a0212807_21222544.jpg事故現場の惨状と奇跡的に1人だけ助かった瀕死の生存者を看護するうちにジュリーは、愛する者の生命を何としても救いたいと思う自分の気持ち(現実)と信仰に殉じ死を神の意志とする教義に迷い葛藤していました。
ある日、ジュリーは、宗教の勧誘に行った老紳士から「飛行機が、落ちるのは、万能の神が、存在しないからだ。」と諭され涙しました。
a0212807_21270100.jpgエホバの証人の信者ジュリーは、病院の集中治療室で奇跡的に生きている飛行機事故生存者と同じ血液型なので病院からの緊急輸血の要請を受けていましたが、拒否していました。
a0212807_21372888.pngジュリーは、自分の血を輸血しないと死ぬしかない目の前の患者のために同僚信者の制止を振り切り、決心したように(自分の意思で)輸血、さらに激しく咳きこみ吐血し苦しむ末期白血病の恋人エティエンヌを説得して病院に連れて行こうとしますが、彼女から輸血したことを聞かされたエティエンヌは、愛するジュリーをも拒否し別れて二日後に亡くなりました。
a0212807_213814.pngジュリーの表情は、終始冷たく感情を表に出さず「神は、人間に見向きもしない。 最愛の恋人すら奪う。 それが、神の意思ならば、神はいらない。」とその表情が、語っているようでした。
a0212807_21385968.jpg映画は、前述したとおりエホバの証人信者の恋人二人を軸にして、墜落するキューバ行き飛行機の出発前(過去)ならびに墜落事故後(現在)の3組の男女と1人の男をクロスカッティング(同時進行)しながら展開していきます。
a0212807_21393633.jpg狂ったように老いらくの恋(性愛)をするカジノで働く初老のバーテンダーとクロークの老女、お互い倦怠しうんざりしている中年のギャンブル狂の夫とアルコール依存症の妻、取り返しのつかない過去の罪(姪への性的虐待)を償う金のために麻薬の運び屋をする男が、それぞれ飛行機墜落前の空港と墜落後の病院で偶然出遭っていきます。
グザヴィエ・ドランが、登場するシーンは、さほど多くありませんが、「エレファント・ソング」で見せた感情表現(表a0212807_21403137.jpg情)の秀逸した上手さは、今回も随所で見られます。
グザヴィエ・ドランの他は、私の知らないキャスト(俳優・女優たち)てしたが、それぞれ役に嵌まった個性的な演技は、リアルですばらしくカナダ映画界の層の厚さを感じました。
a0212807_21405629.jpgとくに群像劇の中心となる看護師のジュリーを演じたマリリン・キャストンゲは、名優グザヴィエ・ドランとのカラミもすばらしく、彼女のドラン監督演出による新作を見てみたいと強く思いました。
by blues_rock | 2017-02-14 00:14 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_9174828.jpgデンマークの鬼才ニコラス・ウィンディング・レフン(1970~)が、監督・脚本した1999年の長編2作目映画「ブリーダー」は、17年後の2016年に日本公開されましたが、先に公開された「ドライブ」、「オンリーゴッド」と続く、レフン監督の鬼才ぶりを発揮した秀作映画の原点を感じました。
とくに ‘赤’を配置したシーンを多用するレフン監督の映像は、初期作品の「ブリーダー」にも顕在していました。
ビデオレンタルショップで働く映画のことしか頭にない映画オタクの店員で主人公レニーを演じるマッツ・ミケルセン(1965~)が、店にビデオ(棚にズラリ並ぶのがVHSというのも時代を感じます)を借りに来た客に世界中の映画監督名をペラペラと語るシーンは、レフン監督の映画の好みが、分かって楽しめます。
a0212807_9222771.pngだが、客は、レニーが、店の品ぞろえの良さを一生懸命説明するのに映画に興味は、なく結局ポルノを借りて帰るところは、笑えます。
映画は、レニーの静に対して、レニーの友人レオ(キム・ボドゥニア 1965~)とルイ(ズラッコ・ブリッチ 1953~)が、動の役割を演じ、これにレオの恋人でルイの妹ルイーズ(リッケ・ルイーズ・
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アンデルソン 1972~)とデリカショップで働く読書家のレア(リヴ・コーフィックセン 1973~)二人の女性を絡ませて次第にレフン監督独自の不穏な空気を醸し出しながら展開していきます。
a0212807_925675.jpgシャイなレニーは、デリカショップで働く読書家のレアを映画に誘いますが、彼女は、映画のことなどチンプンカンプンなのに映画オタクのレニーが、パニック・ホラー映画の古典「悪魔のいけにえ」(1974)を彼女に「見た!?」と質問するところなど ‘クスッ’ と笑えるシーンです。
a0212807_9313348.jpgレアとの念願のデートも映画館の前にいる彼女を見たとたんレニーは、逃げ帰りすっぽかしました。
レオは、恋人ルイーズの妊娠にとまどいイライラをつのらせ妊娠を喜ぶルイーズに暴力を振るうようになりました。
ルイは、レオの妹ルイーズへの暴力にさらなる暴力で追いつめました。
a0212807_933848.jpgどこにでもいるセルフコントロールできない男のブチ切れぶりに見ている方は、呆れうんざりしながらもあまりのリアリティにすくんでしまいます。
ルイーズが、流産したことでルイとレオの間は、最悪な事態となりレフン監督独特のケレンミあるクールな演出が、冴えています。
a0212807_9343732.jpg映画のラストでレニーは、デリカショップにレアを訪ね、また映画デートに誘い、レアが、「すっぽかさなければ、いいわ。」とOKします。
エンディングに流れるテクノポップ風にアレンジされたジョン・レノンのラブは、なかなか効果的でレフン監督の音楽センスも感じました。
by blues_rock | 2017-02-10 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
ドイツの女性監督ニコレッテ・クレビッツ(1971~)が、自分の夢をもとにイメージを膨らませ、脚本を書き監督した作品「ワイルド(野生)~ わたしの中の獣」をKBCシネマで見て来ました。
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映画のプロットは、クレビッツ監督の作家性が、顕著ながらもリアル(現実)とファンタジー(幻想)を交錯させつつ主人公の女性アニアの性的メタファーとして偶然出遭った野生の狼を通して、若い女性アニアに内在する束縛
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(=現実)への鬱憤、自由(=欲望)への憧れ、自我解放(=本能)の悦びをリアルな映像で描いています。
映画の‘R15+’指定と併せタイトルの「ワイルド ~ わたしの中の獣」(原題「Wild」)とポスター写真からポルノ
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(AV)っぽさを想像して(期待して)見るとバスレます。
クレビッツ監督は、女性監督ならでは、の男心をくすぐるエロティックな演出が上手く、ストイック(禁欲的)な生活a0212807_440495.jpgをしていたアニアが、自宅アパート近くの森林公園で偶然一匹の野生の狼を見た瞬間、狼の野生の姿に魅入られ愛し自ら野性化していく姿(倒錯した愛)は、確かにエロティックでした。
アニアは、知恵を絞り手を尽くして狼を捕獲、密かに自宅アパートで飼い慣らし汚れた部屋で‘恋人’と同棲するように狼と生活、次第に自分を取り巻く現実の人間世界と狼と暮らす非現実的な妄想との境界が曖昧になり人間として常軌を逸するa0212807_4443886.jpg行い(R15+)をするようになりました。
段々野生化していく主人公の若いドイツ女性アニアを演じるリリト・シュタンゲンベルク(1988~)の変貌していく姿が、ワイルドでエロティック、そして美しく魅力的です。
アニアの‘恋人’を演じたヨーロッパ狼(牡の狼ネルソン)のダンディな存在感も秀逸でした。
変貌していくアニアに好意をもつ上司のボリス役をゲオルク・フリードリヒ(1966~ 「ファウスト」でファウスト博士a0212807_4464397.jpgの助手ワーグナー役)、アニアの妹ジェニーをザスキア・ローゼンダール(1993~ 「さよなら アドルフ」主演)が、好演しています。
私は、ニコレッテ・クレビッツ監督(=脚本)作品「ワイルド ~ わたしの中の獣」が、ヨーロッパ伝承の物語「赤ずきん」に深層心理学上の新解釈を与えたと思っています。
女性のクレビッツ監督は、若い娘、森、野生の狼、月経(生理)の血の赤で「赤ずきん」物語の基本を構成し生理
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の血を舐めて清拭する狼、舐められてエクスタシーを感じる若い娘との関係に野生の愛の交歓(野生の本能)つまり新メルヘン「赤ずきん」として表現したのだろうと私は、想像しました。
by blues_rock | 2017-02-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)