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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:映画(シネマの世界)( 827 )

中国映画を代表する(私は中国最高の映画監督と思っています)ジャ・ジャンクー監督(賈樟柯 1970~)の新作映画「山河ノスタルジア」を書こうと思いながら映画を見て2年が、経ちました。
a0212807_1113829.pngジャ・ジャンクー監督ファンの私としては、この「山河ノスタルジア」の記事と併せ、これまで見た他のジャンクー監督作品も一緒に紹介したいと思います。
中国・日本・フランス合作の「山河ノスタルジア」の原題は、「Mountains May Depart(山々は旅立つ)」と、哲学的なタイトルながら、ある中国人家族親子三人の物語を 1999年(過去)、2014年(現在)、2025年(未来)と時代を三つに分け、家族と家族に関わる人たちの人生を一大叙事詩のように描いています。
ジャンクー監督は、どんな人の人生も愛と情そして義の間(はざま)にあって家族が、生涯ずっと共に居られることはなく、どんな家族にもいつか必ず別れのときが、来ることを冷徹にメッセージしています。
映画は、この三つの時代を交差させながら展開していきます。
1999年の山西省、汾陽(フェンヤン)、小学校教師のタオ(チャオ・タオ 1977~)は、炭鉱で働くリャンズー(リャa0212807_129820.jpgン・ジンドン)と実業家のジンシェン(チャン・イー 1978~)、二人の幼なじみから恋心をもたれていました。
タオは、積極的で自信家のジンシェンのプロポーズを受け結婚、一人息子のダオラーが、生まれました。
2014年、タオは、ジンシェンと離婚、ひとり汾陽で暮らしていました。
a0212807_1294965.jpgある日、タオの父親が、亡くなり葬儀に出席しタオは、父親に引き取られた息子のダオラーと再会しました。
タオは、ダオラーから父ジンシェンと共にオーストラリアに移住することを告げられました。
2025年、オーストラリア、19歳になったダオラー(ドン・ズージェン)は、長いオーストラリアでの生活で中国語が、話せなくなっていました。
a0212807_1303926.jpg彼は、いつまでも中国人である父ジンシェンとの折り合い悪く対立、自らのアイデンティティを見失うなか中国語教師のミア(シルビア・チャン 1953~)と知り合いダオラーの記憶にかすかに残る母親の面影をミアに探し始めました。
製作は、市山尚三(1963~)、ジャンクー監督の要請なのか定かではないものの撮影監督ユー・リクウァイ(1966~)の撮ったスクリーンサイズ(アスa0212807_134358.jpgペクト比)が、たいへんおもしろく、1999年は、スタンダードサイズの‘1:1.33’、2014年が、ビスタサイズの‘1:1.85’、2025年は、シネマスコープの‘1:2.39’とだんだん大きく変化していきます。
プロダンショクデザインのリュウ・チァン、音楽の半野喜弘(1968~)の哀感あるメロディとペット・ショップ・ボーイズの名曲「GO WEST」を挿入したことなど秀逸でした。
a0212807_1343850.jpgカンヌで脚本賞を受賞した2013年作品「罪の手ざわり」も秀作ながら、あまりにもリアルに現在の中国社会の歪みを描いているために一党独裁の中国共産党批判と過敏に反応した中国政府により中国では、上映禁止にされました。(後編に続く)
by blues_rock | 2017-10-18 01:18 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_1331614.jpg福岡市 総合図書館(福岡市 早良区 百道浜)には、「映像ホール(シネラ242席、右写真)」とミニシアター(50席)があり、普段市中の映画館では、ほとんど公開されない海外の秀作映画(作家性の強い非娯楽作品)や旧い日本映画などを暫時公開しています。
10月のシネラ(映像ホール)は、トルコ映画特集で「サイの季節」や「卵」などすでに見た映画もありましたので、a0212807_1354893.jpg何気にミニシアターの上映スケジュールを見ると、映画は云うに及ばずドキュメンタリーや伝統芸能、民族音楽などいろいろなジャンルの映像が、企画されていて映画の上映予定は、一作だけで何とイタリア・ネオレアリズモの象徴的な作品であるルキノ・ヴィスコンティ監督の「若者のすべて」(1960年作品、原題「Rocco e i suoi fratelli」 ロッコと彼の兄弟)でした。
私は、イタリア映画を代表する稀代の名監督ルキノ・ヴィスコンティの作品は、ほとんど見て来ましたが、それは、「若者のすべて」以降の作品(1963年作品「山猫」から)であってヴィスコンティ監督が、撮った最後のネオレアリズモ作品「若者のすべて」は、見ておらず再上映のチャンスも何度も逃し、レンタルDVDもなく、どうしても見たい念願の映画でした。
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イタリア貴族出身のルキノ・ヴィスコンティ監督(1906~1976)のフルネームは、ルキノ・ヴィスコンティ・ディ・モドローネと云い伯爵でしたが、第二次世界大戦時ファシズムに抵抗してイタリア共産党に入党、戦中戦後を通しa0212807_1393147.jpg10年間共産党員でしたので‘赤い貴族’と呼ばれていました。
ヴィスコンティ監督は、「若者のすべて」を発表すると舞台やオペラの演出に専念するようになりネオレアリズモの作風から‘ヴィスコンティ様式’となる死を象徴させた「滅びの美学(美意識)」をプロットとした作家性の強い映画に変化していきました。
a0212807_1310376.png「若者のすべて」は、原題に「ロッコと彼の兄弟」とあるように三男のロッコを演じるアラン・ドロン(1935~、出演時25歳でその類稀な美男ぶりは必見です)を中心に5人兄弟の名前が、それぞれ記(しる)されたチャプター(章)ごとにストーリーは、展開し5章完結の上映3時間の映画です。
ヴィスコンティ監督の演出は、云うに及ばず、撮影を名撮影監督 ジュゼッペ・ロトゥンノ(1923~、フェデリコ・フェa0212807_13111688.pngリーニ、ルキノ・ヴィスコンティ、ヴィットリオ・デ・シーカ、マイク・ニコルズなど名立たる名匠監督作品を撮る)、音楽を名作曲家 ニーノ・ロータ(1911~1979)が、担っています。
出演者は、アラン・ドロンのほか出演時22歳の美女クラウディア・カルディナーレ(1938~、1963年「山猫」にも出演、これ以降フランa0212807_13114952.jpgスの美人女優ブリジッド・バルドー=BBに対しイタリアの美人女優クラウディア・カルディナーレ=CCとして世界の二大美女として有名になる)、三男ロッコのすぐ上の兄次男シモーネを演じるレナート・サルヴァトーリ(1934~1988)、ロッコとシモーネを手玉にとる娼婦ナディアを演じた当時29歳のアニー・ジラルド(1931~2011)と美女・美男のa0212807_1314529.jpg名優ぞろいです。
とくにこの映画でアラン・ドロン演じる三男ロッコを愛する娼婦ナディア役のアニー・ジラルドが、艶やかで美しくナディアは、劇中独占欲の強い次男シモーネに刺殺されますが(今で云うストーカー殺人です)、ナディア役のアニー・ジラルドとシモーネ役のレナート・サルヴァトは、この映画のあと結婚、二人仲睦ましく生涯添い遂げています。(上写真:撮影中のヴィスコンティ監督)
by blues_rock | 2017-10-16 00:16 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_3394736.jpg先週10月6日、シネマの世界<第753話>「ラビング 愛という名のふたり」で「ニュートン・ナイト」、「夜に生きる」については、少し前触れしましたが、ゲイリー・ロス監督(1956~、製作・脚本・原案)の「ニュートン・ナイト」は、アメリカ南北戦争時代に生きた実在の人物 ニュートン・ナイト(1837~1922)が、モデルの歴史ヒューマン・ドラマです。
白人ながら黒人女性と結婚(法律では認められず事実婚)し、さらに逃亡黒人奴隷や白人脱走兵を率い自由のために南軍と闘った伝説の人物 ニュートン・ナイトを名優マシュー・マコノヒー(1969~)が、熱演しています。
白人大地主が、所有する農場で大勢の黒人奴隷を使い搾取していた時代、南部諸州は、南部連合軍(南軍)を組織し奴隷解放を宣言した政府軍(北軍)に抵抗していました。
劣勢の南軍は、兵を集めるため南部諸州の白人貧困農民や黒人奴隷の男たちを強制徴兵していました。
a0212807_3422829.jpg金持ちが、制定した20人以上の奴隷所有者は、徴兵免除という法律に唯々諾々従い犬死にするのは、嫌だと脱走した白人貧農のニュートン・ナイトが、逃げ込んだのは、脱走兵追跡隊が、来ない湿地帯(沼地)でした。
そこには、他の脱走兵や逃亡奴隷たちも逃げ込み身を隠していました。
a0212807_344022.jpgニュートン・ナイトは、彼らを指導、組織化しゲリラ部隊に育てるも容赦ない南軍の攻撃に苦戦していました。
ニュートン・ナイトは、異人種間結婚の禁止法を無視、黒人奴隷の娘と結婚(事実婚)し子供をもうけますが、映画は、その子孫の男性(ニュートン・ナイトの曾孫か)が、黒人混血の血統ということで白人女性の恋人との結婚を裁判で争う(「ラビング」と同じ1960a0212807_3453119.jpg年代と推察)シーンを挿入しながら展開していきます。
次にご紹介する「夜に生きる(リブ・バイ・ナイト)」は、ベン・アフレック監督(1972~)の最新作で、自ら脚本・製作・主演しています。
当初、製作と併せ主演する予定だったレオナルド・ディカプリオ(1974~)は、結局出演せずにプロデューサー(共同製作者)として残り、ベン・アフレックが、監督・脚本と合わせ主演することにa0212807_3461136.jpgなりました。
映画は、禁酒法時代のボストン、主人公が、ギャングのダークなクライムサスペンスながら地元ボストンを舞台にした映画をアフレック監督は、多く撮っています。
クエンティン・タランティーノ監督の作品を数多く手掛けている名撮影監督ロバート・リチャードソン(1955~)は、当時の古いボストンの街並みをシックに撮り、そうかと思えば、映画の舞台が、変わるとその土地を上から空撮して‘舞台回し’のような効果を見る者に与えます。
この映画もまた白人の主人公は、ゾーイ・サルダナ(1978~)演じるキューバ系黒人女性と結婚します。
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この脚本(セッティング)は、ベン・アフレック監督が、現アメリカレイシストWASP政権へ贈った心ばかりのアイロニー・プレゼントと言って良いでしょう。
a0212807_3485425.jpg他にエル・ファニング(1998~、何と云っても「ロウダウン」のエイミー役は、すばらしい!)、シエナ・ミラー(1981~、2016年映画「ハイ・ライズ」)が、出演し好演しています。
by blues_rock | 2017-10-12 04:12 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
セオドア・メルフィ監督(1971~)は、コマーシャル・フィルム(CF)出身のベテラン監督で、これまでに100本を超えるCFを制作しています。
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メルフィ監督(製作・脚本)の長編最新作「ドリーム」(原題「Hidden Figures」隠された数値)は、マーキュリー計画 (1959~1963)と呼ばれアメリカが、国を挙げて取り組んだ有人宇宙飛行計画を陰で支えた(たいへん重要なa0212807_16145091.png役割を果たした)実在の黒人女性3人をモデルに描いたノンフィクション伝記映画です。
オーストラリアのベテラン女性撮影監督マンディ・ウォーカー(1963~)が、メルフィ監督のテンポの好い演出を受けて当時の実写映像(ニュースやドキュメントフィルムなど)も交え、主人公となる黒人女性3人の過去をセピア色、彼女たちの現在a0212807_16162314.jpg(1960年代)をカラーで撮りドラマの展開にメリハリを付けています。
「ドリーム」の原作、ノンフィクション小説の「Hidden Figures」を脚本と演出のメルフィ監督は、当時アメリカの国家的大事業であったマーキュリー有人宇宙飛行計画を頭脳の最先端NASAラングレー研究所ですらある‘人種差別(レイシスム)’に曝されながら数学の天才キャサリン・G・ジョンソン(タラジ・P・ヘンソン a0212807_1617088.jpg1970~)、計算能力の逸材 ドロシー・ボ―ン (オクタビア・スペンサー1972)、最先端宇宙工学技術の秀才メアリー・ジャクソン(ジャネール・モネイ 1985~、2017「ムーンライト」出演)3人の黒人女性たちが、全身全霊、使命と愛国心に燃え逆境に曝されつつNASAラングレーで大活躍した様子を脚色も交え楽しく見せてくれます。
a0212807_16204033.jpg白人の有人宇宙飛行計画本部長アル・ハリソン(ケビン・コスナー 1955~)が、数学者キャサリンの高い能力を信頼し衛星軌道の数値報告を待っているのに彼女の姿の見えないのは、職場に白人専用トイレしかなくいつも800㍍離れたビルにある黒人用トイレまで行っているためと知り激怒(怒り心頭) ‥ 白人専用トイレのプレートをハンマーで叩き壊すシーン、NASAラングレー研究a0212807_16215696.jpg所スタッフの人事を仕切るスーパーヴァイザーの白人女性ビビアン・ミッチェル(キルステン・ダンスト 1982~、「スパイダーマン」シリーズ3作でブレイク、「ミッドナイト・スペシャル」に出演、「メランコリア」でカンヌ国際映画祭女優賞を受賞)とコンピューターのない時代優秀な計算能力を有する黒人女性たち20名のリーダー黒人女性ドロシー・ボ―ン(オクタビア・スペンサー)とa0212807_1623630.jpgの確執と和解、とくにラストの和解シーンは、必見です。
話は、前後しますが、映画の前半、優秀な宇宙工学エンジニアのメアリー(ジャネール・モネイ)は、NASAラングレーの職場に就くなり、人工衛星の大気圏再突入実験に呼ばれ実験室内で衛星を触り断熱パネルが、剥離する可能性を指摘するも実験は、続行され衛星の断熱パネルが、彼女の指摘通り剥離するシークエa0212807_1623493.pngンスも笑えます。
ロケット打上げ直前になりキャサリンの関わらない人工衛星軌道数値の狂いが、発見されると搭乗するグレン宇宙飛行士(グレン・パウエル)は、「キャサリンが、オーケーしたら出発する」と管制センターに伝え彼が、数学者キャサリンの能力を高く評価していることを示唆するシーンなども人の信頼関係とは、こんなことだろうなとホロリとさせられます。
a0212807_1625238.jpg見どころは、他にもたくさんありますが、これから現在公開中の「ドリーム」を見ようと思う方は、こちらのオフィシャルサイトをご覧ください。
by blues_rock | 2017-10-10 00:10 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_2210117.jpgこのところアメリカ映画は、アンチ・レイシスム(反人種差別)をプロットにした映画が、アホウな大統領を担ぐレイシストらのWASP政権と卑怯卑劣なKKKなどその支持者たちへのプロテストのように製作されています。
今年(2017年)の年明けから映画のテーマや時代設定は、それぞれ異なるものの「ラビング 愛という名のふたり」、「ニュートン・ナイト」、「夜に生きる(リブ・バイ・ナイト)」と、白人と黒人(や有色人種)との友情・愛・結婚を描いた新作映画が、次々に日本公開されています。
「ラビング」は、気鋭の若手監督ジェフ・ニコルズ (1978~、2012年「テイク・シェルター」、2014年「MUD マッド」、2016年「ミッドナイト・スペシャル」すべて秀作)の最新作です。
a0212807_22113149.jpg今からわずか60年前、1958年のある夜、ラビング夫妻は、自宅寝室で睡眠中に突然侵入して来た保安官に逮捕されました。
逮捕の理由は、“二人が結婚したこと”にありました。
当時、アメリカ南部のほとんどの州で異人種間の結婚が、禁じられているなか、バージニア州のレンガ職人リチャード(ジョエル・エドガートン 1974~)は、白人であるにも関わらず幼馴染a0212807_2212174.jpgで黒人の恋人 ミルドレッド(ルース・ネッガ 1982~)と州外の異人種間の結婚が、認められているワシントンD.C.で結婚しました。
しかし、故郷のバージニア州に帰ると異人種間の結婚したため犯罪者として逮捕されました。
愛し合う二人にとって別れることなど考えられず二人は、家族のいる故郷バージニア州を捨てワシントンD.C.で暮らすことにしました。
a0212807_22151843.jpgしかし、子供3人に恵まれたものの望郷の念断ちがたく友人のアドバイスもありミルドレッドは、人種差別撤廃の公民権を推進するロバート・ケネディ司法長官に「愛する夫リチャードと生まれ故郷のバージニア州で夫婦一緒に暮らしたい」と嘆願の手紙を書きました。
1967年6月12日、この驚くべき前近代的な「結婚は犯罪」の悪法は、アメリカ合衆国連邦最高裁判所によって廃
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止され、すべての異人種間の結婚が、合法となりました。
それを記念して毎年6月12日は、‘Loving Day’という記念日になりました。
a0212807_22182468.jpgこの実話に感銘を受けた名優コリン・ファースが、プロデューサーを買って出てジェフ・ニコルズ監督により映画化されました。
ニコルズ監督は、ただ只管(ひたすら)自分たちの愛を貫いたラビング夫妻の慎ましくも美しい人生に敬意を表し慈しむかのように丁寧に撮っています。
by blues_rock | 2017-10-06 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
社会派の巨匠オリヴァー・ストーン(1946~)は、これまでベトナム戦争の現実をストレートに発表した三部作、1986年の「プラトーン」、1989年の「7月4日に生まれて、1993年の「天と地」、ならびに実在の(元)アメリカ大統領をプロットに描いた、例えば、1991年の「JFK」では、ケネディ大統領暗殺の事実隠蔽と国家秘密機関の関与へ
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の疑念を呈したり、他にニクソン、ブッシュ(息子)両大統領の内幕(暗部)を描いたり(大統領三部作)と筋金入りの社会派映画監督ぶりを発揮してきました。
古希を過ぎてもオリヴァー・ストーン監督に老いの兆候微塵もなく、最新作「スノーデン」では、言論の自由を尊a0212807_1550548.jpgぶアメリカ市民には、その勇気ある行動を社会正義のヒーロー(内部告発者)として絶賛され、反対に国家主義の愛国者にとり断じて許せぬ裏切り者(情報漏洩者、反アメリカのスパイ)として国民の意見を二分する現在34歳の元CIA・元NSAのスタッフ、エドワード・スノーデン(1983~)が、アメリカ政府から“国家反逆罪”その他の罪状でアメリカ国籍を剥奪され国外へ逃亡(現在難民として妻リンゼイとモスクワに滞在)するまでをドキュメンタリータッチで描いています。
a0212807_15513079.jpg筋金入りの社会派映画監督ストーン監督が、真骨頂を見せたは、正しくこの「スノーデン」で、オバマ大統領時代に発覚したアメリカ国防総省の諜報機関 アメリカ国家安全保障局(NSA)が、アメリカ自国民は、おろかアメリカ議会の議員、政府機関の首脳ならびに幹部、敵(対立国)味方(同盟国)問わず外国の大統領および首相の電話・メールを盗聴していたという事実(実話)を映画化したことです。
a0212807_15521714.jpg2013年6月、イギリスのガーディアン誌が、アメリカ政府(NSA)は、極秘で世界同時監視プログラムを駆使し世界中の政府機関と要人、民間企業、そして国民ひとり一人を監視しているという事実をスクープ(暴露)しました。
ガーディアン誌にその情報を提供したのが、アメリカ国家安全保障局(NSA)の契約職員であった当時29歳の青年エドワード・スノーデンでした。
自由の国アメリカを心から愛する平凡な若者のスノーデン(彼は、リバタリアン=個人の自由至上主義者とa0212807_15524541.jpg推察)が、なぜ輝かしいキャリアと愛妻リンゼイとの幸せな人生を捨ててまで世界最強の情報機関(NSA)に反旗を翻し暴露(内部告発)したのか、スノーデンは、国家が、テロリストの監視を名目に全世界の個人を監視しているという事実に愕然とし、未来社会への危機感を募らせていく様子をストーン監督は、手際(キレ)のよい演出で描いています。
エドワード・スノーデンを演じるのは、本人と雰囲気の良く似たジョゼフ・ゴードン=レヴィット(1981~)、妻のリンa0212807_15544580.jpgゼイをズーイー・デシャネル(1980~)、香港に滞在しているスノーデンに密着取材してドキュメンタリー映画「シチズンフォー(スノーデンの暗号名)」を制作したローラ・ポイトラス監督役にベテラン女優メリッサ・レオ(1960~)、密かにスノーデンと気脈を通じ彼に適宜アドバイスする反骨のシステム研究員ハンク役を名優ニコラス・ケイジ(1964~)が、脇を固めています。
ストーン監督は、リバタリアニズム(個人の自由至上主義)を信奉するエドワード・スノーデンが、国家の悪辣なa0212807_15571423.jpg行為に幻滅していく様子を丁寧に描いています。
スノーデンは、表向きデルの社員として横田基地内にある日本のNSA本部に2年間勤務、そこで日本政府 中でも内閣府・財務省・日本銀行、主要な国会議員・大手企業を監視していました。
スノーデンが、そのことを暴露したにも関わらず日本政府は、アメリカ政府に抗議すらせず「それが事実なら遺憾」のコメントを出しただけ‥で終わりました。
a0212807_15574438.jpg日本に在るアメリカ軍基地は、沖縄の37を筆頭に135か所です。(下図参照)
「思いやり予算」と称して国税で年間 1兆円(国民一人当たり1万円相当の税金)をアメリカ政府に在日アメリカ軍基地と施設の人件費や維持管理費(軍資金)を支出しアメリカに貢献している日本国民すら‘ターゲット・トーキョー’として執拗に監視していることにスノーデンは、たいへん驚きました。
NSAの監視は、「敵・反対者」に限らず、信頼できる協力者やまったく無関係な人たちまで対象にしている(スa0212807_1663274.pngノーデン談)とか、その監視システムが、「監視されても構わない」と思う人たちさえ執拗に追い回し、もし必要ならいつでも、その人物の個人情報を「危険人物」に変えられる(書き換えできる)ところに真の危険は、存在します。
とくにスノーデンの横田基地回想シーンで日本が、同盟国でなくなり敵になったときアメリカ軍は、日本の情報通信システムと ‘IoT’ インフラのすべてを乗っ取れるサイバー攻撃用のマルウェアを密かに仕掛けているとスノーデンが、告白したことをストーン監
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督は、この映画で映像にして見せてくれます。 (上図 : 日本にあるアメリカ軍基地と施設)
日本列島から電気が、全部消えていくシーンは、まさしくデストピア(地獄の未来)、身の毛が、よだつ思いです。
by blues_rock | 2017-10-04 00:04 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
私は、あまりミュージカル映画を見ませんが、2016年のミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」(La La Land)は、ライアン・ゴズリング(1980~)が、歌い踊るので興味津々 ‥ の好奇心で見ました。
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監督は、デイミアン・チャゼル(1985~)で、2014年作品「セッション」が、高く評価され俊英監督として一躍注目を浴びました。
a0212807_3585172.jpg映画のタイトル「La La Land」は、‘現実から遊離した精神状態’ を意味、さしずめ毎日 ‘夢見心地’ で生きているような人たちを指し、さらに映画の舞台のLa=LAロサンゼルスとダブルミーニングさせています。
チャゼル監督は、ハーバード大学時代、バンドのドラム奏者だったようで前作「セッション」もそうでしたが、新作の「ラ・ラ・ランド」でも映画は、ノリの好いドラム演奏のよa0212807_411319.jpgうなテンポで展開していきます。
これは、チャゼル監督のワンテイク(ワンカット=ワンシーン)撮影が、映画の構成をスムーズにしているからだろうと私は、思います。
ミュージカルは、音楽が命、音楽監督のジャスティン・ハーウィッツ(1985~、「セッション」の音楽監督)は、ハーバード大学でチャゼル監督とバンドを結成していた仲(盟友)なので気心も知れ、主人公のa0212807_423398.jpg無名のジャズ・ピアニスト セブ役のライアン・ゴズリング(1980~)と女優を夢見るウェートレス ミア役のエマ・ストーン(1988~)の歌と踊り(二人とも派手さはないがなかなか上手い)を通して古き良き時代(ベル・エポック)のセンチメンタルなミュージカル映画の秀作にしました。
a0212807_432546.jpgそれをスウェーデンの名撮影監督 リヌス・サンドグレン(1972~)が、ノスタルジィックな雰囲気の色彩豊かなシネマスコープサイズの大きな映像で撮影しています。
2017年1月に発表されたアカデミー賞では、監督賞・作曲賞・歌曲賞・撮影賞・主演女優賞・美術賞の6部門で受賞(13部門にノミネート)するという快挙を成し遂げました。
a0212807_44222.jpg映画のプロットは、将来を夢見る無名の若い男女が、ロサンゼルスの冬の街で出会い(プロローグ)、二人は、紆余曲折あった後、それぞれ自分の夢を叶えるも5年後に冬のロサンゼルスで偶然再会、そして別れる(エピローグ)という往年のハリウッド映画へのオマージュのようなセンチメンタルかつロマンティックなアメリカン・ドリームを描いたミュージカル映画です。
a0212807_464234.jpg映画のラスト、1時間59分からエンディング・クレジットに入るまでの1分くらいのラストシーンは、5年ぶりに偶然再会したセブとミアの二人が、言葉もなく見つめ合い、お互い相手への愛情を伝えるように、やさしく微笑むシーンは、名エンディングシーンとして映画史に残ると思います。
a0212807_471592.jpg余談ながら、ミアのルームメイト役で、私の好きなイギリス日系女優 ソノヤ・ミズノ(1988~ 2015年「エクス・マキナ」に出演)が、オーディションに落ちて元気のないミアをパーティに誘う冒頭のシークエンスに登場、ミア(エマ・ストーン)を入れた4人のルームメイト(上から2番目の写真で黄色いドレスがソノヤ・ミズノ)と踊り歌うシーンは、バレーダンサーだけあって踊りが、ダイナミックなので印象に残りました。
by blues_rock | 2017-10-01 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
ジョージアの奇才映画監督 オタール・イオセリアーニ(1934~)の最新作(2015)「皆さま、ごきげんよう(原題「冬の歌(CHANTD’HIVER)」は、御歳81才の時の作品で自ら監督・脚本・編集さらに出演と見事な活躍ぶりです。
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映画のプロットたるやフランス革命期の血なまぐさいパリから戦争の惨禍が、生々しいコーカサスへ移り、そしてまた現代のパリへ戻ってくるという不条理劇です。
a0212807_23404987.jpg映像から迸(ほとばし)る陽気でシュールレアリスムあふれる感性は、イオセリアーニ監督の自由自在な精神の証(あかし)です。
映画は、現代の治安の悪いパリから始まります。
アパルトマンの管理人ながら武器商人の男と骸骨集めが、趣味の人類学者は、腐れ縁で結ばれた悪友同士でした。
a0212807_2343322.jpg二人の回りには、覗き趣味の警察署長、ローラースケートの強盗団、黙々と家を建てる男、気ままに暮らすホームレスなどヘンテコな人たちが、集まっていました。
ある日、警察の取り締まりによって公園のホームレスたちが、追い出されるという緊急事態に彼らは、一致団結して立ち上がりました。
a0212807_23435421.jpg映画の物語は、フランス革命時代、コーカサスのどこかの戦場、現代のパリへと変転しながら展開していきます。
たとえ時代や場所が、違っても人と人は、必ず繋がっているよ、と言っているオセリアーニ監督の声が、映画を見る者の耳に聴こえて来るようです。
時代が、移ろっても変わることのない繰り返される人の日々の営み、場所は、変わっても争いや略奪、犯罪が、a0212807_2345533.jpg決してなくなることはなく、それでもあふれんばかりの愛や友情、希望もあり、寒い冬の後には、必ず花の咲き乱れる春が、やって来る、明けない夜はないよとばかり、混沌(こんとん)とする人間社会の不条理をオセリアーニ監督は、反骨精神たっぷりにセンスの良いユーモア(風刺の効いたエスプリ)で軽やかに笑い飛ばしていa0212807_23455750.jpgます。
映画は、シリアスにしてブラックな人間喜劇(バーレスク=風刺喜劇)ながら人間社会が、矛盾に満ちてロクでもなくても生きる値打ちは、あるよ、生きていれば、友だちと酒が、飲めるし、音楽も聴けるじゃないか ‥ とアイロニーたっぷりの甘美なスペクタクルが、展開していきます。
a0212807_23475186.jpg映画に出演している俳優で私が、知っているのは、黙々と家を建てる男を演じるマチュー・アマルリック(1965~)くらい、この映画の主人公でアパルトマン管理人の武器商人、ギロチンで首をはねられる中世の男爵、体中に刺青を入れた従軍司祭など、いくつもの印象的なキャラクターを変幻自在に演じているリュファス(1942~)ならびに骸骨コレクションが、趣味の人類学者を演じるアミラン・アミラナシュヴィリ(1955~)このお二人の出ている映画は、初めて見ましa0212807_2348375.jpgたが、旧き良き時代の喜劇(笑い)を体現、私は、上手いなあ ‥ と感心しながら映画を見ていました。

(右写真 : カメラ・スタッフと打合せる撮影中のオタール・イオセリアーニ監督)
by blues_rock | 2017-09-29 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
アンスティチュ・フランセ今月(9月)の映画は、フランス医療現場をシリアスに描いたヒューマンドラマ「ヒポクラテスの子供たち」(2014年製作、原題「Hippocrate」)でした。
この映画が、長編2作目となる若手監督トマ・リルティ(1976~)は、医者であり映画監督の今でも医療に携わり
a0212807_731576.jpg医者を続けているので映画のプロット(=フランス病院の医療現場)にリアリズムが、あります。
とくに、日本でも時どき社会問題になる「病院(医者)の医療ミスとその事実の隠ぺい」(内部告発か 家族の告訴以外 ほとんど全部隠ぺいされている)ならびに尊厳死(安楽死)の問題についてのリルティ監督の脚本と演出は、秀逸です。
フランス社会の弱者である移民労働者についても世界中に植民地を所有していたフランスは、いまでも人種差別の国であることが、この映画から良く分かります。
余談ながら7つの海を支配したイギリス(大英帝国)の人種差別は、差別というより‘区別’(階級)であり、アメリカの人種差別(レイシズム)が、隔離政策(抑圧と分離=奴隷制度)であること、日本社会にも旧く(江戸時代)は、士・農・a0212807_7333753.jpg工・商の身分制度とさらにその下の穢多(えた)・非人(ひにん)と徹底した階級階級で同じ民族ながら身分を越えて結婚どころか交流もできませんでした。
近代日本でも明治時代すでに在日中国人(華僑の子孫)とか、在日朝鮮人という扱いで移民問題は、顕在化しており、古代日本の大和国と朝鮮半島西南の百済国の連合軍が、663年の‘白村江の戦い’で古代中国の唐と朝鮮半島東南の新羅国に大敗、その時大和国は、国家消滅した百済国から難民(移民a0212807_7345496.jpg=朝鮮民族)を大量に受け入れおり、古代日本にすでに大勢の外国人移民が、いました。
現在日本は、未曾有の少子高齢化社会となっており、その対応のため今後(もうすでにかも)大勢の外国人移民が、日本社会の一員となっていくと思います。
閑話休題、フランス社会の移民問題から脱線、話を映画「ヒポクラテスの子供たち」に戻します。
a0212807_7353340.jpg医者見習いのインターン バンジャマン(ヴィンセント・ラコステ 1993~)は、父バロワ教授(ジャック・ガムブリン 1953~)が、院長を務める内科医療センターで実習として働き始めました。
白衣を着て医師として現場に出るや彼は、すぐに様々な難局に直面しました。
バンジャマンの同僚で先輩インターンのアブデル(レダ・カテブ1977~)は、医療の知識と臨床経験豊富なベテランの医師見習いですが、フランスの旧植民地アルジェリア出身なので差別され医師になれないうえ、安い賃金に過酷な労働a0212807_739241.jpg条件(住居も病院内の古い空き部屋)で働いていました。
バンジャマン当直の夜、アルコール中毒者が、腹痛のため急患として入院するも心電図モニターの故障により心電図を録らず急きょ鎮痛剤を投与し安眠させました。
ところが翌朝、この患者が、死亡しており、バンジャマンの上司医師(マリアンヌ・ドゥニクール 1963~)は、カルテを見て、すぐに医療ミスに気づき、この事実を隠ぺいするため彼にカルテ改ざんの口裏を合わせるよう命じました。
a0212807_8115332.jpg医療経験豊富なアブデルは、医療ミスを疑います。
突然亡くなった患者の妻も治療経過の説明を求めました。
バンジャマンは、医師としての将来に不安を覚える中、集中治療室のベッドに横たわり激痛に苦しみながら死を待つ末期ガン患者の老女から「痛みが、苦しく耐えられない。 どうか私の延命治療は、しないで欲しい。」と訴えられ、家族からも苦しませないで欲しいと要請されました。
a0212807_8312690.jpg人間の尊厳と法律のどちらが、優先されるべきか ‥ バンジャマンは、アブデルに相談しました。
アブデルは、治る見込みのない末期ガン患者が、集中治療室のベッドの上で管につながれ苦痛に喘ぎ苦しんでいるのを見ているのは、不正義で、解放してあげるべきという医師としての信念を バンジャマンに伝えました。
フランスは、法律で ‘尊厳死(安楽死)’ を認めていませんが、(日本も同じながら)バンジャマンは、病院の方針a0212807_8143299.jpgに逆らってアブデルと二人で集中治療室の人工生命維持装置のスイッチを切りました。
しかし、病院(理事会)の処分が、外国人(アルジェリア国籍)インターン アブデルの処分は、重く医師としての未来が、断たれ、患者の担当医であった自分の処分は、院長の息子ということもあり軽い処分(情状酌量)でした。
これにバンジャマンは、怒り反発、心電図モニター確認もれの医療ミス事故死と併せ、安楽死させた患者二人の死は、自分の責任だと宣言しました。

by blues_rock | 2017-09-25 00:25 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
ドーソン船長は、ダンケルクに向かう途中、Uボートに撃沈された船の上でうずくまるキリアン・マーフィー(1976~)演じるイギリス兵を救出しますが、死の恐怖に怯える彼は、命を救ってもらったにも関わらずダンケルクへ行a0212807_1615098.jpgくことに暴れて抵抗します。
海の上空から敵の戦闘機が、突如攻撃して来る中、義侠心からダンケルクを目指すドーソン船長と次男(トム・グリン=カーニー 1995~)、同行した17歳の少年(バリー・コーガン 1992~)の一日を同時進行で描いていきます。
さらに、ダンケルクの上空を縦横無尽に飛び交う敵の戦闘機メッサー・シュミットと空中戦(ドクファィト)するトム・a0212807_1632154.jpgハーディー(1977~)演じるイギリス空軍パイロットの戦闘機スピットファイアは、隊長から帰還燃料を残すよう命令されていたものの隊長機の撃墜により自らの判断で、ダンケルク海岸で救援を待つ40万将兵を救うために、メッサー・シュミットと戦い続け、燃料切れにより海岸に不時着し敵の捕虜となるまでの1時間を描き、このa0212807_164713.jpg三つの出来事を軸にして、さらに細やかなエピソードが、重なりドラマは、展開していきます。
ノーラン監督の戦争のレアリズムのこだわりは、半端でなく、78年前の1940年5月、戦場であったダンケルクの海岸(陸)に、6千人余のエキストラを集め、海には、当時の軍艦や古い船を浮かべ、空では、当時最新鋭であった戦闘機イギリス空軍a0212807_1643430.jpg自慢のスピットファイアと日本のゼロ戦と並び称された高性能を誇るナチスドイツのメッサー・シュミットの実物を飛ばし、激しい銃撃戦(ドクファイト)を繰り広げるというダンケルクの陸海空が、戦場であった一部始終をIMAXカメラの70㍉フィルム(通常70㍉スクリーンより上下各2割計4割ワイド)で実写しているので、その緊張感と超弩級の迫力は、並大抵ではa0212807_1684867.jpgありません。
映画職人気質の(映像作家のような)ノーラン監督の斬新な演出が、今までの戦争映画にはない(月並みな戦争スペクタクル映画ではない)、史実のリアリティにサスペンスとスリラーの緊張と恐怖を重ね合わせ、当時のダンケルクに居なかった観客にも「戦争の不条理な状況と戦場の理不尽さ」を疑似体験してもらいたいというのが、ノーラa0212807_1610148.jpgン監督のコンセプトだろうと私は、思います。
映画の終盤、救援を待つ間、桟橋で疲労し眠っていた二等兵が、目覚めて起き上がるとケネス・ブラナー(1960~)演じる撤退作戦の責任者であるイギリス海軍中佐は、「イギリスに向かう最後の船だ。何をしている、早く乗れ。」と命じ「まだフランス軍の救援がある。」と敵が、目前に迫る中、桟橋から救助船を見送るシーンは、そんな品格ある指導者が、絶滅した現在a0212807_16104454.jpg(いま)にあって、ノーラン監督「男の美学」であろうと推察します。
映画の冒頭に登場し「生き残るため」に右往左往しながら逃げ回り生き残った二等兵と最後まで何もしないで生き残った二等兵 ‥ クリストファー・ノーラン監督のメッセージは、「戦争で結局生き残るのは、運次第、助かる奴は、助かる、どうあがこうと戦場の命に特別な意味はない。自分a0212807_1611203.jpgは、そこにいたくない。」と言っているように思います。
ダイナモ作戦(ダンケルク大撤退)を命じた当時のイギリス首相チャーチルは、ダンケルクで救援を待つ連合軍40万将兵のうちイギリス将校ほか兵も合わせ3万人の救出を当初計画していたようですが、挙国一致の救援で33万5千人を救出しました。a0212807_1612514.jpg
‘IMAX’による音響を担当したドイツの名作曲家ハンス・ジマー(1957~)の思わず身を伏せ、息を凝らしてしまうド迫力の音の臨場感ならびにオランダの名撮影監督 ホイテ・ヴァン・ホイテマ(1971~)が、撮ったあまりにリアルな実写映像は、‘IMAX’初見参の私にとってただもう驚愕するばかりでした。
これから‘IMAX’の映画は、IMAXで見ようと思います。
(下の方から5枚の写真 : クリストファー・ノーラン監督と撮影現場の様子)
by blues_rock | 2017-09-24 00:24 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)