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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:映画(シネマの世界)( 762 )

a0212807_1731453.jpg同2003年のイギリス映画「ベロニカ・ゲリン」で演じたアイルランド実在の女性ジャーナリスト ベロニカ・ゲリンも秀逸でした。
新聞記者と同時に母親でもあるベロニカは、子供たちを蝕む麻薬犯罪組織に毅然と立ち向かい、脅迫に怯えながらも(麻薬犯罪組織を暴く取材をやめるよう諭す)夫に「私が、恐怖に震えていたと決して悟らせないで、奴らの思うツボだから」と言って報道を続け、麻薬ギャング組織に暗殺された主人公のベロニカ・ゲリンが、ケイト・ブランシェットに憑依したような入魂の演技が、胸を打ちます。
麻薬マフィアに惨殺されたベロニカの死でアイルランド国民が、立ち上がり法律を改正し麻薬犯罪組織のギャングらを国外追放しました。
a0212807_1782991.jpg2002年トム・ティクヴァ監督(1965~)作品の「ヘブン」も印象に残ります。
イタリアのトリノを舞台にした悲恋ロマンスの寓話(とくにラスト・シーン)です。
高校教師であったフィリッパ(ケイト・ブランシェット)は、麻薬中毒で夫と何人もの教え子を亡くし、国家憲兵隊(治安警察)に何度告発しても本部長と裏で繋がる表向き大企業経営者である麻薬組織ボスが、捜査されることはありませんでした。
フィリッパは、麻薬密売を止めるため窮余の策としてボスを時限爆弾テロで暗殺しようとしましたが、予期せぬ事態で、誤って父親と少女二人、50代の掃除婦の4人を殺してしまいました。
憲兵隊は、事件の前に実名で予告電話したフィリッパをすぐに逮捕しますが、彼女の自白をまったく信用せずa0212807_1792048.jpg(本部長が証拠隠滅)彼女は、テロ組織の一員にデッチあげられ、テロ組織の犯行と断定しました。
フィリッパは、麻薬組織のボスを暗殺できず無関係の善良な市民4人を犠牲にした罪の意識に苛まれました。
絶望と悲痛に苦しみ憔悴しながらも毅然として尋問に答えるフィリッパを見ていた若い憲兵隊員フィリッポ(ジョヴァンニ・リビシ 1974~)は、彼女を愛するようになりました。
フィリッポは、彼女を脱獄させ厳しい検問と捜査網を潜り抜けながら二人の逃避行が、始まりました。
ケイト・ブランシェットの丸坊主姿が、美しい映画です。
エストニアの作曲家アルヴォ・ペルト(1935~)によるサティを想わせるピアノの旋律だけの音楽も悲恋ロマンスの寓話をより切ないものにしています。
スウェーデンのラッセ・ハルストレム監督の2001年作品「シッピング・ニュース」で、ケイト・ブランシェットが、演じた淫乱悪女ぶりもお見事です。
オーストラリアの女性監督ジリアン・アームストロング(1950~)が、2001年に撮った作品「シャーロット・グレイ」もa0212807_17341112.jpg必見です。
第二次世界大戦下、イギリスの看護婦シャーロットは、空軍パイロットの恋人が、フランスを占領したナチスドイツ軍と戦闘中に行方不明となり、恋人を捜すため、イギリス諜報機関のフランスでの仕事を引き受けました。
フランスにスパイとして密かに侵入、街に溶け込み偽名を使いイギリス本国からの指示を受けながら、フランスのレジスタンス活動a0212807_17361188.jpgを支援しました。
たが、フランスのレジスタンス活動家には、多くの共産主義者もおり、情報が、ソ連に流れることをイギリス本国は、警戒していました。
スパイとして上手く地域に溶け込んだシャーロット・グレイでしたが、イギリス側にもソ連のスパイは、いました。
サム・ライミ監督の2000年サスペンス・スリラー(ホラー)映画「ギフト」では、霊能者だった家系(とくに祖母の血を色濃く)受け継a0212807_1741732.jpgぎ‘カード占い’で糊口をしのぐ(食料や日用品の差入れで生活する)シングルマザーのアニー役を繊細かつ表情豊かに(怯えや不安、苦悩、心の痛みなどの感情を)演じています。
アニーの霊感は、確かに強いものの心に深い痛手をもつ人や悩み苦しむ住人たちに‘カード占い’をしてカウンセリング(心療)してあげていました。
アメリカの片田舎には、迷信深い人も多く、無知・偏見・憎悪を込めてアニーを魔女と呼んで排斥していました。
a0212807_1743196.jpgアニーは、少女失踪事件というおぞましい事件に巻き込まれ、恐怖に慄きながらも、自分の良心に従い、勇気をもって真実に立ち向かうけなげな女性を名演しています。
ケイト・ブランシェットの名女優ぶりは、これから出演する作品で深耕され、彼女の名女優伝説もまたさらに厚みを増していくでしょう。
デンマークの名監督スザンネ・ビア(1960~)の新作「ザ・ディグ」をケイト・ブランシェットが、主演するとか、二人の熱烈ファンである私は、今から封切りされる日をドキドキしながら心待ちにしています。
by blues_rock | 2017-04-28 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
2007年の同じ年、ケイト・ブランシェットは、メキシコの映画監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(1963~)「バベル」に出演、主演ではありませんでしたが、印象に残る演技で存在感を示していました。
a0212807_12114026.jpgリチャード・エアー監督はじめスタッフ・キャストのほとんどをイギリス勢(ケイト・ブランシェットだけがオーストラリア)で固めて撮った2006年作品「あるスキャンダルの覚え書き」で見せた少年性愛者の中学教師シーバ役のハマりぶり(少年とのセックスシーンはさらりとしたものながらそのエロティックなリアリティは、凄い!)と、同僚のレスビアン老女性教師を演じたジュディ・デンチ(1934~)との演技バトルは、必見です。
1999年映画「理想の結婚」(監督・脚本 オリヴァー・パーカー 1960~)は、原作が、19世紀末のイギリス貴族社会を舞台にした作家オスカー・ワイルドの戯曲「理想の夫」です。
オスカー・ワイルドと云えば、この映画のキャッチ・コピーが、「嘘つきは、夫婦の始まり」とあるように希代のシニカリスト(辛辣な皮肉屋)なので、劇中の登場人物たち(貴族社会なので紳士・淑女たち)のセリフ(会話)すべてが、嫌味たっぷりでシニカル(冷笑的)ながらウィットに富み、ユーモアのセンス抜群なので、コメディ映画ではないのに、プッと吹き出したり、クスクス笑ったり、ニヤリとしたり ‥ 、知的なa0212807_1213070.jpg会話が、楽しめるおもしろいシャレた映画でした。
ケイト・ブランシェットは、夫を疑うことを知らない貞淑な貴族の妻を演じ、共演したジュリアン・ムーア(1960~)が、彼女の夫を翻弄するウィーン貴族の悪女を演じています。
二人は、ラッセ・ハルストレム監督の2001年作品「シッピング・ニュース」でも共演していますが、この時の二人の役柄は、この時と真逆で、ジュリアン・ムーアが、亡くなった夫を忘れられない貞節な妻を演じ、ケイト・ブランシェットは、男に奔放で家庭を顧みない悪妻(売春婦然とした淫乱な悪女ぶりは秀逸でした)を演じています。
「理想の夫」の劇中で 一人の淑女が、女性にもてる独身の少しトンチンカンな紳士に「見ると 見えるは、違うもa0212807_12175692.jpgの、美しいものが、見えない者には、ほとんどのものが、見えていない。」と暗に自分の想いをうちあけているのに気づかないシーンには、思わずニヤリとしてしまいました。
2006年スティーブン・ソダーバーグ監督作品「さらばベルリン」では、ナチスの優秀な科学者の妻でユダヤ人として生き延びるために娼婦となり、ユダヤ人同胞をゲシュタポに売ることも厭わない虚無にして退廃的な雰囲気を漂わせる女の悲哀を見事に演じていました。
2005年作品「リトル・フィッシュ」(ローワン・ウッズ監督、オーストラリア製作、日本では劇場未公開)では、若いころのヘロイン中毒を何とか克服しレンタルビデオ店のマネージャーとして働く女性トレイシーの悲哀を名演、何をするにも過去が、現在の自分に重く圧しかかり、その閉塞感から抜けa0212807_12235887.jpg出そうともがくも現実の奔流に流されていくリトル・フィッシュのような主人公トレイシーの心理(感情の動き)をケイト・ブランシェットは、絶妙に表現しています。
ヘロイン中毒を克服できずに母親と離婚して独り暮らしをしているゲイの父親をオーストラリアの俳優ヒューゴ・ウィービング(1960~ 1999年~2003年「マトリックス」シリーズ)が、哀切に演じています。
2004年作品「アビエイター」では、マーティン・スコセッシ監督の常連俳優レオナルド・ウィルヘルム・ディカプリオ演じる奇人変人の実業家ハワード・ヒューズの恋人であった往年の名女優キャサリン・ヘプバーン(1907-2003、アカデミー賞主演女優賞を4度受賞)の凛として姿を好演、アカデミー賞助演女優賞を受賞しています。
2003年ロン・ハワード監督作品「ミッシング」では、19世紀のアメリカ西部を舞台に家族を捨ててインディアン一族になった父親サミュエル(トミー・リー・ジョーンズ)が、許せない気丈な娘にして治療師マギー役を好演しています。
ある日、突然忘れたはずの父サミュエルが、二人の娘(サミュエルの孫)と暮らすマギーの前に現れます。
a0212807_12252457.jpgマギーは、憎しみも露わに父サミュエルを罵りました。
数日後、騎兵隊の脱走兵でインディアンの元兵士らによる人身売買団一味に長女リリーを誘拐されたマギーは、やむなくインディアンの知識に詳しい父サミュエルの助けを借りることにしました。
サミュエルとマギーそして次女ドットは、誘拐団一味を追跡しました。
に続く)
by blues_rock | 2017-04-27 00:07 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
オーストラリアの名女優 ケイト・ブランシェット(1969~)は、現在48歳ながら希代の名女優どころか、もはや伝説の名女優と称して良いくらいの偉大な存在です。
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ケイト・ブランシェットの新作を見るたびに 「生きたレジェンド 女優ケイト・ブランシェット」 を拙ブログの「シネマの世界」で書こうと思い続けて、もうずいぶん月日が、経ちました。
a0212807_11295253.jpg私は、これまでケイト・ブランシェットが出演した映画は、20作くらい(もっとも多いかもしれませんが憶い出せない)見ていますが、彼女の出演した映画に凡作はなく、すべて優れた作品(傑作・秀作)なので一作ずつ、その感動をお伝えしたいくらいです。
ケイト・ブランシェットが、主演しアカデミー賞 最優秀主演女優賞を受賞した「ブルージャスミン」の監督ウディ・アレンは、彼女を評して「天才をぴょんぴょん飛び越えるくらい偉大だ」と絶賛しています。
ケイト・ブランシェットの演技者(女優)としての凄味は、出演した映画の役柄に変身すること、まるで演じる人物が、ケイト・ブランシェットに憑依したような(演技とは思えないような)演技をするところです。
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その役柄が、終わると精根尽き果て魂の抜け殻のようになるのか、いつももう女優を辞めようと思うのだとか、ケイト・ブランシェットの演技には、全身全霊を感じます。
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例えるなら、やはり希代の名優ダニエル=デイ・ルイスに匹敵する役への憑依です。
最新作の「ニュースの真相」(ジェームズ・ヴァンダービルト監督、2016年8月公開)では、アメリカCBSテレビの報a0212807_11472689.jpg道番組「60minutes」で活躍した実在の名女性プロデューサー メアリー・メイプスを演じ、当時のブッシュ大統領の軍歴詐称(ヴェトナム戦争従軍回避のための州軍兵役偽装)番組に執念を燃やして真のジャーナリスト(CBSはブッシュ政権に屈して彼女を追放)を好演していました。
2015年作品「キャロル」で演じた主人公キャロルの品格ある毅然とした深層心理(心の深淵)を的確に演じられる女優は、ケイト・ブランシェットのほかにないと思います。
2013年作品「ブルージャスミン」もまた前述のウディ・アレン監督の評のように、ケイト・ブランシェット以外は、考えられないキャロルでしたしジャスミンでした。
2011年ジョー・ライト監督(1972~ 2005年「プライドと偏見」で監督デビュー)作品の「ハンナ」(新星シアーシャ・a0212807_11503035.jpgローナン主演)では、遺伝子操作で生まれた少女ハンナの抹殺を謀る冷酷非道なCIA工作員マリッサという敵役をニヒルかつクールに演じていました。
鬼才デヴィッド・フィンチャー監督(1962~)の2008年作品「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」では、年を経る毎に若返っていくベンジャミン・バトン(ブラッド・ピット)の恋人デイジーを演じ年月とともに老いていくデイジーの膝のうえで赤ん坊になったベンジャミンが、死んで逝くのを看取る役を愛情深く演じていました。
a0212807_115345.jpg巨匠リドリー・スコット監督の2010年作品「ロビン・フッド」では、ラッセル・クロウ(1964~)演じるロビン・フッドと共にイングランドに侵攻するフランス軍と戦う貴族の未亡人マリアンを凛々しく演じています。
ケイト・ブランシェットの容姿端麗な美貌と品格は、凛として敵と戦う不屈のヒロインや毅然と自立した女性の役に似合い、どんな役柄でも適役にしてしまうところが、(ケイト・ブランシェットの)凄いところです。
トッド・ヘインズ監督の2007年作品「アイム・ノット・ゼア」でケイト・ブランシェットが、見せた‘ボブ・ディランぶり’は、ノーベル文学賞詩人ボブ・ディランも真っ青のボブ・ディランでした。
2007年には、インド出身のシェーカル・カプール監督が、撮った歴史スペキタクル映画「エリザベス ゴールデン・
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エイジ」に出演、前作の1998年作品「エリザベス」と併せ2作の初代エリザベス女王(エリザベスⅠ世 1533~1603)を演じました。 (上写真 : 左 ケイト・ブランシェットのボブ・ディランと右 ボブ・ディラン本人)
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期待に違わずケイト・ブランシェットの凛とした世界(七つの海)に君臨した女帝エリザベスⅠ世の毅然とした迫力のある演技は、見事でした。 (に続く)
by blues_rock | 2017-04-26 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)

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イタリア・ネオレアリズモの巨匠ヴィットリオ・デ・シーカ監督(19011974)が、1970年に発表した悲哀ロマンス映画「ひまわり」のテーマ音楽は、アメリカの名映画音楽作曲家ヘンリー・マンシーニ(19241994、アカデミー賞を3度受賞)の代表的な曲です。

映画のクライマックスに登場するスクリーンいっぱいに広がるひまわりの大平原にこの曲が、重なるとイタリアを代表する名優マルチェロ・マストロヤンニ(19241996)と同じく大女優ソフィア・ローレン(1934~)さらにロシア(当時ソ連)の美人女優リュドミラ・サベーリエワ(1942~バレリーナ)の哀しい愛の物語に何度映画を見ても涙してしまいます。
ひまわりの大平原シーンは、旧ソ連のウクライナ、ヘルソン州(クリミア半島の北)で撮影されました。


by blues_rock | 2017-04-23 00:23 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
オーストラリアの新鋭ガース・デイビス監督、初めての長編映画が、現在KBCシネマで公開中の「ライオン 25年目のただいま」です。
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長編映画にデビュー(初監督)し、いきなりこの「ライオン 25年目のただいま」のような‘質の良い作品’を撮れる才能ある若手監督は、そう多くないと思います。
a0212807_821387.jpg映画の原作は、サルー・ブライアリー(1981~、右写真)が、自分の実体験を綴ったノンフィクション自伝「25年目のただいま~5歳で迷子になったぼくと家族の物語」で、この実話をリアルに再現した映画です。
1986年、5歳のサルウ(子供時代、サニー・パワール 2009~、成人になりデブ・パテル 1990~)は、西インド、ヒンディー地方の炭鉱がある田舎町カンドワで文盲のa0212807_833663.jpg母親と兄妹3人、貧しいながらも幸せに暮らしていました。
ある日、兄と出かけたサルウは、駅のベンチで待つよう云われていたものの帰らない兄を待つうちに止まっていた回送列車の中で眠ってしまいました。
無人の回送列車は、2日2晩山岳地帯の見知らぬところを走り続け1,600㌔離れた東インド(ベンガル地方)の港湾都市コルカタ(カルカッタ)に着きました。
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道行く人たちに5歳の幼いサルウは、‘迷子’であることを必死になって訴えるもののヒンディー語しか話せないサルウの言っていることが、ベンガル語のコルカタ市民には、理解できませんでした。
a0212807_891144.jpg映画の前半は、幼いサルウのサバイバルが、描かれ、5歳の幼いサルウに降りかかる波乱万丈のエピソード(自伝にある実話)を挿入しながら展開していきます。
後半は、コルカタで路上生活している(ストリートチルドレンの)5歳のサルウが、孤児院に保護されタスマニアに住むオーストラリア人夫婦の養子になり、大切に育てられメルボルンの大学に進学しました。
a0212807_8112629.jpgサルウは、成長するにつれインドのどこかで自分のことを想い暮らしている実の母と兄妹のことが、気になるようになり、きっと ‘迷子’ になった自分を捜しているに違いないと思い始めていました。
ある日、パーティに招かれた家で幼いころ好きだったインドの揚げ菓子を見て微かな記憶が、よみがえり兄と別れたおぼろげな駅の名前と近くの給水塔を思い出しました。
a0212807_8125739.jpgサルウと同じ大学のインド人留学生が、記憶の断片を「Google Earth」で検索し辿(たど)っていけば、分かるかもしれないとサルウにアドバイスしました。
その日からサルウは、憑かれたように「Google Earth」を駆使しコルカタまでの列車の推定スピードや乗っていた日数(時間)から距離を割り出しながら、おぼろげな自分の記憶にある駅名とその近くの給水塔を捜しました。
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映画は、サルウに残る幼いころの記憶の断片をフラッシュバックさせながら、養子になった時から自分を大事に育て愛してくれた養母スー(ニコール・キッドマン 1967~)の心情やサルウを支える恋人ルーシー(ルーニー・
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マーラ 1985~ 「ドラゴン・タトゥーの女」、「キャロル」)の愛情も丁寧に描かれています。
突然いなくなった幼い息子が、帰って来ることを信じ、どこへも行かず25年間待ち続けた実母カムラ(プリヤン
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カ・ボセの母親役も秀逸 下段写真)、何よりこの映画で特筆すべきは、5歳の幼いサルウを演じた当時5歳のサニー・パワールが、映画の前半に見せる圧倒的な存在感(リアリズム)で必見です。
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オーストラリアの撮影監督グリーグ・フレイザー(1975~ 「ゼロ・ダーク・サーティ」)が、「Google Earth」 の検索機能をドラマの道具立てにして見せる衛星画像や俯瞰ショット(ズームアウト、ロング)のカメラワークも秀逸です。
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ちなみに映画のタイトル「ライオン 25年目のただいま」のライオンは、ヒンディー語で「シェルゥ」と言うのだとか、幼いサルウが、人から名前を訊ねられたとき自分の名前「シェルゥ(ライオン)」を正しく発音できず、「サルウ」と
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答えたことに由来し「サルウ(シェルゥ=ライオン) 25年目のただいま」となりました。
by blues_rock | 2017-04-22 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
a0212807_19403592.jpg映画監督デビューから半世紀(50年)、真にリベラルにして社会派の映画監督であるイギリスの名匠ケン・ローチ監督(1936~)の最新作「わたしは、ダニエル・ブレイク(I, Daniel Blake)」でもローチ監督は、90歳になった今も筋金入りの強靭な、鋼(はがね)のような精神力を見せ敬服いたします。
製作のレベッカ・オブライエン(1957)、脚本のポール・ラバーティ(1957)、撮影のロビー・ライアンなどケン・ローチ監督あうんの常連組なのでローチ監督の演出は、年齢を感じず生き生きとしています。
「わたしは、ダニエル・ブレイク」は、「麦の穂をゆらす風」に続きローチ監督にとってカンヌ国際映画祭2度目の最高賞パルムドールを受賞となりました。
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映画のプロットは、イギリスの失業者や移民などの貧民層を取り巻く劣悪な社会環境やイギリス保守党政府が、強行する反福祉政策の現実を実話に基づいたストーリーで構成しつつもドキュメンタリーのようなカメラワーa0212807_19524646.jpgクにより映画は、リアリティに徹しています。
だからと云って映画は、金切り声をあげて声高に叫ぶのではなく、静かな視線で社会の底辺であえぐ弱者が、生きていくのに最低眼必要な食料やライフラインなど経済的なこと、持病を抱えた人たちの健康のことなど人間としての権利を奪われ追い詰められていくイギリスはおろか世界共通の貧困の現状を描いています。
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ローチ監督は、2014年の秀作映画「ジミー、野を駆ける伝説」を最後の作品と引退宣言していましたが、冒頭でもご紹介したとおり、鋼(はがね)のような筋金入りの正義感の強いローチ監督は、いまイギリスやEU始め世界a0212807_19544681.jpg中に蔓延している差別や階級格差、貧困にあえぐ人々の窮状を見過ごすことが、できず弱者同士の助け合いで‘何かが変わる’という普遍的なメッセージを伝えるためまるで遺言のような新作「わたしは、ダニエル・ブレイク」を撮ったのだろうと私は、推察いたします。
a0212807_19553996.jpg映画の主人公ダニエル・ブレイクは、イギリス北東部のニューカッスルで精神疾患のある妻を看病しながら40年間大工として働きうち妻も亡くなり、自分の心臓病が、悪化すると主治医のドクターストップで大工として働けなくなりました。
そのためダニエルは、失業保険の申請に職安へ行くと官僚的なスタッフから仕事を捜すよう冷たく言われました。
a0212807_1956936.jpg長年、大工として働いてきた誇りと自信をもつダニエルは、爆発しそうな怒りを抑え静かに「大工として40年働き税金も納めてきた。 これからも大工として働きたいが、心臓病のため働けないので失業保険の申請に来た。」と伝えました。
それなら福祉センターへ行き、国の生活支援制度の申請をするようたらい回しされました。
ダニエルが、福祉センターに行くと今度は、「あなたは、働けるはずです。 就労活動をした証拠書類の提出と(パソコンのできないダニエルに)PCサイトの様式により生活支援の申請をしてください。 こちらから後日連絡します。」とけんもほろろの回答で門前払いされました。
a0212807_19574831.jpgここでも冷静に行政スタッフとの交渉に臨んでいたダニエルでしたが、若いシングルマザー ケイティ(ヘイレイ・スクワイアズ 1988~)と2人の子供の移民家族への官僚的な態度を見たダニエルは、ついに堪忍袋の緒が、切れました。
妻を亡くし 一人暮らしのダニエルと移民のケイティ家族は、隣人として助け合ううちに親しくなりますが、ダニエルもケイティの家族もともに厳しい社会のa0212807_19595087.jpg現実に追い詰められていきました。
ダニエル・ブレイクを演じるコメディアンのデイブ・ジョーンズが、長編映画初出演ながらリアリティある秀逸な演技を披露、社会の底辺で、貧しくとも誇り(=自尊心)を失わず真面目に働き生活しようとするダニエル・ブレイクの姿をコミカルな不条理劇であるかのように演じ俳優としてのその優れた才能を私たちに披露してくれました。
 (右上写真 : 演出の確認をするケン・ローチ監督)
by blues_rock | 2017-04-18 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
「ある天文学者の恋文」(原題「La corrispondenza」通信)は、イタリア屈指の名監督ジュゼッペ・トルナトーレ(1956~、何と云っても「ニューシネマ・パラダイス」は、映画史に残る傑作)が、2016年に撮った新作映画です。
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トルナトーレ監督は、2000年作品「マレーナ」で当時30代半ばであったイタリアの美人女優 モニカ・ベルッチ(1964~ )を素材(ミューズ)に‘美女礼讃’の映画を撮りましたが、2016年の新作「ある天文学者の恋文」では、a0212807_6173997.jpgウクライナ出身の、30代半ばでいま女性として最も美しい年ごろの美人女優 オルガ・キュリレンコ(1979~)を‘美女礼讃’の素材(ミューズ)に選び、今回‘天文学’という知的な遊び(ミステリー)も取り入れ、粋なロマンス映画にしました。
ボッティチェリやラファエロなど ルネッサンス期の天才画家たちは、目の前のヴィーナス(ミューズ)を見て、芸術家としての本能a0212807_6181430.jpg(衝動)が、作動し絵画に昇華させたようにトルナトーレ監督とて同じ芸術家本能に衝き動かされ映画という媒体に昇華させたのだろうと推察します。
映画は、オルガ・キュリレンコの一人舞台のようなもの‥初老の天文学者エド(ジェレミー・アイアンズ 1948~)と教え子である若い恋人エイミー(オルガ・キュリレンコ)とのロマンスを‘天文a0212807_6221815.jpg学’になぞらえ展開していきます。
トルナトーレ監督の演出が、撮影監督のファビオ・ザマリオン(1961~、2013年「鑑定士と顔のない依頼人」)の映像とトルナトーレ監督作品の不動の作曲家エンニオ・モリコーネ(1928~)の音楽と見事にコラボレーションし名ジャズメンのセッションのように融合しています。
a0212807_6233916.jpg若い天文学者のエイミーは、ある日突然、師であり恋人でもある天文学者エドの死をテレビのニュースで知り驚きました。
慌ててエドの携帯に電話しますが、彼の電話からは、いま電話に出れませんのメッセージが、あるだけでした。
悲嘆にくれているエイミーのもとにエドからのメールやスカイプ、さらに手紙やメッセージ付きの花束、宅配便によるプレゼントなどが、日付を更新しながら次々に届きます。
a0212807_625048.jpgこれは、一体どういうことなのか?
エドの死が、どうしても信じられないエイミーは、その真相を探るためにエドが、暮らしていたエディンバラを訪ねました。
天文学にたずさわる二人の恋愛(ロマンス)なので‘天文学’に関わる知識が、必要です。
a0212807_6252797.jpg1光年は、地球から9.5兆㎞離れたところから発せられた1年前の光のこと(私にはピンと来ませんが)、正に天文学的数字ながら 1 光年の星をいま地球で見ている私たちは、その星の一年前を見ていることになります。
今の瞬間、その星が、突然消滅しても地球にいる私たちは、1年間(365日の間)、その星が、宇宙に存在しているように“見える”のです。
a0212807_6261322.jpg私たちは、普段太陽から届く光を‘8分前の光’であると意識しませんが、リアルタイムでいうと確かに8分の誤差は、あるのです。
40年前の1977年にアメリカ(NASA)から飛び立った宇宙探査機ボイジャー1号が、1光年の距離(9.5兆㎞)まで行くには、私たちの地球時間でなんと 18, 000年!かかります。
a0212807_6265957.jpg銀河系(天の川、上写真)の直系は、10万光年だとか、私たちが、肉眼で見ることのできる最も遠いアンドロメダ銀河(1兆個の太陽=恒星が有ると推察される天体、左写真)は、地球から 250万光年‥だそうです。
ともあれビックバンし続ける宇宙にあって物質の最小単位である素粒子の大きさにも届かない “しがない人間”が、抱える愛や人生なんてすべて ‘この時間のズレ’のようなもの‥ならば、アインシュタイン博士やホーキンス博士のような頭脳を持ち合わせていない“ズレた私たちa0212807_6274896.jpg凡人”は、ありのままを受け入れて、私たちの瞬時(瞬きのような人生)にめぐり遭った愛や美など心が、感動(官能)する幸せを享受し、その人生に感謝して生きていくだけのように私は、思います。

(右写真 : ジュゼッペ・トルナトーレ監督と女優オルガ・キュリレンコ)
by blues_rock | 2017-04-16 00:16 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
子供のころ日本のアニメ映画やTVゲームに熱中して育ったとしか思えないアメリカンオタク世代のジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督(1984~)が、「キングコング」をゴジラのような怪獣に設(しつら)えて撮ると‘なるほど、
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こうなるのか’と妙に納得する痛快B級 怪獣SFパニック映画ながら、映像のすばらしくは、‘さすが、映像オタク世代監督’と感心させられる映像で 最新VFX技術を駆使した映像だけで云うと‘A級’の映画でした。
a0212807_20435549.jpg「キングコング」といえば、1933年当時、無声(サイレント)映画の全盛期に、巨大類人猿のキングコングが、美女(フェイ・レイ 1907~2004)を片手に抱え超高層のエンパイアーステート・ビルディングによじ登り、複葉飛行機を叩き落とすという画期的な特殊撮影により、ハラハラドキドキのエンタメサービス精神タップリの原始パニック映画を懐い出します。
a0212807_20472978.jpgその後、「キングコング」は、何度もリメイクされ、キングコングとからむ美女たちも1976年 ジェシカ・ラング(1949~)、1986年 リンダ・ハミルトン(1956~)、2005年 ナオミ・ワッツ(1968~)と変わり、2017年の最新作「キングコング 髑髏島の巨神」(Kong Skull Island)では、ブリー・ラーソン(1989~ 「ルーム」アカデミー賞主演女優賞受賞)が、演じています。
a0212807_20475515.jpg最新作のキングコングは、髑髏島で巨神と崇められている身長30㍍、体重300㌧のクリーチャー(怪物)です。
髑髏島では、得体のしれないサイキックな原住民や探検隊を襲う巨大なトカゲのような怪獣(キングコングの天敵)、怪鳥、巨大水牛、巨大タコなど数多のクリーチャーが、共棲していました。
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「キングコング 髑髏島の巨神」の時代設定は、1973年でランドサット人工衛星の捉えた髑髏島が、気象環境の険しい人を寄せ付けない南海の孤島になっています。
a0212807_211817.jpg映画は、日本アニメ映画やゲーム映像の影響を受けたジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督が、スピルバーグ監督の「ジュラシック・パーク」やコッポラ監督の「地獄の黙示録」への個人的なオマージュと併せ、自分の好きな映画からお気に入りのシーンを取り出して構成しているので空想SFの漫画チックなリアリティを感じない怪獣パニッa0212807_2114968.jpgク映画(ヴォート=ロバーツ監督はワクワクしながら撮っていたと推察)になっています。
まあ、クリーチャー(怪物や化け物)の登場するSFパニック映画にリアリティなど能書きを求めるほうが、野暮と云うものでしょう。
映画のエンディング・クレジットに入ると帰る観客も大勢いましたが、映画制作会社もイジワルなことするもの‥a0212807_2131043.jpgクレジットの終わりに、この映画「キングコング 髑髏島の巨神」の続編らしき 最新VFX映像によるSF怪獣パニック映画の次回作「コジラ」(Godzilla)を、さらにその続編として2020年には、日本映画版「キングコングとゴジラ」を最新VFX撮影技術でリメイクするとしいうウルトラSF怪獣パニック映画の製作を予告していました。
by blues_rock | 2017-04-12 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
「自分が、何なのか? 自分は、何になるのか? すべて自分で決めるのだ。 絶対他人に決めさせるな!」とシャロン少年を励ます麻薬ディーラーのフアン(マハーシャラ・アリ 1974~ アカデミー賞最優秀助演男優賞受賞)、a0212807_21163337.jpgシャロンにいつもやさしいフアンの妻テレサ(ジャネール・モネイ 1985~)、シャロンを愛しつつもネグレクト(育児放棄)し麻薬常習者ゆえに感情のまま虐待する母親のポーラ(ナオミ・ハリス 1976~)などシャロンの成長に関わる出演者たちも演技力抜群の俳優ならびに女優ばかりです。
a0212807_21165575.jpgそして、映画のもう一つの見どころは、映像の美しさです。
撮影監督ジェイムズ・ラクストンが、撮った映像をポストプロダクションでカラーリストのアレックス・ビッケル(1982~)は、「月の光の下で黒人の少年が、青く光って見える」トーンに色彩加工、そのため登場人物(全員黒人)の肌が、ブロンズ彫刻のように美しく
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輝いて見えます。
音楽(サウンドトラック)もまた秀逸です。
a0212807_21214641.jpg音楽監督のニコラス・ブリテル(1980~)は、同じメロディをリトルからシャロンそしてブラックと次第に成長するごとに変奏(アレンジ)し、その姿が、変わってもアイデンティティは、変わらないことを音楽でも表現しています。
ピアノとヴァイオリンのアンサンブルもすばらしくシャロンの心が、揺れるときヴァイオリンの音色は、トレモロでa0212807_21221720.jpg震え、彼の心の動きと哀感を見事に表現しています。
「ムーンライト」の脚本に惹かれたブラッド・ピット(1963~)が、製作総指揮を担っています。
ゲイの映画で私の記憶に残るのは、1997年のウォン・カーウァイ監督作品「ブエノスアイレス」、2002年のトッド・ヘインズ監督作品「エデンより彼方に」、2006年のアン・リー監督作品「ブロークバック・マウンテン」、2015年
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のトム・フーパー監督作品「リリーのすべて」とトッド・ヘインズ監督作品「キャロル」で、この5作品とも名作ながらアカデミー賞最優秀作品賞を逃しています。  (下写真 : ジェンキンス監督と撮影のジェイムズ・ラクストン)
a0212807_21251620.jpg「ムーンライト」は、ゲイ(LGBT)を主題とした映画として初めてアカデミー賞最優秀作品賞に選ばれました。
人種と性に対し偏狭な暴言を恥ずかしげもなく繰り返すゲスな大統領のいるアメリカで映画人たち(6、500名のアカデミー会員)は、「ムーンライト」をアカデミー賞の最優秀作品賞に選び全世界の映画ファンとアメリカの有権者に「人の品性とは、何か」という品格あるメッセージを送りました。
by blues_rock | 2017-04-10 00:10 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
アメリカ映画の新鋭バリー・ジェンキンス監督(1979~ 現在38歳)が、発表した「ムーンライト」は、ジェンキンス監督の長編2作目の作品ですが、いきなり映画史に残る名作映画(アカデミー賞の作品賞・脚色賞・助演男優賞
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の 3部門で最優秀賞を受賞)を撮りました。
映画のプロットは、マイアミのアフリカ系アメリカ人(つまり黒人)の多くが、住まう貧困地域、その中でも麻薬にa0212807_20564036.jpg汚染された危険な地帯で自分の居場所とアイデンティティを捜しながら成長していくゲイ(LGBT)の黒人少年シャロンの物語です。
映画は、三章からなりリトルと呼ばれる少年期(アレックス・ヒバート)、シャロン(渾名ブラック)と呼ばれる青年期(=ティーンエイジャー期 アシュトン・サンダース)、自らブラックと名のる成人期(トレヴァンテ・ローズ)の3つの時代で構成され物語のa0212807_20574785.jpgコア(映画の軸)となる‘主人公のゲイである内面(アイデンティティ)’が、終始一貫ぶれることは、ありません。
アフリカ系アメリカ人(黒人)のジェンキンス監督自身は、ゲイ(LGBT)ではありませんが、主人公シャロンの内面を良く理解しゲイであるシャロンのアイデンティティを丁寧に描いています。
a0212807_20583644.jpg映画に出演しているのは、全員黒人俳優で、シャロンの少年期・青年期・成人期を演じた3人の俳優が、三者三様にすばらしく、シャロンは、ゲイ(LGBT)であることを幼くして自覚していますが、そのアイデンティティを隠しながら自分の居場所を捜し成長していきます。
地域社会に蔓延する‘ホモフォビア(ゲイ嫌悪感情)’というキリスト教の因習やアメリカの伝統的な家族社会のa0212807_2113657.jpg政治的背景からくる人びとの差別や偏見、虐待(いじめ)に苦しめられるシャロンは、いつも孤独で「自分は、いったい何者なのだろう?」と内向する姿が、切なく見る者の胸を打ちます。
ティーンエイジャーになったシャロンは、幼いころからのただ一人の友だちであるケヴィンに次第に友情以上の想いを抱くようになって行きます。
a0212807_2131360.jpgリトル・シャロン・ブラックとそれぞれの章を三人の俳優が、ジェンキンス監督の秀逸な演出のもと、いつも俯(うつむ)いているシャロンの雰囲気や彼の目の表情(眼ざし)に自分のアイデンティティを捜し成長していくシャロンを演じ、撮影中、ジェンキンス監督は、シャロン役の俳優3人を会わせないでリアリティある自然な演技を指導しました。
a0212807_21932100.jpg「ムーンライト」(Moonlight)は、非常に地味なヒューマンドラマです。
麻薬汚染されたアメリカの小さな貧困社会で成長していく一人のゲイ(LGBT)の黒人少年が、たった一つの愛を逆境の中で月明かりのように胸に秘めて生きてきたことをジェンキンス監督は、映画を見る者に同期させ、一緒に考えて欲しいとメッセージしているように思いました。 (後編に続く)
by blues_rock | 2017-04-08 00:08 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)