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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:時空序章(Preface)( 11 )

                               ロンドンの友人ナヴィン・ラムナラインと愛娘ミズキちゃん
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刹那(せつな)とは、仏教用語で、時間の最小単位を表わす言葉です。
                                古唐津茶碗 本金直し 手に持つと心が、鎮静いたします
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指を1回パチンと弾(はじ)く間に65の刹那が、あるそうです。
                            友泉亭公園 福岡市城南区にある池泉回遊式純日本庭園です
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その‘刹那’の集大成が、万人異なる万(よろず、数限りないの意)の人生です。
                       叶館の夕食、これに山女魚の焼魚と山菜の天麩羅が、付いていました
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現在(いま)生きて、ここにある人生を‘奇跡’と呼ばずして、他にどんな奇跡が、現世(このよ)にあると云うのでしょう。                              玄洋窯、福岡市西区徳永にある陶匠冨永氏の窯元
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袖すり合うも多生の縁 ‥ 大切にしたい縁を見失わないようにしたいと思います。
by blues_rock | 2016-11-13 00:03 | 時空序章(Preface) | Comments(2)
a0212807_231969.jpg認知症疾患について知識のない医者や臨床キャリア(現場経験)の短い介護支援専門員(ケアマネージャー)も多く、人間のデリケートな脳機能の不具合(トラブル)つまり認知症についての理解が、社会全体に不足していると高齢者介護施設で働く門前の小僧は思います。
画家や音楽家、作家など脳機能の感受性に関わる職業に従事する方々に認知症の方が、少ないと言われます‥本当かどうか分かりませんが、確かに私たちの高齢者施設で終日過ごされる認知症の方々も「絵画の時間」、「俳句の時間」にa0212807_2314413.gifなると脳のどこかにスイッチが入るのか、感性が目覚めるのか、健常な一般の方々も及ばないすばらしい能力を発揮される方が、数人おられます。
「石の上にも三年」の論旨と離れましたが、私の場合、拙ブログを書けなくなったときが、自分の認知症発症の予兆と思いブログを「私の認知症リトマス試験紙」として毎日ウンウン唸りながら書いています。
拙ブログを読んでくださる方で、もし内容が(いつもより)支離滅裂で文章になっていないと感じられた方は、ぜひ教えてください。
すぐに最寄りの‘地域包括センター’に相談して早期に認知症疾患対策を取りたいと思います。
このところ映画を見ていると外国映画、日本映画を問わず、認知症を患う高齢者が、やたら登場します。
世界中の‘団塊の世代(ベビーブーマー)’が、高齢者になり認知症患者もそれだけ急増しているということでしょう。
一般的な事例ながら、65才を過ぎると日本人男性の55%、女性の66%が、認知症疾患のリスク(発症因子)を抱えているそうです。
認知症は、脳の病気(脳組織の老化)で完治することはありませんが、早期に発見すると進行を抑制、または認知症状に合ったクスリで制御することが可能です。
人間の身体は、年齢とともに衰えるもの、身体の一部である脳細胞(ほとんど未使用のまま)の劣化もまた自然
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なこと、認知症発症を防ぐ方法がないのならその現実を早く受入れ現状維持の生活をキープできるようにすれば良いと思います。
by blues_rock | 2014-06-05 00:33 | 時空序章(Preface) | Comments(0)
a0212807_22411543.jpg「石の上にも三年」とは、仏法に由来した箴言で、座禅黙し瞑想三年、そうすればやがて悟りも開けようの教えです。
名君の誉れ高い上杉鷹山(1751~1822 米沢藩主)が、家臣に「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」と諭したという歌もまた論旨は違っても「意思を以って続けること」の大事さを教えています。
a0212807_1423326.jpg「天才とは持続する才能である」と言った賢人の言葉は、蓋(けだ)し名言であると思います。
拙ブログは、毎日私の身のまわりの出来事をあれこれ書き続け、今日で丸三年になりました。
続けるだけなら小川の水車も回り続けているよ、と茶々入れられそうですが、思いつくまま、私の好きな映画の感想(シネマの世界)などをメインに書き続けています。
ともあれ自分にノルマがあるわけではなく、また意地になり書き続けているわけでもなく、毎日ブログを書いているうちに、ふとアラビアン・ナイト(千一夜物語)が、頭に浮かび1,001夜を目標にしました。(こちら
当初の目標であった千一夜をクリアすると、1,002夜目から新たな目標として「石の上にも三年」と言いますからa0212807_22423999.jpg
6月4日の四年をメドに毎日続けようと思いました。
普段、私の生活に主義・主張や思想・信条の類いはなく、極めて個人的な嗜好性の強い「好き嫌い」、「感動したこと」、「生理的な快不快」などを取り留めなく書いています。
先日、新聞のコラムで、ガン患者が増えたというけれど高齢化(身体機能の老化)が主たる原因という記事を読みました。
と言うことは、長寿により身体機能の一部である‘脳’も確実に老化しているはず‥脳の病気で脳梗塞・脳溢血・脳腫瘍など顕在化した脳疾患の病気は、大騒ぎされますが、脳の病気である認知症疾患については、認知症患者を診ることのできる専門医が、まだまだ少ないと思います。
後編に続く)
by blues_rock | 2014-06-04 00:22 | 時空序章(Preface) | Comments(0)
平成23年(2011年)6月4日にスタートした「心の時空‥どきどきさせるものが美しい」(こちら)が、私の千夜一夜物語の第一夜でした。
記事の内容は、兎も角も‘継続はチカラなり’と自らに言い聞かせつつ、どうにか毎夜(昼間もあるので毎日)書き続け平成26年3月1日の今夜が、千一夜(1,001夜)目になりました。
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ブログを始めた動機も、今まだ心に残る‘感動’をやがて自分が、何者か分からなくなる(認知症を患う)前に、これまで何を見て、何を聴いて、何に感動したかを自分のために書き残そうと考えたことが発端でした。
このことについては、平成23年(2011年)7月25日「以心伝心」(こちら)で書きました。
私の気楽気ままな‘戯れブログ’に千一夜お付き合いしていただいた皆様に厚くお礼申しあげます。
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正直拙ブログが、1,001夜毎日続くとは考えていませんでした。 (上写真2枚:古志野の鼠四角鉢と鼠茶碗)
私の千夜一夜物語は、これから幾分スローライフになるかもしれませんが、もう少し先まで「心の時空」を旅したいと思っています。
皆様には、これからも引き続き拙ブログにお立ち寄りいただけたら光栄です。(ブログ主人ヤンスウ)
by blues_rock | 2014-03-01 01:01 | 時空序章(Preface) | Comments(0)
2014年新春のお慶びを申しあげます。
いつも拙ブログをご覧いただきありがとうございます。
私は、「胸、ドキドキ躍らせる(躍らせた)美しいもの、感動する(した)こと」をブログにしたい(こちら)との思いで拙ブログを始めましたが、昨年は、私の思いと裏腹に世の中の不愉快なこと、腹立たしいこと、納得できないこ
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  (上写真:糸島半島「桜井二見が浦」 イギリス人ナヴィン・ラムナラインさん撮影 ハナ=ミズキ・ラムナラインちゃんのダディ)
と、理解し難いことへの‘怒り’に端を発した我慢ならない個人的な意見をいろいろ書きました。
いずれの記事にも、排他的なこと、差別的なこと、偏狭的なことを書くつもりは、毛頭ありませんでしたが、もし私見に独断と偏見が知らず混じるは‘薄学の徒’ゆえとお許しくださり、お気付きの点があれば、メールまたはコメ
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ントでお知らせくださると幸いです。 (上写真:柏原4丁目の竹林 小規模多機能ホーム「森の家みのり荘」裏)
2014年の新しい年は、初心に帰り世の中のつまらないこと、くだらないことにあまり関心を持たず、楽しいこと、うれしいこと、胸ドキドキときめくこと、感動したことをできるだけ多く書いていきたいと思います。
今年もお時間ある時に拙ブログにお立ち寄りいただければ光栄に思います。
by blues_rock | 2014-01-01 00:00 | 時空序章(Preface) | Comments(0)
木版画「笛吹く少女」(こちら)のあとに彫った木版画「少年と鳩」です。
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無我夢中で彫り、小さな木版画が、一つできあがるとそれだけで幸せでした。
by blues_rock | 2013-05-15 00:03 | 時空序章(Preface) | Comments(0)
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色は匂へど
散りぬるを

我が世たれぞ
常ならむ

有為の奥山
今日越えて

浅き夢見じ
酔ひもせず 


「笛吹く少女」は、私が二十歳の時、木版画に挑戦した最初の作品です。
その後、何度も木版画を彫りましたが、これ以上の作品は、できませんでした。
遠い昔の、私の懐い出です。
by blues_rock | 2013-05-11 00:00 | 時空序章(Preface) | Comments(0)
昨年の6月4日、旧ブログ「さるさる日記」のサイト閉鎖にともない、拙ブログ“心の時空”は「エキサイト」へ引越し、早いもので10か月目を迎えました。
いつも私の拙いブログを読んでくださりありがとうございます。
ブログを移す時、自分の“気持ち”をリセットして、とにかく一年間、毎日ブログを書こうと心に決めました。
長く生きていると自分が、望もうと、望むまいと、人生悲喜交々(ひきこもごも)の出来事や事件に出遭います。
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人には、各人各様の人生があり、家族、夫婦、恋人、友人との関係(間)には、時に愛憎入り乱れ、そこから必ず人生の喜怒哀楽が、生まれます。
とは申せ、ただ一度の人生‥せっかくの人生なら楽しいこと、うれしいこと、心地いいことなど、一つでも多くの感動や感激の喜びを体感したいものです。
人を怨(うら)んだり憎んだり、嫉(ねた)んだり、つまらない悪口は、人生の無駄な時間と知り、できるだけ自分の体内から排除したいものです。 (上写真・下写真2枚:私の働く高齢者在宅介護支援施設「森の家」風景)
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そんな負(マイナス)のエネルギーは、人生にブレーキを踏みながら、エンジンをカラ噴かしているようなものだから、そんな類いの無駄なことに精神のエネルギーを浪費しないことが肝要です。
自分を不幸にすることや自分を不愉快にする人たちを避け、できるだけ間合いを取って(距離を置いて)暮らしましょう。
もし、それでも不幸にもイヤなことや不快な人に出遭ったら、心を平安にする文殊の智慧‥3つのM「無言・無視・無関心」と唱え、じっとガマンし不幸・不快が行き過ぎるのを待ちましょう。
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私の場合、普段の行動規範(パラダイム)は、「雨後のタケノコ」をモットーにしています。
私が、生理的にキライなもの五つの頭文字と自分が日々気をつけて暮らしている四つの頭文字を並べると「雨後のタケノコ」になりました。
雨後は「う五‥五つのう」という意味で、タケノコは「たけのこ」と四つの言葉の頭文字を意味します。
う五‥うっとおしい人(うんざりすること)・うそっぽいこと(人)・うるさい人・うざったいこと(うざい人)・うさんくさいこと(人)の「う」五つです。          (下写真:福岡市南区樋井川沿い、満開の桜)
a0212807_23293477.jpgたけのこ‥楽しいこと・健康な暮らし・のんびり暮らす(のんきな気持ち)・心地いい時間の「たけのこ」四つです。
日々の暮らしの中で「う五」センサーが起動したら、心のシェルターがまずウォール(遮断壁)を作り、頭が「う五」ディフェンス・システムを作動させ、私のパラダイム「和寛安穏(わかんあんのん)」を防御する仕組みで、「和寛安穏(わかんあんのん)」とは、和(なご)み、寛(くつろ)ぎ、安らぎ、穏(おだ)やかに、毎日を幸せに暮らすための言葉(私の造語)です。
自分の心の静謐(しずか)な平安(時にワガママ)は、自分で努力して守らないとダレも守ってはくれません。
自分のワガママを知り尊重し相手(家族・夫婦・恋人・友人・他人)のワガママも認めながら、どうしてもガマンできないことは、ガマンしないことも自分の心のためには、大切なことです。
俯(うつむ)いて、ガマンして、悔しい思いをして泣いてばかりの人生にサヨナラしましょう。
感動や感激、笑顔に満ちた人生にこそ、至福はあると思います。
by blues_rock | 2012-04-06 00:05 | 時空序章(Preface) | Comments(0)
人を疎まず、疎まれず‥人といがみ合わずに、人生を平安に、心通い合う人たちと笑顔で暮らせることだけを、切に願う今日この頃です。
拙ブログを書くことは、自分の思考と感覚のカタルシス(浄化)のためです。
ブログを読んでくださる方と、もし以心伝心のコミュニケーションができれば、私にとって何より喜びです。
いままで刹那に人生を考え、家族や友人たちに「人生到るところ青山あり」と強がり、うそぶいて暮らしてきましたが、寛ぎのない不穏な日々に青山(死に場所)はないと知りました。
人は、老います、病みます、そして必ず死にます、一人の例外もありません。
頭では分かっていながらも、心が迷い不安で悩み苦しみます。
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認知症で徘徊される方は、その徘徊の原因がなんであれ、心深くにある不安の衝動が精神を乱し、体力を消耗させ動けなくなるまで歩くのだそうです。
認知症の方に知識の記憶がなくても、感情や情緒そして感受性は昔のまま、心の中にあります。
漠然とした不安はいつも、普通の人の心にあるもの、決して自分一人だけのものではありません。
何はともあれ不安は不安として、日々の暮らしの中で「今日ただいま正になすべきを熱心になせ」との声が、宙の彼方から私の心に届きます。
グウタラでなまけものの私ですが、友人の要請に一念発起‥2009年冬より足かけ3年、高齢者の自宅生活を支え家族の介護負担の軽減を目指す福岡市の「小規模多機能型居宅介護事業」に応募したところ幸運にも私たちの事業所に採択がおりました。
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福岡市へ1年間にわたり数多くの申請・報告書類を提出し、建設会社と図面を前に打ち合わせを重ね、建設運営資金の借入れでは、渋る銀行相手に口角泡を飛ばして交渉しました。
そして福岡市の認可を受け、6月1日にオープンしました。
緑の屋根に白壁、室内は一年中同じ室温・同じ湿度です。
来るべき自分の人生最終章のための準備のようなもの‥福岡市南区郊外の山裾に、心地よく快適な「小さな星たちの星団」を作りたいと思っています。
間もなく遥かな宇宙へ旅立つ自分への(私たちへの)最後の投資と思っています。
(付録)認知症についてはこちらを参考にしてください。
by blues_rock | 2011-07-25 21:20 | 時空序章(Preface) | Comments(0)
いまたくさん買い込んだ白洲正子さんの本を少しずつゆっくり読んでいます。
10数冊のうちやっと2冊目です。
毎日数ページ数行ずつ読んでいます。
読む時間は、朝目が覚めてすぐだったり夜寝る前だったり、深夜に目覚めた時だったりします。
いつもは本屋から帰るとあれこれ買った本を手当りしだいに喰らいつくように読み散らすのが私の癖でしたが、今回ばかりは少し違います。
美しい玉を撫でるような、美味しいワインを惜しんで少しだけ飲むような、気に入った小物を一人ひそかに手にして楽しみむような、そんな感じです。
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まだ白洲正子さんをよく知ったとは言えませんが、こういう方に本を通じて出会ったことがしみじみと嬉しく思い誰にともなく感謝しています。
何度も言うようですが、2冊目の本を読んだばかりだから白洲正子さんの生きかたや考え方思想・価値観などが分かったというのは、恥ずかしいし厚かましい不遜さを思います。
それでも私は私なりに感動しています。
昼間の仕事に疲れ、夜遅く日課のジョギングに出てシャワーを浴びているとそうするうちに自分の時間はどんどんなくなりますが、焦り慌てることもありません。
一日の全てが終わって、やっと本を手にすると昼間の疲れもあってその頃は読みたいと眠たいとが混ざり合い、数行読むとうっとり瞼が蕩けてしまいます。
それでもいい、一生かかって読めばいい本と思っています。
いま生きていることが良かったと生きていくことはどういうことか理屈でなく押し付けられたものでもなく、わがこの身に染み入って来る感じを味わいます。
乾布に水滴が落ちたときの感じを自らに感じています。
それにしても白洲正子さんという方は、人生というものを絶対肯定され、それはビクとも揺るぎがなく生きているのは当たり前のことなのです。
ご自分自身の人生のことは言わずもがなですが、白洲正子さんに出会い白洲さんと交流した方たちのお一人お一人の人生に対しても大切にされ愛情深い目で見ておられます。
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人間には好きな人もいれば相性の良くない人もいますが、白洲さんはご自分と交わった方の世間の評価には関係なく、ご自身の目で見られ相対してその人となりを知りお付き合いをされ世間の賛辞や評価・美醜とは別のところで交流しておられます。
骨董を観る目と同じものなのでしょうか。
精神の根底に肯定という確固たる大きい川が流れ人間賛歌を太く低いトーンで静かに語りかけてくる文章です。
埋もれた才能や壮絶な歴史の渦のなかに消えた人の哀しみやその美しさを称えそこに生きて人生を送った事実を掬い上げています。
白洲正子さんは「遊鬼」の中で早川幾忠氏の死を悼んで「彼らが教えたのは命ある限り生きることだった。生を楽しむことであった」と書いておられます。
白洲正子さんは、私に人生の歩み方終わり方を教えてくださいます。
どの箇所も肯定的で‥それでいいんですよ‥地道に美しく真面目に精一杯生きればいいんですよ‥それより他に人生になにがありますかと教えてくださいます。
精一杯生きられればそれでいいんだと確かにずっしりと思うこの頃です。
by blues_rock | 2011-06-06 22:23 | 時空序章(Preface) | Comments(0)