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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:高齢者介護(認知症)( 44 )

前編より続く) わが国では、一昔前まで長生き(長寿)して認知症になった高齢者のことを「呆け(ボケ)老人」とか「痴呆症の年寄り」とか、明らかに蔑むような口調で呼んでいました。
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半世紀(50年)前までわが国では、還暦(60歳の誕生日)を迎える長生きの高齢者は、少なく、家族に還暦を迎えた人が、いたら長寿を‘祝福’していました。
a0212807_550018.jpgいまや白寿(百歳を前に99歳の誕生日を白寿として祝う)を迎えられる超高齢者も多く、還暦(60歳の誕生日)など人生の通過点で‘あんた若いねえ!’と子供扱いです。
国の財政(さいふ)は、1,000兆円を超える国の債務(借金)返済もままならずアップアップ ‥ 超高齢化社会での国家予算編成に対応できず現在の高齢者年齢65歳を75歳に引き上げようとし10年の定年延長も画策 ‥ 年金a0212807_5503292.jpg支払い年齢を10年先延ばししようとしています。
さりとて、認知症は、どう足掻(あが)こうとも加齢(年取れば)すれば、避けられない脳の病気、次第に衰えていく健康な人生の延長が、そう簡単にできるはずはなく認知症発症のリスクは、長生きすればするだけ高くなります。
認知症は、「明日はわが身」の未病、私もあなたもかなり高い確率で発症する可能性が、ある病気と私は、断言a0212807_5513471.jpgします。
年取れば、誰でも必然的に身体機能(ADL)が、低下し脳も衰えます。
早く気付けば、未病として対処することが、大いに可能なことは、前述のとおりですが、要は、早く認知症の初期症状に気付き対処療法し「病(やまい)も身のうち」と楽観的に考え、「一病息災」として生涯を全うすれば、良いことです。
門前の小僧である私は、そう考え 好きな映画を見、金継ぎをして拙ブログを書きながら‘のほほんと呑気(のんき)に’暮らしています。
クドイようですが、人間は、例外なく毎年 誕生日を迎え 加齢していくわけで、当人が、気付こうが、気付くまいが、身体機能は、ゆっくりと、確実に低下a0212807_5523795.jpg(劣化)しています。
認知症は、まず自覚すること、自覚していない認知症の方には、回りの人(家族・隣人)が、教えてあげること、もしあなたのわずかな異変を教えてもらったら怒るのではなく感謝すること、そして「病(やまい)も身のうち」、「一病息災」にしてしまえば、大丈夫!です。
長くなりましたので、認知症 ‘明日はわが身’のことは、これくらいにして「認知症が、心配な方、または、関心ある方」は、こちら を御覧くだされば、何かの参考になるかも知れません。
by blues_rock | 2017-04-25 00:25 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
金継ぎ作品展2017もおかげさまをもちまして盛会のうちに終了しました。
お忙しい中にもかかわらず、大勢の方が、ご来場くださり心よりお礼申しあげます。
先日、若い友人から「最近、高齢者介護のことや認知症のことをあまり書きませんね。」と言われました。
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拙ブログの高齢者介護についての記事を丁寧に読んでくれている人もいるのだと考え、‘門前の小僧、習わぬ経を読む’がごとき介護現場での私の体験(知見)ながら久しぶりに認知症のことについて書きたいと思います。
何よりもまず私が、厭きず懲りずにせっせとブログを書くのは、認知症を‘明日はわが身’の病気と思っています
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ので、わが未病の認知症をチェック(危機管理)するために書いているようなものです。
読んでくださる皆様に少し説明しますと ‥ つまり、自分の生活(日々の暮らし)に感動が、なくなったり、人とのコミュニケーション意欲を喪失したり、自分の思いや考えていることを表現できなくなったりなど、a0212807_5201663.jpg簡単に申しあげれば、今まで(普段)の自分と違うささいな変化でも早くキャッチするよう日々自己点検(メンタルチェック)しているようなものです。
やがて、記憶障害、見当識障害、理解力・判断力の低下などで自分の身の回りのこと(ADL=日常生活動作)が、できなくなると認知症高齢者にも個人の尊厳(人権)は、あると言いながら、私自身のことで申しあげれば、自らの価値観を自分で意思決定できない嘘っぱちな尊厳や他人に自分の人生を委ねる延命措置など、まっぴらゴメン‥の思い強く、それでも認知症をa0212807_5213060.jpg発症するとそんな自分の意思表明も個人の尊厳という美名のもとに全否定されてしまいます。
ならば、まず認知症の発症を早期発見する努力を日々しつつ、運悪く発病したと思ったら、すぐに認知症専門の良医を主治医にして進行を抑制し、症状をコントロールさえすれば、それまでと同じ普段の生活を持続しながら生涯を終えることは、十分可能です。
世間には、認知症と精神疾患(二つとも同じ脳内疾患ながら別な病気)の区別が、できない人たちも多く、脳神a0212807_5362392.jpg経科・精神科以外の医師には、認知症の知識がなく誤診する医者もいて、ヤブ医者の、いい加減な診断による誤った薬の投与で認知症を悪化させた事例もありますので‘要注意!’です。
私は、いま週2回、住まい近くの高齢者介護施設で認知症の方々と絵画・コーラス・俳句などを楽しみながら‘明日はわが身’の自己臨床チェックをしています。
介護資格のない素人の私は、介護介助の専門技術が、何もないので重度認知症の方々、とくに‘コミュニケー
a0212807_1456424.jpgションできない方’との接触は、極力避けるようにしています。(というより‘ニガテ’です。)
たとえば、「危ない!」からと説得しても分からない認知症の方の腕をつかむ(危険防止の行為であっても)と虐待と云われたり、自立支援と言いつつADL(日常生活動作)機能が、低下している方の‘ふらつき尻もち’についても転倒事故と扱われたり、自宅での普段の暮らしにどこにでもある些細なことすら福岡市へ報告しなければならないことを考えると、ただでさえ忙しい現場スタッフに今以上の苦労と迷惑をかけられないからです。
後編に続く)
by blues_rock | 2017-04-24 04:24 | 高齢者介護(認知症) | Comments(2)
a0212807_13444850.jpg日本介護協会主催第6回介護甲子園の決勝大会(ベスト 5事業所による最終プレゼンテーション)が、大阪府立国際会議場(グランキューブ)で開催され、奇跡的に全国大会のファイナルに残った私たち‘森の家’の小規模多機能ホームみのり荘も(私も)出場しました。(奇跡!に至る軌跡は、こちらをご覧ください。)
私たちのプレゼンテーションの主旨は、「見えない介護」についてでした。
骨子を簡単に言うと認知症高齢者の人格を尊重し最期まで在宅生活ができるような介護支援の実現と地域に必要とされる事業所を目指す取組みについてでした。
a0212807_1421154.jpg施設に入所させようとする家族と “どこにも行かん!” と言い張る認知症高齢者を抱える家族の深刻な苦悩に向き合いながら、どうしたら重度の認知症高齢者とコミュニケーションを取り、その人の尊厳を守りながら管理的・支配的ではない在宅生活を続けることができるのか‥そんなことを私は、「明日は我が身」と思いつつ小規模多機a0212807_1434453.jpg能ホームみのり荘チーム 6人のひとりとして参加しました。
私の場合、参加というよりお手伝いのようなものながらチームメンバーの5人は、会場2千人余の来場者を前にして私が、言う 8つのセリフをトチリさらに忘れるドジをするのではないかとハラハラしていたようです。
介護甲子園にエントリーされた4,812事業所の中からベスト5に残っただけで奇跡と思っていたのに大阪まで来た私たちへサンタクa0212807_1443092.jpgロースからの贈り物なのか「優秀賞」を受賞しました。
これもひとえに皆さま方のご支援の賜物と感謝しご報告方お礼申しあげます。
後日談ながら私が、介護甲子園に出場する羽目になったのは、決勝大会応援に行く予定にしており、当日の2日前から少し時間をかけて京都・大阪の古陶磁美術館をできるだけ多く巡る計画(これが本当の目的)でいました。
a0212807_1455727.jpg小さな事業所の森の家は、日常業務のシフトもあり、6名のチーム編成ができず、当日大阪にいる私に窮余の策として白羽の矢を立てたわけです。
つまり、私は、‘ミイラ取りが、ミイラになった’ というワケでした。
古陶磁の逸品を所蔵する美術館をできるだけ多く巡るつもりでしたが、予定の半分以下しか行くことは、叶いませんでしたが、充実した週末でした。
a0212807_1462623.jpg京都、細見美術館の「驚きの明治工藝」展で自在置物(上写真の ‘伊勢海老’ は、甲冑職人が、作った伊勢海老自在で静止したロボットのようです)の数ある逸品を見て、清水三年坂美術館では、安藤緑山の傑作と漆芸品の名品とくに蒔絵の逸品に見入りました。
大阪東洋陶磁美術館は、いつ行っても最高の気分にひたれる至福の美術館です。
大阪東洋陶磁美術館では、「台北故宮博物院 北宋汝窯青磁水仙盆」の特別展開催中で汝窯青磁水仙盆の最高傑作4点を見ることが、できました。
常設の安宅コレクション「中国古陶磁と韓国古陶磁」に併せ特集「宋磁の美」展も開催中で単眼鏡片手にゆっくり見ることができました。
中国と韓国古陶磁の名品が、ずらりと並ぶ中、日本の古陶磁コーナーにあった桃山陶の鼠志野鉢(上写真)に心奪われ立ち去り難く、介護甲子園のリハーサル時間に遅れてしまいました。
by blues_rock | 2016-12-20 00:02 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
独 り 寝に   寒 の 戻り や   老 い て ゆ く
91歳の女性、介護度Ⅲ、認知症の短期記憶障害が、顕著ながら若いときに学んだ知識、身に付けた教養など当時の記憶は、抜群で、私の連珠(五目並べ)の宿敵でもあります。
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高齢者介護施設「森の家」で、私が、担当しているのは、毎週火曜日午後開催の絵画教室と金曜日午後の俳句教室、この二つです。




明 る さ は   水 仙 の 花   庭 の す み
90歳の女性、介護度Ⅰ、いつも穏やかに微笑まれ、どこに認知症が‥と思う老婦人です。
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俳句会に参加した高齢者の方々が、当日その場(俳句教室)で捻られた秀句(佳作)を大判用紙(模造紙)に書いてホールの壁に貼り紹介するのが、私の仕事です。





如 月 の   雪 に 椿 の   落 ち に け り
拙句、未だ介護度0ながら早や予兆あり、視力・聴力・思考力・感受性の衰えが、このところ顕著です。
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今夜ご紹介した二句の作者は、認知症ながら俳句の時間になると健常者や若者が、足元にも及ばない知性あふれる優れた俳句を発句されます。
これからもにぎやかで楽しい句会にしたいと思います。
by blues_rock | 2016-03-19 00:09 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
a0212807_618527.jpg高齢者介護施設「森の家」に拾われ、その毛並みが、白黒模様であったことから‘オセロ’と名付けられた捨て猫でした。
ソファやイスで寝ているとき「オセロ!」と呼ぶと尻尾を振って返事しますが、日向ぼっこして熟睡している時は、無我の境地なのか、名前を呼ばれても反応しません。
a0212807_6232081.jpg猫は、人が多く騒々しい場所を避けるものながらオセロは、なぜか大勢の人たちと一緒にいることを好みます。
私たちの介護施設では、高齢者の方々の機能訓練プログラムとしてヨガを取り入れており、シニア・ヨガをする皆様方の横でオセロもヨガのポーズをとっています。
                              ヨガタイム 猫のポーズで 日向ぼこ
by blues_rock | 2015-12-04 00:04 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
介護や福祉の世界に無縁の私が、縁あって2009年秋から福岡市南区の「森の家」という高齢者通所介護施設で、‘門前の小僧’然として働き、今年で6年になりました。
わが国で‘2025年問題’と、さも社会の重大問題かのごとき‘悪意ある言い方’で表現される10年後の後期高齢者である団塊の世代の私にとって、この6年は、明日の自分を知る(10年後のわが身をシュミレーションする)貴重な経験でした。  (下の写真5枚 : 私が働く福岡市南区にある高齢者在宅介護施設「森の家」の風景です。)
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高齢者介護の現場で、門前小僧である私が、この6年に2度の介護保険制度改正を経験し、事務方として‘小僧の経読み’程度の理解ながらも、わが国の‘付け焼刃’的介護保険制度の‘弱点と欠陥’をしっかり知見できたのは、ラッキーでした。
去年の5月、介護施設の庭仕事で右膝半月板を損傷、手術するほどではないと診断されて治療(ロキソニン貼付)を続けましたが、未だ完治するに至りません。
a0212807_1584526.jpg顧みれば、四十過ぎて健康診断の項目に「*」マークが、ずらり並んでも‘夜毎の暴飲暴食’は、一向に変わりませんでした。
四十代後半のある朝、猛烈な頭痛に襲われ、最寄りの病院に仕方なく行くとヘログロビンA1Cが、10を超え、血圧も高く(下が100を超え)、いきなり医師から深刻な糖尿病なので即刻入院を告げられましたが、なんだかんだと言いわけして入院だけは、免れました。
正しく自業自得‥日ごろ人に人生は‘自立・自助・自己責任’と知ったふうなこと言っていた私が、一番だらしない生活をしていました。
少し悔い改め‥現在、主治医の定期診察と服薬、週2~3回プールでの運動でA1C6台、血圧も平常値ながら新たな心配事が、出てきました。
これは、自立・自助・自己責任と簡単に片付けられない「認知症」という病気の発症です。
a0212807_285463.jpg認知症は、高齢化(加齢)による脳の老化現象で身体の機能が、だんだん衰弱するように脳の機能も衰退していく脳神経障害症の一種です。
つまり、年を重ねると脳細胞の中に「老人斑=アミロイドβ(ベータ)タンパク質」が、蓄積される一方で正常な脳神経細胞は、壊れ萎縮して行きます。
やがて、脳に障害が顕われ、初期認知症を発症、最初は‘簡易な物忘れ’から始まり、次第に認知症の周辺症状が、見られるようになります。
この時点で認知症の初期症状と診断されれば、早期治療や投薬により認知症の進行を遅らせること(認知症は治りません)は、可能です。
団塊の世代が、2025年に75歳を超え後期高齢者となることは、75年も前から周知の事実、それを長年放置したお粗末極まりない国の政策を今ごろ大騒ぎするなんざ、すべからく私たち有権者(と同時に納税者)の結果責任と言えます。          (上写真:純真無垢、汚れなき命、ハナ=ミズキ・タナカ・ラムナラインちゃん、1歳)
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東京では、人手のかかる介護の必要な高齢者を地方へ移住させるという姥捨て(ウバステ つまり棄民)政策まで取り沙汰されているとか、過疎化した地方こそ介護の働き手不足が、深刻なことを知ってのことかと問いたいもの、実にお粗末な発想です。
私たち国民は、政治家や厚労省官僚、県や市当局を厳しく監視し、と同時に一市民として認知症にならないための予防対策も大切なことです。
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(参考:地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター「アルツハイマー病予防のための食生活」)
高齢になり認知症を発症しても、それで‘人生おしまい’ではなく、認知症と云っても一人ひとりの症状‥記憶障害、見当識障害、理解・判断力の低下、実行機能の低下などの中核症状(参考「認知症を理解する」)は、千差万別です。
ともあれ、健常者が、ある日いきなり認知症の中核症状へとジャンプするわけではなく、健常者と認知症の中間
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領域(グレーゾーン~MCI 軽度認知障害)の症状、つまり普段の生活に支障はないものの「何かヘン、何かおかしい」と云った兆候が、次第に見られるようになります。
例えば、「物の名前や人の名前が出て来ない」(あれこれそれの代名詞が多くなる)、「物事をすぐ忘れ話の内容が分からない」、「好きなことに興味がなくなる」、「生活動作に時間がかかる」、「約束をすぐ忘れる」など‥しかし、どれも若い人たちにも日ごろ良くあることなので、そう大袈裟に考える必要は、ありませんが、初期認知症の前段である「軽度認知障害症状の早期発見」をする手立てにはなるでしょう。(門前小僧の経読み、了)
by blues_rock | 2015-09-07 00:07 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
親子」というタイトルで、私たち高齢者介護事業所(2施設)の12月号ニュースに掲載した記事(施設代表のコラム)を今夜は、紹介します。
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ニュースをお届けできない方に読んでいただきたくて転載しました。(森の家のホームページ は こちらです。)
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老後は、子供が、何とかしてくれるだろうと考えるのは、甘い、親孝行という言葉は、死語に近くなりました。
子供が、親をみるのが当然という時代は、終わり、年を取ったら妻(夫)や子が、何とかしてくれるだろう、年金や財産もすこしはある、も通用しません。
認知症や寝たきりになれば、親の権威は、地に堕ち、自分の財産の管理もできなくなります。
若い時、どんな立派な仕事をしてきても、ボケれば、財産の管理どころか、人の手も借りなければ、生きられず、何事も黙って従わなければなりません。
子は、親の財産を当てにし、親は、子に当然のように、介護を求める、というもたれあいの関係が、トラブルの元です。
私たちは、人生100年を覚悟しなければなりません。
「存在」するだけではなく、老後をどう生きるかを自分自身で考えなければならないのです。
ボケないうちにやらなければならないことは、老後の生活費のことですが、任意後見制度をボケないうちに選ぶのも賢い選択だと思います。
また、死後の相続の問題もあります。
介護の苦労は、やったものでないとわからないと言われますが、相続というのは、親の介護の責任を果たした者のみに与えられる権利だと思うのです。
介護している子に「私が死んだらあなたに全部あげます」と言っておきながら、遺言も書かないで亡くなり、遺産相続で子供たちが、相争っているケースもよく聞きます。
介護もしない子供たちにも平等の相続の権利を与える民法は、争いの元です。
「死後は、自分の介護をしてくれた子に遺産相続する。」とさっさと遺言を書いてあげることが、大変な介護への労に報いることだと思います。
子供たちとは、経済的にも精神的にも自立した関係で、思いやりでつながればいいと思うのです。(田)
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 参考 : 高齢者介護の現場レポート 「地獄の沙汰も金次第」 (上・中・下)

by blues_rock | 2014-12-01 00:01 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
私が、働く高齢者の‘在宅介護’を支援する3事業所‥「デイサービス森の家」・「小規模多機能ホーム森の家みのり荘」・「ケアプランサービス森の家」は、樋井川上流である糠塚川の源流、柏原にあります。(HPはこちら
a0212807_2294955.jpg福岡市南区の柏原地区は、福岡市南区油山の東裾野と筑紫郡那珂川町片縄山北の麓(ふもと)に広がり、福岡市内ながら野生のイノシシ・サル・アナグマ・タヌキ・イタチなどが生息し、いまでも時おり施設の回りに出没(こちら)いたします。
樋井川は、糠塚川のほかいくつかの支流が、桧原で一つの川となり、福岡市内を南から北へ大濠公園の西方を流れ、河口の百道浜(福岡ヤフードームの西)を経て博多湾に流れています。 (下写真:森の家で花火遊びをするハナ=ミズキ・ラムナラインちゃん 2歳)
a0212807_22111425.jpg私たちの2施設は、この国の繁栄を支え、家庭を築き、子を成して、いまや老いて高齢者となり介護の必要な方々が人生の最期まで‘自宅で暮らせる’よう在宅介護を支援、同時にいつまで続くか分からない介護への家族の不安解消と介護負担の軽減協力、さらに介護疲れによる共倒れ防止を目指した介護支援に取り組んでいます。
現在、私たちの2施設では年間延人数にして8千名強のご利用があり個人差はあるにしろほとんどの方が認知症を患っておられます。
高齢者の方々に共通する願いは、死ぬまで自分の家(うち)で暮らしたい、長年生活し愛着のある地域で老後を送りたい、ということに尽きます。     (下写真:森の家から車で10分、油山「もーもーらんど」牧場にて ハナ=ミズキちゃん母娘)
a0212807_22133476.jpgしかし、現実は厳しく、老いた親の介護を家族のダレが看るのか、あるいは介護に明け暮れ蓄積した疲労で共倒れ寸前という家族の事情で老人ホーム入居が、決まり‘お別れ’のとき見せられる高齢者の哀しそうな表情に在宅介護の限界を感じたりもします。
ともあれ、明日は、わが身‥私たち全員、やがてやって来る近未来のわが姿を私は、いつも想像しています。
高齢者在宅介護に関心のある方は、右カテゴリー「高齢者介護(認知症)」をご覧ください。
by blues_rock | 2014-09-26 00:06 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
私たちの高齢者在宅介護施設(2事業所)では、毎週金曜日午後、恒例の俳句教室を行ないます。
昨日7月25日金曜日午後の句会には、14人の方が、参加されました。
ほとんどの方が、認知症を患いながら、かくも瑞々しく感動的な俳句(‥とくにこの3句は秀逸)を詠まれます。
「栗の実や‥」を詠まれた方は、一時間もすると自分が詠んだ句であることを忘れておられます。
認知症は、人間の奥深い‘病気’です。
           夏 空 が   水 た ま り の 中   雲 流 し         (要支援 2  79才)
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           栗 の 実 や   さ さ 揺 れ も せ ず   雨 も よ う       (要介護 3  89才)
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           伐 る 相 談   聞 い て い た の か    さ る す べ り      (要支援 2  79才)
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by blues_rock | 2014-07-26 00:26 | 高齢者介護(認知症) | Comments(0)
前編から続く) 親と同居する未婚の30代~40代は、2010 年 時点で580 万人、2015 年には 640 万人になり、同じく親と同居している未婚の20代~30代1,220万人と併せ考えると、正しくこれが少子化の主たる原因です。
親元で、自分の生活を丸抱えしてもらいながら親のスネかじり、自室に引きこもり、友だちもなく毎日ゲームをしa0212807_1212015.jpgて暮らすパラサイト・シングル‥彼らの親たち(団塊の世代)もシルバー手帳が届く高齢者となり年金生活者になりました。
団塊の世代も定年退職し収入もなく年金頼み、その老いた親の年金をアテにするパラサイト共依存生活に、パラサイト・シングルたちは、自分の将来に不安を抱かないのでしょうか?
2025年に全員後期高齢者となる彼らの親たちの介護を一体ダレがするのでしょうか?
2025年高齢者介護問題は、団塊の世代が、自分で撒いたタネが原因で、少子化もまた共依存にどっぷり浸かa0212807_1233736.pngるパラサイト・シングルの親たち、つまり団塊の世代の自己責任です。
‘共依存=共倒れ’になる前に残された時間は、もうありません。
働くより‘生活保護’の権利を利用したほうが、手取り(所得)が多いというバカげた話はなく、際限なく増え続ける莫大な‘生活保護費’(こちら)の根幹は、ここにあります。
額に汗して一生懸命働き真面目に税金を払う納税者が、バカを見るような社会と国家に未来がないことだけa0212807_1451718.jpgは、確かです。
日経新聞に急増する高齢者を介護する介護員不足は、深刻で喫緊の対策が必要である、ひっ迫する介護労働の人手不足を海外からの‘移民’で補ったらどうかという記事がありました。
私は、読みながら「何を言っているの!? 高齢者介護員が不足しているのなら、いい年をしてグウタラ親のスネかじっている自分の子たちを介護施設で働かせたらどうなのさ。 勤労意欲をスポイルする(失くす)生活保護も即刻見直すべきでしょ!?」と年頭の誓いも虚しくまた腹を立ててしまいました‥嗚呼、情けない。
by blues_rock | 2014-02-07 00:07 | 高齢者介護(認知症) | Comments(2)