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心の時空

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a day in my life

カテゴリ:美術/絵画/彫刻( 115 )

名モデル(被写体)と名カメラマン(写真家)のコラボレーションは、新たな傑作写真を創造しました。
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歴史上著名な人物のポートレイト(肖像写真)を‘ジョン・マルコヴィッチの顔’で写真家サンドロ・ミラー(1958~)
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が、新たな写真にしました。
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ニュヨークのキャサリーン・エルデマン・ギャラリーで開催されたサンドロ・ミラーの「マルコヴィッチ・マルコヴィッ
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チ・マルコヴィッチ」写真展で発表した作品です。
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ジョン・マルコヴィッチが、誰のポートレイトのモデルになっているか、いまさら説明する必要のない有名なポート
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レイト(肖像写真)ばかりです。
by blues_rock | 2016-09-19 00:09 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
ゴッホの耳きり事件も有名です。
この事件も諸説ふんぷん実しやかに言われていますが、ゴッホ自身に記憶なく真相は、謎に包まれています。
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ゴッホは、1888年の10月から12月までの2か月間、アルルでゴーギャンと共同生活、一緒に絵を描いていますが、何せ強烈な個性の二人は、お互いの美意識の相違について決して譲らず口論が、絶えませんでした。
a0212807_18143919.jpgそんな折、ゴッホの描いた自画像の耳をゴーギャンが、からかったためそれに怒ったゴッホは、衝動的に自分の左耳(耳たぶ)を切りゴーギャンとゴッホともにお気に入りの娼婦ラシェルへの贈り物にしたため大騒ぎになりました。
そのころのゴッホには、前編でも述べましたとおり極めてアルコール度の高い酒アブサンの過飲に重ね、せん妄(幻覚・妄想)など統合失調症からくる精神錯乱(情動障害)の発作が、見られるようになりました。
パリの画廊で働く 4歳年下の弟テオは、売れないゴッホの絵を引き取り生活資金を仕送りしていましたが、結婚するテオから自分は、見捨てられるのではと襲ってくる孤独とその恐怖感に苛まれたゴッホが、狂気の昂ぶりとせんa0212807_18304013.jpg妄の発作で錯乱しとっさに起こした耳切り事件とも考えられています。
この事件のあとゴッホは、アルルから東北に20㌔離れたサン=レミの精神病院に移りますが、ここでわずか2ヶ月という短い期間に80点近いゴッホの代表作を描いています。
ゴッホの死後間もない1891年夏パリで開催された「アンデパンダン展」にゴッホの絵10点が、出品されました。
象徴主義芸術を支持する文芸評論家アルベール・オーリエは、ゴッホの作品を見て「過剰である。力の過剰、情熱の過剰、表現の荒々しさの過剰‥(略) 彼の色彩は、信じ難いほどにまばゆい。 私の知るa0212807_18235051.jpgかぎり彼は、色彩というものを真に心得ている唯一の画家である」と高く評価しました。
前年の1890年、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの葬儀について画家エミール・ベルナール(1868~1941)が、「(ゴッホの)遺体が、安置された部屋の壁には、晩年の作品すべてが掛けられていた。 それは、彼を取り巻く後光のように見えたが、絵が輝かしく天才的であるだけに、彼の死は、我々画家にとっていっそう悲しいものだった。 棺には質素な白布が掛けられ、大量の花が、置かれていた。 それは、彼が愛したヒマワリや黄色のダリアなど黄色の花ばかりだった。 黄色は、彼の好きな色で、彼が芸術作品の中だけでなく人々の心の中にもあると考えた光の象徴だった」、 「遺体は、3時に友人たちの手で霊柩車に運ばれた。 テオが、ずっとすすり泣いているのが哀れだった。 外は、狂おしいほど太陽が照りつけていた。 私たちは、故人の人柄について、彼の芸術家としてのa0212807_18251562.jpg勇気、画家の共同体の夢、彼から受けた影響について語り合いながらオーヴェールの丘を登った。 彼が葬られる共同墓地は、まだ新しく、新しい墓標が、点在しているだけだった。 青空の下、収穫間近の麦畑が、眼下に広がっていた。 気候は、まさに彼の好みにぴったりで、彼はまだ幸福に生きられたのにと思わずにはいられなかった。 葬儀には、ピサロやタンギー翁らも参列し埋葬時にガシェは、涙に暮れながら彼a0212807_18255343.jpgは、誠実な人間でとても偉大な芸術家だった。 彼には、人間性と芸術というたった2つの目的しかなかった」と書き残しています。
弟のテオは、テオで兄ヴィンセントを孤独の恐怖に追い込み死に至らしめたのは、自分ではないかと自責、兄ヴィンセンの回顧展をパリ自室のアパートで開催、その半年後、弟のテオもまた精神を病んで兄の後を追うように病死、享年33歳でした。
テオの妻ヨハンナは、その後再婚、亡き夫テオと兄ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの墓と並べて埋葬しました。
by blues_rock | 2016-08-10 00:01 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
日本では、情熱の画家‘ゴッホ’の名前を知らない人を探すほうが、難しいくらいオランダの画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853年3月30日~1890年7月29日自死または事故致死、享年37歳)の名前は、知られています。
a0212807_1575565.jpgこれほど日本人に人気のあるゴッホですが、戦前のわが国にゴッホを知る人は、ほとんどなく、その中で「わたば、ゴッホになる」とゴッホに強い影響を受けて世界的な版画家となった棟方志功だけが、私の印象に残ります。
戦後になり、1953年のわが国初のゴッホ展以来、ほぼ5年置きくらいに特別企画のゴッホ展が、開催されており全国巡回する規模の大きなゴッホ展への入場者総数は、50万人を上回っています。
オランダ、アムステルダムの中心地、アムステルダム国立美術館とアムステルダム市立近代美術館の間にあるゴッホ美術館は、2014年世界の美術館a0212807_15134720.jpgにおける1年間の入場者数ランキングで第34位=161万人と(1位のルーブル美術館=1千万人は別格にしても)個人画家の美術館(2位ピカソ美術館64位=92万人)としては、群を抜いて人気のある美術館ながら、それを以ってしても、わが国でのゴッホ展への入場者総数50万人を考えるとゴッホ人気の凄さが、分かります。
a0212807_15142232.jpgオランダには、アムステルダム郊外のクレラー・ミュラー美術館に270点のゴッホ・コレクションがありますので。アムステルダムに行けば、ゴッホ美術館と併せるとゴッホの主な作品とゴッホ兄弟の浮世絵コレクション(5百点)を見ることができます。
画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホや弟のテオについては、多くの著書がありますので、改めて書く必要はないものの「ゴッホの自死と耳切り事件」は、a0212807_15151732.jpg敢えて事件の周辺にある事実について触れておきたいと思います。
その真相は、これを読んだ方の推理と推察に委ねたいと思います。
ゴッホの自死(自殺)については、諸説ふんぷんありますが、なぜピストルによる自死(自殺)なのか、死因は、胸腹部(心臓の下)を撃ったことによる出血多量死ですが、刺殺行為ならなぜ頭ではないのか(急所ではない腹部なのか)、プロヴァa0212807_15243262.jpgンス(サン=レミ 1889年5月~1890年5月)の精神療養院にいたゴッホが、どうしてピストルを持っていたのか、当時ゴッホには、アブサン(極めてアルコール度の高い酒)依存症や癲癇(テンカン)の発作、うつ病、せん妄(幻覚・錯覚・妄想)など精神の情動障害が見られ、制作中に毒性の絵の具を食べたり部屋にあるランプの油を飲むなどの異常行為もあったとされています。
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ゴッホは、精神が安定し小康状態のときイーゼル・キャンバス・絵具箱など画材類をもち野外に出て絵を描いていました。   (上の絵:ゴッホの絶筆 / 下写真:左 ゴーギャン、右 ゴッホ)
a0212807_15271037.jpgそんな時、サン=レミの人たちから‘赤毛の狂人’と呼ばれていたゴッホが、麦畑で絵を描いているとき(上の絵)地元の悪童少年たちにからかわれゴッホは、少年らの持っていたピストルでふざけているうち暴発、弾がゴッホの胸腹部に当たりました。
ゴッホは、大事になると思わず警察の調べにも少年らをかばい何も言わなかった(だがゴッホは3日後出血多量で死亡)のではないかと推測する専門家もいます。(後編に続く)
by blues_rock | 2016-07-29 00:09 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
a0212807_13305555.jpg今年2016年は、江戸中期に京都で活躍した稀代の天才絵師 伊藤若冲(1716~1800没、享年84歳)の生誕300年を記念して特別展が、東京と京都で開催されています。
こんなとき東京で暮らしていたころの利便性を懐い出し普段感じない東京暮らしをうらやましく思うこともあります。
さりとて会場(美術館)に入るには、5~6時間の行列待ちとか‥東京に住んでいるとしてもいくらなんでも行く気になれません。
そこで大判の伊藤若冲画集(A3版 カタログ・レゾネ 紫紅社)を眺めて自己満足しています。
伊藤若冲の絵は、俵屋宗達・尾形光琳・鈴木其一の琳派や狩野派、葛飾北斎・喜多川歌麿・安藤広重など浮世絵師の肉筆画とも異なる独自の感性で‘写実と想像(イマジネイション)’を融合させて表現した絵画です。
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若冲を奇想の絵師と称する美術評論家方もいますが、私は、敢えて言うなら‘幻想(イメージ)の絵師’のほうが、似合うのではないかと思います。
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若冲は、京都錦小路の青物問屋の長男(跡取り)として生まれるも絵を描くこと以外に関心がなく、商売気もなく遊興・娯楽などの享楽にも興味なし、妻帯もしないという徹底ぶりでした。
a0212807_13334163.jpg40歳で家督を弟に譲り晴れて念願の絵師になりました。
42歳の時から10年かけて描いたのが、色鮮やかな濃彩の花鳥画(とくに鶏)全30幅に及ぶ「動植綵絵」(どうしょくさいえ)で、綿密な描写ながら写生ではない創造性に溢れる傑作です。
若冲の絵が、250年経つ今も丹精で色鮮やかなのは、当時の最高品質の画布(絹)や画材(絵筆・顔料・膠)を使用しているからです。
若冲は、得意の鶏を描くときもすぐに写生せず庭で数十羽の鶏を自ら飼い一年の間、朝から晩まで鶏を眺め動き(ムーブマン)を観察、一年くらい経つと鶏の写生を2年あまり熱心に続けました。
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鶏が、納得いくよう描けるようになった若冲は、鶏のまわりにある草花や木さらに岩に至るまであらゆるものが、自由自在に描けるようになっていました。
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‘物を見る’とは、そういうことだろうと思います。
by blues_rock | 2016-06-26 00:06 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
私の旧くからの友人前田信幸氏の「土彩画展2016」(福岡市天神 ギャラリーおいし 4月19日~24日)を見ました。
彼は、大学卒業後パリに渡り油彩画を学び帰国、やがて天然の土を顔料にした絵具で絵を描き土彩画と呼んa0212807_2330184.jpgでいます。
毎年1回のペースで個展を開催するのは、すごい創作エネルギーと思います。
ここから後述することは、私の蛇足(独断的私見)で、前田氏の個展と関係のないことですが、「‘絵を描く’と云うことは、どういうことなのか? 」について少し書きたいと思います。
子供の頃、石橋美術館(久留米市)で青木繁の「海の幸」や「雨戸板に‘焼き釘’で描いた風景画」を見たとき以来、さらに19歳のとき洋画家林武(1896~1975)の著書「美に生きる」を読んでから私は、折に触れこのことをずっと考えてきました。  (上:前田信幸 「少女像」 左下:林武 「櫛梳る女」)
a0212807_23334465.jpg私は、夭折した画家たちの作品に‥技術は、未熟で稚拙ながら‘とにかく絵を描きたい’の執念、‘どうしても絵を描かずにはおれない’の衝動に身を焦がし絵を描くことだけに執着して若くして死んで逝った画家(病死または自死あるいは戦死)たちの絵の中にその答えを見つけました。
(参考 : 「石田徹也の心象風景」)
絵を描くために、一枚の紙、一本の鉛筆、できれば絵具(クレヨン・水彩・油彩なんでもいい)の画材と描く道具が、あれば夭折した画家たちは、堰を切った水が、奔流のように流れるごとく ‘感じるまま想うまま’ その魂を自己表現しています。
画家の魂が、乗った道具(作品=タイムマシン)により、数十年、何百年、幾千年の時空を超えて見る者(他者)の魂(心)に入ったとき両者の魂は、共鳴し合い、その感動が、私たちの心を至福で満たしてくれるのです。
by blues_rock | 2016-04-26 00:06 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
a0212807_20595712.jpg旧くからの友人島村氏の今回の個展を見て感じたのは、以前にも増して充実して絵を描いておられるとの印象でした。
画家として‘目指すもの’を明確にもち、それを変えずにずっと描き続ける島村氏の意思(持続力)に敬意を表します。
アクリル画、デッサン入れ全23作品、絵の中の女性たちの目(瞳)の表情に興味を以って、ゆっくり見させていただきました。
それぞれの女性の目(瞳)にリアリティを感じ、中でも印象に残ったのが、この2作品でした。
私が、2003年(と記憶)東京現代美術館で見た舟越桂展にあった初期人物彫刻像の目(瞳の趣き)をふと懐い出しました。
a0212807_211129.jpg島村絵画は、半世紀あまり(ちょっと大袈裟かな)見てきましたが、今回の個展に私は、今までの作品と少し違った印象(リアリティ感)を受けました。
(参考) 前回と前々回の個展は、こちらをご覧ください。
by blues_rock | 2016-04-08 00:08 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
いま山口県立美術館でマネジメント理論の発明者(理論の確立者)として経済学・経営学を学んだ人、会社経営者ならその名前を知らない人はいないくらい有名なアメリカの経営学者ピーター・ドラッガー(1909~2005)の日本の古美術コレクション展が、開催されています。
a0212807_2039513.jpgドラッカー氏の日本古美術コレクションとくに室町時代水墨画のコレクションの特長として日本の美術館や個人コレクションが、所蔵していない画家の作品もあることです。
ドラッカー氏は、自分の収集した日本古美術の絵画(巻物)を「山荘コレクション」と名付け愛していました。
ドラッカー氏が、日本古美術と出遭ったのは、1934年6月ロンドンで開催されていた日本美術展覧会に偶然入ったことが、発端(スタート)でした。
さらにワシントンDCに仕事で滞在しているとき、近くにアメリカでも有数の日本古美術コレクションを収蔵するフリア美術館があり昼休みとか時間を見つけては、見に行っていました。
a0212807_20421216.jpgある時、フリア美術館の学芸員から「いつも日本の古い絵画とくに室町水墨画を良く見ていますね。」と語りかけられことでドラッカー氏は、初めて‘自分の好み’が、はっきり分かったと述懐しています。
この時から真剣に日本の古美術を学んだドラッカー氏は、1959年に初来日それ以来日本滞在中、仕事(マーケッティング理論の講演)の合間に時間を作りながら室町時代の水墨画や山水画を収集しました。
ドラッカー・コレクションの日本古美術の特長は、すべて‘巻物’であること、と世界的に日本古美術として人気の高い浮世絵(版画・肉筆画)は、一点も含まれていないことです。
マネジメント理論の発明者ピーター・ドラッカーが、自分の精神の中で室町時代の水墨画や山水画の巻物をどのように愛していたのか、ドラッカー・コレクションの中から今回展示された111点を見て私は、少し理解できたように思いました。
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山口県立美術館には、香月泰男のシベア・シリーズ作品展示室があり、室内置かれた椅子に座りゆっくり鑑賞できるのもうれしいことです。
単眼鏡を手にドラッカー・コレクションをじっくり見ましたので美術館を出たときには、つるべ落としの秋の夕暮れ
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迫り、あわてて美術館近くの瑠璃光寺に向かいました。
秋の瑠璃光寺境内に薄暮の中で凛としてたたずむ国宝の五重塔を眺め、時を超えて来た古(いにしえ)の風情と当時の匠宮大工の技をゆっくり堪能しました。
by blues_rock | 2015-11-23 00:03 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(2)
a0212807_237051.jpg今年の6月、「福岡市美術館で春画展」(こちら)と題して拙ブログで紹介したら多くの方が、お立ち寄りくださり心から感謝しています。
「春画展」の正式なタイトルは、「肉筆浮世絵の世界」です。
その展覧会の中に「浮世絵の春画」のコーナー(R18)があり、うれしいことに多くの老若男女で賑わっていました。
私は、江戸時代のそうそうたる天才絵師たち(写楽に春画作品はない‥写楽のファンとして写楽春画を見たかった)のデフォルメされa0212807_2373336.pngた構図と精緻な筆による‘ど迫力の男女交合図’に感動しました。
とくに喜多川歌麿の浮世絵春画21点は、その絵画的なデフォルメとレアリテで正しく芸術そのものでした。
これを見た19世紀当時のヨーロッパの人びとは、感動でヘナヘナと腰を抜かしたことでしょう。
肉筆画では、葛飾北斎の「酔余美人図」(こちら下の絵)が、すばらしく息を凝らして見入りました。
「肉筆浮世絵の世界」展は、福岡市美術館で9月22日(火)まで開催、「えー!?春画?」と戸惑い迷っておられる方、まだご覧になっていない方には、せめて肉筆画の傑作だけでもお薦めいたします。
クドイようですが、浮世絵春画に「猥褻さ、卑猥さ」は、微塵もありません。
ヨーロッパが、頭を垂れた江戸期のジャパンクールを見て損はないと思いますので、行かれた方は、ぜひ春画コーナーにもお立ち寄りください。
by blues_rock | 2015-09-13 00:13 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)
a0212807_2013534.jpg来たる2015年8月8日から9月20日まで福岡市美術館で開催の「肉筆浮世絵の世界」展に併せ特設会場で「春画を展示」と美術館案内リーフレットにありました。
「エライぞ!福岡市美術館」と福岡市民として思いました。
喜多川歌麿ほか浮世絵師30点(180図)の春画を展示するとか、私は、必ず見ようと思っています。
私が、過去に春画浮世絵(春画の画集を除く)を見たのは、確か一回だけ‥ずいぶん昔のことなので、記憶も極めて曖昧でおぼろ、東京のどこかの美術館で開催された(東京国立博物館だったかも‥)浮世絵展の中に何枚かあったように薄っすら記憶しています。
福岡市美術館では、春画展示の特設会場への入場を18才未満不可にするとか、まるで映倫のR18映画のよう、18才未満の彼ら(未成年)のほうが、ずっとリアルに現実を見ていると私は思います。
大英博物館(ブリティッシュ・ミュージアム)で開催された特別展‘春画、日本美術における性と喜び展’が、なぜ日本でa0212807_20175439.jpg開催されないのか、私には、理解できませんと以前拙ブログ(こちら)に書きましたが、変化の兆しも見え始めました。
東京の永青文庫美術館が、2015年 9月19日から12月23日まで日本初の「春画展」と銘打って国内の美術館や個人コレクション、海外からは、イギリス(大英博物館)・デンマーク所有の春画を集めた展覧会を開催するそうです。   葛飾北斎肉筆画 「酔余美人図」(紺本着色 タテ26.5cm×ヨコ32.4cm)
福岡市美術館でも春画オンリーで大々的に開催して欲しいものです。
付 録: ジャパンクール 肉筆浮世絵の世界福岡市美術館の野外彫刻 
by blues_rock | 2015-06-18 00:08 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(1)
福岡市天神新天町の‘ギャラリーおいし’で、3月24日から29日まで「島村安一 絵画展」が、開催されています。
a0212807_206224.jpgアクリル技法で絵を描く方、テンペラ絵画に興味のある方に、ぜひご覧いただきたい展覧会です。
前回は、2011年11月の開催でしたので、3年4か月ぶりの個展(画家のプロファイルは こちら)で、オール女性像です。
by blues_rock | 2015-03-26 00:06 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)