マンチェスター・バイ・ザ・シー シネマの世界<第727話>
ケネス・ロナーガン監督作品で私の記憶にあるのは、2002年マーティン・スコセッシ監督の作品「ギャング・オブ・ニューヨーク」の脚本と2011年のロナーガン監督・脚本作品「マーガレット」(名優マット・デイモンも出演している秀作映画なのに、何と日本では、劇場未公開! 信じられません)でした。
当初、前作の「マーガレット」で、ロナーガン監督とダッグを組んだマット・デイモンが、新作「マンチェスター・バイ・ザ・シー」では、自ら監督・主演・製作を考えていたようですが、スケジュールの都合で製作だけ担い、脚本と併せ監督をケネス・ロナーガン監督に依頼、主演は、親友ベン・アフレックの弟ケイシー・アフレック(1975~)に要請しました。
監督と脚本を担ったケネス・ロナーガン監督は、心に深い傷を負った主人公リー・チャンドラーの喪失感、寂寥感、孤独感という難しい人物描写を俳優ケイシー・アフレックの個性を生かした地味な演出で見事に表現しています。
マット・デイモンは、名優ながら‘ジェイソン・ボーン’の印象(ショーン・コネリーの007ジェームス・ボンドと同様)が、極めて強く「マンチェスター・バイ・ザ・シー」の主人公リー・チャンドラー役には、特定人物のイメージが、定着していないケイシー・アフレックのキャストは、大正解!でした。
撮影監督ジョディ・リー・ライプス(1982~)が、撮ったリーのもつ喪失感、寂寥感、孤独感を醸し出す冷んやりとした映像、音楽担当の作曲家レスリー・バーバー(1962~)の抑えた旋律、リーの現在と過去を同時進行形のようにフラッシュ・バックさせる編集のジェニファー・レイムなど、ロナーガン監督を支える製作スタッフ陣の仕事ぶりも秀逸です。
主人公のリーは、生まれ故郷であるマンチェスター・バイ・ザ・シーを離れ、ボストン郊外で地域住民の便利屋として生計を立て孤独に暮らしていました。
ある冬の日、リー(ケイシー・アフレック)は、兄のジョー(カイル・チャンドラー 1965~)が、心臓発作で亡くなったとの訃報を受け、帰りたくなかった故郷マンチェスター・バイ・ザ・シーへ帰省しました。
リーには、マンチェスター・バイ・ザ・シーで暮らしていたころの亡き兄ジョーと甥のパトリック(ルーカス・ヘッジズ 1996~)三人で過ごした楽しい思い出とともに記憶から決して消し去ることのできない離婚した元妻のランディ(ミシェル・ウィリアムズ 1980~)と幼い娘三人一緒に暮らしていた時代の悲痛な過去が、ありました。
ケイシー・アフレックの演じるリー・チャンドラーの身を切られるような喪失感、寂寥感、孤独感は、実在感(リアリティ)にあふれ近年の映画の中で俳優と登場人物(主人公)が、一体化した映画ファン必見の見事な演技です。
「マンチェスター・バイ・ザ・シー」は、総合芸術‘映画’の醍醐味を感じさせる深層心理ドラマの傑作なのでお薦めいたします。