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心の時空

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a day in my life

レコード復活

私は、少年時代にラジオから聴こえる流行歌やテレビの歌謡番組で大衆音楽を楽しんでいました。
中学生のころロックンロールが、大々的に登場、高校生のころには、ビートルズが、私にとって音楽のすべて
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となりました。
貧しい農家の子供にLP盤は、おろかSP盤さえ買えず高校時代、放課後学校の帰りにビートルズファンの同級a0212807_4414725.jpg生の家に寄り、いつも聴かせてもらっていました。
大学生になってもビートルズの熱冷めやらず相変わらずビートルズの楽曲ばかりを聴いていましたが、そのころからビートルズの出身地リバプールで同時代に活動していたマージービート・バンドやリバプール以外のブリティッシュ・ロックンロールバンド、例えば、ローリング・ストーンズ、キンクス、アニマルズ、ハーマンズ・ハーミッツ、デェイブ・クラーク・ファィブなども聴くようになりました。 (参考 : ロック・ブルース・シャンソンなどの名曲・名盤は、こちら をご覧ください。)
a0212807_4458100.png就職して給料をもらうようになると堰を切ったようにビートルズは、元よりロックのLP盤を購入し始めました。
ビートルズとくにジョン・レノンが、ボブ・ディランの詩の影響を受けるとボブ・ディランは、元より詩を朗読するようなシャンソンに興味を覚え、イブ・モンタン、ジュリエット・グレコ、バルバラ、シャルル・アズナブール、ジョルジュ・ムスタキなどが、好きでした。
当時の日本人歌手の甘ったるいシャンソンは、生理的にイヤでしたが、東京で暮らしていたころ金子由香利と大a0212807_4454350.jpg木康子の出演する銀巴里には、良く行きました。
1970年代の日本人ミュージシャンとしては、井上陽水、吉田拓郎、中島みゆき、加藤登紀子、憂歌団あたり、そうそうノーボディというロックンロールセンス抜群のデュオも好きでした。
1970年代のイギリスは、レッド・ツェッペリンのハードロック、Tレックス、ピンク・フロッド、キンググリムゾン、デヴィト・ボウイなどのプログレッシブ・ロックが、全盛で、アメリカでは、1967年西海岸のモントレー・ポップ・フェスティバルさらに1969年東海岸のウッドストックでロック史上最高の野外ライブが、開催されました。
a0212807_503260.jpgこのウッドストック・ロックコンサートの2枚組LP(ライブ・アルバム)は、私の宝物となりました。
ビートルズほかブリティッシュの洗礼を受けた1970年代のアメリカは、まずボブ・ディランが、エレキギターに変えブルースロックを歌い、ドアーズ、CCR、GFR、イーグルスなど大音響で聴かせるアメリカンロックの黄金時代を築きました。
a0212807_51186.jpg1970年代半ばから1980年代にかけては、パンクロック、ハードロック、ヘヴィメタル、ブルースロック、ソウル(R&B、ファンク)など百花繚乱 ‥ 1980年代半ばからCDが、登場しコード盤は、絶滅しました。
ヴァン・ヘイレン、ボン・ジョビなどCDウォークマンにヘッドホンを着け大音量で飽かず聴いていましたので今私は、その後遺症のロック難聴で難儀しa0212807_562844.jpgています。
わが家には、LP盤、CD盤合わせて2千枚くらいの古いLP、CD盤が、あり引っ越しするたびにふうふう言って荷作りしトラツクに積み込み運んで来ました。
レコード盤が、廃止されて30数年経ち ‥ レコード盤の手入れなど面倒くさい維持管理やターンテーブルにレコード盤を載せ、A面B面反しながら針を置くなどの手間も惜しまず、むしろそれを楽しむ新しい音楽世代の登場です。
a0212807_5211514.jpg何よりレコードジャケットの芸術性(質の高いポップアート性)が、再評価され、音楽を聴きながらジャケットに見入ったり、好みのジャケットを壁に並べてインテリアにしたりとレコードそのものをトータルに楽しむ若者が、増えているとの日本経済新聞記事は、私には、うれしいニュースでした。
いまやっとアンティック・レコード(骨董レコード盤)が、脚光を浴び、それまで終活時にどう扱おうかと悩んでいた私にとって何よりの吉報です。
by blues_rock | 2017-11-21 03:30 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(0)