今年の春から 茶道(茶の湯)知らずの茶碗好きが、茶碗作りを始め 早8か月、晩秋と云うより冬の気配漂う季節となり、陶土(つち)を弄る指先もかじかむようになりました。
茶碗作りの動機は、古唐津茶碗の高台が、残る陶片の欠けた部分を
刻苧(こくそ)で形成、復元した部分に蒔絵で加飾し新しい古唐津茶碗にしようと意気込み一年半‥10数碗の刻苧茶碗が、何とかできました。
さて、次の仕上げ(加飾=蒔絵)の工程にトライしようと刻苧部分を眺めていたら金継ぎの技法しか知らない私は、漆工芸の基本技術が、まるで分かっておらず、これまで私は、漆さえ良く知らないまま無手勝手流の稚拙な
加飾をしてきたことに気が付きました。
そこで刻苧茶碗は、一旦横に置いてこの秋(10月)から‘博多漆芸研究所’に入門(弟子入り) ‥ 漆芸技法の
イロハを学ぶことにしました。 (上と下写真 : 念願の窯キズ入り茶碗)
同時に思い立ったのが、
陶胎茶碗作り‥つまり自分で作陶した壊れ茶碗に金継ぎしたいという妄想でした。
玄洋窯窯元の冨永師匠も陶工の常識からは、考えられない‘焼成中の窯で割れる茶碗’を作りたいと懇願するド素人の私に呆れ果てたご様子でしたが、半年くらい経ったころから茶道(茶の湯)茶碗の‘基本(約束事)’を踏
まえた茶碗作陶の真髄を少しずつ教えてもらえるようになりました。
今夜掲載した拙茶碗は、3、4か月くらい前に作陶したものなので子供が、粘土遊びしたような茶碗(正面が分か
らない、茶溜りが浅い、飲口がない、高台が低い、底から水漏れするなど反省点多い)になりました。
本阿弥光悦の茶碗を敬い、
川喜多半泥子の茶碗に憧れる私としては、気を取り直し何とか天才陶匠の足裏に
付いた砂粒くらいの茶碗が、せめて作陶できるようにと手回しロクロの上で七転八倒しています。
100個くらい作陶してみてやはりダメのようならきっぱりと茶碗作りを諦めたいと思います。