パターソン シネマの世界<第765話>
主人公のバス運転手パターソンの趣味は、詩を創作すること、毎日朝6時過ぎに起き、横で寝ている愛妻ローラに軽くキスをして、簡単なシリアルの朝食を摂りバス会社に歩いて向かいます。
帰宅すると妻と夕食、食後不細工なブルドッグの愛犬マーヴィンと夜の散歩に出かけ途中バーでビールを1杯だけ飲んで帰ります。
そんな代わり映えしない日々の暮らしながら詩作するのが、趣味のパターソンにとっては、同じ日などなく、毎日運転席から彼が、見た街並みや歩く人たち、車内でおしゃべりする乗客の会話など日常の些細なことをいつも持ち歩るいているノートに詩を書いていました。
映画は、そんなバス運転手パターソンが、営む普段の穏やかで慎ましい暮らしぶりを丁寧に描いています。
映画「パターソン」を見るとインディペンデンス系映画の映像作家(映画監督)にして詩人でもあるジャームッシュ監督は、マンハッタンから1時間くらいの移民の多い(多い順からラテン系・黒人系・白人系・アラブ系・アジア系など)人種・民族の坩堝(るつぼ)である小都市パターソン(人口15万人)に特別な愛情もっていることが、よく分かります。
パターソン出身には、アメリカを代表する二人の詩人 ウィリアム・カーロス・ウィリアムズ(1883~1963)とアレン・ギンズバーグ(1926~1997)が、いてウィリアム・カーロス・ウィリアムズは、パターソン市の小児科医にして詩人でした。
ビートニク詩人のアレン・ギンズバーグは、現代アメリカ文学・芸術(演劇・ロック)に大いに影響を与えました。
パターソン出身といえば、白人警官によるデッチあげ殺人の冤罪で20年間刑務所に服役した黒人の元プロボクサー ルービン・カーター(1999年映画「ザ・ハリケーン」の主人公、ボブ・ディランも名曲「ハリケーン」で激しく抗議しアメリカ社会を告発)が、います。
静謐かつ情感あふれる映像を撮ったのは、名撮影監督 フレデリック・エルムス1946~、1987年「ブルーベルベット」、1991年「ワイルド・アット・ハート」、2009年「脳内ニューヨーク」、2013年「25年目の弦楽四重奏」など多くの名作を撮影)です。
映画のストーリーは、月曜日から日曜日まで7日間のその日の始まりが、スクリーンにクレジットされ、朝6時過ぎに起きるところからパターソンの一日をカメラは、追います。
映画の中でパターソンが、作る詩も字幕で映し出されていきます。
パターソンの詩は、ジャームッシュ監督が、詩人ロン・バジェット(1942~)に依頼したそうで映画のために創った詩も数篇あるようです。
パターソンと妻ローラの穏やかで静かな日々に小さな波風を立てるのが、不細工で素っ頓狂な愛犬ブルドッグのマーヴィンです。
マーヴィンを演じたイングリッシュ・ブルドッグのネリーは、その名演でカンヌ国際映画祭‘パルム・ドッグ賞’を受賞 ‥ 映画の撮影後死去したネリーにジャームッシュ監督は、エンドクレジットの最後に「ネリーに捧げる」と弔意を表わしています。
パターソンと横で眠る妻ローラの和やかな毎朝のベッドもジャームッシュ監督の演出は、とても繊細で夫婦愛を観念的に見せるのではなく、ひと朝だけベッドのシーツから下着を付けていないローラの左大腿部が、はみ出しているシーンには、その夜愛し合う二人が、セックスしたことをさらりと的確に表現するディテールの丁寧さに感服しました。
ジャームッシュ監督お気に入りの日本人俳優 永瀬正敏(1966~)が、映画の終盤、詩人の街パターソンを訪ねた日本人として登場、大切な詩作ノートを愛犬マーヴィンに喰い破られ公園で気落ちしているパターソンに新しいノートをプレゼントし励ます詩人の役でした。