ムーンライト(前編) シネマの世界<第713話>
映画のプロットは、マイアミのアフリカ系アメリカ人(つまり黒人)の多くが、住まう貧困地域、その中でも麻薬に汚染された危険な地帯で自分の居場所とアイデンティティを捜しながら成長していくゲイ(LGBT)の黒人少年シャロンの物語です。
映画は、三章からなりリトルと呼ばれる少年期(アレックス・ヒバート)、シャロン(渾名ブラック)と呼ばれる青年期(=ティーンエイジャー期 アシュトン・サンダース)、自らブラックと名のる成人期(トレヴァンテ・ローズ)の3つの時代で構成され物語のコア(映画の軸)となる‘主人公のゲイである内面(アイデンティティ)’が、終始一貫ぶれることは、ありません。
アフリカ系アメリカ人(黒人)のジェンキンス監督自身は、ゲイ(LGBT)ではありませんが、主人公シャロンの内面を良く理解しゲイであるシャロンのアイデンティティを丁寧に描いています。
映画に出演しているのは、全員黒人俳優で、シャロンの少年期・青年期・成人期を演じた3人の俳優が、三者三様にすばらしく、シャロンは、ゲイ(LGBT)であることを幼くして自覚していますが、そのアイデンティティを隠しながら自分の居場所を捜し成長していきます。
地域社会に蔓延する‘ホモフォビア(ゲイ嫌悪感情)’というキリスト教の因習やアメリカの伝統的な家族社会の政治的背景からくる人びとの差別や偏見、虐待(いじめ)に苦しめられるシャロンは、いつも孤独で「自分は、いったい何者なのだろう?」と内向する姿が、切なく見る者の胸を打ちます。
ティーンエイジャーになったシャロンは、幼いころからのただ一人の友だちであるケヴィンに次第に友情以上の想いを抱くようになって行きます。
リトル・シャロン・ブラックとそれぞれの章を三人の俳優が、ジェンキンス監督の秀逸な演出のもと、いつも俯(うつむ)いているシャロンの雰囲気や彼の目の表情(眼ざし)に自分のアイデンティティを捜し成長していくシャロンを演じ、撮影中、ジェンキンス監督は、シャロン役の俳優3人を会わせないでリアリティある自然な演技を指導しました。
「ムーンライト」(Moonlight)は、非常に地味なヒューマンドラマです。
麻薬汚染されたアメリカの小さな貧困社会で成長していく一人のゲイ(LGBT)の黒人少年が、たった一つの愛を逆境の中で月明かりのように胸に秘めて生きてきたことをジェンキンス監督は、映画を見る者に同期させ、一緒に考えて欲しいとメッセージしているように思いました。 (後編に続く)