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心の時空

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a day in my life

沈黙 サイレンス(後編)  シネマの世界<第670話>

a0212807_526299.jpg元キリシタンの長崎奉行所通辞(浅野忠信 1973~)は、目の前の凄しい拷問に眉を潜ませながらも司祭ロドリゴに繰り返し棄教する(転ぶ)ことを説得、教会の教義に従い自らの信仰を頑なに守り殉教するのか、自己(の信仰)を犠牲にしてキリスト教信徒の命を救うのか‥ロドリゴが、ついに決心して踏み絵のイエスの顔に足を近づけると彼の足に激しい痛みが、走りました。
a0212807_5484389.jpgそのとき踏み絵のイエスが、ロドリゴに「踏むがよい。 おまえのその足の痛みを私が、いちばんよく知っている。 その痛みを分かつために私は、この世に生まれ、十字架を背負ったのだ。」と語りかけました。
もし、キリストが、ここにいたら目の前で苦しむ信徒のために転んだだろう、それが、神の愛(信仰)なのだ、と映画は、私に語りかけていました。
a0212807_55071.jpgロドリゴは、踏み絵のイエス像を踏み棄教、岡田三右衛門と名乗り妻を娶り幽閉40年の生涯を日本で終えました。
フェレイラ神父も司祭ロドリゴの前に現われたとき、すでに沢野忠庵と名を変え過っての教え子ロドリゴに「この国でキリスト教は、育たない。」と一言、静かに言いました。
a0212807_604115.jpgスコセッシ監督「沈黙(サイレンス)」に出演している日本人俳優たちが、いずれも秀逸で、リアリティ(実在感)にあふれスコセッシ監督の演出とセッションしているような名演技で ‘すばらしい!’ の一言です。
窪塚洋介演じるキチジローもキリシタンで司祭ロドリゴを手引きしながら一方で簡単に踏み絵を踏み密告、そんなキチジローを軽蔑するロドリゴに付きまとい‘弱い自分a0212807_61157.jpgの罪’を認め、神の赦しを乞う告解を何度も求めます。
信仰心厚い隠れキリシタンのモキチ(塚本晋也 1960~ 右写真)、長老のイチゾー(笈田ヨシ 1933~ 上写真)、信仰を捨てないため見せしめに斬首されるジュアン(加瀬亮 1974~)、簀巻きにして海に投げ入れられるモニカ(小松菜奈 1996~)などの存在も光ります。
a0212807_614097.jpgイエスは、再びキチジローの顔を通してロドリゴに「私は、沈黙していたのではない。 おまえたちと共に苦しんでいたのだ。 弱いものが、強いものよりも苦しまなかったと誰が、言えるのか?」と語りかけます。
神の教えの意味を知ったロドリゴは、踏み絵することで棄教した自分が、いまもなお、この国で最後のキリスト教司祭であることを悟りました。
a0212807_624912.jpg映画を見ると「沈黙 サイレンス」製作にかけるスタッフ、ラインプロデューサー・プダクションデザイン・コスチュームデザインなど製作陣の情熱と努力が、よく分かり名撮影監督ロドリゴ・プエトロ(1965~)の映像も秀逸です。
「沈黙 サイレンス」は、傑作ですので、ぜひ一人でも多くの方に見ていただきたいとおもいます。 (上写真 : 撮影中のマーティン・スコセッシ監督)
a0212807_643111.jpg1971年公開の篠田正浩監督作品「沈黙」(左ポスター)も傑作ながら、いまDVDでも見れないのが、残念です。
この映画の脚本は、原作者遠藤周作が、篠田監督と共同で書き、撮影監督は、撮影の名匠宮川一夫、音楽監督が、作曲家武満徹、キチジロー役は、日系アメリカ人俳優のマコ岩松、転んだ女キク(洗礼名モニカ)を篠田監督夫人にして名女優の岩下志麻(1941~)が、演じていました。
by blues_rock | 2017-01-29 00:09 | 映画(シネマの世界) | Comments(2)
Commented by j-machj at 2017-01-26 22:53
これは、観に行こうと思っています。
マーティン・スコセッシが監督という所に、興味を持ちました。
ハリウッドが作る映画なら、映像のクオリティもかなり高いのでしょうね。
そういえば、「キリスタンの弾圧」を素材にした映画は、あまり作られていないのではないでしょうか。
Commented by blues_rock at 2017-01-27 08:58
素晴らしい映画でした。
良い本(遠藤周作)、良い監督(マーティン・スコセッシ)、良い役者(演技力のある俳優陣)、さらに良い撮影監督(ロドリゴ・プエトロ)とくれば、傑作間違いなし(私見です)、何回か見たいと思っています。