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ブラディ・サンデー  シネマの世界<第651話>

イギリスの名匠ポール・グリーングラス監督(1956~、マット・デイモンとの‘ジェイソン・ボーン’シリーズで有名)が、2002年に撮った(監督・脚本)ポリティカル映画「ブラディ・サンデー」は、ドキュメンタリー手法の演出とそれ
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を撮影したテクニカルなカメラ・ワークと相俟ってジャーナリズム作家でもあるグリーングラス監督の個性的な映像作風が、前面に顕われた面目躍如たる優れた作品です。
a0212807_1111461.jpg映画は、1971年1月30日に北アイルランドのデリーで起きたイギリス陸軍特殊部隊SBSが、北アイルランド市民による公民権運動デモ(このデモにはアイルランド共和国軍IRAも介入できなかったイギリス統治に対する市民による反対運動=民主的な人権運動)に参加した非武装市民14人を射殺(うち5人が背後から銃撃され死亡)した「血の日曜日事件」(Bloody Sunday)を題材(プロット)にしています。
映画のエンディングでグリーングラス監督は、この‘ブラディ・サンデー(血の日曜日事件)’で勝利したのは、イギリス政府と軍が、もっとも手を焼く過激派組織アイルランド共和国軍IRAであるとクレジット(アイロニー・メッセージ)したのが、痛快で印象に残りました。
映画では、このデモを主導し北アイルランドの公民権運動リーダーを務める下院議員アイヴァン・クーパー(ジェームズ・ネスビット 1965~)を主人公にしていますが、真の主人公は、イギリス統治国北アイルランドのプロテスタント(イングランド国教会信徒)から社会的な差別を受け、人権と自由を抑圧され一方的に弾圧される北アイルランドのカトリックa0212807_1114847.jpg教徒(デリー市民)です。
この支配権力と被支配者というキリスト教徒間の愚劣な‘血で血を洗う’宗派対立(血で血を洗う愚劣な宗派対立という意味ではイスラム教スンニ派とシーア派の理解不能な争いも権力と利権争奪が根源、信仰ではない)は、15世紀絶対王政イングラントの暴君ヘンリー8世(1491~1547)が、自分の色欲による6度の結婚をめぐり離婚を認めないローマのカトリック教会と対立、ローマ法王から破門され自らが、宗主となるイングランa0212807_11184759.jpgド国教会を設立、イングランド領植民地アイルランドのカトリック教徒を抑圧し弾圧したことに遡ります。
宗教(信仰)の多様性を認める日本(風土的特性)では、歴史の中で天下人織田信長による比叡山延暦寺弾圧(一向一揆衆僧兵虐殺)や豊臣秀吉と徳川幕府によるキリシタン弾圧(処刑)追放が、一部にあったもののキリスト教やイスラム教のように千数百年におよぶ宗教戦争は、私たち日本人には、理解不能な宗教観といえるでしょう。
a0212807_11201074.jpg閑話休題、映画「ブラディ・サンデー」の話に戻してグリーングラス監督は、全シーンを手持ちカメラで撮影、トラッキング・ショット(&フォロー・ショット)ときにはオーヴァー・ザ・ショルダー・ショットなどを用い、正にその事件現場にカメラを持ち込んだようなドキュメンタリータッチの映像が、リアリティを持ち、グリーングラス監督a0212807_11222715.jpg特有のカット割りの多い構成と編集もリアルな緊迫感を醸し出しています。
「ブラディ・サンデー」は、ベルリン国際映画祭で最高賞(金熊賞)を受賞しています。
映画のラスト、エンド・クレジットが、終わってもなお暗闇で続くアイルランドのロックバンド U2の歌う、そして「ノー・モア!」と叫ぶライブ・ヴァージョンa0212807_11253714.jpg「Bloody Sunday」(オリジナル曲は、1983年リリースのアルバム「War」に収録)は、感動します。
この曲は、1972年にジョン・レノンが、アイルランド内戦を告発し全世界に北アイルランド紛争の惨事をアピールするために書いた作品「血まみれの日曜日(Sunday Bloody Sunday)」に触発されて U2が、1983年に発表し、U2の代表曲の一つになっています。
by blues_rock | 2016-11-21 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)