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心の時空

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消えた声が、その名を呼ぶ  シネマの世界<第616話>

この映画の原題である「The Cut(切断)」は、映画を見ていただくと分かりますが、1915年トルコ(当時イスラム教スルタン=カリフのオスマン・トルコ帝国)で起きた100万人とも150万人とも言われる「アルメニア人(キリスト教徒)虐殺」の歴史的事実(実話)を描いた映画です。
a0212807_1848844.jpgヒトラーが、ユダヤ人虐殺の参考にしたと云われるくらいオスマン・トルコ帝国支配地域でのアルメリア人迫害と虐殺は、残忍なものであったと語り継がれています。
現在(いま)もトルコでこの事件に触れることは、タブー(禁忌)で隣国アルメリア政府との間で100年前オスマン・トルコ時代に起きたアルメリア人虐殺の歴史的な事実認識をめぐって紛糾しています。(日本と中国・韓国との歴史認識をめぐる負の歴史は万国共通です。)
この8か国(ドイツ・フランス・イタリア・ロシア・ポーランド・カナダ・トルコ・ヨルダン)合作2012年映画「消えた声が、その名を呼ぶ(The Cut 切断)」が、特筆すべきなのは、若いトルコ人監督ファティ・アキン(1973~ 現在ドイツ国籍)が、自ら製作、脚本を書き監督していることでしょう。
撮影監督は、スイスのライナー・クラウスマン(1949~ 「ヒトラー 最期の12日間」の撮影監督)、音楽監督が、a0212807_18495111.jpgドイツのロックミュージシャン アレクサンダー・ハッケ(1965~)で、クラウスマンの映像と相俟って音楽家ハッケのリフレインされるメロディとその繊細な音が、印象的です。
劇中に流れるモロッコの歌姫インディ・ザーラ(1979~)の哀愁ある歌声も心に沁み入ります。
主人公のアルメニア人ナザレットをフランスの若手名優タハール・ラヒム(1981~)が好演しています。
映画の骨子を簡単に云うなら、オスマン・トルコの不条理な弾圧による絶望のなか家族を引き裂かれ生き別れa0212807_18525132.jpgになった双子の娘は、生きていると信じることで一縷の生きる希望を胸に、わずかな情報(というより噂)をもとに8年もの間、トルコから過酷な砂漠を越え飢えと渇きに耐え抜き細い糸を手繰るようにシリアからレバノンまですべて孤児院を一つひとつを訪ね歩きさらにキューバからアメリカ北中部のノースダコタまで探し歩く父親の物語です。
出演者で私が知るのは、ナザレット役のタハール・ラヒムとカメオ出演のようにチラッと登場したドイツの名優a0212807_18531972.jpgモーリッツ・ブライプトロイ(1971~)くらい、映画の中盤アメリカに難民として逃れた双子の娘を短期雇用していたアメリカの縫裁工場主役(のちょい役)でモーリッツ・ブライプトロイが、ワンシーンだけ登場したのには、驚きました。
映画は、冒頭、鍛冶職人ナザレットの幸せな家族を映し、それもつかの間ナザレットの人生は、暗転し、1915年トルコ軍憲兵よるアルメニア人の強制連行へ移ります。
a0212807_18535212.jpgナザレットは、何が起きたか分らぬまま突然愛する妻と双子の娘と引き離され砂漠に連れて行かれ死刑宣告を受けました。
オスマン・トルコ軍は、銃弾を節約するため服役中のトルコ人囚人を連れて来てナイフでアルメリア人の喉を切らせ処刑させました。
ナザレットの処刑を命じられた囚人が、ナザレットの喉を切るというむごい仕打ちを一瞬ためらったためナザレットの喉は、致死傷にならず声を失いながら奇跡的に生き残りました。
a0212807_1961845.jpgアキン監督の演出は、虐殺への感情的な憤怒やナザレットが耐え忍んだ地獄の8年あまり悲惨な人生をことさら強調するのでなく感情を抑制して表現しています。
映画の中でナザレットが、怒りをあらわにするのは、双子の娘にひどい扱いをした同胞のアルメリア人に対してでした。
映画では、オスマン・トルコ軍憲兵ほかキューバやアメリカでも極悪非道の悪人が、多く登場しますが、少数なa0212807_197148.jpgがらトルコ人の一般市民、アラブ商人、キューバでも善良な普通の人たちは、愛する娘たちを懸命に捜すナザレットを善意で助けます。
私は、アキン監督が、「まだ人類の良識と叡智を諦めてはいない」と映画を見る人たちへメッセージしていると感じました。
ナザレットが、大人になった双子の娘の一人と再会するラストシーンも大仰に盛りあげるのではなく意表を突くようにすうーっと終わりアキン監督の演出は、最後まで見事でした。
by blues_rock | 2016-08-02 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)