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心の時空

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ゴッホの自死と耳切り事件 ~ その真相(前編)

日本では、情熱の画家‘ゴッホ’の名前を知らない人を探すほうが、難しいくらいオランダの画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ(1853年3月30日~1890年7月29日自死または事故致死、享年37歳)の名前は、知られています。
a0212807_1575565.jpgこれほど日本人に人気のあるゴッホですが、戦前のわが国にゴッホを知る人は、ほとんどなく、その中で「わたば、ゴッホになる」とゴッホに強い影響を受けて世界的な版画家となった棟方志功だけが、私の印象に残ります。
戦後になり、1953年のわが国初のゴッホ展以来、ほぼ5年置きくらいに特別企画のゴッホ展が、開催されており全国巡回する規模の大きなゴッホ展への入場者総数は、50万人を上回っています。
オランダ、アムステルダムの中心地、アムステルダム国立美術館とアムステルダム市立近代美術館の間にあるゴッホ美術館は、2014年世界の美術館a0212807_15134720.jpgにおける1年間の入場者数ランキングで第34位=161万人と(1位のルーブル美術館=1千万人は別格にしても)個人画家の美術館(2位ピカソ美術館64位=92万人)としては、群を抜いて人気のある美術館ながら、それを以ってしても、わが国でのゴッホ展への入場者総数50万人を考えるとゴッホ人気の凄さが、分かります。
a0212807_15142232.jpgオランダには、アムステルダム郊外のクレラー・ミュラー美術館に270点のゴッホ・コレクションがありますので、アムステルダムに行けば、ゴッホ美術館と併せるとゴッホの主な作品とゴッホ兄弟の浮世絵コレクション(5百点)を見ることができます。
画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホや弟のテオについては、多くの著書がありますので、改めて書く必要はないものの「ゴッホの自死と耳切り事件」は、a0212807_15151732.jpg敢えて事件の周辺にある事実について触れておきたいと思います。
その真相は、これを読んだ方の推理と推察に委ねたいと思います。
ゴッホの自死(自殺)については、諸説ふんぷんありますが、なぜピストルによる自死(自殺)なのか、死因は、胸腹部(心臓の下)を撃ったことによる出血多量死ですが、自殺行為ならなぜ頭ではないのか(急所ではない腹部なのか)、プロヴァa0212807_15243262.jpgンス(サン=レミ 1889年5月~1890年5月)の精神療養院にいたゴッホが、どうしてピストルを持っていたのか、当時ゴッホには、アブサン(極めてアルコール度の高い酒)依存症や癲癇(テンカン)の発作、うつ病、せん妄(幻覚・錯覚・妄想)など精神の情動障害が見られ、制作中に毒性の絵の具を食べたり部屋にあるランプの油を飲むなどの異常行為もあったとされています。
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ゴッホは、精神が安定し小康状態のときイーゼル・キャンバス・絵具箱など画材類をもち野外に出て絵を描いていました。   (上の絵:ゴッホの絶筆 / 下写真:左 ゴーギャン、右 ゴッホ)
a0212807_15271037.jpgそんな時、サン=レミの人たちから‘赤毛の狂人’と呼ばれていたゴッホが、麦畑で絵を描いているとき(上の絵)地元の悪童少年たちにからかわれゴッホは、少年らの持っていたピストルでふざけているうち暴発、弾がゴッホの胸腹部に当たりました。
ゴッホは、大事になると思わず警察の調べにも少年らをかばい何も言わなかった(だがゴッホは3日後出血多量で死亡)のではないかと推測する専門家もいます。(後編に続く)
by blues_rock | 2016-07-29 00:09 | 美術/絵画/彫刻 | Comments(0)