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心の時空

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ビルマの竪琴  シネマの世界<第579話>

a0212807_1223515.jpg社会評論家・ドイツ文学者、東京大学教授でもあった竹山道雄(1903~1984)は、多くの教え子たちを戦死させた無念と悔恨の思いに動かされ戦後すぐ童話雑誌「赤とんぼ」に児童向けの連載小説「ビルマの竪琴」を発表しました。
作家竹山道雄は、リベラリスト(自由主義者)として戦前、日独伊三国同盟のファシズム台頭に警鐘を鳴らし戦後の社会主義賛美やソ連の国際共産主義に疑念を表明、右翼左翼いずれの全体主義(ファシズム)にも反対しました。
この「ビルマの竪琴」を市川崑監督(1915~2008)は、1956年のモノクロ映像版と1985年のカラー映像版で二回撮っています。
a0212807_12245091.png脚本は、市川監督夫人の和田夏十(1920~1983)で「脚本の才能はとても妻に及ばない」と市川監督に言わしめた脚本家でした。
市川崑監督と脚本家和田夏十コンビの作品で私が一番好きなのは、1958年作品「炎上」です。
原作の三島由紀夫小説「金閣寺」が、あまりに完全度の高い作品であったため二人は、原作者 三島由紀夫から「金閣寺」創作ノートを借りて和田夏十が、映画「炎上」a0212807_12303948.jpgのためにオリジナル脚本を書きました。
この映画「炎上」は、当時27歳の若手俳優市川雷蔵を一躍有名にしました。
さて、「ビルマの竪琴」は、何度見ても私の心にズシリと堪える名画です。
a0212807_12314322.jpg1956年のモノクロ映像作品「ビルマの竪琴」は、主人公のビルマの僧となった水島上等兵を安井昌二(1928~2014)が、寡黙に演じ自分へ一生懸命「一緒に日本に帰ろう」と呼びかけ続ける捕虜収容所の戦友たちへ抑え難い感情をビルマの竪琴で伝える数々のシーンは、感動的です。
a0212807_12354927.jpg三國連太郎(1923~2013 「飢餓海峡」主演)演じる当時の帝国軍人らしからぬ音楽学校出の井上隊長も、当時の理不尽で横暴極まりない軍人の中にきっとこういう人格者もいただろうなと思わせる名演技でした。
終盤の「埴生の宿」で、自分が水島上等兵であることを認め「一緒に日本に帰ろう」と呼びかける戦友たちに竪琴で「仰げば尊とし」と永久の別れ(いまこそ分かれ目いざさらば)を告げて森の中に消えるシーンは、もう駄目、何回見ても咽いてしまいます。
a0212807_12412336.jpg私が、高校生のころNHK教育テレビで放映された「ビルマの竪琴」(安井昌二主演版)をポロポロ涙流しながらコタツの中でひとり見ていると外出から帰った母は、私の泣き顔を見てビックリ仰天、「どうした!? 何があった?」と驚いていましたっけ‥恥ずかしかったなあ。
先日、高齢者介護施設で通所されていた20数名の高齢者の皆さん(すべて認知症の方々)に1985年リメイクのカラー映像作品「ビルマの竪琴」を見ていただきました。
市川崑監督も脚本の和田夏十も前作と同じながら冒頭のシークエンスが、若干違い、当然キャストは、全員変わり、水島上等兵に中井貴一(1961~)、井上隊長を石坂浩二(1941~)が、演じオリジナルとは、a0212807_12434658.jpgまた違った人間味あふれる二人を演じていました。
「ビルマの土はあかい、岩もまたあかい」と映画の冒頭と最後にクレジットされる(リメイクでは最後だけ)は、戦前・戦中・戦後を生きた市川崑監督と脚本家和田夏十 お二方のビルマで無念の戦死をした日本人兵士18万人への哀悼と意と思います。
by blues_rock | 2016-04-12 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)