地獄に堕ちた勇者ども シネマの世界<第595話>
「地獄に堕ちた勇者ども」は、プロイセン貴族で製鉄王エッセンベック男爵家の人々が、ヒトラー首相率いるナチスドイツ政権の仕かけた狡猾なワナにかかり飲み込まれていくさま(盛衰)をドラマチックな群像劇として描いています。
私は、この映画をいつ見ても何度見てもわくわくして見ています。
「地獄に堕ちた勇者ども」の原案・脚本は、ヴィスコンティ監督のオリジナルながらシェークスピアの「マクベス」、トーマス・マンの「ブッデンブローク家の人々」、ドストエフスキーの「悪霊」から「スタヴローギンの告白」(少女を陵辱して自殺に追いやるシーン)など引用(原案構成にインスパイヤー)されています。
「地獄に堕ちた勇者ども」の原題は、「The Damned(地獄に落ちた者)」、2時間37分と長い映画ながらストーリーが、ドラマチックかつスリリングに展開していく舞台劇のような緊張感あふれる演出は、完璧主義者ヴィスコンティ監督の面目躍如です。
映画は、1933年ドイツのプロイセン貴族にして製鉄王のエッセンベック男爵の誕生日祝いにエッセンベック男爵家の一族が、集まるところから始まります。
映画で‘滅びの美学’を描かせたら名匠ヴィスコンティ監督の独壇場、この群像劇に登場する一人ひとりが、現われるたびに映画は、最初から不穏な空気を漂わせ、同時にどこか淫靡(いんび)な雰囲気を醸し出していきます。
1933年、歴史の事実を踏まえながらヴィスコンティ監督は、独裁者ヒトラーに率いられたナチス党に蝕まれ疾風怒濤で崩壊していく当時のヨーロッパの姿をエッセンベック男爵家一族が、またナチスドイツに組み込まれ消滅していくさまに重ね合わせて象徴的に描いています。
群像劇の主人公たちを中心にエッセンベック男爵の孫マルティン(ヘルムート・バーガー 1944~ 同性愛者ヴィスコンティ監督最期のパートナー)、男爵の亡き息子の未亡人でマルティンの母ソフィ(イングリッド・チューリン 1926~2004)、ソフィの愛人ながら平民出身のエッセンベック製鉄最高幹部フリードリヒ(ダーク・ボガード 1921~1999、 1971年「ベニスに死す」、1973年リリアーナ・カヴァーニ監督作品「愛の嵐」‥ヴィスコンティ監督絶賛)、エッセンベック男爵家の愛憎を煽り、狡猾に一人ひとり囲い込み軍需産業エッセンベック製鉄を術中に入れるナチス親衛隊将校アッシェンバッハ(ヘルムート・グリーム 1932~2004)、男爵の姪の娘エリザベート(シャーロット・ランプリング 1946~「愛の嵐」ダーク・ボガードと共演、鮮烈な印象を残す)、男爵の甥で突撃隊員コンスタンティン(ラインハルト・コルデホフ 1914~1995)などヴィスコンティ監督の退廃美的な演出に名優(名女優)たちが、すばらしい演技を披露しています。
ヒトラー率いるナチスドイツが、全ヨーロッパを戦禍の地獄にひき入れ震撼させた第2次世界大戦前夜の1933年ナチスによるドイツ国会議事堂放火事件、1934年長いナイフの夜事件(ヒトラー親衛隊SSによるナチス軍事組織突撃隊の虐殺)とワイマール旧ドイツ共和国は、ナチスの旗ハーケンクロイツ一色に染め変えられていきます。
この二つのヨーロッパを変えた歴史的大事件を背景に旧体制のヨーロッパを象徴するプロイセンドイツ貴族エッセンベック男爵家が、崩壊していくさまをオペラのような群像劇として映画芸術家ヴィスコンティ監督は、リアリティあふれる退廃美で描いています。
この 「地獄に堕ちた勇者ども 」は、私の心のシネマ・ギャラリーの中でも世界映画史屈指の名画(傑作映画)に入ります。