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心の時空

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独裁者と小さな孫  シネマの世界<第552話>

イランを代表する(イランで最も人気のある)映画監督モフセン・マフマルバフ(1957~)は、10代半ばイスラム主義に傾倒、パーレビ王朝の軍事独裁政権に抵抗する民主化運動(地下活動)で逮捕され、17歳から4年半政治犯として獄中にいました。
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1979年、フランス亡命中であったイスラム・シーア派の最高指導者ホメイニ(マホメットの直系子孫とか‥ホントかなぁ?)が、イランに帰国すると今度は、国王が、亡命しパーレビ王朝は、あっけなく崩壊しました。
このイスラム革命で20歳のモフセン・マフマルバフは、釈放されましたが今度は、イスラム・シーア派による原理a0212807_1305925.jpg主義(文学・芸術の否定)の強制で、民主化どころか‘表現の自由’も奪われてしまいました。
民主化によるイラン社会改革にこだわる映画監督のモフセン・マフマルバフは、イランを脱出しヨーロッパに亡命、現在マフマルバフ監督と彼の家族(妻と子供3人)全員が、ヨーロッパで映画関係の仕事をしています。
マフマルバフ監督は、自分の映画制作において「映画人は人の痛みと夢を語るもの」の信念を貫いています。
a0212807_1313741.jpgさて、そのマフマルバフ監督の最新作「独裁者と小さな孫」(「The President」 ジョージア・フランス・イギリス・ドイツ共同製作)が、今KBCシネマで公開されています。
映画の主人公は、この映画「独裁者と小さな孫」を見る“アナタです”と唐突に私が、述べても映画を見ていない方には、何のことかさっぱり分からないと思いますが、マフマルバフ監督のラストシーンの演出は、間違いなく映画を見る者に独裁者のエンディング(法による裁きか、処刑による復讐か、どちらを選ぶか)を委ねました。
a0212807_140447.jpgマフマルバフ監督は、‘どこか名も知れない国’を舞台にして絶対権力者である大統領(軍事独裁者)の栄華盛衰を寓意に満ちた(寓話のような)表現で、ときに笑ってしまうコミカルさと目を背けたくなる理不尽な暴力を交えながら徹底したリアリズムで「独裁者と小さな孫」を描いています。
映画は、どことなく「ブリキの太鼓」や「悪童日記」を憶い起こさせ人間の悪徳が、引き起こす不条理の世界を寓話的に描きながらリアリティあふれる映像で見る者を最後まで惹きこんでいきます。
a0212807_1412029.jpg映画の撮影には、ジョージア(旧グルジア)で行なわれ現地の人たちが、多く出演しています。
‘大統領’を演じるジョージアの俳優ミシャ・ゴミアシュビリ(1961~)すら大統領に名前なくほかの登場人物たち‘孫・護衛・理髪師・政治犯・軍人・村人・羊使い’にも名前はありません。
劇中に名前が、唯一出て来るのは、孫の遊び相手の少女マリアと逃亡中の大統領が、助けを求める昔馴染みの売春婦マリアだけ‥聖母マリアの暗喩(メタファー)だろうと思います。
a0212807_1475255.jpg独裁者の大統領が、自分の後継者として溺愛し目の中に入れても痛くない ‘小さな孫’を演じる子役ダチ・オルウェラシュビリのかわいいこと‥失脚すると革命軍事政権から100万㌦の懸賞金をかけられ、羊飼いや旅芸人に変装し国民の目を避けながら無邪気な幼い孫(5、6歳くらいか)と逃亡する老ぼれ独裁者は、行く先々で圧政により搾取され貧困に喘ぐ民衆たち、失脚するまで自分の軍隊であった革命軍の横暴、国民を喰い物にする腐敗した軍人たちによるレイプ・略奪・殺人などの暴虐と驚くべき光景を目の当たりにしました。
a0212807_1493172.jpg元大統領とその孫は、ついに追いつめられ「独裁者に死を、殺せ!」と怒り狂って叫ぶ民衆についに包囲されてしました。
まあ、言うなれば、おじいちゃんと幼い孫の逃避行ロードムービーをドキュメンタリータッチで撮ったような映画ですが、その背景にあるのは、独裁国家と軍事政権の恐ろしさであり、革命という名の暴力、憎悪と怒りによる復讐そして暴力の連鎖、家族の愛とこの映画が描くのは、絶望と希望二つの物語です。
a0212807_1484593.jpg音楽監督のグジャ・ブルデュリが、元政治犯の老音楽家役で出演しています。
ラストシーンで元政治犯の老音楽家は、残酷な拷問による傷痕も癒えない政治犯の若者が、「処刑してはいけない。暴力の連鎖が起きるだけだ。」と私刑(リンチ)を戒めるよう説得する声を聞き「向こうを見るな」と孫を引き寄せました。
(「処刑しないならどうするのだ」の声に)政治犯だった若者は、「ここで踊らせよう」と応えました。
a0212807_151622.jpg老音楽家が、ギターを弾き歌い始めると幼い孫は、おじいちゃんの代わりに自分が踊るかのように豪奢な宮殿で憶えたダンスを浜辺で必死に踊りました。
世界中から嫌われているどこかの半島のドアホな親子3世代の末路ももう見えています。
マフマルバフ監督の信念は、「映画人は人の痛みと夢を語るもの」であり日本映画の黒澤明監督や小津安二郎監督から学んだ、今の日本映画にこれが、不足しているとインタビューら答えていました。
by blues_rock | 2016-01-15 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)