ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

顔のないヒトラーたち  シネマの世界<第535話>

現在上映中の映画「顔のないヒトラーたち」は、ドイツ在住のイタリア人映画監督ジュリオ・リッチャレッリ(1965~)の長編デビュー作品です。
a0212807_21365163.jpg
この映画についての紹介は、拙文より“excite.ism「顔のないヒトラーたち」”のほうが、とても分かりやすく参考になると思いますのでご紹介いたします。
a0212807_21372486.jpg第2次大戦の終了から70年、ドイツでは、独裁者ヒトラーが、率いたナチス党国家による惨忍な戦争の記憶を忘れないようにと2015年1月、ナチスドイツによる虐殺被害者追悼式典でドイツのメルケル首相は、「ナチスは、ユダヤ人虐殺によって人間の文明を否定、その象徴がアウシュヴィッツ(強制収容所)です。私たちドイツ人は、恥の気持ちでいっぱいです。a0212807_2235760.jpg何百万人もの人々を殺害した犯罪を見て見ぬふりをしたのは、ドイツ人自身だったからです。私たちドイツ人は、過去を忘れてはなりません。数百万人の犠牲者のために過去を記憶していく責任があります。」と公式にドイツが、過去に犯した大罪を認める演説をしました。
a0212807_22354146.jpg日本人とドイツ人とでは、歴史感覚や歴史認識が、根底から違うのか、ドイツでは、現在もヒトラーとナチスの犯罪をプロットにした映画を、いろいろな角度から撮り続けています。
最近の作品だけでも、「ヒトラー、暗殺 13分の誤差」、「ふたつの名前を持つ少年」、「シャトーブリアンからの手紙」、「パリよ、永遠に」、「ハンナ・アーレント」、と続き、a0212807_22373267.jpgどの映画も秀作であるのが、特徴です。
「顔のないヒトラーたち」のプロットは、フランクフルト裁判所で開廷されたアウシュヴィッツ強制収容所の虐殺に関わったドイツ国民を殺人罪(あるいは殺人ほう助罪)で告発し国家が、裁いた裁判を巡る映画です。
そのフランクフルト裁判の様子は、映画「愛を読むひと」の劇中(ストーリーの後半)で描かれています。
a0212807_22381071.jpg主人公の少年が、愛する年長の女性、勤勉な市電の車掌であるドイツ人女性は、ナチス政権下当時アウシュヴィッツ強制収容所で働いていたことが、殺人ほう助の罪に問われフランクフルト裁判で有罪となり長期刑の判決を言い渡されました
「顔のないヒトラーたち」は、1958年のフランクフルトが舞台で、この映画では、正義感の強い「真実が知りたい。a0212807_22393280.jpg嘘と沈黙はもう終わりにする。」と使命感に燃えてアウシュヴィッツの犯罪を告発する若いドイツ人検事ヨハン(アレクサンダー・フェーリング)を主人公にしています。
ナチスドイツ時代、ナチス党員であったドイツ国民は、大凡(おおよそ)2,000万人、抑圧と虐殺の先兵であった悪名高いヒトラー親衛隊員60万人という膨大なファイルの中からアウシュヴィッa0212807_22401520.jpgツに配属されていた親衛隊員8,000人を殺人(あるいは殺人ほう助)の容疑者として刑事訴追するのが、検事のヨハンをリーダーとする3人の検察グループでした。
殺人罪という重罪を法で裁くには、殺された被害者と加害容疑者の殺人犯を特定し起訴、法廷で係争し裁判所の判決を受けなければなりません。
a0212807_225067.jpgそのためには、殺人罪の証拠となる物品や資料を裁判所に提出、さらに容疑者を犯人と特定できる明確な証言(証人の出廷)が、無ければ、犯罪を立件することはできません。
ヨハンたち検察グループは、戦後ドイツの深い闇「沈黙の迷宮の中へ」踏み込んでいくことになりました。 (上写真:検事ヨハンを励ます検事総長、下写真:検事ヨハンを戒める検事正)
a0212807_22535692.jpg映画の中で年長の検事正ウォルターが、正義感の強い若い検事ヨハンを「(戦後ドイツの)若い世代が、父親に(あなたは)犯罪者だったかと問い詰めるのか?」と責めるシーンこそ正しくこの映画「顔のないヒトラーたち」の重要なポイントとなるところです。
by blues_rock | 2015-11-21 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)