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心の時空

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a day in my life

影を慕いて

ロックに熱狂していた頃の私は、「影を慕いて」などの旧い歌が、キライでした。(‥と云うより、聴かずギライなだけでしたが、今でも軍歌と演歌は、生理に合わずダメですね。)
私が、働く高齢者介護施設「森の家」ご利用になる大正末期から昭和初め生まれの方々と一緒に‘昭和歌謡’(YouTube)を聴いて歌ううち「りんごの唄」と「影を慕いて」にとても感動を覚えるようになりました。
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「影を慕いて」は、1928年(昭和3年)の夏、古賀政男(1904~1978没、享年73才)が、明治大学の学生のときに作詞・作曲した名曲です。
昭和3年の秋、古賀政男は、創設された明治大学マンドリン倶楽部の演奏会で発表するため当時の人気歌手佐藤千夜子に歌ってもらおうと依頼しました。    (上・中・下の写真:九州ロマンチック街道からの転載)
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ダレも大学生の演奏発表会に出演してくれると思っていませんでしたが、古賀政男の熱意にうたれた彼女は、無償(ノーギャラ)で出演し歌いました。
佐藤千夜子の歌う「影を慕いて」は、好評で昭和5年(1930年)にレコード化、だが大ヒットしたのは、昭和7年(1932)当時まだ、東京音楽学校(現在の東京芸術大学音楽学部)の声楽科学生であった藤山一郎が、ベルカ
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ント(美声、声量、歌唱術、表現力のある声楽法)で歌った「影を慕いて」(こちら)でした。
古賀政男は、生涯5,000余りの歌謡曲を発表していますが、その端正にして哀切なメロディから‘古賀メロディ’と称賛されました。
この「影を慕いて」を作詞作曲した当時、古賀政男は、まだ23歳の大学生でした。
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離婚歴(当時女性の離婚は重たく不幸)のある年上の女性への失恋の痛手、さらに自分を取り巻く人生への不安と失意も重なり、宮城県蔵王山中で自殺を計り未遂、その深い心の疵が、作らせた名曲中の名曲です。
それにしても若い古賀政男の何という切ない‘諦観と憂愁’でしょう。
古賀政男が、吐露するように歌う切ない想いを絞り出すような「影を慕いて」(こちら)もまた心に沁み入ります。
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  影を慕いて    古賀政男 作詞・作曲

まぼろしの 影を慕いて雨に日に  
月にやるせぬ 我が思い
つつめば燃ゆる 胸の火に
身は焦れつつ 忍び泣く

わびしさよ せめて傷心(いたみ)のなぐさめに
ギターを取りて 爪弾(つまび)けば
どこまで時雨(しぐれ) ゆく秋ぞ
振音(トレモロ)寂し 身は悲し

君故に 永き人生(ひとよ)を霜枯れて
永遠(とわ)に春見ぬ 我が運命(さだめ)
ながろうべきか 空蝉(うつせみ)の
儚(はかな)き影よ 我が恋よ
by blues_rock | 2015-09-27 00:07 | 音楽(Blues/Rock) | Comments(2)
Commented by j-machj at 2015-09-26 22:59
こんばんは。

古賀政男氏も国民栄誉賞を受賞していましたよね。
確か、王さんに続いて二人目だったと思います。
音楽に疎い僕でも、古賀政男氏の歌はたくさん知っているので、5000曲作曲というのが、突き抜けていたのでしょうね。

ところで、tsutayaで「レッドファミリー」を借りてきましたよ。
脱北者は、どんな思いで観ているでしょうね。
いつも夫婦喧嘩ばかりしているお隣さんを見て、班長と同志が「憎しみ合っていても、人間らしく見える」と言って泣いているシーンが印象的でした(笑)

Commented by blues_rock at 2015-09-27 12:20
コメント、ありがとうございます。
いつも‘九州’の美しい風景とロマンあふれるノスタルジックな街並みの景色、感動&感激して拝見しています。
事故報告で恐縮ながら、また「九州ロマンチック街道」から美しい風景写真3枚をお借りしました。