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心の時空

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a day in my life

リアリティのダンス  シネマの世界<第520話>

a0212807_1515212.jpg長い間新作を発表せずに沈黙を続けていたアレハンドロ・ホドロフスキー監督(1929~)が、23年ぶり、85歳のときに撮った‘シュールレアリスムな自伝’とも云える2014年日本公開作品「リアリティのダンス」(チリ・フランス合作)に私は、感動し異才ホドロフスキー監督の面目躍如、老いてなお衰えないその才気あふれる才能に驚きました。
ブラックユーモアに満ちた絶対権力(軍事政権の弾圧、独裁者の暴力)への嫌悪感、寓話のような映像表現は、どこかフォルカー・シュレンドルフ監督の「ブリキの太鼓」を連想させるホドロフスキー監督の新作映画でした。
映画は、冒頭金貨の落ちるシーンにベニー・グッドマン楽団のスイングジャズ「シング・シング・シング」が、重なりアレハンドロ・ホドロフスキー監督自らお金について語るところから始まります。
1920年代、軍事政権下のチリを舞台に子供のアレハンドロ(イェレミアス・ハースコヴィッツ)は、ウクライナ移民a0212807_1510397.jpgでユダヤ人の両親、雑貨商(ウクライナ商会)を営む元サーカス芸人の父ハイメ(ブロンティス・ホドロフスキー1962~ ホドロフスキー監督の長男)と、金髪カツラの息子アレハンドロを父と信じる母サラ(パメラ・フローレス チリのオペラ歌手、劇中の全セリフはすべてオペラ)と海辺の田舎町で暮らしていました。
アレハンドロは、スターリンの権威的暴力的な共産主義を信奉する父、アレハンドロを自分の父の生まれ変わりa0212807_1512394.jpgと信じる母に愛されながらも、いつも一人ぼっちでした。
さらにウクライナ出身のユダヤ人であるアレハンドロは、色が白く鼻高であるため学校の生徒たちからピノキオと呼ばれ虐められていました。
ウクライナ商会の経営者なので多少裕福ながらも共産党員である父ハイメは、同志たちと密かにチリの独裁者イバニェス大統領の暗殺を計画していました。
ある日、父ハイメは、妻サラと息子のアレハンドロを田舎町に残し首都サンチャゴに向かいました。
a0212807_15141239.jpg犬の仮装大会に紛れこんだハイメは、自分の意に反し、偶然大統領の命を救ったことから大統領に気に入られ大統領の愛馬を飼育管理する役に抜擢されました。
やがて大統領の愛馬が、病死する(真相は、ハイネが、馬に毒草を食べさせ殺した)とハイメは、首都サンチャゴを離れチリ国内を放浪しました。
各地でいろいろな出来事に出遭い記憶喪失、チリに駐在するナチスからの拷問、逃亡してイス職人に弟子入りa0212807_15492550.jpgするなどしてハイメは、家族の待つ田舎町に帰りました。
ホドロフスキー監督自ら映画(スクリーン)に度々登場、自分の少年時代と愛する家族への想いを熱く語りながらチリの鮮やかな景色を背景にしてリアルと空想(シュール)を交差させファンタジックな寓話のように描いています。
a0212807_15502984.jpg青い空、海の黒い砂浜、サーカス小屋と団員たち、波打ちぎわの魚群、青い服に赤い靴など映像が、実に色彩豊かですばらしく、フランスのベテラン撮影監督ジャン=マリー・ドルージュ(1959~ 「クリクリのいた夏」・「画家と庭師とカンパーニュ」など)の映像センスは、さすがです。
ホドロフスキー監督の5男(末っ子)アダンも長男ブロンティスと共に出演、イバニェス大統領を暗殺しようとするアナキスト役を演じ同時に音楽監督を務めています。
劇中、ホドロフスキー監督の思索的な表現も多く、父ハイメが、鉱石を運搬するカゴを指し「荷カゴは、魂を運ぶ人間の体と同じものだ。」とアレハンa0212807_15171019.jpgドロを諭し、また臆病な彼に「神はいない。 死んだら腐って、それで終わりだ。」と言い捨てて、実存主義哲学を教えるシーンも私の印象に残りました。
by blues_rock | 2015-09-25 00:05 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)