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心の時空

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a day in my life

神々のたそがれ  シネマの世界<第500話 記念>

ロシア(旧ソ連)の奇才映画監督アレクセイ・ゲルマン(1938~2013没 、享年74才)の遺作となったSF映画「神々のたそがれ」を、福岡市天神のKBCシネマで見ました。
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この一週間、映画の感想を‘どう書いていいのか’私の頭の中が、なかなかまとまりませんでした。
ボッシュ「快楽の園」から色彩を抜いて映像化したような‥、奇才パゾリーニ監督(1922~1975 イタリアの映画監督、暗殺)の遺作「ソドムの市」(1975)を彷彿とさせる“退廃の極み”をモノクローム映像にしたような‥ゲルマンa0212807_0332917.jpg監督の新作「神々のたそがれ」(Hard to be a god 神はつらい)の映像に映るのは、いたるところに放置された腐乱屍体、天井からぶら下がる人間の臓物、汚泥と糞尿塗(まみ)れの汚物が散乱した世界です。
いやはや何とまあ、劇中終始聴こえる擬音(クチャクチャ、ベチョベチョ、ピチャピチャ‥等)は、まだ我慢できるとしても、もし映画に‘色と臭い’があったならば、その生理的に不快な色と腐敗臭・糞尿臭など鼻を突く悪臭で私は、きっと吐き気を催し映画館の外に飛び出したことでしょう。
a0212807_0351632.jpg昔、旧ソ連時代の名匠にして鬼才の映画監督アンドレイ・タルコフスキー(こちら)は、このSFデストピア映画の怪作「神々のたそがれ」を監督したアレクセイ・ゲルマンを評して「そう言えば、最近映画界に非常に才能ある人間が、現れたよ。レニングラードのアレクセイ・ゲルマンだ。」と語っていたそうです。
映画サイトでの「神々のたそがれ」の評価は、コアな映画ファンによる大絶賛と映画に娯楽性を求める映画ファa0212807_037712.jpgンの酷評とが、相入り乱れており、映画に対するその嗜好、つまり見た人の‘好き嫌い’により大きく二分されています。
私は、冒頭シーンの雪に覆われた美しいモノクロ映像に感心していたら次第に唖然とする醜悪なシーンの連続(ドキュメンタリーのような単調なシークエンス)になり、見ていてだんだん眠くなり3時間余りの上映時間の途中、睡魔と闘いながら見ていました。
しかし、見終わった途端、また最初から無性に見たくなる不思議な映画でした。
a0212807_0374726.jpg目(視覚)に入るのは、モノクロ(白黒)の醜悪な映像ですが、耳(聴覚)に聴こえるヴァイオリンとチェロの旋律の心地好いこと、眠たくなるのも仕方ないことかも知れません。
映画は、地球より800年近く文明の遅れた灰色の惑星が物語の舞台です。
その惑星に地球から各分野の学者30人が、調査団として派遣されました。
派遣された学者の中に主人公の貴族ドン・ルマータ(レオニド・ヤルモルニク 1954~ 主演と製作)がいました。
a0212807_042387.jpg地球に例えるならルネサンス期前の中世ヨーロッパ暗黒時代を思わせる灰色の惑星は、絶対王政下にあり、都アルカナルでは、王国で何かが、起きるのを怖れるかのように、王権守護大臣ドン・レバの率いる灰色隊による暴政と虐殺が、日々行なわれていました。
大学は、徹底して破壊され、逮捕された学者・知識人・思想家たちは、危険分子と見なされドン・レバの命令で次々に処刑されていました。
a0212807_045032.jpg愚者と狂人しか生存していない灰色の惑星で調査を開始した地球から派遣されたドン・ルマータたち30人の学者は、迫害に耐える住民たちから‘神のように’崇められますが、惑星の政治に関与することは、許されませんでした。
ドン・ルマータは、腐乱した屍体や糞尿にまみれた汚泥の中で虚無的に死を待つ愚者や狂人たちの群れが、終末に向かって自己破滅していく惑星の姿と重なり「神でいることはつらい、疲れた、もううんざりだ。」とつぶやきます。
a0212807_0454163.jpgゲルマン監督は、「神々のたそがれ」の脚本初稿を1968年に書きあげていましたが、同年春、ソ連共産党によるチェコ自由化運動(プラハの春)への軍事介入によりソ連国内でも表現や言論の統制も強化され映画化は、不可能になりました。
1991年にソ連が崩壊、ゲルマン監督は、ただちに映画製作の準備に入り撮影6年、編集に5年をかけ、1968年の脚本初稿から2013年の映画完成までに45年の歳月を費やしました。
撮影監督を務めたウラジーミル・イリネ(1947~)とユーリー・クリメンコ(1944~)のカメラは、ゲルマン監督の演a0212807_0493426.jpg出した後景にいるエキストラ俳優たちを始めカメラの映像に入る犬や鶏の位置にも気を配り素人が、無造作にビデオ撮影しているようなカメラワークながら常に動きまわるカメラを時おり覗きこむ俳優たちの動きに精緻に合わせたそのカメラ・コントロールは、見事というほかありません。
私は、奇才アレクセイ・ゲルマン監督の気宇壮大な妄想力について書き切れませんので、この続きは、「神々のたそがれ」の‘公式サイト ≫ 物語’でご覧ください。 (上・下写真:撮影の指示と演技指導するゲルマン監督)
a0212807_0501299.jpgゲルマン監督の辛辣なブラック・ユーモアと強烈なパロディで描かれた灰色の惑星とは、 もしかしたら“近未来の地球”なんて云うことにならぬよう(「起きるかもしれないことは起きる」 マフィの法則)この映画を私は、他山の石にしたいと思います。
享年74才で亡くなったゲルマン監督には、せめてあと5年長生きしていただき日本奇書の最高傑作「家畜人ヤプー」をゲルマン監督のイメージで撮っていただきたかったと私は、見果てぬ夢を見ています。
by blues_rock | 2015-07-29 00:00 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)