飢餓海峡(前) シネマの世界<第500話>
名匠 内田吐夢監督(1898~1970)の演出は、戦後社会のドサクサで発生した動機不明の殺人事件とそれに関わる新たな殺人事件を執拗に追う新旧二人の刑事(函館署の老刑事と東舞鶴署の若い刑事)に密着してあたかもドキュメンタリー映画を撮るようなリアリズムに徹した映像(撮影監督 仲沢半次郎 プロファィル不明)で「飢餓海峡」を撮影しています。
映画の撮影は、16㍉のモノクロで撮ったフィルムを35㍉のワイドスクリーン(シネマスコープ)の映像にするという
革新的な技術(W106方式)を用いています。
スクリーンに映る「飢餓海峡」のザラザラとした映像の質感や動く銅版画のような斬新な映像(現像処理によるソラリゼーション効果)は、映画に流れるドロドロとした人間の湿っぽい情感(恐怖や不安、愛憎)をドライなカラッとしたものにしています。
このことは、3時間3分(ちなみに東映は内田監督に断りなく2時間47分の短縮版で公開、これに対し内田監督は‘自分の名前を消せ’と激怒し東映を退社しました)の長尺映画ながら見る者に息苦しさを与えず、最後まで緊張を以って見ることができます。
さらに特筆すべきは、出演した俳優陣の超豪華な顔ぶれで、映画に登場する脇役に至るまで錚々たる名優・名女優がずらり、その名立たる役者たちが、名監督のもと‘迫真の演技’で共演するのですから名作映画の誕生は、必然のことと言えるでしょう。
飢餓海峡は、50年前の作品ながら映画としての‘旧さ’がまったくなく、今見てもスケールの大きい斬新な映画なので、まだご覧になっていない映画ファンの方にぜひお薦めしたい必見の傑作映画です。
映画の冒頭、津軽海峡の荒海を背景に「それは日本の何処にでもみられる海峡である。その底流にわれわれは、貧しい善意に満ちた人間の、ドロドロした愛と憎しみをみることができる。」のナレーションとともに「飢餓海峡」のタイトルが、スクリーンいっぱいに映し出されます。
映画は、戦後すぐの昭和22年設定で、台風による青函連絡船の沈没事故と北海道岩内で起きた大規模火災から始まります。
犬飼多吉(三國連太郎1923~2013)は、刑務所から出獄したばかりの仲間二人と岩内の質店に押し入り強盗を働きました。
折からの台風は、大勢の乗客が乗った青函連絡船の沈没という海難事故を発生させ、その中に乗客名簿にない身元不明の水死体が、二体ありました。(後編に続く)