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心の時空

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本阿弥光悦

本阿弥光悦については、「東京国立博物館‥大琳派展(尾形光琳生誕350年)」で少し触れましたが、茶の湯の道具の中でも唯一無二の「光悦茶碗」について今夜少し詳しくご紹介したいと思います。
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本阿弥光悦が、生きた時代は、室町時代末期(戦国時代真っ只中)の1558年から江戸時代初期(将軍徳川家光の治世)の1637年まで79年間です。      (上写真:赤楽茶碗 銘「雪峰」 重要文化財 畠山記念館)
                              (下写真:白楽茶碗 銘「不二山」 国宝 サンリツ美術館)
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本阿弥光悦と俵屋宗達の二人が、京都で日本美術史最大にして最高の美術ムーブメント「桃山琳派」を創始しました。                     (下写真:黒楽茶碗 銘「雨雲」 重要文化財 三井記念美術館)
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俵屋宗達は、本阿弥光悦にその天賦の才能を見出された絵師ですが、俵屋宗達の出身地や生年月日など出自については、ナゾのままです。 (下写真:黒楽茶碗 銘「時雨」 重要文化財 名古屋市博物館))
a0212807_10322223.jpgやがて「琳派」は、京都から江戸に主流を移し「江戸琳派」となり尾形光琳(1658~1716)、
酒井抱一(1761~1829)、鈴木 其一(1796~1858)と300年に亘り、受け継がれていきました。
本阿弥光悦は、刀剣の‘折り紙’つまり天下(公け)の刀剣鑑定・刀剣研磨など刀剣の目利きを家業とする本阿弥家に生まれ、刀剣の折り紙(証書)発行が、生業(なりわい)でしたので光悦も自ずと書家として有名でした。
刀剣を家業とするだけに刀の鞘に不可欠な漆にも造詣深く、茶の湯を古田織部(1543~1615)から、作陶を楽
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二代常慶( 1561~1635)から学んでいます。   (上写真:赤楽茶碗 銘「乙御前」 重要文化財 個人蔵)
近代の名陶工の加藤唐九郎は、本阿弥光悦について「光悦の無キズの茶碗は、本物じゃない。キズのないもa0212807_10415988.jpgのは、捨てている。茶の湯の名器に無キズのものはない。光悦は、わざと山キズ(窯キズ)のできる土を使い、作りかけのような高台にしている。」と書いています。
現在、「伝 光悦作(光悦写し)」も多数ありますが、本阿弥光悦作陶の特長をはっきりと表わした「光悦茶碗」の2口は「国宝」ならびに6口が「重要文化財」に指定され、これ以外にも光悦ならではの名碗が10数客あります。       (上写真:赤楽茶碗 銘「加賀」 重要文化財 相国寺承天閣美術館)
本阿弥光悦は、1615年に天下人となった徳川家康から京都洛北の鷹峯に領地を受け、本阿弥家の刀匠・工芸a0212807_1057374.jpg・陶芸の匠など才能ある職人たちを集め工匠村(光悦村)を営みました。
当時、本阿弥光悦が、住んでいた屋敷の跡が、現在の光悦寺(都市北区鷹峯光悦町)です。

(左写真:赤楽筒茶碗 メトロポリタン美術館)






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(右写真:膳所茶碗 赤楽を好まなかった小堀遠州が、徳川将軍に茶を点てる茶碗として光悦に作らせたもの)a0212807_117482.jpg









(左写真:赤樂兎文香合 重要文化財 出光美術館)a0212807_1171970.jpg












(右写真:舟橋蒔絵硯箱 国宝 東京国立博物館))
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(左写真:名勝 本法寺庭園 「巴の庭」)
by blues_rock | 2015-06-26 00:09 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)