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心の時空

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バベル  シネマの世界<第474話>

「バベル」は、メキシコの映画監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ(1963~)原案・製作・監督(共同原案、脚本ギジェルモ・アリアガ 1958~ イニャリトゥ監督作品常連)の2007年日本公開映画です。
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イニャリトゥ監督の「バベル」は、カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞、東京を舞台にしたシーンで母親を自殺で亡くした聾唖(ろうあ)の娘千恵子を演じた菊地凛子(1981~ 手話・フルヌードなど心的外傷を抱えた女子高生千恵子役を熱演)が、米映画批評会議賞新人女優賞を受賞、その演技は、高く評価されました。
a0212807_123321.jpg撮影は、メキシコの撮影監督ロドリゴ・プリエト(1965~)、音楽監督をアルジェンチンのミュージシャン、グスターボ・サンタオラヤ(1952~ 「バベル」でアカデミー賞作曲賞受賞)、この二人もまたイニャリトゥ監督作品の常連で、監督・脚本・撮影・音楽と才能ある四人が、担っているわけですから映画は、面白いに決まっています。
映画は、一丁の狩猟用ライフル銃を道具(軸)にして、アメリカ(サンディエゴ)、メキシコ(ティフアナ)、モロッコa0212807_127035.jpg(荒涼とした過疎地)、日本(東京)とまったく違う場所で唐突に始まる物語が、登場する人物たちの時間軸を交差させながら次第にそれぞれ繋がりながら展開していきます。
タイトルの「バベル」は、旧約聖書(創世記)にある‘バベルの塔’の原罪‥神が、天に届くバベルの塔を築こうという人間の傲慢(驕り)に対し、罰として「世界の人々に別々の言葉を話させるようにした」という逸話を背景に、世界各地で「言葉が通じない」、「心が通じない」ためにa0212807_127394.jpg起きる人間たちの苦悩と不幸を描いています。
アメリカ(サンディエゴ)では、メキシコの不法移民でベビーシッターのアメリア(アドリアナ・バラッザ 1956~)が、メキシコ(ティフアナ)で行なう息子の結婚式に出席するため外交旅行中の主人から預かる幼い兄妹(妹役のエル・ファニング 1998~が良い、出演時8才、「アイアムサム」のとき3才、稀有な天才子役)を連れて甥のサンティアゴ(ガエル・ガルシア・ベルナル 1978~)の運転する車でメキシコに向かいました。
モロッコ(荒涼とした過疎地)では、遊牧民の兄弟、正直な兄アーメッド少年(サイード・タルカーニ)と要領のいいa0212807_1282748.jpg弟ユシフ少年(ブブケ・アイト・エル・カイド)が、羊を狙うジャッカル退治のため父親から狩猟用ライフル銃を持たされました。
弟のユシフが、崖の上から面白半分に下の山道を走るバスの運転手を狙い撃ったところバスの乗客であったモロッコ旅行中のアメリカ人リチャード(ブラッド・ピット 1963~)とスーザン(ケイト・ブランシェット 1969~)夫婦の妻スーザンに命中、出血多量で瀕死の重体となり、近くの寂れた寒村に運ばれました。
観光バスを狙ったテロリストの犯行とするアメリカ政府と地元警察が現在捜査中とするモロッコ政府の外交問題となり、苦しむスーザンを必死で看護するリチャードを尻目に対立、要請している救急ヘリコプターの到着が、遅a0212807_1291987.jpgれリチャードを苛立たせました。
狙撃に使われた狩猟用ライフル銃が、以前モロッコに狩猟に来た日本人ハンター綿谷(役所広司 1956~)のものであったことで物語の展開は、日本(東京)に移ります。
綿谷は、娘の千恵子(菊地凛子)と二人暮しながら心に抱える妻の死(娘には母の死)の苦悩を分かち合えない不器用な父娘関係に悩んでいました。
女子高生の千恵子もまた孤独感に苛まれ、街で友だちと遊んでいても聾唖(ろうあ)である疎外感から苛立ち、自虐するかのような性的露出行為(上写真:隣りの席にいる少年たちを見据え挑発するように平然とスカートをめa0212807_1295011.jpgくり、ノーパンの下半身をさらすシーンはエロティックにして秀逸)をしていました。
刑事の真宮(二階堂智1966~)が、父綿谷を訪ねて来た時、千恵子は、真宮に一目惚れ、片想いの恋をしました。
千恵子は、刑事の真宮が、再び父綿谷を訪ねマンションに来たとき、父親は、不在ながら室内に招き入れ、リビングで待つ真宮の前に一糸まとわぬ全裸(菊地凛子のヌードが美しい)で現われ彼に抱きつきました。
映画4つの物語は、ラストで重なり悲喜交々の結末を迎えますが、イニャリトゥ監督は、映画に登場するそれぞれ家族の行く末を見る者の想像に委ねて映画を終えました。
by blues_rock | 2015-05-11 00:01 | 映画(シネマの世界) | Comments(1)
Commented by j-machj at 2015-05-14 23:32
こんばんは。

聖書で、神様が罰として「世界の人々に別々の言葉を話させるようにした」というエピソードは知っていましたが、この映画はそこに主題があったのですね?

僕は物心づいたころからの進行性難聴で、現在は高度難聴ですが、手話は話せません。
コミュニケーションは口話ですが、一時期当事者団体に籍を置いていたことがあります。

ところが一部には、手話を使う聾唖者と難聴者の間では、言語の違いによる対立もありました。

意志の疎通とは本当に難しいものです。