ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

ブリキの太鼓  シネマの世界<第478話>

a0212807_10471178.jpg西ドイツ(当時)映画「ブリキの太鼓」は、ニュー・ジャーマン・シネマを代表する監督の一人、名匠フォルカー・シュレンドルフ(1939~ 1996年作品「魔王」、2004年作品「9日目」、2014年最新作「パリよ、永遠に」など)の1979年作品で、カンヌ国際映画祭パルムドール、アカデミー賞外国語映画賞を受賞した傑作映画です。
原作は、この映画の脚本をシュレンドルフ監督、脚本家ジャン=クロード・カリエール(1931~「存在の耐えられない軽さ」の脚本こちら)と共同執筆したドイツの作家ギュンター・グラス(1927年自由都市ダンツィヒ生まれ2015年4月13日没、享年87歳、ノーベル文学賞受賞)です。
ギュンター・グラスは、晩年(2006年8月78歳)発表した自伝的作品「玉ねぎの皮をむきながら」の中で17歳のa0212807_11197.jpg時、1944年11月からナチスドイツが、崩壊する1945年4月までの5か月間、ナチス武装親衛隊に所属していたことを告白しました。
ギュンター・グラスが、17歳当時少年期の瑕疵(過去の出来事)とはいえ60年の沈黙の後、自分の過去を「重荷が、軽減されることはなかった。隠していたことは、誤りだった。」と告白したことに、ドイツほかヨーロッパで賛否両論、侃々諤々の論争になりましたが、私は、ギュンター・グラスの勇気を称賛したいと思います。
a0212807_122230100.jpgさて、私の個人的なことながら映画「ブリキの太鼓」を見るといつも少し気になる過去の出来事を憶い出します。
1981年のこと、東京の大手町で働いていたころ職場の若手有志でシネクラブを結成(月1回NO残業で映画を見に行こう会、まあ今の合コンのようなもの)、ある時、私の提案により銀座で公開中の「ブリキの太鼓」を同僚の若い独身女性数人も交え見に行きました。
今にして思えば、日ごろ娯楽映画しか見ない見目麗しい彼女らに、この映画はあまりに強烈過ぎました。
a0212807_1228431.jpg映画には、エロティックな場面(過激なセックス・シーン)、吐き気を催すようなグロテスクなカット、オカルトと見紛うシュールなシーンが、数多あり映画終映後、皆なで食事に行っても映画の話題となると「・・・」と沈黙、私の独り善がりを大いに反省、せっかくの皆なで映画を見に行こう会をブチ壊したこと申しわけなく思いました。
映画と関係ない前置きの駄文が、長くなりました。
映画は、精神病院にいるオスカルが、自らの半生を語るところから始まり、ドイツ第三帝国の独裁者ヒトラーが、率いるナチスに支配されたポーランドの自由都市ダンツィヒ(現在のグダニスク)を舞台に、3歳の誕生日に自分の意思で成長することを止めたオスカルの目を通し1927年から
a0212807_12321476.jpg
1945年まで、そこで暮らした人々(多様な民族)の悲劇を比喩的に描いています。
ブリキの太鼓を叩き、奇声を発すると窓や時計、コップなどのガラスが、粉々になるという異能(オカルト・パワー)をa0212807_1233235.jpg身に付けていると知った3歳のオスカルは、自分を置いて従兄と性的関係を続ける母親、食料品店を営む何かと臆病な父親、威圧的な学校教師、退廃したキリスト教会、ナチスのファシズム洗脳(ヒトラー崇拝)を唯々諾々と受け入れ、昨日までの善き隣人であったユダヤ人たちを排斥する大人たちの退廃と狂態‥など、自分の目に映る異様なもの、グロテスクなものを破壊していきました。
a0212807_12333282.jpgいつもブリキの太鼓を抱え、意に副わないと奇声を発する3歳のオスカル役のダーヴィット・ベネント(1966~ 瞳の異様さが秀逸)、オスカルの母親アグネスを演じたアンゲラ・ヴィンクラー(1944~ フェロモン、プンプンの所作が官能的)、ブリキの太鼓が壊れるとオスカルに新しい太鼓をプレゼントするユダヤ人のオモチャ屋のシャルル・アズナヴール(1924~ フランスの名シャンソン歌手)、オスカルを翻弄し父親とも性的関係をもつ少女マリア役のカタリナ・タルバッハ(1954~ 自由奔放で性に早熟な少女a0212807_12362086.jpgを好演)など、シュレンドルフ監督のエロ・グロ・オカルト・ナンセンスなど毒気あふれる表現主義的な演出に見事に応えたすべての出演者たちに私は、大きな拍手を贈りたいと思います。
by blues_rock | 2015-04-25 00:02 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)