複製された男 シネマの世界<第460話>
最初見た時には、いきなり冒頭の怪しげな雰囲気からラストまでミステリーの緊張感が、解けず‘複製された男’二人とそれぞれ女性パートナー(一人は妻、一人が恋人)との関係を追うのが、精一杯でラストシーンの強烈なインパクトに幻惑するばかりでした。
高層ビルの立ち並ぶトロント市街の空(大気)は、黄色く霞み、そこにルイーズ・ブルジョア(1911~2010 フランスの女性彫刻家)のクモをイメージした彫刻「ママン」が異星人の宇宙船のように現われる映像は、なかなかシュールです。
映画の冒頭‘複製された男’(二役のジェイク・ジレンホールが実に上手い!)が、登場しパラフィリア(性的倒錯)の怪しげな秘密クラブに入っていくシーン(映画の入口)からヴィルヌーヴ監督は、見る者を映画「複製された男」のラビリンス(迷宮)に引きこんでいきます。
映画の原作は、ポルトガルの作家でノーベル文学賞受賞者ジョゼ・サラマーゴ(1922~2010) が、2002年に発表した小説「複製された男(原題The Double)」です。
この「複製された男」は、すばらしいミステリー映画なので‘筋立て(ネタバレ)’を書かずにおきますが、登場する人物4人の虚実をじっと目を凝らして見て欲しいと思います。
‘複製された男’は、二人(Double)、一人は、大学で歴史を教える講師のアダム、もう一人が、三流俳優のアンソニーで、この何から何まで(顔、声、生年月日、後天的な傷痕まですべて)一致する二人をジェイク・ジレンホール(1980~)が、二役で見事に演じ分けています。
アダムの恋人メアリーをフランスの女優メラニー・ロラン(1983~)が、アンソニーの妻ヘレンをカナダの女優サラ・ガドン(1987~)が、それぞれ体当たりで好演しています。
もう一人、‘複製された男’の母親キャロライン役でイザベラ・ロッセリーニ(1952~ ロベルト・ロッセリーニ監督と大女優イングリッド・バーグマンの娘)が、映画の重要な役どころで出演しています。
‘複製された男’の本物(オリジナル)が、どちらで、複製(コピー)は、どちらなのか、映画の冒頭に登場する男は、アダムなのか、アンソニーなのか‥主人公の潜在意識を通して男女の愛を描く複雑怪奇なストーリーです。
撮影監督ニコラ・ボルデュク(1973~)が、撮ったイエロー・トーンの乾いた空気感のある映像も秀逸でラビリンス(迷宮)の雰囲気を良く醸し出しています。
主演した名優ジェイク・ジレンホールの秀でた演技才能とヴィルヌーヴ監督の演出(カット)のコラボレーションが、作りあげた冴えたミステリー映画の秀作です。
この映画をウィスキーに例えるなら一杯目は、スピリッツ(酒精)の不思議な味に困惑するも飲み直した‘二杯目’からスピリッツ(プロット)の喉ごしといい、辛口の味わいといい、芳醇な‘ドゥニ・ヴィルヌーヴ’モルトの銘酒と言えるでしょう。