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心の時空

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シティ・オブ・ゴッド  シネマの世界<第442話>

a0212807_033863.jpgブラジルのフェルナンド・メイレレス監督(1955~)が、長編映画にデビューした2002年作品「シティ・オブ・ゴッド」は、いきなり世界中の映画祭で話題を集めました。
メイレレス監督の2005年作品「ナイロビの蜂」(ジョン・ル・カレの原作、レイチェル・ワイズが秀悦、アカデミー賞助演女優賞を受賞)は、アフリカのケニアを舞台にテンポ良いミステリー・サスペンス映画でした。
「シティ・オブ・ゴッド」(リオ・デ・ジャネイロ郊外のスラムにある公設住宅)のプロットは、ブラジル、リオ・デ・ジャネイロのファヴェーラ(スラム街)で実際に起きた‘子供たち(ストリート・チルドレン)の抗争’を描く作品です。
‘子供たちの抗争’と言っても、この抗争(殺し合い)は、強烈ですざましく、どこにでも居そうな子供たちが、ギャング(マフィア)顔負けの血で血を洗う止め処のない抗争劇を繰り広げるのですからたまりません。
a0212807_0441437.jpg映画は、冒頭からラストまで過激な暴力(バイオレンス)の連続で、とくに10才にも満たないような少年たちが、実弾の入った銃を水鉄砲遊びでもするかのように無邪気に撃ちまくり、念願の銃を持って威勢の良かったまだ幼い子供数人が、抗争相手の少年たちに追いつめられ銃を向けられ恐怖で怯える目の表情、チンピラ・グループのボス格少年が、年下の少年に銃を渡し、どちらか好きな方を殺せと命じ、それに従い簡単に殺す場面など相当残a0212807_0445519.jpg酷なシーンのオン・パレードです。
メイレレス監督は、映画に出演するほとんどの子供たち、大人たちを現地リオ・デ・ジャネイロのスラム街でオーディションを行ない、数人の主演俳優以外、映画に登場する少年たち始めオーディションで選ばれた200人余りの素人出演者には、余計な演技指導をしないでアドリブによる自然な演技を求めました。
a0212807_045267.jpgこの演出を撮影監督のセザール・シャローン(1958~ 2005年「ナイロビの蜂」撮影)は、ハンディ・カメラにより乾いたブラジル風土を象徴するような明るくカラッとしたスピーディな映像で撮り、編集のダニエル・レゼンデ(1969~ 2002年「モーターサイクル・ダイアリーズ」、2011年「ツリー・オブ・ライフ」、2014年「ロボコップ」)もジャンプカット(駒落とし)を実に巧く取り入れズシリと重いストリート・チルドレンの犯罪という社会問題をテンポ良く最後まで一気に見せる映画にa0212807_0455667.jpgしました。
この映画「シティ・オブ・ゴッド」は、ストーリーそのものより戦後の高度経済成長で働きバチと世界から揶揄されながらも平和に暮らしてきた日本人の私たちには、到底想像できない1960年代から1970年代末までのブラジルを同時代に育ったフェルナンド・メイレレス監督の目で捉えた冷酷なリアリズムが、見事な映画です。
「シティ・オブ・ゴッド」出身の不良少年ブスカペは、チンピラ仲間を抜けやがて報道写真家の見習いとなり「シティ・オブ・ゴッド」の裏社会を仕切るギャングのボスとなった幼なじみリトル・ゼを撮影した写真が、偶然特ダネ写真となりジャーナリストの道を歩み始めました。
a0212807_046251.jpg新聞の一面に自分の写真が、犯罪者として掲載されたのを無邪気に喜んでいたギャングのボスで幼なじみのリトル・ゼでしたが、「シティ・オブ・ゴッド」の支配利権を巡る抗争の激化でボスのリトル・ゼは、皮肉なことに銃を片手にギャングと化したストリート・チルドレンたちに射殺されました。
ブスカペは、リトル・ゼの惨殺死体を撮影したことで一人前のジャーナリストになりました。
その一方「シティ・オブ・ゴッド」では、新興ギャングとなった子供たちが、銃を手に無邪気に群れていました。
by blues_rock | 2015-01-23 00:23 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)