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心の時空

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a day in my life

阪神・淡路大震災‥1995年1月17日 私のアーカイブ

1995年1月17日5時46分、兵庫県尼崎市稲葉荘2丁目、武庫川の東河川敷すぐ横にある鉄筋3階建社宅の1階自室で熟睡している時に、マグニチュード 7.3の阪神・淡路大震災が、発生しました。
あれから20年‥記憶も少しずつ薄れていますが、‘マグニチュード 7.3 の体感’は、しっかり憶えています。
a0212807_17422022.jpg真冬の未だ明けやらぬ寒い朝‥ズドンという地響きと当時にカラダが、下から上に突然胴上げされたように突き上げられました。
ズドン、ズドン、ズドン‥どれほどの時間が、過ぎたのか、東京から尼崎に転居して10か月あまり、それまで関東地域(東京都・神奈川県)で生活していたとき頻繁に経験した地震とは、大違いの体感でした。
強烈なタテ揺れのあとすぐ激しいヨコ揺れがあり、しばらくしてシーンと物音一つしない無音の世界‥犬・猫すらa0212807_13365173.jpg恐怖で鳴くこともできない不気味な闇の世界で覚醒した私は、当初1階の自宅に得体の知れないものが、突っ込んできたと錯覚(最初の大音響のズドンで覚醒した時とっさに大型ダンプの衝突と現実的に推測)、その後瞬時にズドン、ズドン‥と続いたタテ揺れで途轍(とてつ)もなく大きな地震が、発生したと感じました。
フトンから出ると暗闇の中で自室の辺り一面に散乱した物にぶつかりながら電灯のスイッチを探しオンにしてもa0212807_13404412.jpg点きませんでした。
手探りしながら廊下に出ると足裏でガラス破片を踏み、スリッパを探してリビングへ行き、じっと夜が明けるのを待ちました。
1時間余り過ぎたころ突然点灯、室内が明るくなり目に飛び込んできたのは、前夜と違う室内の光景でした。
無事だったテレビで臨時ニュースを見ながら自分の住まう場所が、大地震の震源地と知りビックリ‥つい1、2時間前に体感した‘激しい揺れ’を妙に納得しました。
遠くで臨時ニュースを見て心配しているかもしれない家族・友人・同僚にてきるだけ多く「被害は大きいが大丈a0212807_1343493.jpg夫」と自宅から電話(携帯電話がない時代)しましたが、電話もすぐに不通になりました。
日が昇り、外に出て辺りを見渡すと玄関向かいにある立派な旧家の2階が1階を押しつぶし崩壊、路地を挟んだ木造アパートは、今にも倒壊しそうに傾きガスの臭いがしていました。
阪神・淡路大震災のあと私は、辛いことも善いことも、人のやさしさも人生の無常(震災犠牲者6,434名)も含め多くのことを学びました。
20年前の今日、生きている偶然の奇跡を実感したことを改めて憶い出しました。
7年暮らした尼崎市稲葉荘(自宅)と西宮市鳴尾浜(職場)は、武庫川の両河川敷が、自転車で片道7㌔の通勤路でした。
焼き肉の美味しいお店、ホッペタ落ちる美味しいキムチ屋、絶品の長崎チャンポン屋、南京街鯉川筋の中華料理店‥行きたいなぁ。

私のアーカイブ写真 上から
1.自宅からそう遠くないところにある倒壊した
  阪神高速道路
2.1月16日、大震災の前日映画(確か「スピー
  ド」でした)を見た神戸三宮阪急会館
3.崩壊した神戸三宮の旧そごうデパート
4.震災後の大変な暮らしの中でも整然とならび配給品を受け取とる被災者たち‥「辛く苦しいのはお互いさま」
  という相手の痛みが分かる精神
by blues_rock | 2015-01-17 05:46 | 人生/愛(Love) | Comments(0)