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心の時空

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a day in my life

死刑制度 ~ 罪と罰(上)

このところ極悪非道な‘凶悪犯罪’が、やたら増えたように思え、私は、法治国家の行く末を憂慮しています。
今夜から三夜連続で、一市民(有権者)の私が考える「死刑制度~罪と罰」について書きたいと思います。
‘凶悪犯罪’の特徴たるや犯行が、低年齢化し「自我の貪欲・強欲」のままに他者の生存権(いのち)や人権(平安な暮らし)を破壊する言語道断な殺人事件の多発にあります。
a0212807_2292114.jpg他人の生命(いのち)を強奪した大罪に対する「罪と罰」の基準と判断が、現在(いま)の日本の法律では、あまりに‘軽い’ように思います。
法治国家のこの国で暮らす日本人のみならず外国人すべてに、犯した罪に対する刑罰を定めたのが、基本六法のひとつ‘刑事訴訟法’(刑法)です。
この六法全書は、日本に住まうすべての人たちの生命(いのち)と財産を守るために、私たち主権者が、決めた法律のルールブックです。
a0212807_2294771.jpgそのルールを破り違反した者に対して当然のことながら国の司法当局(裁判所)からペナルティ(罰)としてイエローカード、レッドカードが、指示(さししめ)されます。
ルール違反者は、当然そのルールに従い結果責任を負わなければ(刑罰を受けなければ)なりません。
私たちが、日々安心して暮らせる安全な社会を目指し自分と家族の生命、自分の財産を守るためには、国民の‘権利と義務’という自己責任が必ず伴なうことを認識しなければなりません。
このところの極悪非道で卑怯・卑劣この上ない残虐な殺人事件、凶悪な犯罪の多発は、この国に潜在している‘権利と義務’の希薄さと自己責任に対する認識の甘さに起因しているしか私には思えてなりません。
いかなる原因、動機があろうとも自分の起こした犯罪には、明確な自己責任(結果責任)のペナルティ(罰)を科a0212807_22103898.jpgすのが、法治国家の国是(基本ルール)です。
つまり犯罪者には、裁判所(地方・高等・最高の3裁判制度)が、刑法に基づき被告の犯した量刑により刑罰を科し‘刑務所’で罪を償うために服役させます。
わが国の刑罰に私が不満なのは、極悪非道な凶悪犯に対しても一律に刑法の基本となる‘犯罪者の更生’に重点を置いている点です。
日本には、現在全国各地に69の刑務所が、存在します。
刑法には、生命刑である極刑の死刑(刑法第11条、絞首刑)と、自由刑として、一つに作業を義務付ける懲役刑(刑法第12条)、二つ目として拘置するだけの禁錮刑(刑法第13条)、三つ目に短期間(30日未満)拘置する拘留刑(刑法第16条)、さらに財産刑としての罰金刑(刑法第15条)と科料刑(刑法第17条)の概ね三つの刑罰があり、収監された刑務所内では、監獄法が適用され、受刑者の刑を執行しています。
a0212807_22162660.jpg外国では、刑務所が「犯罪者の罪に応じた刑罰(ペナルティ)を与える場所」と明確に位置付けられており、その役割は、明確で「罪と罰」の関係がはっきりしていて分かりやすい監獄システムです。           (上写真:網走刑務所全景)
日本の刑務所は、犯罪者への刑罰(ペナルティ)として「反社会的行為(=犯罪行為)で刑務所に収監された者に自らの罪を反省させ、科された刑罰に応じ罪を償い、刑期を終えるまで服役囚に対し社会復帰の訓練を行ない、出所したあと社会生活に適応する能力を育成する」ところ(まるで職業訓練所のよう)と規定されていて牢獄としての役割が、あまりに曖昧です。(中に続く
by blues_rock | 2014-09-17 00:17 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)