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心の時空

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実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)  シネマの世界<第399話>

日本映画の独立系映画監督として野太く個性的な映画を発表してきた若松孝二監督(1936~2012 2010年作品「キャタピラー」 寺島しのぶがベルリン国際映画祭で最優秀主演女優賞を受賞)が、自分の生きた時代のメモリアルとして脚本を書き、監督・製作総指揮を執った2008年映画「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」も
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)  シネマの世界<第399話>_a0212807_7464634.jpg
また骨太な作品で、タイトルの頭に‘実録’と付いているようにドキュメンタリーのような迫力とリアリズム(臨場感)がありました。
若松孝二監督は、1972年2月日本中を震撼させた‘連合赤軍5人による浅間山荘立てこもり事件’をもとに脚本実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)  シネマの世界<第399話>_a0212807_7475116.jpgを書き、「順撮り」(撮影をストーリーの順番に従って行なうこと)でカメラを回しました。
「順撮り」撮影は、出演している俳優たちに常に緊張を強い、その疲労感が、連合赤軍活動家を演じる俳優たちに顕われ、連合赤軍の活動家が、次第に憔悴(しょうすい)していく表情をリアルに捉えています。
1972年(昭和47年)当時の日本は、敗戦の無残な焼け野原から27年が過ぎ、戦後の経済復興は、世界から実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)  シネマの世界<第399話>_a0212807_748187.jpg奇跡の経済成長と驚嘆され高度経済成長のピークにありました。
映画は、1960年日米軍事同盟(安保)反対運動の社会騒乱で登場した全学連から始まり、1960年後半から1970年前半、団塊の世代を中心とした全共闘による大学紛争の徒花(あだばな)として現われた過激な連合赤軍が、警察に追われ内ゲバ(疑心暗鬼による同志粛清)を繰り返しながら浅間山荘に立てこもり消滅するまでを描いています。
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)  シネマの世界<第399話>_a0212807_7533493.jpg映画では、その出現と消滅するまでを若松孝二監督は、連合赤軍の活動家たちすべて実名で登場させ彼らに感情移入することなく、「人間の善い部分、つまり理性や知性、愛情」から反対の極にある「人間悪という負の部分、つまり連合赤軍活動家たちの独善、偏狭、狂信、不信、エゴイズム、裏切り、愚劣、卑怯、残忍さ、臆病、絶望」など密着取材のドキュメンタリーを撮るようなクールさで描いています。
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)  シネマの世界<第399話>_a0212807_75418.jpg若松孝二監督は、事件から36年も過ぎた2008年、記録映画のような「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)」を撮るにあたり、映画製作費を手当てするためカンパを募り、自分の家を抵当に入れ借金、映画のラストシーンである浅間山荘に立てこもった連合赤軍の残党5人と警察との激しい攻防シーンを撮影するため、宮城県にある自分の山荘に俳優やスタッフたちと合宿しながらロケを行ない、ラストシーンの撮影では、山荘が、放水でボロボロ崩れ落ち、解体するまで行なわれ実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)  シネマの世界<第399話>_a0212807_7545773.jpgました。
映画の展開を語るナレーションをドキュメンタリーのナレーションのように静かな低い声で名優の原田芳雄(1940~2011)が、担当しています。
配役は、‘総括リンチ’を受け死亡した遠山美枝子を坂井真紀(1970~)、女らしい美人同志たちを狂ったように次々と‘総括リンチ’と叫び虐殺した永田洋子(獄死)を並木愛枝(1978~)、リーダー格で永田洋子の愛人森恒夫(獄中自殺)を地曵豪(1976~)、浅間山荘事件で逮捕実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)  シネマの世界<第399話>_a0212807_7561161.jpgされますが、日本赤軍の海外テロ(クワラルンプール事件)人質交換で超法規的措置により釈放され、国際テロリストになる坂東國男(現在も逃亡中)を大西信満(1975~ 2010年「キャタピラー」、2013年「さよなら渓谷」)、浅間山荘事件で逮捕されるまで17件の殺人を犯した坂口弘(死刑)に井浦新(1974~)、日本赤軍のリーダーとなり、数々の暴力テロを指揮し国際手配され、やがて里心ついて帰国後、逮捕されたテロリスト重信房子(現在服役中)に伴杏里(1985~)、非合法活動の過激派実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)  シネマの世界<第399話>_a0212807_75814100.jpgさらぎ徳二(病気になり出頭し服役、保釈後病死)を佐野史郎(1955~)、ほかに兄弟3人とも日本赤軍に加わった加藤3兄弟(長男リンチで粛清死亡、次男浅間山荘事件で逮捕され服役釈放、三男浅間山荘事件で逮捕されるも当時16才で仮処分)など、映画を見ていて彼らは、あまりに幼稚で短絡的、偏狭にして独善で傲慢さらに猜疑心が強く孤独で嫉妬深く臆病と‥実に人間的で‘人間悪の負の部分に染まるとこうなるよ’と若松孝二監督は、次の世代に遺言(メッセージ)しているように私には思えました。
実録・連合赤軍 あさま山荘への道程(みち)  シネマの世界<第399話>_a0212807_1304062.jpg音楽のジム・オルーク(1969~ アメリカのロックミュージシャン)は、若松孝二監督の映画を見て心酔、若松監督の映画に関わりたくて2006年日本に移住、日本語を習得しジム・オルーク念願であった若松監督映画の音楽監督になりました。



(参考写真) 浅間山荘に突入する機動隊
by blues_rock | 2014-09-13 00:13 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)
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