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心の時空

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めぐり逢わせのお弁当  シネマの世界<第390話>

こう言ったらインド映画ファンの方に叱られるかもしれませんが‥インドは、世界最大の映画大国ながら‘ムトゥ踊るマハラジャ’に代表されるようなキワモノ映画のイメージが私には強く今までインド映画を敬遠してきました。
a0212807_1948833.jpgインド映画製作の中心地は、インドの西、インド洋に面した貿易港にして大商業都市ムンバイで、ここムンバイで製作される映画をムンバイの旧名ボンベイとアメリカ映画の中心ハリウッドを組み合わせ‘ボリウッド映画’と呼ぶようになりました。
ボリウッド映画を‘マサラムービー’(マサラとはインド料理に不可欠のミックススパイスのこと)と呼ぶ人も多く、映画のストーリーに関係なく、キンキラ衣装で唐突に始まる歌や踊りのテンコ盛り映画のことを指してそう称しています。
そのインド映画の見方が、遅まきながら私の中で2008年映画「スラムドッグ$ミリオネア」あたりから少しずつ変わってきました。
この「スラムドッグ$ミリオネア」は、アカデミー賞作品賞・監督賞を受賞、監督がイギリス人のダニー・ボイル監
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督ながら映画の舞台は、ムンバイのスラム街、そして出演した俳優たち全員インド人俳優でインド映画に新しい風が、吹き始めているを感じました。
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このころから私は、インド映画に少しずつ興味(ただ歌なし・踊りなしが前提条件ながら)を持ち始めました。
いま福岡で公開中のインド映画「めぐり逢わせのお弁当」(原題 The Lunchbox)は、正にインド映画の‘ニューa0212807_19534270.jpgウェイブ’(インディアン・ニュー・シネマ)作品で、インド映画の今後が、楽しみになるような映画でした。
「めぐり逢わせのお弁当」は、インド映画の新鋭テーシュ・バトラ監督(1979~ ムンバイ出身 35才)が、アメリカ(ニューヨーク)で映画を学び、脚本を書いて映画監督として長編デビューした作品です。
a0212807_19563843.jpgリテーシュ・バトラ監督は、小津安二郎監督の大ファンだとか‥あまりカメラを動かさずゆっくりとした穏やかなシーンが多いのは、意識せずとも小津映画の影響があるのかもしれません。
映画のプロットは、インドの大都市ムンバイで125年も前に始まったと言われる昼の弁当配達サービスのダッバーワーラー(弁当届け人)5千人が、毎日運ぶ弁当の数20万個、その配達先をa0212807_19573557.jpg間違う確率6百万分の1を道具にして、間違って届いた弁当を介し、お互い手紙で気持ちを交歓し続ける孤独な男と女のプラトニック・ラブ、ヒューマン・ストーリーです。
主婦のイラ(ニムラト・カウル プロファイル不明)は、他に愛人ができ自分に冷たい夫の愛を取り戻そうと精根こめて作った弁当を毎日夫の元に届けていました。
a0212807_1959358.jpg一方、保険会社で働き続け定年真近い初老のサージャン(イルファン・カーン 1967~ 2012年映画「ライフ・オブ・パイ」 こちら で成人したパイ役で出演)は、妻を亡くしてから出前弁当屋に配達を依頼していました。
ある日、イラの作った弁当と入れ替りサージャンの元にイラの弁当が、間違って届きました。
a0212807_203457.jpgサージャンは、いつもと違う弁当に訝(いぶか)りながらランチボックスを開け一口食べると、その美味しさにビックリ仰天‥弁当をきれいに食べ尽くし返却するランチボックスに感想の‘手紙’を入れました。
これは、映画の導入シーンで二人がその日以来、間違って届く弁当を間違いと届けずに‘手紙’を添えてお互いa0212807_205258.jpgの心を通わせていきました。
二人は、ブータンに駆け落ちしようとしますが、思い止まります。
サージャンは、イラに宛てた最後の手紙に「人は間違った電車でも正しい場所に着く」というメッセージを残し、別れました。
バトラ監督は、映画のラストでイラとサージャンが、お互い人生の悦びを喪失したことに気づき、会いに行こうとするシーンを見せてa0212807_20101077.jpg映画を見る者にイラとサージャン二人の未来を想像させながら映画を終わらせます。
若いバトラ監督の長編デビューにしては、なかなか洒落た終盤のシークエンスでした。
(公式サイト こちら
by blues_rock | 2014-09-06 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)