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心の時空

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マンダレイ  シネマの世界<第377話>

デンマーク映画の鬼才ラース・フォン・トリアー監督(1956~ トリアー監督のプロファイルこちら参照)が、2005年に撮った映画「マンダレイ」(脚本・監督)は、映画を‘映像芸術’にした作品です。
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この映画の面白さは、黒人奴隷を植民地経営の基盤としていたアメリカ建国(1776年)当時から現在(2014年)に至るまで238年間営々と続くアメリカの国家理念「自由主義と民主主義(多数決主義)」についてトリアー監督が、痛烈なブラックユーモアとアイロニー(皮肉)をこめて実にシリアスに描いていることです。
1933年アラバマ州にある綿花農園「マンダレイ」でムチ打たれる黒人奴隷を見たギャング団のボスの娘グレース
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(ブライス・ダラス・ハワード 1981~)は、アメリカ合衆国が、70年前に廃止した奴隷制度のもと、まだ奴隷のいる農園「マンダレイ」を民主的で自由な共同体につくりかえる決意をしました。
自由と民主主義(多数決主義)を信じる純粋なグレースは、ギャング団を率いるボスで自分に甘い父親(ウィレム・デフォー 1955~)に頼み、手下のギャング数人を借り彼らの武力で「マンダレイ」を制圧しました。
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グレースは、まず「マンダレイ」の白人農園主一家を支配、そこで働く多数の奴隷たちを解放しました。
しかしながら、いきなり自由になり民主主義(多数決のルール)を求めらた奴隷たちは、どう振る舞えば良いか分かりませんでした。
「マンダレイ」は、映画としての完成度が高く、かつ前衛的な演劇手法を取り入れた映像表現、人種差別(アメリ
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カの奴隷社会)対する辛辣な思想的アプローチ、自由主義と民主主義に対する哲学的なテーゼなど映画を通したトリアー監督の主張には説得力があります。
奴隷農園「マンダレイ」に居る黒人奴隷たちを白人農園主に代わり長年差配してきた老執事の奴隷ダニー・グローヴァー(1946~)が、存在感のある渋い演技を見せています。
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映画は、農園の一部をセットで配置し、セットの床には、農園内の建物を示すラインと、それを説明する文字を書き、登場人物たちの‘パントマイム’で、例えばドアを開ける仕草をすると「キィー」と軋み音が、鳴り反対にドアを閉めると「ドン」とドアの閉まる効果音により、それぞれのシーンを表現しています。
思考に偏見のない自由人のトリアー監督は、ときに物議を醸し出すような騒動を起こしますが、偏狭で排他的な
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行為を嫌い、映画「マンダレイ」では、小学校の教科書にあるような安易な多数決主義や自由主義を力づくで無理やり押しつけようとする傲慢さ(ハレンチさ)、人間を自分の定規で分類し所定の型(パターン)に当てはめ管理(マニュアル化)しようとする愚かさなどに痛烈な皮肉をこめ撮っています。
「マンダレイ」は、「ハンナ・アーレント」(2014年 こちら)と同じ哲学と思想を描いた精神性の高い映画でした。
by blues_rock | 2014-07-31 00:10 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)