過去のない男 シネマの世界<第370話>
カティ・オウティネンは、アキ・カウリスマキ監督2011年映画「ル・アーヴルの靴みがき」(こちら)で愛想のない無表情な妻の役を淡々と演じていましたが、「過去のない男」のイルマ役で名女優カティ・オウティネンの個性は、すでに発揮されていました。
‘過去のない男’役のマルック・ペルトラは、荻上直子監督の2006年映画「かもめ食堂」に出演した後、2007年に亡くなりました。
アキ・カウリスマキ監督の社会の底辺で生きる失業者やホームレス、身体に障害のある人など貧困層を思いやる気持と彼らを見つめる眼差しは、人間性(ユーモアとペーソス)に溢れています。
一方、社会的弱者への理不尽な暴力に対する憎しみと怒りに手加減はありません。
映画の冒頭、何か理由(ワケ)あり気な表情をした男が、夜の公園のベンチで休んでいるとチンピラ3人組の強盗に突然襲われ、サイフ(金目のもの)や身分証明書など身ぐるみ剥がれて殴る蹴るの暴行を受け瀕死の状態で病院へ担ぎ込まれました。
集中治療室のベッドに横たわる男の脈が止まり、医師は男の死亡を宣告するや看護婦と病室を出て行きました。
その直後、死亡したはずの男が、息を吹き返しました。
男は、頭に受けた暴力の後遺症で記憶を完全に喪失していました。
病院を出て街を彷徨(さまよ)う記憶喪失の男に声をかけ、自宅(と言っても廃棄された小さなコンテナ)に招き入れ「人生は前にしか進まない」と励まし、寝る場所と食事を提供する老夫婦を始め、アキ・カウリスマキ監督の映画にいつも登場
貧しい人たちに食事や衣類を提供する救世軍のイルマ(カティ・オウティネン 上左と下写真)もその一人でした。
アキ・カウリスマキ監督の相棒、撮影監督ティモ・サルミネンの撮る赤・青・緑・黄など原色を配した映像が心に沁み、人生の哀歓を感動的に表現しています。
アキ・カウリスマキ監督のポップ&ロックンロール音楽好きは、彼の映画を見ると分かり、「過去のない男」では、クレイジーケンバンドの曲(2曲)が、使われていました。