ブログトップ | ログイン

心の時空

yansue.exblog.jp

a day in my life

雨あがる  シネマの世界<第353話>

住まい近くの柏原公民館で映画「雨あがる」の上映会があり出かけました。
黒澤明監督(1910~1998)の遺作シナリオ「雨あがる」を28年間黒澤明監督に師事し助監督を務めた小泉堯史(コイズミタカシ 1944~)が、監督デビューした作品です。
a0212807_8565173.jpg小泉堯史監督は、黒澤監督の「雨あがる」脚本執筆を助監督として手伝い、黒澤監督が執筆途中入院し亡くなると「雨あがる」の遺稿を黒澤監督から聞いていた構想(プロット)や残されたノートのメモを参考に補作して完成させました。
黒澤監督の長男で映画プロデューサーの黒澤久雄(1945~)は、‘黒澤組’と呼ばれる黒澤映画製作スタッフを前に「小泉さんにぜひ監督をやってもらいたい」と監督を要請しました。
黒澤映画を永年支えてきた撮影クルー、照明、美術、音楽、録音、編集など錚々たる黒澤組スタッフの全面的な協力を得て小泉監督映画「雨あがる」は、2000年に公開されました。
小泉監督は、黒澤明監督の‘撮影テクニック’を自分のものとして見事に映像表現しました。
ヴェネツィア国際映画祭で「緑の獅子賞」受賞、日本国内でも作品賞・脚本賞など多くの賞を受賞しています。
a0212807_904349.jpg映画のプロットは、人のやさしさや信頼し合うことへの讃歌(エール)です。
映画「雨あがる」は、梅雨の大雨で増水し濁流となって流れる大川を渡れず足止めされ、古宿で大勢の客と一緒に長逗留し雨が止むのを待つ武士夫婦の物語です。
剣の達人ながら正直でやさしい性格ゆえに仕官(お城勤め)が、長続きしない浪人の武士三沢伊兵衛(寺尾聡 1947~ 飄々とした演技は流石)と夫を信頼し支える妻たよ(宮崎美子 1958~ 控え目ながら芯の強い妻を好演)は、新たな仕官先を求めて旅をする途中、折からの大雨で増水した川を渡れず古宿に滞在していました。
a0212807_922885.jpg古宿の薄汚い部屋には、川止めで大勢の旅人がたむろし外での憂さ晴らしもできず皆鬱々として日を過ごしていました。
そのため古宿では、諍(いさか)いが絶えず、心やさしい伊兵衛は、皆のなだめ役になっていました。
何かと苛立つ旅人を横目に雨の中を一人外出した伊兵衛が、しばらくして酒・魚・米などを古宿に運び込み宿に居合わせた貧しい人たちに振る舞いました。
外では雨が降り続く中、古宿の滞在客たちは、お互い打ち解け合い、夜更けまで歌を唄い踊りながら底抜けにa0212807_94238.jpg明るいドンチャン騒ぎを続けました。
そんな中、部屋に夫伊兵衛が戻るのを待っていた妻たよは、静かに「あなた様は、私との約束を破りましたね。」と諌(いさ)めました。
伊兵衛は、「はい、約束を破りました。申しわけありません。」と畳に手を付いて素直に謝りました。
翌朝、雨も止み伊兵衛が、剣の修行に森を歩いていると地元小藩の侍たちの争いに遭遇、仲裁する様子を見a0212807_951228.jpgていた藩主(三船史郎 1950~ 三船敏郎の長男)に気に入られ城に来るよう呼び出されました。
映画前半の雨が、しとしと降り続くゆっくりとした静のシーンなら、後半は、剣の達人三沢伊兵衛が、武士として立ち振る舞う動のシーンです。
藩主や家来が、馬を駆って疾走するシーンや伊兵衛の太刀さばきなど小泉監督の演出に黒澤明監督のDNAを感じました。
出演者も名優仲代達矢(1932~)ほか黒澤組の錚々たる俳優陣が、しっかり脇を固め小泉監督の演出に応えていました。
by blues_rock | 2014-06-07 05:54 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)