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心の時空

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a day in my life

志賀島(しかのしま)

博多湾を「つ」の字に見立て、「つ」の書き出しにある陸繋島(りくけいとう)が、志賀島(しかのしま)です。
陸繋島とは、古く島であったところが、長い年月をかけて堆積した砂州の成長により陸側の海岸線と繋がった土地を言います。 (下写真:中央の‘海ノ中道’を挟んで右側が玄界灘、左側が博多湾、中央右上が‘志賀島’)
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志賀島も玄界灘の打ち寄せる波が、砂を堆積させできた砂州‘海ノ中道’により現在の東区和白と繋がってできた陸繋島です。
志賀島は、古代日本(倭国)の中国大陸・朝鮮半島との海上交易の出発点として歴史的に重要な場所でした。
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1784年、志賀島で発見された金印「漢委奴國王印」(上写真:記念碑)は、その証しでしょう。
私は、志賀島を何度か訪ね、志賀島国民休暇村に宿泊したこともありました。
いまでは、雁の巣から海ノ中道は、福岡市民の身近なリゾート地になりました。
by blues_rock | 2014-02-19 23:19 | 社会/歴史/思想 | Comments(0)