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心の時空

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シャイン  シネマの世界<第288話>

オーストラリア映画の「シャイン」は、同国の舞台俳優ジェフリー・ラッシュ(1951~)を一躍有名にした1996年映画で、ドキュメンタリーなど短編映画を撮っていたスコット・ヒックス監督(1953~)の長編デビュー作品です。
「シャイン」は、実在するオーストラリアの天才ピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴット(1947~)の伝記的映画で
デイヴィッド・ヘルフゴットを演じたジェフリー・ラッシュは、アカデミー賞主演男優賞を受賞しました。
a0212807_23581572.jpgジェフリー・ラッシュは、ロンドンとパリの演劇学校で演出と演技を学び、オーストラリアの舞台で鍛えた彼の演技は、実に幅広く、コメディからシリアスな役柄まで正に変幻自在に演じ分け、ロバート・デ・ニーノとその徹底した役作りで比較されることがあります。
「パイレーツ・オブ・カリビアン」(2003)シリーズでジェフリー・ラッシュは、海賊ジャック・スパロウに付かず離れずの片脚義足の海賊船長ヘクター・バルボッサを演じ彼しかできない海賊バルボッサ船長にしました。
2010年「英国王のスピーチ」(こちら)、2013年「鑑定士と顔のない依頼人」(こちら)のどちらも名優ジェフリー・ラッシュの存在があってこそ成り立つ映画でした。
映画「シャイン」の主人公デイヴィッドは、実在の天才ピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットがモデルです。
メルボルンのユダヤ人家庭に生まれたデイヴィッドは、音楽を愛する厳格な父親のもとでピアニストになるべくa0212807_053452.jpg英才教育を受けていました。
ピアノの天才少年デイヴィッドの評判を知ったアメリカのユダヤ人福祉団体が、アメリカの高等音楽学校で英才教育を受けさせようと彼に提案しますが、息子を手放したくない父親のピーターは、拒否しました。
デイヴィッドの秀でた才能を惜しみ、その可能性を伸ばそうとピアノの教師ほか回りの人たちは、デイヴィッドをロンドンの王立音楽院への留学させる計画を立てました。
一人息子のデイヴィッドを自分の元で育てたい父ピーターは、息子の留学に猛反対しますが、デイヴィッドは、a0212807_074146.jpg初めて父親に反抗し家出してロンドンに向かいました。
ロンドンの王立音楽院でピアノのレッスンに明け暮れるデイヴィッドの演奏技術は、めきめき上達していきました。
ある日、デイヴィッドは、コンクールに“ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番”を弾きたいと音楽院に提案しますが、彼の教授は、「ラフマニノフを弾く強靭な精神がまだできていない君には危険だ」と止めるよう指導しました。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番は、演奏する者に課せられる超絶技巧と同時に高度の音楽的な能力が求められプロの一流演奏家にも難しい曲でした。
a0212807_08154.jpgそれでもデイヴィッドは、ラフマニノフに挑戦、コンクールで見事に弾き終えたもののその場に倒れました。
デイヴィッドは、精神に異常をきたすようになり統合失調症と診断されました。
オーストラリアへ帰りパースの精神病施設で10年余りを暮らしながら、少しずつピアノを弾き始めました。
施設を出たデイヴィッドが、雨の夜、偶然通った街角のパプにピアノを見つけると中に入り、いきなりピアノを弾き始めました。
パブに居合わせた人たちは、彼の演奏テクニックにビックリ仰天しました。
映画「シャイン」は、冒頭このシーンから始まります。
a0212807_09989.pngデイヴィッド・ヘルフゴットは、この後次第にオーストラリアで再評価され演奏活動を行ない、国際的なピアニストとして活躍しました。
息子を愛しながらもユダヤ人への迫害を恐れ息子を手放そうとしない父親を演じたドイツの名優アーミン・ミューラー=スタール(1930~)が、心の複雑な感情を抱えるすばらしい演技でした。
映画の中でデイヴィッドが、ピアノを演奏するシーン‥鍵盤を指が跳ね撫でるように動きまわる手のシーンは、ヘルフゴット自身にピアノを弾いてもらい、彼の躍動する手と指の動きをヒックス監督は撮っています。
by blues_rock | 2014-01-26 00:06 | 映画(シネマの世界) | Comments(0)