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心の時空

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a day in my life

三「ず」の川

映画のコラムが続き、映画に興味のない方には申しわけなく思います。
年末年始の休暇中は、案の定、映画ばかり見ていました。
いま私が、映画以外のことを書くと、自分の至らなさは、棚に上げ世の中のさまざまな旧態悪弊のもたれ合いa0212807_620359.jpgやクダラナイ出来事にイチャモン付けて悪口(あっこう)ダラダラと、そんな気がしますので我慢しているところです。
さて、人は、この世(此岸)からあの世(彼岸)へ行くとき、皆な‘三途の川’を渡ると高僧は言いますが、件(くだん)の‘三「ず」の川’とは、「たゆまず/あせらず/あきらめず」の三つの「ず」のこと、日ごろ自分の‘怠け癖’を戒めるため、心中で唱えている念仏のようなものです。
たゆまず‥とは、気持ちを弛緩(しかん)させないこと、精神を緩めないことを意味します。
a0212807_622257.jpgあせらず‥は、言うまでもなく焦らずで、世の中は、自分の思うようにならないことばかり、ジタバタせずに粛々淡々と一つずつ解決すること、とわが軟弱な精神を戒める言葉です。
あきらめず‥は、正に諦めないこと、諦めなければチャンスは、巡ってくる、諦めたら、その時で終わり、諦めるなと自らを叱咤激励する言葉です。
自分の‘身の丈’を知り、この‘三「ず」の川’を渡れば、また異なった世界が、見えることでしょう。
a0212807_6222882.jpg禅の教えに「立って半畳、寝て一畳、鱈腹(たらふく)食って二合半」という衆生の欲望を諭す言葉があります。
人が生きていくのには、立ったときの畳半分の広さと寝るときの畳一枚分の広さ、そして一日に二合半の米だけあればいい、後は真理を悟るにジャマなものばかり‥それに気づかないから人は、“煩悩苦界”から這い上がれないのだとの教えです。
う~ん‥煩悩苦界にわが身をおく凡人には、目が眩(くら)みそうな遠い悟りへの道のりで、‘三途の川’を渡るまでに私は、間に合いそうもありません。
‘明日のジョー’になれない「団塊の世代の明日はどっちだ」(こちら)とやがて着く‘三途の川’に向かいながら相変わらず煩悩の犬と戯れ遊ぶ毎日です。

写真上:まほろば 写真俳句サイト
 〃 中:鳥獣戯画
 〃 下:円空仏
by blues_rock | 2014-01-09 00:09 | 柏原生活/博多叙景 | Comments(0)