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心の時空

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a day in my life

壬生義士伝

浅田次郎の歴史小説「壬生義士伝」(2000年4月) を読んだのは2002年の12月だったように記憶しています。
2002年1月2日テレビ東京(12チャンネル)の正月恒例10時間番組時代劇で「壬生義士伝〜新選組でいちばん強かった男」(1月2日14:00~23:55時放映)を放送、正月の退屈しのぎに見て感動、2002年暮れの休みに文庫本になった「壬生義士伝」上・下2巻の原作を読みました。
さらに2003年1月、滝田洋二郎監督の映画「壬生義士伝」が、公開されました。
これまで本を読んで感動したことはあっても、小説の活字を追いながら胸に迫る切なさと悲しみに涙が、溢れる経験は、初めてでした。
時代は、幕末から明治に移るころ、京都壬生の新撰組に、南部盛岡藩を脱藩した下級武士の吉村貫一郎という人物が、いました。
主人公の吉村貫一郎の幼なじみで、後に南部盛岡藩家老になる大野次郎衛門という二人の武士(サムライ)とそれぞれの息子に連なる4人の生涯が、物語の中心になります。
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喰い扶持の少ない貧しい下級武士の吉村貫一郎は、飢饉(ききん)続きで愛する妻子を養えず餓えから救うため死罪覚悟で脱藩、職(収入)を求めて新撰組に入り給金や人の嫌がる人切り(暗殺・粛清)の褒美で得た金銭すべてを故郷の妻子に届けていました。
鳥羽伏見の戦いで官軍(薩長連合)に敗れた幕府軍(東北・奥州諸藩)は、賊軍の汚名を着せられ形振(なりふ)り構わず敗走しました。
錦の御旗を掲げる官軍に突撃し討ち死にしようとする吉村貫一郎に同志の斎藤一は「お前は生きろ!死んではならぬ!生きて故郷に帰れ!」と諭しましたが、吉村貫一郎は、「わしは脱藩者にてござんす。 生きんがために主家を捨て妻子に背を向け、あげくには狼となり果てて錦旗にすら弓引く不埒者にござんす。 したどもわしは、おのれの道が不実であるとは、どうしても思えねがった。 不義であるとも不倫であるとも思うことはできねがったのす。 わしが立ち向かったのは、人の踏むべき道を不実となす、大いなる不実に対してでござんした。 わしらを賊と決めたすべての方々に物申す。 勤皇も佐幕も、士道も忠君も。 そんたなつまらぬことはどうでもよい。
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石をば割って咲かんとする花を、なにゆえ仇となさるのか。 北風に向かって咲かんとする花を、なにゆえ不実と申さるるのか。 それともおのれらは、貧と賤とを悪と呼ばわるか。 富と貴とを、善なりと唱えなさるのか。 ならばわしは、矜り高き貧と賤とのために戦い申す。 断じて、一歩も退き申さぬ。」と刀を抜いて敵陣の中に切り込んで行きました。
映画「壬生義士伝」では、物語の語り役として生き残った新撰組隊士の斎藤一(佐藤浩市)を起用し脚色、吉村貫一郎を中井貴一、大野次郎衛門を三宅裕司が演じました。
テレビ版「壬生義士伝」の放映が、映画より1年早く、テレビ版では主人公の吉村貫一郎を渡辺謙、大野次郎衛門を内藤剛志が演じ、浅田次郎の原作「壬生義士伝」のプロットをほぼ忠実に描いていていました。
最後の武士(ラスト・サムライ)の物語です。
by blues_rock | 2013-10-28 00:20 | 画集/本(Book) | Comments(0)
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