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心の時空

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a day in my life

秋月から小石原へ秋の旅

10月20日日曜日、金継ぎ工芸会(こちら)企画の研修旅行に参加しました。
行き先は、「秋月」と「小石原」です。
秋月は、旧秋月藩(黒田藩の支藩)史跡の総称で福岡県朝倉市に在ります。      (下写真:秋月)
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レトロ市(骨董市)・日曜市などをゆっくり眺めながら1時間も歩けば、史跡のほとんどを散策できるでしょう。
小石原は、秋月から東へ車で山間を抜けると30分くらいで到着します。
小石原と言えば陶器の‘小石原焼’で有名、現在44の一子相伝の窯元があります。 (下写真4枚:小石原)
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私たちは、高取焼始祖の高取八山(朝鮮陶工)から数えて13代目‘高取八山窯(静山窯)’を訪ねました。
黒田藩の御用窯としてスタートとした高取焼は、徳川 3代将軍家光の茶の湯指南役であった小堀遠州のとき、遠州好みの茶陶窯として有名になりました。 (下写真:唐臼 からうす‥水の力で陶土を細かく粉砕する臼)
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徳川幕府は、全国各地の窯元に焼成する茶陶規格(形・大きさ)を厳しく統制(規制・管理)しましたので、桃山茶陶に見られた自由な発想による芸術性高い個性(オリジナリティ)ある作陶が、次第に無くなりました。
小石原焼の窯元は、一子相伝の創意工夫を重ね小石原を訪ねたイギリスの陶芸家バーナード・リーチ(1887~
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1979)に「用の美の極致である」と称賛される民芸陶器を創りあげました。
第13代高取八山さんに伺った話で、私が学習したのは、「高取焼」と「上野(あがの)焼」は、築窯された地名の名称ではなく陶工の「氏名(うじな)」に由来していること、もう一つ「朝鮮唐津」の名称が、昔唐津地域で焼成
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された古唐津様式の一つではなく‘朝鮮唐津様式’で作陶された古陶の総称であることでした。
徳川幕府の陶窯統制(窯元廃業の強制‘窯取壊し’)により難を逃れた唐津の陶工たちが、生きていくため作陶できる土地を求めて密かに近隣各地に移住し‘朝鮮唐津’を焼成したので各地の古窯跡から朝鮮唐津の古陶
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片が、出土しているとのことでした。  (上写真;古高取焼 内ヶ磯窯、江戸初期、古田織部の影響がある)
九州各地の古窯跡(モノハラ)から出土する古陶片が、数百年後の現代に暮らす私たちに古窯・古陶にまつわる歴史ミステリーを提供し‘これがどこの窯だか分かりますか?’と語りかけているようです。
by blues_rock | 2013-10-21 00:05 | 金継ぎ/古美術/漆芸 | Comments(0)